第二話

受信専用のレシーバーが鳴る。

オレは路地を曲がると裏路地に入り、周囲を見渡す。気配は感じられない。溜息一つ、覚えたばかりのキーワードを告げた。鈴を転がしたようなおしとやかな彼女の声がして、オレは、馬鹿にしてんの?、と開口一番問う。どうかなさいまして?と言われたので、受話器に押し当てたまま小声で話す。ニビについたと告げたあと、ジムリーダーに面会を求めたのに門前払いを食ったんだけど、話が違うじゃねーの、とやや困惑気味にとまどいをまじえて。

オレはただ、ジムリーダーに会ってくるように言われただけであり、そのほかの情報は一切与えられていない。つまるところ指示待ちなのだ。彼女はおそらく笑顔なのだろう、ふふと笑みを結ぶのが想像できる。



「正式にお会いしてはいかがですか?」



この野郎!一方的に切られた通信に、呆然と立ち尽くしたオレ、かわいそう。




そういうわけで、正式に会いに行くべく、正面からジム戦を挑む羽目になったコウキです。ちくしょう、こっちじゃ無効だけどチャンピオン舐めんなよ。そういやイワークに電気技がきいたよなあ。ピカチュウの電撃がスプリンクラーを誤作動させて、シャワーが直撃して弱っているところへの攻撃だったのか、地面から離れたため電気を逃がせなくなったのか、それともあの岩の連なりを分解されたのか。其れ以外の原因によるものだったのかは定かではないものの、とにかくオレからすればありえない。常識を無視したものであることは確かだった。マンガかアニメか時折見られる現実では絶対に起こりえないであろう描写に眉をひそめることもけっこう多かったけど、それはそれ、と割り切れるっちゃー割り切れてた。今までは。


でも、オレがいる世界は、その漫画な世界なわけでね、異和感満載なんですよ、うんうん。もしかして、電気技最強伝説?やっちゃおっかなー。ためしちゃおっかなー。ジムリーダーの繰り出したイワークを見上げて、ためそうか迷いが生じる。ずいぶん余裕だなって?そりゃあシロナさんにリーグは賞金稼ぎ場でもレベル上げ場でもないってほっぽり出されるくらいひっきりなしにいってたおかげで、オーバさんのハガネールに見慣れてるから。むしろ物足りなさすら感じてたりして。


手をかけたボールに、いや、でも、と止まる。オレの常識通りなら、ジムリーダーは電気技は地面に無効だということすら知らない初心者で、途方もないバカって思われる。こいつの防御では一撃で倒せなかった場合、確実に大ダメージを食う。あとに控えがいるなかで、とてもではないが無理はさせられなかった。隣のボールからポケモンを召還する。



「フーディン」



彼女はそこらのポケモン捕まえてトレーナーしたらって、言われたんだけどさ。そんなことしたら、ただでさえトリップしたてで慣れない環境にストレス溜まりっぱなしのポケモンたち、いつか絶対爆発しちゃう。オレ、まだ死にたくないし。っつーわけで、マジで行かせてもらいます。わりいね。オレもいろいろ溜まってんのよ、うん。
オレのポケモンってさ、ホウエン・シンオウ中心でね、カントーのやつあんまいないんだけどさ、そんなこと気にしてたらきりないから。自重しないよ、オレ。彼女がなんとかしてくれるらしいので、OK.



にしても。



バトルタワー対応の技構成は失敗だったなあと改めてオレは思った。一戦ごとに回復してくれる親切システムのおかげで安心して全力を尽くせるけど、おかげでパーティの技ppは少ないものが多いんだ。おかげでパーティにおいて、万全の態勢でこのバトルに望めるポケモン(たとえ一撃で粉砕してきても)の中で安全なのは、こいつだった。





四方の観客からざわめきが起こる。バトルタワーという閉ざされた観客なしのバトルフィールドでの相手との一対一の勝負に慣れきっているオレには、緊張感がひしと迫ってくるものがある。コンテストに全く興味がなかったためいつも母に怒られていたのをぼんやりと思い出す。恥ずかしさがこみあげてきて、顔がほてり赤みを帯びた。つばを飲み込み、震える汗のにじむ手でボールをしまう。レフェリーと視線が合う。誇張気味な解説員のオレの勝ち上がってきた戦闘傾向が読み上げられ、観客は盛り上がりをみせる。オレはジムリーダーを見た。

