第四話

お月見山の洞窟内を進んでいくと、水のせせらぎが聞こえた。どこかでわき水でも沸いているらしい。ひんやりとした空気があたりをつつみ、うっすらと汗がわくほど湿気が立ち込める。ルートの外れに、地図には記入されていない穴があった。意図的に石をどけられた形跡があり、まだ新しい。なにかあるのか?穴抜けのひもが唯一の手段である下に飛び降りたグリーンは、飛び出してきたポケモンに、なるほど、と呟く。



「ひのこ」



間髪入れずに吐き出された猛火。突然の襲撃に反応しきれずもろにかぶったポケモンは、黒こげになって倒れてしまった。ボールを投げる。おさまったそれを拾い上げ、図鑑を確認する。パラスの生息域のようだ。かつん、かつん、とただ足場の悪い道を行く。時折、ポケモンたちが息をひそめて、ハナダへいくため、もしくは捕獲のために足を踏み入れるトレーナーに気づかれまいと懸命に息を殺す声がする。ひとかげを先頭に、グリーンはもくもくと先に進んだ。






ひんやりとした空気が裂ける。






「ピッピ、火炎放射」



ジムでモニター越しに焼き付けたトレーナーの声がして、思わずグリーンは足をとめた。岩場の先に、希少種のピッピを手持ちに戦うコウキがいる。隠れる理由はないが、なんとなく、声をかけるのはためらわれて、顔を上げるヒトカゲと傍観を決め込む。まるで魔法使いのように指を振るモーションから、ひのこよりも桁はずれな煉獄が襲いかかる。ノーマルタイプは弱点が少なく、覚える技のレパートリーは屈指のものがある。だがお月見山に出現するポケモンは、ノーマル技を半減する「いわタイプ」をふくむポケモンが多い。なぜピッピを先頭に出しているのか、グリーンは分からなかった。レベルが高いのか、一撃で倒れる。うし、とコウキはつぶやいた。



「いいよねえ、パラスしか出ないなんて良すぎるぜ」



たしかに気候的に湿気を嫌うポケモンはよりつかない。どうやら訓練していたらしい。コウキの強さを垣間見た気がしたグリーンだった。



「後は月の石回収して終わりだな」



お前も早く進化したいもんなー、とボールに戻ったピッピに語りかけるコウキの声がきこえる。ふいに、コウキが振り返った。反射的に身構えてしまう。



「っつーわけでさ、付き合ってくんないかなぁ、グリーン」



ストーカーは犯罪でしてよ、あーた。その言葉に、ばつが悪くなったグリーンは不機嫌に顔をゆがませた。



「いつから気づいてた?」

「んなもん、オレしかいないってのに、ひのこなんて声がしたら普通誰かいるって思うっしょ」

「・・・・・独り言、直せよ」

「ぎゃーっ」



オーバーリアクションな声に、うるさい、と苛立ちながらグリーンは両断した。



「何してるんだ」

「見てのとおり、キノコ狩り」



努力値とかいってもゲーム特有の概念だしわからんよなあ、と呟いたコウキの心の声が聞こえるわけがなかった。はあ、と溜息をついたコウキは、どことなく落ち込んでいるように見えた。









「リーフィア、剣の舞」

しゃきんしゃきんしゃきん、と鋭利に研ぎ澄まされていく針葉樹にもにた尻尾。単草であるというそのポケモンは、もちろんグリーンは初見だ。興味もわく。直観的にイーブイの新たな進化経路と判断したグリーンを、コウキはさっすが、と笑った。シンオウ地方や森といった地名を口にしたので当たり前だが出身なのかと聞く。一部地域でしか発生しない進化経路などどの研究書でも見たことがない。そしてあまりにも懐かしそうに話すコウキが、違和感だった。


わざわざカントーにまで足を延ばすとはよほど実力を持ち、かつ向上心あふれる人間、しかも生活や旅費に困らない資金源があるから、どこかの金持ちかもしくはスポンサーがいるか。もしかしたらどこかのリーグ経験者かもしれない。ポケモンセンターに付いたら調べてみるか、とグリーンは思った。直球に聞いても彼はするりと得意の話術でごまかしてしまう。



グリーンの手持ちは、お月見山に出現する多くのいわ・じめんタイプを弱点とするポケモンが重複する。無論ポケモン図鑑を完成させるために捕獲した要因の中には、マンキーもいるものの、いかんせん今までの経路の中で草や水といったタイプに巡り合うことはなかった。レベルでカバーするとはいえど主力のリザ―ドのわざがことごとく半減されるのはつらい。だから、とはいわないが、いまだに謎だらけの、しかもろくに名前しか知らないが途方もなく強いであろうコウキと肩を並べて歩く今の状況はいつもの自分ではありえないと自覚していた。リーフィアのほかにも何体かシンオウのみに生息するポケモンが出てきたが、いずれもレベルはずば抜けていたのだから。



