スマイルマイル

「オレァ、カズって呼ばれてんだ、よろしく。仲良くやろうぜ、姐さん」


に、っと笑ったカズを名乗る少年に、ロビンは(ええ)と小さくうなずいて、握手を交わした。彼は、ロビンよりも一つ年下で、かさついた手をしている。ロビンよりも遥かに日に焼けて、褐色で、大きい。強烈な赤髪を後ろで無理矢理結い上げている彼は、金の瞳を細めて人懐っこそうに笑った。古びた作業服姿の彼は、曰くロビンが匿ってもらう海賊の下っ端の下っ端の下っ端の下っ端で、主に雑用をこなしているそうで。汚れの染みついた格好ながら、
底抜けに明るい雰囲気は、どこか様になっていた。ロビンよりも背が高く大柄で、豪快に笑う姿が印象的。限りなくロビンとは対極の人生を歩んでいるように思われた。


「私は、ニコ・ロビン。ところで、姐さんというのは?」

「インスピレーションって大事だと思うんだ。勝手にそう呼ばしてもらうよ、いいだろ?」

「ええ、かまわないけれど」


今まで興味本位の好奇心から近づいてくる、あるいは遠ざかる、人間としか、渡り合ったことも出会ったこともないロビンは、正直当惑していた。普通に挨拶がてらに自己紹介して、笑顔でしゃべりかけてきて、しかも平然と会話する人間は初めてなのだ。とりわけ特殊な人種のように、ロビンが感じたのも無理はない。
海賊のクルー、とも自称することが許されないような下っ端とはいえども、私の事は知っているだろうに、と思うわけである。オハラの悪魔について耳にしたこともない無知な人間、よほどの田舎者、あるいは他人に興味のない無関心な人間、いずれかの類しかこのような反応をロビンは見たことがなかった。どれにも微塵もかすりそうもない人間を前に、内心ロビンは首を傾げた。


「オレのことは好きに呼んでくれてかまわねえよ」

「・・・・・カズさん、とよんでも?」

「さんはいらねえけど、まあいいや」


もしかしたら、ロビンが想像を絶するほどの寛容さをそなえているのか。ロビンと似たような理由、ないし状況を抱えていて、一方的に親近感を抱いているのか。カズを見る限り、後者は違うと断言できるとロビンは考えた。日々追われる身となっているロビンからすれば、こんな風に人は鮮やかに笑えないはずなのだ、
絶対に。疑心暗鬼、人間不信、自己嫌悪の繰り返しの中で、日々悩まされ、慢性的な寝不足を抱えている立場からすれば、どれだけお気楽な人間だとうらやましく思わざるをえない。

結局、長い考察の末に、ロビンがはじき出したカズへの印象は、警戒する必要はないが
決して好意を持てない人間というものになった。ロビンの心境など知るはずもなく、カズは手を合わせた。


「ごめん、まだ荷造りしてねーんだ。一応案内するけどさ、1時間ほど待ってくんない?」


申し訳なさそうに(だってついさっき言われたんだよ、おやっさんから)と言う。今日からロビンが生活する部屋確保のために、どうやらカズはとばっちりを食って、隣の埃だらけの空き部屋に移る羽目になったそうだ。なら、仕方ない。一気にテンションが下がるが、鉄壁の仮面が微塵も心理を吐露することはない。カズはと言えば、つん、とすましている新人に突っかかるわけでもなく、入ってきて突っ立ったままの新人の世話を焼きはじめた。もちろんカズの説明は、ロビンの耳に微塵も入っていない。その優しさが、なおさらロビンを困惑させて、思考も身体も硬直させていることに、
カズは気づいているのだろうか。

カズの案内で連れてこられたのは、小さな部屋だった。ロビンは思わず目を奪われる。
もっとぐちゃぐちゃに服などが散乱している先入観と偏見を見事に裏切られ、ハンモックと
ソファと固定の洋服ダンスに机とイスと膨大な数の本の収納された棚。こうやるんだ、とカズはソファによじ登って、なれた様子でハンモックを下ろし始める。なるほど、と相づちを
うって、すぐにロビンは吸い寄せられるように、本棚に向かった。


「教養があるのね、ここの海賊さんは」

「いんや、それ全部オレんだよ、姐さん。まあ、正しくは、お袋のだけど。」


弾かれたようにロビンはカズを見た。(本当に?)ときくと、(おうよ)という明快な肯定。(読んでもいいかしら)と聞いたロビンに、カズは(お構いなく)と笑った。あきらかに希少価値の高い本、本、本。失われた巨木を思い起こさせた。ロビンですら読んだことがないような、歴史書や航海日誌、さまざまな本が山積している。ふと目にとまった本を手にしたロビンは、そこからひらりと抜け落ちた紙切れを拾い上げた。しおりだろうか、と二つ折りのそれを見たロビンは、衝撃のあまり息をのむ。古代文字と現代文字の対比図が、びっしりと書き込まれていたのである。すなわちそれは、あの段ボールに私物を放り込んでいるカズが、ポーネグリフについて記した書物の所有者であるという証拠。ロビンは不意に、突き上げるような所望の衝動に襲われる。でも、これは今日知り合ったばかりのしかも異性の持ち物だ。驚きはさながら、めまいを覚えるほどで、ロビンは自分以外にもうひとり、この世界に失われた歴史を知るすべを持つ人間の存在を知った瞬間だった。


「なあ、姐さん」


びくり、とロビンは肩をふるわせた。そしておそるおそる振り返る。そこにはカズが立っていた。そして、まっすぐ金の瞳で見つめられる。


「なに?」

「ほしい?それ。」

「………ええ、とても。」

「じゃあ、あげる。」

「本当に?」

「いいよ、オレじゃ宝の持ち腐れだ。ちゃんと価値の分かる人が持ってた方が、それにとっても幸せだろうし。」


カズは、満点のほほえみで、口元に人差し指をかざした。


「ないしょってことでよろしく」

「えっ?」




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