懐かしいなあ、この感覚。ようやく戻ってきた感覚に、ひそりと安心のため息。イワークを見て気圧されたと履き違えたのか、タケシは挑発的に笑う。ばーか、誰が負けるか。





レフェリーの笛が響いた。指示を出す。かき消すように、タケシの声がスタジアム中に反響した。



「イワーク、しめあげろ!」



衝撃波が飛ぶ。襲いかかる轟音に、オレをかばったフーディンをとらえた岩石の尾がぎりぎりとしめあげる。飛び散るがれきをよけたオレは、あわてて安全地帯に逃げ込む。あっぶねー、殺す気か!・・・・・はっ、こっちじゃバトルはトレーナーも攻撃対象だっけ。こええええ。忘れた、と冷や汗をかく。うっかりしてたよ、オレとしたことが。




フーディンの悲鳴はない。観客の驚きがこだまする。タケシは違和感にオレを見る。さっすが、ジムリーダー。さえてる。



「おーっといきなりフーディン動きを完全に封じられてしまった!すさましいダメージです。あまりの猛攻に声すら上げられないのか?どうする、フーディン!」



うっせーなあ。冷静に中継しようぜ、お兄さん。ほら、もうタケシは違和感の正体に気づいてボールを手にしてるよ。フーディンのすばやさは、はるかにイワークをしのぐんです。先制をとれるわけがない。



「きっ消えた!フーディンが消えてしまいました!いや違う、なんとイワークに締めあげられていたのは、身代わりでした!なんという完成度!実体はどこなんでしょう?おお、いましたあそこです、イワークの背後です。なんてスピードだ!」





指示した。





「アンコール!」





「イワークの動きがおかしいぞ?身代わりが消えてしまったのに、体勢を戻せない!技を繰り返しています!どうしたんでしょうか?」



だからアンコールだよ、とひとり呟きつつ、タケシが苦い顔をしてイワークを戻すのを見届ける。指示を仰ぐフーディンに、はずしたら飯抜きの刑に処す、と忠告した。あたれあたれあたれあたれあたれっ!命中率100パーセントでも何回も外してしまうクオリティを発動する場所を経験してきたオレにとって、それだけが唯一の願いだった。サイキネは半減され一撃で倒せないので、反撃されたらきつい。よく考えてみれば、イワークは岩・地面。鋼は入っていないためエスパータイプの技は等倍なのだが、勝手が違うバトルに冷静な判断を欠いているオレは、履き違えたまま命中率最悪の技しか選択肢にないと思いこんで命じた。

ゴローンが現れる。



「きあいだま!」



「ひかりの塊がごローンに襲いかかる!いったい何が起こったのでしょうか?効いてる、効いてます!
どうやら格闘わざだ!こうかはばつぐんです、すさまじい破壊力だ!あれだけ頑丈なはずのゴローンが一撃でダウン!すごい、すごすぎるぞなんなんだあの技は!」



だからきあいだまだって、と解説員の発言の意味が理解できず首をかしげる。とりあえず当ったのでそれだけ胸をなでおろす。あと2回あたればいい。信じもしていないどこかの神様に祈った。そもそもポケモンセンターが奇襲されることがはじめからわかっていたのに、ボックスから回復アイテムを補充するのを忘れるという大ポカをしたオレの責任だ。


ポケモン図鑑完成にも、コンテスト入賞にも全く興味がないオレは、バトルとポケモン育成に全力を注いでいる分、育て上げた精鋭部隊には絶対の自信を持っている。負けることもプライドが許さなかった。すべては本気クロツグをぶったおして父さんについて話を聞くため。つっぱしってきたんだ、なめんな。



「おっしゃ、いくか」



会心の笑み。フーディンは誇らしげにスプーンを掲げた。



モニター越しに、彼を驚愕と羨望のそれぞれで食い入るように見ている少年と出会うのは、またいずれ。ちなみに、ゲットしたグレーバッチに組み込まれたチップを運ぶ任務を進行形でしていることに、彼自身が気づくのはまだ先のことである。


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