スマイルマイル2

これで全部だねぇ、姐さん。

書き殴られたリストを上から下まで眺め見て、よしよし、とカズは確認する。ええ、と言葉少なにロビンは言った。深く深くかぶったローブとサングラス。どこの有名人だ、とつっこまれそうな風貌だが、いわれのない中傷を押さえいざこざを回避し、そしてさんさんと降り注ぐ太陽の光を遮る意味で、この夏島においてはあながち間違いではなかった。

一方、幼少から潮風に当てられいたみまくっているカズの赤い髪は縛られ、まくり上げた作業着。ろくに帽子もかぶらない。熱射病になるとロビンから忠告されても、なーにいってんだい、こんなオテントさんが眩しいってのにもったいない、と脳天気に返す。初めこそついつい注意が多くなっていたロビンだったが、あまりにも粗雑な性格のカズに、閉口するしかなくなっていた。


うんしょ、と気合いを入れて、がらがらがら、と引いていく貨車を引くカズに、人混みが迷惑そうに二分されていく。たっぷりの野菜、日持ちのいい海魚、そしてたるに敷き詰められている薫製の肉、たぷんたぷんと音がする水樽。重量は白くなっているカズの指先を見れば瞭然だろう。

くっそ、重めえよ…と愚痴りながらちら、と後ろを見る。見張り番と称して滑車の後ろに腰掛けたままで、のんびりと市場のメインストリートが流れていくのを見ているロビンに、当然まだ17のカズはいらっと来るものがある。せめて押すとかさあ…とつぶやけば能力者であるロビンが執る手段は想像できる。思い出したくもない。言いかけた言葉を飲み込んだカズができるのは、ため息のみ。突然生えてきた白い手に通行人がぎょっとして、海賊マニアの一人がいて海軍に通報、大騒動、は記憶に新しかった。そのへん学習能力があるカズは次第にロビンに対してできる反応が狭められていた。



そもそもこの買い出しは、本来厄介になっている海賊の給仕班が行うべきものである。しかも新人が交代で。だが、やはり海賊たちにとって、まだ色気がない(本人の前で口にした男達はことごとく関節を無茶苦茶な方向で骨折した阿鼻叫喚が浮かんでカズは首を振った)とはいえ、歳の行かないとはいえ、女は目にとまるものらしい。しかも9歳でななつの艦隊を沈めたという罪人だ(カズが思うに、ハナハナの実の能力の限界を優に超えているため、火のないところに煙は立たないが、それ自体の行為はロビンではない。むしろ「オハラ」の生き残りであること、のほうが重罪なのだろう、と考察している)。

ちょっかいをかけたがり、そして拒めば力で、というパターンが多い。手のひらを返したように態度を変える彼らに、ロビンは辟易している節がある。「仲間」を求めている彼女には、あまりにも酷な現実である。

しかし、女と男では埋めようのない差があり、余計な悪循環の前に無抵抗を学んでしまっているロビンとそれをいいことにつけ込もうとしたクルー達を見かけてから、カズは気でもあんのか?と揶揄されるほどに傍らにいるようになっていた。

今回もまた、いざこざの結果もたらされた面倒事が、そっくりそのまま立場の弱いロビンに押しつけられ、じゃあおれも暇だからつきあうよ、姐さん、といつものように腕をまくったというわけである。

初めこそ、ロビンは困惑した。自分より下の立場に対する慈善は、本人が自覚していないとひどく相手を傷つけることがある。それらの感情に敏感なはずのロビンが手を振り払えないのは、おそらくカズが、同情から来る善意でも自己満足からくる偽善でもなく、ただそうしたかったから、というのがようやくわかってきたからである。バカなくらいのお人好しなのである、この青年は。

理由なんていいじゃんよ、どーせ口に出したら嘘っぽくなんだからさ、と理由を問われたとき、カズは困ったようにいった。ちなみに、まあ、下心ってことにしといて、といわれ、含みくらいもたしてよーつれないねえ、とカズがしょんぼりするくらい、それはそれは丁寧にお断りした時点で、恋愛フラグはへし折れているので、この曖昧な関係がそちらに転がることはない、と判断願いたい。





がらがらがら、とようやく港へ続くなだらかな道へとでて、はあ、と一時休憩したカズは、酪農の区画に続いている柵にどっこいせ、とこしを乗っけた。勝手にりんごを拝借して、服でこすってかじる。とがめるような視線に、いーのいーの、おれ常習犯だから、とカズはいった。


「そういやさあ、母の日って知ってっかい?」

「……母を亡くした少女が好きだった花を贈る日、ということで
 「母の日」を創るために活動を展開して、実際にその国の議会で可決、
 成立してしまった日、でしょう?」

「はえー、さっすが学者さま……!すっげーな、おい。
 じゃなくてさ、その日に送るカーネーションってあんじゃんか」

「カーネーション…原産は」

「じゃなくて、色の話したいのよ、おれはね」

「色?」

「おう、確か白は亡くなってる人、赤は生きてる人だろ?」

「……ええ」


じゃあ私の場合は白い花かしら、とロビンはオリビアと同じ色のカーネーションを連想して、ぴったりだわ、と自嘲気味に笑った。そっかー、とカズは食べ終わったりんごの芯をぽい、と路肩に投げると、黙祷を捧げる格好をした。きょとん、としているロビンに、にへら、と笑ったカズは何もいわず話を続ける。


