第一話

「はいはーい、ハロウ、ダーリン」

ふざけた言葉の一息後に、メモも許してくれなかったパスワードをうろ覚えに告げたオレに、ごきげんよう、とやや憤りを伴った彼女の声がする。はやく覚えてくださいな、と催促を頂戴してしまい、はーい、お嬢様、と肩をすくめた。コウキさん、とふざけないで下さる的な制止をもって、オレは茶番をやめた。いいだろ少しくらいさ、そーじゃなきゃやってらんないっての、ロケット団の偵察なんて。例の勘違いで彼女の下っ端をする代わりに戸籍とかもろもろ用意してもらうことになったオレは、さっそくやつらを追ってマサラタウンの外れまでやってきた。ポケモンセンターにお世話になりっぱなし。一応軽く髪を染めてカラコン入れていままできたこともない服をきて、わかりやすく言うとオレは現在進行形で「どこにでもいそうなエリートトレーナーな格好(ダイパ仕様)」。

「些細なことで構いません。組織の活動の一端をつかんでください。無理はなさらず」

それにしてもどうしてこんなところにやつらが、と彼女は不思議そうにつぶやいた。
ミュウを追っかけてきただけじゃね?なんて言えるわけもない。なんで発信機までついてんだよ、この受信専用機。盗聴されないよういろいろカネや手間をかけているらしいそれは、壊したらとんでもない金額(たぶんバトルタワー最上階まで行っても支払えないねうん)だから放置するわけもいかず。オレが不審な行動をとったらすぐ屋敷の監視下という名の保護下に逆戻りなんで、死んでもごめん。どうせならポケスペキャラに会いたいってのが筋ってもんでしょう、というわけでなんとか手に入れた制限ありまくりな自由だ。満喫したいジャン。

オレは今、原作知識を頼りにマサラタウンの西の森にいた。彼女は独自ルートで組織の行動を把握しているらしく、やつらが明らかな行動を起こしたら、張り込み取材できるような場所をすでにつくってた。今丁度、到着したとこ。木々の上の上に、すばらしく狭い部屋が一つ。本当は別のやつがするはずだったらしいけど、絶対に接触しないことを条件に(ただのトレーナーなオレが狙われるわけないのにね、勘違いって怖いよ。まあ目付けられたり顔を覚えられたりしたら嫌だからしないけど)オレがすることになった。

要するにパシリダネ。

改めて連絡します、と彼女は途切れた。




「ミズゴロウ、たいあたり」

ただいま育成途中ですっかり忘れてるのをボックスで発見して、育てなきゃとリュックに入れてるのまた忘れてたミズゴロウでキャタピー狩り。あいかわらずうまくポケトレが連鎖しない。HPあげたいだけなんだけどなー、ビッパもアニーちゃん(ズイの下で仕事サボってるカウガールなビっパ使い)もいないから効率悪いことこの上ない。初めこそ久々のバトルに勝手がわからず戸惑ってばかりのミズゴロウだったが、すぐに慣れて突っ込んでいく。強烈な一撃に倒れたが、やがて草むらに消えていったキャタピー。何体目だっけ、・・・・・あと28体ですかうわあ。

「ん、どーした、ミズゴロウ」

ミズゴロウの髭がぴくぴくと動く。やがて全体の震えが走って、おびえたようにオレを見上げた。足にまとわりつく。オレは、心配になって抱き上げる。じたじたと暴れ出した。いてっ!ミズゴロウはオレの腰からモンスターボールを落とすと、勝手に戻ってしまった。変なやつ。

肩をすくめたオレは、あたりを見渡した。モンスターボールを戻す。

しん、と不自然に静まり返る、森。
ポッポの泣き声すらしない。静寂があたりを支配する。不思議な緊張感があたりを包み込んでいた。ポケモンは人間より感覚が敏感だ時から、時折こういう反応をするんだ。たとえば、そう。自分よりはるかにレベルが高い、クレセリアみたいな移動する希少種のポケモンが近くにいるとき。

「・・・・・・・・」

空気が風もなく揺れる。突然何かが光った。とっさに手で顔を覆う。まぶたの裏に残像。おれは息をのんだ。神秘的な光が一気にあたりを覆い尽くす。リフレクターか?色がゆがむ。ゆらゆらと揺れる。そこに影が落ちた。ミュウだ、すげーっ!感動のあまり、声が出ませんよ、奥様!

