ポリアンナ

当番制にした方がいいかねぇ。ぼそりとつぶやくと同時に、出ていく足音。
そしてバタンとドアの音。言ってる傍からお前らね。カズは横を見てぼやく。
怒りマークを浮かべつつ、やれやれと肩をすくめて、ちらりと足元に視線を落とす。
はぁーーーーっ、と特大のため息をついた。何個分の幸せが逃げたかは、知らない。


麦わら海賊団は、少人数海賊である。
大海賊を渡り歩いてきた手前、それは日々実感する
所なのだが、カズからすれば、それはそれで面倒なものだ。
女性陣はともかく、野郎は八人。
新しい大所帯の共同部屋での生活となれば、性もない喧嘩、
テリトリー争いなど日常茶飯事。
年齢はもちろん、出身も性格も好みも苦手もばらっばらな仲間たちは、
ただこの旗の下に集まった同士としての共通点から、
妥協とか協調性とか一応計る節はあるのだが、どうでもいいことについては
全くと言っていいほど無頓着なせいで、日常的なことはその比ではない。
たとえば、洗濯物。ただでさえ毎日できるものではない。
だから天候に恵まれた日にまとめてするので、超がつくほどその量が多い。
だが、新三バカトリオは脱ぎっぱなし出しっぱなし置きっぱなしの三重苦。
一応男部屋の隅っこには、フランキーが作ってくれた
前衛的デザインのかごがあるのだが、剣士とコックとおっさん二人は入れっぱなし。
誰も触れやしないし、気づいてすらいない奴もいるという
悲しい現実が横たわっている。つまり誰も進んでやろうとしないのだ。


メリー号に初めて乗ってから、しゃーない、やってやっか、と
腕をまくっていたカズだったが、最近気づいたことがある。
あいにく麦わら一味に、やってあげる的ボランティア精神に
あふれた奴は皆無だ。カズだって単にきれい好きで、
気になったからやっているという自己満足でやっていたに過ぎない。
初めは船長が服をひっくり返したまま洗っていたので、見かねて手を貸した。
基本は自分のことは自分でやれがセオリーなので、手伝うだけだった。
それが何時しか、頼まれるようになり、面倒で自分から
まとめてやるようになったわけで。ついでに掃除もするようになったわけで。
今日みたいに、時折するのが面倒になったりする日もあるが、どうも性分が許さない。

「自業自得じゃんよ、オレ」

どうもやってくれるだろうという無意味な前提が
べっとりと一方的につきまとってくる気がする今日このごろ。
自称のつもりが本業の方が副業になりつつあることに今更ながら危機感を覚える。
今日は洗濯日和だ。





どさっと乱暴にかごを並べる。特大の洗濯機に片っ端から全部つっこめないのが、
悲しいところ。
色モンと混ぜてやろうかね、サンジのアンダーシャツを見て、カズは思った。
オレはどこのかみさんだ。
目も背けたくなる。2、3日続いていた雨のせいで、
もはや何日前のかも分からないような湿った衣類が山積している。
しかも入りきらず山が三つ。分けて、ぽいぽい中に入れ、ホースを引っ張ってきて
水を入れる。きゅ、と蛇口を止め、ホースを出し、ふたをしてボタンを押した。
フランキーが作ってくれた時には地味に感動していた男が約一名。
ノック音がしたので、振り返った。


「よー、精が出るねー、サンちゃん。ものすごくがんばれ」

「生暖かい声援どうも。つーかサンちゃんはヤメロ」

「あはははは、じょーだんだって。ちっさい男は嫌われるぜ、にーちゃんよ」


ジョウロ片手で現れたサンジは、後方から聞こえた声に、
っはい、ナーミさーん!と器用に煙草の煙でハートを描く。
ぷくくと笑うカズに、蹴りが飛ぶ。あっさり避けたカズは、哀れに
こき使われているサンジに、ホースを手渡した。水を入れ、サンジは出ていく。


