水の都にて

圧倒されるようなばかでかい満月をあおいで、カズはすげーや、とつぶやいた。
ざざん、ざざん、と海が穏やかなのは、ナミ曰く、秋島の海域に入って気候が安定してるためだという。目指す航路を小耳にはさんだカズは、うげっ、正義の巣窟じゃねーか、とひとりぼやいたのを聞いているものはいなかった。これからいろんな意味で荒れるんだろうな、と半ば他人事のように女部屋に目をやる。美女を見送って、嵐の前の静けさってか、と笑う。


「何立ってんだ、さっさと座れ」

「あっは、マジでこれ全部飲む気かよ、ゾロ。サンちゃん切れるぜ?」

「俺だけジャねーから、いいんだ。」

「ええっ、俺も共犯っすか、兄ちゃんよ。メッチャ弱いっていってんだろーに」


けたけた笑うと、早く座れと男座りのゾロが甲板を叩く。うそつけ、という声が聞こえた気がしたがこの際無視。酒につき合え、と珍しく誘われたカズは、こっそり人目を盗んで、いつもはアウトローを地でいく一匹狼のそばに寄った。差し出されたジョッキをとりあえず、一杯あおって、カズはへらっと笑みを浮かべる。言っておくが、カズはすぐに酔っぱらってしまうわけではないが、ゾロやナミのように
バカみたいにがばがば飲んでもケロッとしていられるほど人外な体はしていない。この船では比較的、人並みというヤツだ。どーせならジュースが飲みたいと思うあたり、いつまでたっても、ビールの独特の匂いと味がどーも好きになれない、お子さま舌である。少なくとも限界を知っていて、程々に飲めるから、おつまみばっかり食ってごまかしているに過ぎない。じゃなきゃ酔いつぶれたコイツらに、だれが毛布を掛けてやるんだ。
本人たちが聞いたら怒るであろう保護者的思考は置いといて。するとゾロがうさんくさそうなカオをした。


「ウイースキーピークんときに、ちゃっかり船にいたのはどこの何奴だ」

「そりゃお前、泡付き麦茶をちょいとばかり拝借しただけだよ、旦那」

「ウソつけ」

「うそじゃねーってば。大人の言うことは信用しろって」

「お前が言うか、それを」

「ひでえなあ」


どうもゾロは反抗期なのか、(本人にいったらおそらくあの世の果てまで追いかけられるだろう)カズの言うことにいちいち疑いの目を向ける。カズが裏切る等々の話ではなく、また別次元で、つまりゾロがサンジを名前で呼ばない心境と似ている。口先だけ達者なのは性分だから、いいけどさ、とカズは思う。うさんくさいキャラだとは分かっているつもりだから、と。からになったジョッキを置くと、間髪入れずに注がれてしまう。
こいつ、俺を酔い潰したいのか、とカズは一抹の不安を覚えてゾロを見るが、相変わらずの無愛想なカオをして、剣士は飲んでいる。カズは肩をすくめた。気づけば、滅多に飲まないくらいの量になっている。


「まさか俺を酔わせて、あんなことやこんなことをっ?!」

「なんでそうなるんだよ。」


俺にだって選ぶ権利くらい或る、と殺気立つゾロの拳を、反射的に避けたカズは、ガンガン響く頭に顔をゆがめた。手すりに体を預ける。案の定、酔いが回っているせいで、頭がぼうっとする。視界が定まらない。思考がウマく働かない。ああ、オツキさんがきれいだな、と見当違いのことを考えはじめたカズの態度を余裕ぶっていると解釈したゾロは、舌打ちをした。


「聞きてぇことがある。」


だったら普通に聞けよ、旦那とぼやくカズの笑いに、お前がそんなんだから聞けねえんだ、とゾロは思った。



「お前、あの女のこと、どう思う。」



真剣な眼差しに、あの女、あの女ってだれだっけ、とカズは、いつもより回転の鈍い頭をフル回転させて考える。ショート寸前な思考回路がはじき出したのは、だいぶん前に見送った悪友の姿だった。


「あぁ、姉さんのこと?いい女だろーよ、頭脳明晰、容姿端麗、そのうえ戦闘能力もセンスもずば抜けてる(本人が身につけたかったかどうかは別として)。サンジじゃねーけど、可愛い人だよ、昔から。ああ見えて、ものすごく繊細なんだから」


端から見てて、脆いから、あぶなっかしいことこの上ない、と付け足すと、ゾロは理解できないらしく、は?と語尾を上げた。どういう意味だよ、との問いかけにはあえて答えない。やがて、ゾロは不服そうに眉を寄せるが、何も言わずに酒をあおる。カズは(オレはねえ、一つの感情にとどまっていられるほど忙しくねーの)とのたまうような男と分かり切っているので、一瞬その不自然な特定の感情をにおわせる台詞は浮いていた。
仕方ネエか、とカズは笑った。ゾロは自他共に認める、この船最後の砦である。副船長を自認するだけあって、唯一、ニコ・ロビンという女に、疑いの眼差しを向けている。カズからすれば、長いつきあいだ。単なる杞憂でしかないが、ゾロは未来の大剣豪にくわえて、事実上コの船のトップ2に当たる。それでいい。カズは、あはは、と笑う。コイツらを見ていると、コイツらはどこまでもコイツらで、安心してみていられる。
姉さんはまだ、ちゃんと分かってないみたいだが、ルフィは一度存在を許容した仲間を見捨てるほど単純なヤツじゃない。もし姉さんが自己犠牲でこの海賊を救おうとすれば、間違いなく・・・。カズは月を仰いだ。月の果てまでも追っかけて行くに違いない。だからこそ、見守ると約束したのだから。それでいい、とカズはもう一度かみしめた。


「何笑ってんだ。」


憮然とした様子で、ゾロがくってかかる。


「まあまあ、おっちゃんの長話をしてしんぜよう」

「帰れ」


脳裏に焼き付いた、鮮烈な光景。約束して、と言い放ったあの言葉は、まだ有効だろうか。ふとそんなことを思う。最後に見た景色が、彼女だったらいい。そんなことを考えた、まだ若かった頃の幼稚な思考には、いまでも苦笑いが浮かぶ。今はもう、遠い、昔の話。
死なない約束じゃなくて、生きる約束をして。ばいばい、じゃなくて、またどこかで。思いっきりふった手は、今も覚えている。約束させた本人がこのざまじゃ笑えないが、とカズは思う。
世界に1人でも自分が死んだら悲しい、と思ってくれる人間がいれば、人は前に進める。そう教えてくれたのは、姉さんだろうに。今度は俺が、教えてやる番だろうか。カズはよく分からない、というカオをするゾロに、言った。


「まあ、お前らよりつきあい長いし。俺に意見求めるよりかは、ずっと思うようにやりゃいいんじゃねえの?少なくとも俺は、姉さんから目を離さない方がいいって言う、お前意見にゃ賛成だ」




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