第二十話

仮眠室は監視カメラが置かれていない。4つのベッドとテーブルと柱時計があるだけの、まるで独房のような本当に寝るためだけの簡素な部屋である。もし万一何かが置かれていたとしても、入る前にゴルダックの念写を利用して探られた結果、その強力なサイコキネンシスの波長によっておそらく異常をきたしていると思われる。にもかかわらず、グリーンが危惧し、ずっとリザ―ドを立てて扉の前を張っているここを訪れる気配はない。ここに身を隠してから15分が経過しているが、外の警告音や遠くで聞こえるバタバタとした足音とはかけ離れた不気味な静寂を保っている。コウキ曰く、すでに割れている構造から、ライフラインの通った空気孔から降りたら、もともと外部との連絡をするために指定されていたらしい。大丈夫だって、気を張り詰めすぎっと禿げるぜ?とふざけたことを抜かしていたコウキの言葉は、どうやら信用に値するらしい。なぜふざけ半分でいうのか、とグリーンは少々いらだちを覚えた。真面目な顔をすれば済む話である。視線を向ければ、寝心地の悪そうなベッドに腰掛けている当のコウキは、マイク越しに、おっさんと呼んでいる上司にひたすら愚痴っていた。





どうやらコウキともども、からかわれたらしいことは、わかっている。面白くないので、グリーンはずっと不機嫌なまま沈黙を続けている。とっくの昔にレッドとブルーの騒ぎの最中(相も変わらずのレッドの無謀な行動にグリーンは眉をひそめたが。そもそもブルーってだれだよという問いは黙殺された)自力で脱出し、ジムに助けを求めたらしい勇ましい物まね娘は、ジュベッタを助けてくれという。グリーンが巻き込まれたのは、コウキのせいだったと知った瞬間、グリーンは容赦なく攻撃を命じたがラグラージによって防がれている。グリーン自身はコウキの特異な境遇(並行世界の未来から来たというにわかには信じ難いが、本人しか知りえない情報をぺらぺらしゃべられては信じようものだ)を証明する関係で、すでにオーキド経由でエリカとは面識がある。だが逆を言えばそれきりだ。なぜならグリーンはロケット団への対抗組織に勧誘されたが、興味がないと一蹴したからである。どうやら彼女は若干根に持っているらしかった。



穴ぬけのひもを持っていないのが悔やまれる。離脱しようにも状況がそれを許してはくれない。結局グリーンは、とばっちりを食う形でコウキとともにジュベッタの救出という任務に同行するはめになっていた。コウキは話すのが好きである。沈黙が苦手でずっとしゃべり続ける奴だということはお月見山、ポケモンタワーで知っているグリーンは、沈黙することが最大級の嫌がらせだと知っていたので、ただいま実行してから30分になる。で、とうとうねを上げたコウキがおっさんに泣きついているというわけだ。人はそれを自業自得という。わーん、と泣きもしないで突っ伏したコウキは、みんな俺のこと嫌いだろ、とぼやく。どうやらおっさんとやらにも見捨てられたらしい。リアクションまちだがボケ殺しと判断すると、リュックからチラシとペンをとり出した。



「いい加減にしろ、コウキ。どこを探すのか考えたのか?」

「んなこと言ってもよー、オレ以外にもたくさん人が潜入、かく乱、陽動って頑張ってんだし、勝手に行動したらそれこそオレお嬢に殺されちまうって。ジュベッタがどこ行ったかなんてさっぱりだしなー」



きゅ、きゅ、きゅ、とマーカーで簡易な内部地図を描いていくコウキは、頭を掻いた。今までフリーダムすぎたからお嬢が切れて、お目付け役ついちゃったからさー、と笑う。マイク越しに怒られたらしくあわてて弁解に入ったのは御愛嬌か。そして、本来いるはずのポイント、ここまで来るのに通ってきた道を細い方で矢印していき、いなかった部屋をばってんマークで埋めていく。うーむ、と顎にペンをぶつける。



「一緒に逃げようとしたら、見廻りの下っ端に見つかって、ジュベッタが逃がしてくれたんだってよ。いーねえ。あーもーおっさん、まだかよ!」



要するに他のグループとの連絡、赤外線の反応でめぼしいものまちということだ。暇であるらしいコウキはポケモンでしりとりしねー?と提案したが、グリーンは無視してリュックの整理を始めた。撃沈したコウキは、はあ、とうなだれる。



「そういや、あと一個だっけ、バッジ。あーくそ、ぜってえ無理だ」



こぼれた言葉に思わずグリーンは固まる。は?と声に出してしまい、ん?とこちらを向いたコウキと目が合い、バツ悪そうに舌打ちする。



「バッジ、もう7つ集めたのか」

「お嬢の指示だからなー、最優先事項だったんだよ。ま、こんなことでもねーと、カントーなんて絶対にこれねえからさ、けっこう楽しかったなあ」



ロケット団傘下のジムはどうやって入手したんだという話だが、おそらくコウキのことだ、エリカにいろいろ無理難題を押し付けられながらなんとか集めたんだろう、と適当にグリーンは完結する。



