休日練が終わったあとに、3年生3人だけで居残り練習をするというので、なんだか名残惜しくなって、わたしと潔子も残ってしまった。
珍しく、3年生だけの帰り道。寒いなあ。寒いねえ。口から出てくるのはそればっかりなのに、それだけで何故か楽しい。みんなとこうして過ごせるのも、あともう数ヶ月しかないのかと思うと、胸がきゅうっと締め付けられる。そんな中、潔子がボソリと「…お鍋食べたい」と呟いたので、思わず「しよう!みんなでお鍋しようよ!」と叫んでしまった。それがはじまり。

「「「お邪魔しまーす」」」
「いらっしゃい〜」
「なんで菅原が言うの」
「いや、ノリで」

丁度今日は家族が家を空ける日だったので、今日!うちでお鍋しよう!と誘ったところ、急な誘いにも関わらず、全員が集まることができた。家族に許可を取ったあと、着替えたりなんだりのために一旦家に帰宅するというみんなと別れて、菅原とふたりで買い出しをすませて家で準備をしていた。「買い出しするなら荷物持つぞ」と言い出してくれたのは菅原だったけど、菅原だけがついてくることになったのは、なんとなく、他の3人もわたしの気持ちに気がついていて、気を遣ってくれたような気がする。

人の家の匂いがする〜なんて言いながら澤村と東峰と潔子がわらわらとリビングに入ってきた。手をエプロンで拭きながらキッチンから出てきたわたしに、後で追加する用のお肉と野菜を運んでいる菅原。みんなが来る時間に合わせて、お鍋はもう煮込みはじめていた。わたしたちの様子を見て、東峰が「そっか。二人っきりだったんだな」なんてこぼす。東峰が言うとほのぼのとするから不思議。

「スガに変なことされなかったか?」
「あはは、されてないされてない」
「大地!人聞きの悪いこと言うなよ」

洗面所まで案内して、手洗ってうがいしてきてね、なんて告げると揃った返事が返ってきた。みんなのお母さんになったみたいな気持ちでくすぐったい。

「あ、チゲ鍋」
「選んだのスガだろ」
「なんで俺って決めつけるんだよー」

洗面所からリビングに戻ってきたかと思ったら、カセットコンロの上でグツグツと煮込まれているお鍋の蓋を開けて、中身を覗きながらわいわいと騒いでいる。

「あ、ごめん。それわたしが選んだ」
「みょうじはスガ贔屓だから」
「違うよーあったまるかと思って。前食べたことあるけどそんなに辛くないし」
「みょうじが平気ならみんな平気だな」

あー寒かった。なんて溢しながらわたし以外の4人が早速こたつの4辺にそれぞれ埋まった。

「あ、ご飯炊けてるよー食べる人ー」
「「「はーい」」」
「取りにきてー」
「えーもう無理。出られないもん」
「もーしょうがないなあ」

返事があった分のご飯をよそって、みんなの分の器とお箸も合わせてお盆に載せてコタツまで持っていく。みんなにそれぞれのものを配り終えて、さて座るかと思ったものの、4辺がみんな埋まっているものだからどこに座るべきかと迷う。1番近くにあって、キッチンからも近いのが、菅原の辺と潔子の辺。本心を言えば菅原のところにお邪魔したいけど、普通に考えたら潔子のところだろうなあ。そんなことを考えながらコタツの中に入れないでいると、菅原が、「寒いだろーはやく入んな」と自分のところの布団をめくってくれた。言われなかったら、きっと潔子の隣に入っていた。菅原ありがとう、なんて気持ちを込めながら、コタツの中で足をこっそりコツンと当てた。

「よし、準備はいい?」
「うん」
「せーの、いただきます」
「「「「いただきます」」」」

小学校の頃を思い出すような声かけに、くすぐったくなって潔子とクスクス笑う。澤村が再び煮込んでいたお鍋の蓋を開けると、湯気がぶわあっと溢れ出した。

「わー、もう食べられるね」
「旭ー俺のよそってー」
「ええー自分でよそえよー」
「わたしもー」
「俺もー」
「ハイハイ」

しょうがないなあと言いながら、東峰がみんなの分をよそってくれる。ありがとうと受け取った器が温かくて、なんだか口元が自然に綻ぶ。手始めに、白菜を口にした。

「おいしいねえ」
「うん、おいしい」
「うまいなあ」
「まだまだ野菜たくさんあるからね。お肉はここにある分だけだけど」
「いくらでも食えちゃうな」
「太るぞ」
「お鍋はヘルシーだから平気だもん」
「女子か!」
「旭ーおかわりよそって」
「なんで俺よそう係なの?!」

早くやれよヒゲチョコ。ひどい!なんて、東峰と澤村のいつも通りのやり取りを見て、どうしようもなく心がほっこりする。みんなと食べる鍋がこんなにおいしいとは思わなかった。見ているだけで、なんだか満たされて、お腹もいっぱいになってしまいそうだ。おかわりをよそってもらったばかりなのに、食べる手がつい止まってしまう。ぼんやり左隣を見ると、菅原は、東峰によそってもらった器の中身を冷ましていた。ふーふー、と息を吹きかける菅原の前に白い湯気が立ち昇っている。

ふと、数日前の寒空の下、白い息を浮かばせながら突然の告白をした菅原を思い出した。
彼のすぐそばには、白い息がふわりふわりと舞っていた。いまも湯気が、ふわりふわり。
おんなじになりたくて、菅原を真似して自分の器をふーふーする。そんなわたしを見て、菅原はうれしそうに微笑んだ。

「そこ。ふたりの空気作ってんじゃないよ」
「大地〜羨ましいだろ〜」
「もー、からかわないでよ」
「ふたりは本当仲良しだなあ」
「…東峰、ジジくさい」

潔子の一言に、みんなでわははって笑い合う。仲の良い人たちとだから、お鍋がこんなに楽しくておいしい。だけど、そんな団欒を楽しみながらも、心の中ではほんの少しの罪悪感が顔を出す。

本当は、みんなが来る前に、何もなくなんてなかった。

「みょうじ、エプロン似合うね」
「え、ありがと…」
「ふたりきりだね、どうする?」

なんて、悪戯っ子みたいな顔をしてみせたかと思ったら、菅原は照れたように笑ってキスしてくれたのだ。

自分で思い出したくせに恥ずかしくなっていると、わざとらしく菅原の右足がわたしの左足に触れてきた。菅原にはわたしの考えることが伝わってしまうのかもしれない、なんて思ってしまうくらい、いつだってタイミングが良すぎるんだ。
つま先をこつん、と当ててきたので、わたしもこつん、と当て返す。ふたりだけの密かな遊び。にやけそうな口元をぎゅっと結んだら、菅原の右手にわたしの左手が攫われた。みんなにはばれないように、こっそりと、コタツの中で繋がれる。
密やかにしていることが、心臓の鼓動を早めて、冬の寒さに負けないくらいわたしたちを燃え上がらせる、きっと。

「俺、みょうじがすき」数日前の菅原の言葉が脳内で何度もリフレインする。付き合っていることは、まだ内緒。







- ナノ -