そこにはたたずむ元祖伝説のポケモンがいた。

ミュウの特性ってなんだっけ、プレッシャー?シンクロ?そうだ、ふゆうだ。だめだな、違ったらソ‐ナンスの影踏みでなんとかなるけど、すぐに逃げるコマンド連打なこいつにゃ無理だ。しかも一面焼け野原(どんだけひのこ連発してんのグリーン)に対して、電機系技で相殺してるんだよね、うん。なんのわざ?10マン?技マシン全部覚えられちゃうような子だしな、オレの世界だとネットの動画でのっけから大爆発しちゃうような子だしね。もってたトレーナーさん、色違いだったし。どんだけマゾプレイしたんだろ。

「−−−−−−−−」

え、なに?わりいけど、オレ第六感とかいう人間の感覚が優れているわけじゃないし、分かんないよ。なんかイエローとかいうポケモンの声が聞こえる特殊能力をもってる子、いるらしいけど、オレ全くそういう能力ないからね。テレパスとかはどうとか図鑑いわく会話できるらしいポケモン持ってるけど、足跡博士に聞いたことくらいしか分かんないよ。霊感もないから。ミュウはオレの周りをぐるぐる回る。なにか言いたい顔してんのは、経験的に分かるんだけどなあ。無意味に自己紹介してみる。

「オレ、コウキね。並行世界から来たの。どうやって帰るか、しらね?」

なんてね。うーん、手持ちにこいつより速くてさいみんもち、いないし。やっぱ無理だな。はっ、だいたいオレがゲットしちゃったら、ロケット団とかブリーダーとかいろんなやつに狙われるし、ミュウには悪いけど、ミュウツーイベント起こんなくなちゃうジャン!やべえ。オレは肩をすくめた。堂々としているミュウに脱帽。ふと思ったことを口にしてみた。緊張感なさ過ぎだよね、こいつ。人間になんざつかまんねーよ、ばーかって優雅に泳いでいらっしゃる。でもさ、一応もうすぐ来るよ、お前の追って。

「さっさと逃げたほうがよくね?・・・・・なんて」

くるりと宙返りする。いやいやいや、冗談です。ミュウがいなくなったらグリーンがバトル挑まないし、レッドがそれ目撃しないし、グリーンとレッドが出会わない。イコールストーリーが始まらない。んなあほな。いくら会いたいな、と思ってるオレでも歴史改編の責任負えるほどえらくないよ。まあ出会えただけ、ましとしましょう。オレは、笑った。




『お前は、何者だ』

ひどく不思議な気配がして、いってみると、不思議な人間がいた。まるでこの世界のものではないような、伝説特有の悠然とした気配が染みついている(コウキはホウエン・カントーの伝説持ちだが、持っていかなかった)。切り離されたような穏やかな空気が流れていた。マサラの人間ではないだろう。このポケモンはマサラには生息しない。 人間は、私を見つめる。トレーナーのようだが、おびえきっているポケモンをボールに戻し、バトルする意思がないのか、私が至近距離に近付いても見つめるだけだった。わたしを目にしたものはこぞってバトルを挑むか、捕獲のために手段を講じるか絶句しているかのいずれかだ。だが、この少年は、ただ懐かしそうに私を見た。私は知らない。面白くて、つい周囲を回る。人間は、言った。