「じゃあさ、死んでんのか生きてんのかわかんない場合って、ピンクでいいのかねえ、
 姐さん」

「…さあ…?」


ぱちぱち、と瞬くロビンに、カズはきいてよー、とばかりに足をぶらつかせた。


「『瓢風』って知ってるっしょ?」

「…瓢風のエミュのこと?かの有名な金額さえ積めばどんな汚れ役でも
 仕事でもやってのける海賊専門の何でも屋…たしか賞金は個人に
 掛けられている最高記録…」


ロビンに掛けられている金額よりも上であると記憶していた。


「今はその1.5バーイね。足かせになってた息子が海軍に「保護」されたから」

「……カズさん、アナタ…」

「そ、元その足枷ってのは、おれなわけでねー。2年前にさ、
 とあるおんぼろホテルで厄介になってたんだけど、
 かくまい先のおふくろのいっぱい居るオトモダチの一人が
 こともあろうに横流し」

「…裏切ったの?」

「大人の事情ってやつっしょ、たぶん。おれ、その日風邪こじらせてたから、
 部屋で爆睡しててよくしらないんだわ。
 で、起きたらへやン中すっからかんよ、もーびびったて。
 泣きたくなってお袋探し回ってたら、海軍が押し寄せてきて
 がしゃーんって牢屋行きだもんよ、うん」


もうあのご飯はたべたかねーわな、と遠い目をする。エミュの息子には「危険因子」ということでロビンよりは低いものの、それなりの金額が掛けられていたことをロビンは思い出す。手配書は前衛的イラストにより、判別不能だったが。しかしながら、エミュの息子はあくまで賞金首の母親から引き離し、健常な家庭で育てられることが目的だったことから、あくまでもそれは建前に過ぎない、と聞いたことがある。なのでカズは生まれた瞬間から賞金首であるが、よく考えれば、現在海賊家業のまねごとをしているが、賞金稼ぎを目指そうと思えばまだ引き返せる立場にいるのだ。どうやらカズは毛頭そんな気はないらしいが。


「おふくろが残してくれたのは、こいつらだけなんだけどねえ」


そう言ってカズは腰に下げられた二丁の拳銃を叩く。


「ま、なんとか逃げて、お袋を捜して早2年ってわーけ。
 一発なぐんねえと気が済まないしな!ってわけで、
 どっちかわかんないんだけど、どーしましょ?」
 

まあ、あの女が死ぬわきゃないんだけどね!と笑うカズに、じゃあ赤くていいんじゃないかしら、とロビンはつられて笑った。そっかそっか、とカズは満足そうに笑う。ロビンは自分より2つも年上のカズがどうしても年上に見えないのは、こういう子供っぽさにあるのだろうか、と考えてみた。かまって欲しい、聞いて欲しい、なら愛想よく振る舞ってみよう、と言う一種の同化現象。平気で嘘着いてきたから、今更どこまでが本音で嘘かわかんないんだよね、自分でさ、とごちていたのを思い出して、少し笑えた。


「不安だったりすんだよねー、ぶっちゃけさ」


曖昧に笑うカズが珍しくて、ロビンは聞き返した。


「身勝手だし自己中だしおれのことなんて、
 どーでもいいのかもしれねえのはうすうす感じてんだけどねぇ、正直。
 さすがにもうおれも17だしさ、嫌でも見えてくるもんとか
 あっじゃない?いろいろ。でもやっぱり、ダメなんだよなあ…。
 期待とか希望とかもーがきんときに散々裏切られてきたのにさ、
 バカの一つ覚えみたいに夢見てんの」


ばっかみてえ、と笑うカズに、ロビンは相づちしかうてない。

カズは「愛されている」という自信に満ちあふれている、そういう暗黙の了解があったのかもしれない。大きな認識の前提として。おそらく、エミュが逃亡のためにカズを置いて逃亡したという事実を把握していながら、それに絶望することなく裏切られたと悲観することもなく、ただ前向きに積極的な再会を望んでいるのだ。少なくても、ロビンは途中まで考えていた。その無邪気さは、かつてロビンが本を読むのが好きだし、みんなが学者だから喜ばれたい、自分も学者になりたい、母と同じ職業につきたいと言う純粋な気持ちに通じる。彼らを忘れたくないし、自分の夢を諦めたくない、と言う意地も絡んできているロビンからすれば、あまりにも希望に満ちあふれていた、はずだった。

ぽつりぽつりと話すカズの思い出は、いつも一方通行で、そして返されることのないもの。だっこをせがんでも、暑苦しい、と蹴られるとか、そんな些細なもの。積み重ねられる経験はどうやらカズを臆病にしているらしかった。一方通行な好意に慣れきっていて、ロビンが驚いてその好意の返答に窮すると、返答され掛けていたことに驚いて、すっかり引っ込めてしまう。別の理由に置き換えてしまう。少なくても今現在のカズのお節介は、すっかり親切が前提に置き換わっていた。

それなのに、この青年は、未だに母親の愛情に飢えている。諦めきれずにいる。

ロビンは静かにその理由を聞いた。


「親父が処刑された日にさ、初めて親父だって教えてくれたんだ、お袋。
 誕生日プレゼントだって、声の入ったダイヤルくれて。
 たぶん、トラウマなんだろーな」


マザコンだよな、ようするに。うあああ、道理で姐さんに振られるわけだ!とカズは苦笑した



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