「・・・何だよ」

「そういや横切ったらさ、いたんだよねー。っつーわけでさ害虫く」


ひきつったサンジにひらひらと手を振って、ドアは、ばたんこと閉まった。


「じょという名の見張り番よろしくー。ルフィたちねらってっぞ」


聞こえたかどうかは定かではない。
瓢風が洗濯かよと爆笑していたフランキーの一張羅のひもを
全部抜いてやったらマジ泣きしたのもいい思い出である。
これからひっくり返したり分けたりする途方もない作業に、
カズはげんなりとため息をついた。
ブランコや滑り台に逃げたルフィたちをとっつかまえて、
ひもをあちこちに張らせる。
いつもなら手伝わせるウソップは、
支部工場に逃げ込んだらしくきれいにもぬけの殻だった。
干すのを手伝わせようとしたら、
サンジから晩飯のつりを命じられているのが目に入り、仕方なく撤収する。
無理だなと大いびきをかいている剣士をスルーして、空を見上げる。
ルフィたちがアイアイサーと叫ぶのを聞いて、何となく敬礼。
おかしくなってわらった。




白いシーツがふくらんではなびく。服が揺れる。タオルケットを伸ばした。
歌のドヘタな母の歌は、いつも音が外れていた。
いつの間にか耳に残ったそれを口ずさんでも、
訳の分からないシロモノになる。
題名もろくに知らないまま、ハナウタがとけていく。
無駄に長ったらしいイントロにはいる。
しかしながらまともにちゃんとした流れを歌えるはずもなく、
あれ、なんかおっかしーなー、と思うモノのループする。
いつまでも始まらない二番目の歌詞。もともとまともに覚えているはずもなかった。
ぱちぱちぱち、と不意に拍手が聞こえて、ぎょっとしたカズはそちらに目を向ける。


「アレンジなされたんですか?」

「よ、よお、旦那。アレンジってなにがでしょー?」

「いえね、私が知っている曲とはまた歌詞が違うものですから」

「・・・・・どっから聞いちゃった?」

「申し訳ないとは思ったんですけれども、そらあたりからですかね」

「ぎゃーっ、全部じゃねーかよっ!」


一気に顔を赤くしたカズは、思わずシーツに隠れる。
まさか人が聞いているとは思っていなかったため、
らしくなく取り乱すカズに、ヨホホホホと陽気な音楽家は笑った。


「カズさんがご存じとは驚きました。あれって女性パートでは?」

「・・・・・ほっとけ!」


ぎゃーと耳をふさぐ。悪夢がよぎった。
いつだったか、海賊マニアのおっさんたちの前で罰ゲームとして歌わされ、
大爆笑を食らってから、歌うのは好きなもののバカ騒ぎしたり
みんなが歌っていたりするとき以外は歌わなくなっていたのを忘れていたのだ。
オンチだという先入観はない。
ただ、当時よくキーが飛び、しかも知らず知らずのうちに
覚えた歌は、幼少の頃の母の歌の影響が色濃い。
カズが歌えるような音域ではいないのだ。
カズは、はーっ、とため息をついた。


「もう一回アンコールといきましょうか!」

「・・・・・はっ?」


バイオリンを構えられて、ぎょっとする。


「ヨホホホホ、いいじゃありませんか」

「やだよ、んなむさ苦しい」

「えーっ!」

「なんだよその歌ってくれるのが前提のえーっ!は!」

「また寂しいことおっしゃるー!」


一緒に歌いましょうよ!と叫ばれ、一緒かよ!とカズは叫ぶ。
はっ、と我に返ったカズは、伴奏をはじめたブルッグに
ちょっとたんっ・・・と言いかけるが、
なんだなんだとギャラリーが集まりはじめたので、さあっと血の気が引く。
耐えきれなくなり、
カズはそのまま洗濯物そっちのけで武器庫に逃亡してしまった。



「あーっ、・・・・・いっちゃいました」

「どうしたんだよ、ブルッグ」

「歌うのか?歌うんだな、歌うぞ!」

「・・・・・ヨホホ、ではどうぞご一緒に!」


ふいー、と武器庫で安堵のため息をついているであろうカズに、
くすりとロビンは笑った。
これから連日しつこいくらいにブルッグからのお誘いが続くことに
なることなど知るはずもない、
ある日の出来事。ちなみに数時間後洗濯は再開された。


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