「オレ、コウキね。並行世界から来たの。どうやって帰るか、しらね?」

おどろいた。異界の人間は私の声が聞けるのか。残念ながら私はとき渡りや時を司る能力は持たない。悪いが、力にはなれないだろう。人間は、なんてね、と落胆を取り繕うように笑って、肩をすくめた。なるほど、だから他の人間とは異なる気配が染みついているのか、と納得する。人間、いやコウキはふとつぶやくように言った。

「さっさと逃げたほうがよくね?」

心配しているらしい。ますます面白い少年だ。私は大丈夫だ、と宙返りして、余裕を見せる。なんてね、とコウキは笑った。そう、心配は無用。捕まえようと手段を選ばない者たちに捕まるほど私は落ちぶれた覚えはない。むしろコウキのほうが、大丈夫なのか、やや心配になった。私と会話しているところが見られでもしたらどうするつもりなのか。だからこうして結界をはっているわけだが。コウキははじめからわかり切っているように、平然としている。結界の存在を肌で感じ取っているらしい。大した少年だ。ふいに、コウキが振り返る。

「おい、お前」

マサラの人間がいた。私の結界に入ってこれるとは大した少年だ。コウキは私と戦う気はみじんもないようで、ボールすら手にしないのでやや警戒を欠いていた。コウキは、グリーン、とちいさくつぶやいた。どうやら異界の人間は、私だけでなく人間の名前すら分かるらしい。

会話したのち、コウキは去った。かの少年に幸あらんことを。また、会いたいものだ。












「おい、お前」






まだあどけなさの残る、抑揚のない、つとめて冷静さを思わせる声。だれーっ!、オレは思わず凍り付いた。まさかオレの一方的なミュウへの会話という名の独り言(端から見れば痛々しいことこの上ないよね、ぎゃーっ)
聞かれちゃった?やべえ、電波って思われたかもしれねー、どうするよオレ!パニック状態の頭をフル回転させて、オレは何とか逃げ出したい衝動をこらえて、一息ついて、振り返った。ここで逃げたらますます不審人物だもんな。



こうこう、とヒトカゲの炎が揺らめく。ようやくオレは、周囲が夕方から真っ暗になっているのに気づいた。ミュウが周りを光で結界張ってるからわかんなかった。俺は少年を見る。凛と張った涼しいつり目、茶色の所々はねている髪。ラフな格好、そしてペンダント。10代前半の少年。オレより年下。





・・・・・グリーンですか、この野郎!





いきなりポケスペキャラ遭遇かよ、まあミュウがいる時点で逢えるかナーなんて期待しといてなんだけど、いきなり背後から現れるなよ、ココロの準備が!たっぷりした沈黙ののち、オレはとりあえず挨拶しようとしたら先越された。



「・・・・・そいつは、お前のポケモンか?」



名乗りあい無しですか!そりゃグリーンからすりゃ見ず知らずのオレより、伝説のポケモンの方が興味あるだろうけどさ。お兄さんショックだよ。ちくしょう。オレは心の中でつぶやきつつ、首を振った。ミュウのレベルがどれくらいなのかは不明だけど、初代を元にすんなら、軽く50は越えてるよね。レベルは足りてるけど、手持ち考えると無理だ。ギャロップかロズレイドかバタフリーもってくりゃよかった。ねむらせりゃなんとかなるのにな。時の化身捕獲のために、無駄にハイパーボール持ってるから。



「ちげーよ」

「そうか」



先生、会話が続きません!たっぷりとした沈黙が降りる。グリーンはミュウとオレを見比べて、ため息をついた。何その空気読めよ、てめえ、な視線は。はっ、とオレはヒトカゲをみた。ミュウはオレの周りから何でか離れない。そっか、捕獲する気ねーなら、さっさとどけよ、お前、ってことか!・・・・・そこまで眼中無しですか、畜生。オレはとりあえず、ミュウに笑いかけて、(ミュウは軽く手を振ってくれたよ!なんていいコなんだ!)その場から立ち去ることにした。



「お前、名前は?」



今更・・・・・!嬉しくなんかないんだからね!

