レースのカーテンがかけられた窓を風が時折カタカタと揺らす。外の家々は朝に降った雪で真っ白に染められてきらきらと光が反射している。カーテンの隙間からちらりとその光景を見た私はぶるりと身体を縮こまらせた。外はあんなに寒そうなのにガラス一枚隔てだけのこの部屋はぽかぽかと暖められていて、暖房最高と思わずあくびがこぼれる。

暇だなあと時計を見るともう針はほぼ夕方と言える時間をさしていて、何時間もごろごろして過ごしてしまったのかとちょっと後悔した。

私の横に寝転がっている一静を見ると、彼は月刊バリボーのインカレ速報のページを熱心に読んでいるところだった。私と違って有意義な時間のつかい方してる。構ってほしくてじーっと無言で見つめているとふと目と目が合った。


「何見てんの、なまえ」


きょとんとした顔で雑誌から顔を上げてこちらを覗き込んでくる一静に思わず顔をそらした。

「別に一静のことなんて見てないよー」
「嘘つけ。俺のことずっと見てたくせに」


それはもう楽しそうににやにやと笑う一静は、さっきまで読んでいた雑誌をぱたんと閉じてずりずりと体を寄せてくる。

「風入るってば。寒いよ一静」
「平気平気。それよりなんで見てたのか教えてよなまえちゃん」
「教えませんってばー」


依然にやにや顔を向けてくる一静はご丁寧に私の腕を掴んで離さない。痛さは感じないけれど動かせない、そんな絶妙な力加減が悔しい。ここで構ってほしくて見てたなんてことを暴露してしまえばしばらくはこのネタでからかわれそうだから口が裂けても言えない。


どうにかして興味の対象を別の物に逸らせようと空いているもう片方の手を手探りでこたつの上へと伸ばしてみる。


「さっきみたいに俺のこと見つめてよなまえちゃん」


名前にちゃん付けしてくるときの一静はだいたいとても機嫌がいい。だからたちが悪い。絶対面白がってる。

何でもいいからはやく、そう思って手を伸ばし続けているとみかんが入ったカゴに触れる。


「一静!みかん食べよう、みかん」
「みかんー?あ、俺一番おっきい奴がいい」


うつ伏せになったまま一生懸命探り当てたみかんのカゴをぺしぺし叩いてみると意外にもすぐに食いついた。一静ちょろい。


拘束されていた片手が解放されてのそりと起き上がる。ちゃんと座りなおしたときにはもう一静はみかんを食べ始めていて甘い匂いが鼻を衝く。あー、冬だなあ幸せ。

負けじとみかんの皮をむくとみずみずしい果肉があらわれてごくりと喉が鳴る。

それから無言で一つ二つとみかんを食べ進めた。テレビもつけずに無言で黙々とみかんを食べる私たちは絶対にシュールだったと思う。三つめのみかんを食べ終えてさあ次、と手を伸ばすともうそこにみかんはない。


「なんで一静が食べんの。もう四つ食べてるじゃん!」
「え、なまえ早い者勝ちって言葉知らないの?」
「知ってるけど私まだ三つだよ?譲ってよ」
「無理無理。もう俺が皮むいてるし」

慌てて制止すると一静は子供みたいな屁理屈を言って会話の途中なのにみかんの皮をどんどんむいていく。ずるい、こいつ図体でっかいくせに幼稚だ。及川くんのことガキだって言ってからかうのも申し訳ないくらいに子供だ!せめてもの抗議でみかんを無言で眺め続けているとはあと小さくため息がはかれた。


「食べにくい」
「じゃあ私にちょうだいよ」
「やだ」
「それ食べていいから新しいみかん冷蔵庫から持ってきて」
「もっとやだ。なまえが食べたいんだから自分でどうぞ」
「なにそれー」

一静が、なまえが、そんな問答を繰り返しているとお互いにヒートアップしてきて気付いたら立ち上がっていた。無意識こわい。


「最初はグー!」

180オーバーの高さから私を見下ろす一静が大きな声とともに握り拳を突き出してきて思わず私も拳を握る。


じゃんけんの結果なんと私の負け。勝ち誇った顔で笑う一静に理不尽さを感じたけどぐっと堪えてみかんのカゴを胸に抱き、キッチンへ続く廊下に一歩足を踏み出した。寒い。スリッパさえも冷たい。


小走りでキッチンに入り雑にみかんを取り出し暖房がきいた部屋に戻るとあまりの気温差に肌がピリピリとした。


「みかん持ってきたよ」
「おー、ありがとなまえ」

いつの間にかテレビをつけていた一静が軽く振り向いて私に手を出した。無言でみかんをねだろうなんていい度胸だ。


「なんか言うことないの?」
「みかんをくださいなまえさん」
「よかろう、くれてやる」

見下ろすことに優越感を覚えて一番甘そうなみかんを手のひらに乗せようとしたとき、ぱちっと小さな衝撃が私と一静の手を襲った。


「聞いた?今の音」
「うん。なまえに攻撃された」
「どや」
「キメ顔すんな、ただの静電気なんだから」
「正直すまんかった」


静電気に驚きながらもくだらないやり取りをしていると笑いがあふれ出て、呼吸が苦しい。よっこいしょと年寄りくさい掛け声とともにこたつに入れば一静から軽いデコピンをお見舞いされた。弱いデコピンのくせに爪が当たって地味に痛い。一静め、やりおる。



「ねぇ見て、また雪降ってきた!」
「まじだ!なまえ、雪だるま作ろう雪だるま」


みかんを食べながら窓の外を見ると、再び雪が舞い始めていた。テンションが上がってばくばくとみかんを無心に食べている一静の腕を叩けば私よりもはしゃいで楽しそうにしている。


手に持っていたみかんを一口で片づけた一静は、鼻歌を歌いながら自分のコートばかりか私のコートまでもハンガーから取って身支度をし始める。


幾重にも巻いたマフラー、もこもことした手袋。まるで雪だるまみたいになりながら一静と手を繋いでまばゆい白の中に飛び出した。






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