「おいおい、グリーン、なにぼさっとしてんの!吸血地味に痛いんだからはやく攻撃してくれ!」

「どちらを攻撃するかは、オレがきめるんだ。口を出すな」

「ダブルはけっそくだって!あーもう、ゲンさんたちを思い出させないでくれよーっ!」

「?」

「ああ、なんつーかその(今って絶対バトルタワーないよな)バトルをよく組んでた人たちがいたんだよ。
 時々めちゃくちゃなことするんだけどさ、これが・・・」



だれがスカーフ巻いてつのドリルをヌケニンにぶちこめっていったよ、むしろどうでもいいところで回復とかいまひとつの攻撃とかして形勢逆転されんなよ、ちくしょう。愚痴が憤りに変わっていく。グリーンは聞き流しながら、とりあえず相棒にズバットへひのこで攻撃させた。



「いつまでぼうっとしてるんだ、コウキ」

「うえ、あ、わりい、リーフブレードっ!」


あざやかな閃光が走る。四足でかけぬけた攻撃が見事イシツブテを倒す。なにっ、とただただ驚いている黒ずくめの男たちに、にへら、とコウキは笑う。グリーンもリザ―ドに攻撃を命じようとしたが、ちょいまち、っとコウキが血相変えて制した。どうした、と邪魔された反動で声を荒げたグリーンだが、あ、いや、その、とコウキは我に返った様子で口ごもる。迷っていたが、コウキは言った。



「オレ、ポケモンにはバトル以外攻撃させない主義なんだ、わりいね」

「は?」



一瞬意味がわからなかったが、気づけばコウキはポケモンをしまうとすぐに駆けだす。そしてあっという間にロケット団の下っ端たちを卒倒させる。あっけにとられていたグリーンは、甘いことを、とつぶやいてリザ―ドに攻撃を命じたコウキはポケモンにバトル以外で戦闘させたことがない、と言っているようなものだ。変わっている。
だが、確かにポケモンは必要ないほど、コウキは容赦なかった。一人抜かりなく、つぶす。お月見山の通常のルートにところどころにある階段を下っては、パラスの生息域をぬけ、ロケット団に奇襲をかけていた。

ロケット団との接触率が無駄にたかいらしい。あなぬけのひもで捕獲した下っ端たちから賞金とアイテムを回収し、コウキはホクホク顔で笑った。



「おー、ポイントアップめっけ!」



リュックにしまおうとするので、おい、と制止する。協力しているのだから見合う報償をよこせとばかりに手を差し出せば、えー、とコウキはぼやいた。



「月の石じゃねーじゃん」

「賞金もらってないぞ」

「・・・ほい」



まあいっか、とコウキは名残惜しそうにそれをグリーンに投げてよこした。























途中、今日が月曜日であることを思い出したコウキが引き返し、観光ルートとなっている広場に出た。そして何を思ったかなにもない、ただっぴろいそこを抜け、お土産やにたちよる。不審に思っていたグリーンだったが、そこの老人から、あたりじゃよ、と言われたコウキの笑いについていく。その先には、ひとつのおおきないわがあり、周囲をピッピ達が取り囲んで、踊っていた。今日は満月だった。彼らが去った後、コウキはビーダルというポケモンでいわくだきを発動させ、なかから月の石を回収した。


「ほい、約束の月の石」

「・・・ああ。それにしても、」

「なんでしってっかって?オレが一番尊敬する人からの情報ね。そのひとこっち出身だから、いろいろ聞いてたんだ」

「会いに来たのか?」

「いんや、むしろ会うための手段を探してるっつーか」



世界が違うんです、って言っても信じてくれないよな、とコウキはつぶやいたが、グリーンは知るはずもない。
ただ、わからないだろう、と前提にため息をつかれ、少々複雑な気持ちになった。とりあえず引き返す道筋で沈黙が重い。静寂は嫌いではないが、この居心地の悪い沈黙は好きではない。グリーンは、話題を振った。



「コウキ、ジムで使用していたフーディンの習得技はどうやったんだ?レベル習得じゃないだろ?」

「あぁ、きあいだまのこと?」

「きあいだま?」

「(あー、まずった。レッドさん、新技だって言ってたっけ?オーキド博士の孫じゃ知らんかなあ。 だいたいこの時点でとくこうとこうげきって別れてるのか・・・?」

「コウキ?」

「なあ、とくこうって知ってっか?」

「とくこう・・・とくしゅこうげきのことか?ひのことか」

「じゃあ、ハッパカッターはどっち?」

「とくしゅだろう」

「・・・やっぱ変更前っすか・・・」



(本来、赤や緑を前提にしたポケスペですから、とくこうはなく、攻撃のみでしかも努力値はすべて一律に 500ふれたようですが、FRなどを参照にします。ややこしくなるので。ちなみに仕様変更とは、 いままでタイプで一律(たとえばハッパカッターは、技の仕方に関係なく草タイプなのでとくしゅ) だったこうげきととくしゅのくわけが、DP以降はなおさら詳しくなり、ハッパカッターは物理です)