「コウキだよ。どちらさんで?」

「グリーンだ」



オレは嬉しくなって、笑った。初対面なら名乗るのが礼儀だよね!つい嬉しくなって余計なことを言ってしまう。

「お前も気を付けろよ。ロケット団、近くにいっから」



ミュウもな。オレの独り言につきあってくれるなんていいポケモン、ロケット団に捕まって欲しくないし。じゃ、とオレはその場を後にした。バトルしちゃってください、お二方。ストーリーはじまんないから。できれば近くに潜んでるであろうレッドに会いたかったんだけど、赤いキャップは暗くてよくわかんなかった。やっててよかった、ゴールドスプレー。だってポケトレ連鎖中に、別のポケモン出てきたらいやじゃん?オレはとりあえず見張り台目指して、森に消えた。





















夜行性のポケモンが出現する時間帯。日中は見つからないポケモンの捕獲のためにグリーンは、そこにいた。
とはいえ、人間1人で森にはいるのは危険だ。傍らのヒトカゲの炎が揺らめき、影を落とす。その光を頼りに、
奥へ奥へと進んでいた。おかしい。感覚的に、グリーンは違和感を覚えていた。なぜかポケモンの泣き声はおろか、物音もしない。まるで森全体が、眠っている。あるいは、潜んでいる。今のところ一体のポケモンとも出会わない。



何かいるのか、と眉をひそめる。



ある区域で、ヒトカゲが、反応した。どうした、とグリーンはいった。ポケモンの気配はおろか、人の気配もしない。眉を寄せる主人に、ヒトカゲは視線をよこした。その先に、光が横切る。・・・・・結界か。





その先には、グリーンより幾分年上の青年がいた。グリーンはその違和感に気づいた。モンスターボールを所持しているのでトレーナーのようだが、突然襲われた場合、ボールからポケモンを出す時間は命取りになる。ポケモンを出していないのは、よほど自信がある手練れなのか。いや、1人では無かった。グリーンは思わず目を見張る。幻のポケモンが青年の傍にいる。祖父から話は聞いていた、ミュウだ。まさか青年の所持ポケモンか。思わずグリーンは、話しかけた。



「おい、お前」



一息置いて、彼は振り返った。彼は驚いているようだった。当然か、と思う。グリーンもヒトカゲがいなければ、おそらく彼らの存在に気づくことすらできなかっただろう。彼は沈黙する。ただこちらをみている。らちがあかない。グリーンは、質問をぶつけた。



「そいつはお前のポケモンか?」

「ちげーよ」



即答だったので、絶句する。なぜそんな質問をするのかと、不思議そうに彼は首を傾げる。ミュウは相変わらず彼の傍らで翻る。そしてただグリーンを静観している。どうやらミュウは彼を許容しているらしい。ますます謎だ。一体何者なのか、ふと疑問がわいたが、見たところごく普通のトレーナーだ。ポケモン捕獲のためにしては、手元に道具も一切ない。こんな時間にそんな人間がひとりでいる不自然さを除けば。すると、彼は会話する意志がないらしく、その場から立ち去ろうとした。なんとなく、存在を無視された気がして、名前を聞くと笑ってあっさり返してきたので面食らう。



「お前も気を付けろよ、ロケット団、近くにいっから」




笑みを浮かべた彼はそのまま闇に消えていく。ロケット団、という単語にグリーンは耳を疑った。昼間マサラに黒づくめの不審者がいた気がしたが、まさか。何のために。そう考えるまでもなく、残されたミュウをみて、納得する。なぜそれをコウキと名乗った青年が知っているのかは、謎だが。もしかしたら「も」とは、彼もまたミュウと同じ立場だからこそ、グリーンに告げた忠告なのかもしれない。とにかく。グリーンは前に進み出る。そして、ヒトカゲにバトルを命じた。


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