「どこのジムがだめなんだ?」

「トキワだよ、トキワ」



悔しそうにぼふぼふと枕がぱんちをくらってへこむ。どのみち制圧が時間の問題なのだ、痕跡を残す残さないは一切考慮していないらしい。



「ああ、ジムリーダーが行方不明らしいな(まーなーとコウキの目が笑っていたのを、その体制の関係でグリーンは気付かない)」

「あと一個、あと一個なんだよなー、あーくっそ惜しい」

「待てないのか」

「無理。全部終わったら、俺帰るための手段探すつもりだし。カントーにゃ用はないわ」



通信でようやく情報が入ったのか、お!とコウキがたちあがる。グリーンは、再びリュックを背負った。




















「ゴルダック、念力だ」



波状に広がるゆらぎにさらされ、マタドガスが呻く。ぼうぎょが高いため乱れひっかきはつかえないが、やはりとくぼうも高いためか、思ったよりも元気だ。おそらくHPゲージは黄色ど真ん中といったところか。レベル補正といっても技の威力が低すぎる上に、タイプ不一致。もともとゴルダックは素早さが微妙で決定力に欠けるので、うまく立ち回る必要がある。さいわいしたっぱは回復アイテムを使う気配はない。飛んできたへどろ爆弾をふりはらい、振り向いて指示を仰ぐので、グリーンは指差した。念力では微妙に落としきれない。タイプ一致わざでたたみかけた方がいいらしい。



「なみのりでしとめろ」



容赦ない水撃に押し流され、どごっというにぶい音がした。下っ端ともども壁に体をぶつける。うめきと悲鳴。一息つくころには、コウキのバタフリーがゆめくいではめ殺していた。ロケット団だから遠慮なしとはいえ、催眠から夢くいをひたすら作業するコウキにややグリーンは下っ端に同情する。だが咎めはしない。催眠対策をしない方が悪いのだ。



「いったー!やっとみつけたぞ、ジュベッタこんにゃろう!」



下っ端たちをなぎ倒して進むこと、はや3時間。ようやくたどり着いた先はいきどまりの部屋。降参だとばかりにジュベッタは、けたけたけた、と笑ったのち、くるりと回ってコウキの腕に収まる。そして預かっていた、物まね娘が親と記されているモンスターボールに収まった。グリーンとコウキは息をつく。まるで遊ばれているかのようにこちらが移動するたびに場所を変えるジュベッタには手間取りっぱなしだった。ゴーストだからおそらく見えているのだろう。こちら側が。だがさすがに探索にずっと念写させるほどの気力はなく、スコープをコウキは持ってない。明らかにエリカの嫌がらせであるが故の手間のかかりようだった。



「とりあえず、助けてほしかったのはわかったからよ、もうどこにもいくなよな?」

「全くだ、手間取らせやがって」

「まあ、レベル上がってよかったじゃん。リザ―ドンになったしさ」



ボールの中のジュベッタは笑う。



「まだPPある?」

「ないのか?」

「うん」

「ちっ、仕方ない。下がってろ」

「了解」



コウキが下がる。グリーンは、先にある大きな大きなカプセルを制御しているコンピュータに向けて、ゴルダックに念力を命じた。ばちばちばち、と火花が飛び、後退するグリーンたちの前に、煙と警告音と眩しいランプ。だがそれすらも破壊する巨大な冷気の塊が鮮やかな色をはらんで発射され、すべてが沈黙する。投げられたボール。もともと弱っていたためあっさりと捕まったポケモン。ポケモン図鑑を取り出したグリーンは、目を開いた。



「ラプラス?カントーにはいないはずなのに、なんでいるんだ」

「研究所員の飼育してたやつだよ。ロケット団に取り上げられちゃってたらしいけど、ここにいたんだな。てっきりシルフかと」

「これは、もらっていいのか?」

「おう、貰えるもんは貰っとけい。ただ、シルフが解放されたら、この人に一度会わせたげた方がいいよ。なんかいいもんもらえるかもってお嬢言ってたし」



ほい、と渡されたのは写真。裏にはかつての持ち主の情報と連絡先。いいなーラプラス、と言いながら、ハイパーボールを大量に持っているにもかかわらず使う気配すらなかったコウキに、グリーンはそうか、といった。



「コウキくん、ありがとう」

「いいですって、フジさん。ガラガラと仲良くしてあげてください」

「いや、しかし、なあ。随分とこの子は君に懐いておるようじゃ、あの人間不信の深淵から救い出してくれたのは、まぎれもない君じゃろう?本当に、いいのかい?」

「だーかーら、いいんですってば。お嬢が返してくるように言ってたんだから」

「そうかい?なら、うん。そうさせてもらおうかな。うむ・・・・・・・・コウキくん」

「はい?」

「私は、許されるだろうか」

「大丈夫ですって、フジさんならきっと」



グリーンは回想する。ポケモンタワーの一件の後、グリーンたちはフジ老人宅で一泊した。すでに就寝している時間帯だが、ポケモンの捕獲には時間帯など関係ない。グリーンはいつもの習慣で目が覚めたので着替え、そして抜け出そうとしたのだが、廊下の一室に光が洩れていることに気付き、たまたま覗いた先が、上の会話だった。


ガラガラはさみしそうにコウキを見上げていたが、コウキはいつものように気取った笑顔で、元気でな、と頭をなでているだけだった。目の前で母親をロケット団に殺されるという悲劇により、心を閉ざしていたカラカラをあそこまで育て上げたコウキの力量は、やはり測れるものではない、と感じたものだったが、今思えばコウキはこちらにきてから一切ポケモンを捕獲していないことに思い至ったグリーンは、少しだけ見る目が変わっている。


コウキはおそらく、バッジ以外は一切こちらにいた証を、元の世界に持ち帰る気はないのだろう。


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