「格闘技だよ。PP5、威力120。命ハッパカッター中は70。いわとかはがね対策」

「・・・イワークは防御がたかいぞ?」

「特殊攻撃なの、あれ。じゃなきゃいれるか、あんなリスクのある技。シンオウのほうのデパートで買ったんだけど、ぶっちゃけ入手はむりっぽいよ?たぶん、ない」

「どういう意味だよ」

「・・・・・」



さすがにごまかしがきくとは考えていないのか、コウキはあはは、と困ったように笑った。



「俺の記憶自体が、いかれてるらしいから」

「?」

「ロケット団の研究所跡地で保護されたらしいぜ、オレ。シンオウのフタバ出身のトレーナーだっつってんのに、存在しないんだと。さいわい保護先がいろいろいじってくれて、 戸籍とかの問題は大丈夫だけど、誰も信じてくれないんだよねえ。まいったわ」



ホントは並行世界からきたと思うんだよ、うん。しかも10年先の。



突拍子もないことを真剣な口調でいいはじめたコウキに困惑しつつ、必死でグリーンは話を脳内でまとめる。
コウキは、どこか必死だった。



「・・・つまり、未来の並行世界から来て、落ちた先が研究所だったっていいたいのか?」

「そー」

「なんでおれには話すんだよ」

「だってあんときは精神病患者扱いされかけたから、トラウマもんなんだけどさー、ぶっちゃける人いないと
 けっこうやばくなるわけです、いろいろね。それにグリーンなら、いいかなって」

「なにが」

「ぶっちゃけると、オレ、この世界、知ってんの。なんせ10年前の有名な有名なお話だからさ。漫画になってた。保護先のことはよくわかんないから、 知識ぶつけようがなかったけど、お前のならいっぱい情報持ってるし、証拠になっかなあ、って。 それに信じてくれなくても、あんたなら聞き流してくれるだろ?」

「たとえば、何を知ってるっていうんだ」

「爺ちゃんはオーキド博士でナナミさんっていうお姉さんがいる。留学済み、俺と会った後、ミュウに及ばず撤退、 そこでレッドとあう。ポケモン図鑑もってる。ピカチュウを手なずけられないレッドを挑発して、ジムに参戦。
 二人ともゲット。まあオレもだけどさ。あーそうそう、ガルーラゲットしようとして、こどもがいるからやめろって
 レッドに邪魔されて捕獲失敗してるよな。・・・ガルーラってメスしかいねえし、たまごから生まれた時点で
 もう子供いる謎生物なんだぜ、あれ」

「・・・・・、卵?」

「あー、三年もすりゃあ、ウツギ博士って人がなんか発表する。ナナカマド博士がおれにポケモンくれるんだけどさ、 たしかそんときにはポケモンは9割が進化するらしいぜ?でも卵を産む瞬間はだれも知らないから一応謎なんだけど。 リーフィアがおぼえてる「あくび」は、その卵からうまれたポケモンは一定条件満たせば技を「遺伝習得」できる。 それを応用したんだ。ドーブルとイーブイで」

「・・・・・・・・・・」



まあ、信じてくれなくてもいけどさ、つき合わせてごめんな、とコウキは笑った。沈黙し、思案顔でいるグリーンを待ちながら、コウキは手持無沙汰で適当に石を蹴とばした。



「どうやってこちらに来たか、わかるか?」

「時をつかさどるポケモンって神話があんだけどさ、いろいろあってオレ、そいつと遭遇したの。 そしたら、「ときのほうこう」・・・ってあれなんだろうな。はかいこうせんのドラゴン版 みたいな技くらってさ、そん時に巻き込まれて時空がゆがんで、気づいたらベッドってわけ。  ど?」

「・・・わかった」

「マジで?!」

「どこまで知ってるかはしらないが、聞く気はないからな」

「さすがにんなことはしねーよ、未来変えたくないもの。そこまで責任負えねえし」

「で、巻き込んで、なにするつもりだよ」

「あっはっは、えーと、時空に関するポケモンってあいつだけなのか聞きてえなって。 セレビィとか一応名前は聞いたことあんだけど、実態どうかは知らねえし。 だから生息域しらべて、なんとか接触できねえかしらと」

「わかった。オレしか知らない情報をここまで提示されると否定のしようがないしな。だから」

「から?」

「その保護先ってのも教えろ。お爺ちゃんになんとか説得してもらえるよう頼んでみる」

「おおお!さんきゅ!」



さっすがはグリーン、とコウキは笑った。ありがとう。意気揚々とした声が、響いた。



「元の世界でも本当にただのトレーナーだったのか?」

「あはは、ぶっちゃけると元チャンプです」

「どこが普通のトレーナーだ」





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