第十六話
トキワシティにすむ彼女には、ヤマブキシティに住んでいるペンフレンドがいる。交流はかれこれ1年と3ヶ月、つきに2度の手紙のやり取りだけが彼女たちをつないでいる。
その出会いは図書館に掲示されている子供新聞のペンフレンド募集のはがきの掲載特集であった。彼女はポケモンを持っていないので、一人で遠くに出かけることはおろか、まだ9歳のため入ることができる施設も限られてしまう。釣りとスケッチが大好きな彼女は、公園にいるトレーナーやポケモン連れの家族ずれ、カップル、ポケモン大好きクラブの人たちに許可を取ってスケッチさせてもらったり、図書館で画集や生態本をにらめっこしつつ模写の真似事をするのが日課だった。そしていつも図書館で目にする掲示板で、一面にかわいらしい絵柄のピッピがたくさんいる手紙に目を奪われ、しぶる両親を必死に説得して、やっとのことで買ってもらえた絵葉書で記された住所にどきどきしながら手紙を書いたのが、きっかけである。
手紙上では、お互いに面と向かって会わない特性か、思っていることを素直に言葉にすることができる魅力が存在する。なので、お互いに仲良くなるのはすぐだった。今となっては、彼女にとって女の子は大切なお友達の一人だし、文面を見るかぎり女の子にとってもそうであろうことは明瞭である。
彼女は、ピッピを飼っている女の子が、写真つきで思い出をたくさん語ってくれることが大好きだったし、一緒に送ったイラストにコメントしてくれることが照れくさかったし、うれしくもあった。だから現実的に見て、たった9歳の女の子を見ず知らずのしかもあったことのない女の子のもとへ遊びに行かせるなど許すはずもない常識人な両親のことはとても残念に思ったし、どうしてわかってくれないんだろう、と思ったりもしていた。
電話は一月に1度だけである。それでも制限を課せられた交友はまるで遠距離恋愛のごとく効力を発揮し、ますます彼女たちはのめり込んでいた。小さな世界である。幸い彼女たちには純粋な交流しかない、ほほえましいものだったが、時にこういう形の交流は犯罪要素もからみかねないため、両親が警戒せざるを得ないこともまた、仕方のないことである。
そんなある日、彼女にとっての大事件が起こることになる。
女の子のピッピが病気で亡くなったのだという。女の子の手紙は悲しみに彩られており、がんばって看病したこと、病院を駆け巡ったことも書いてあったが、手紙を書く二日前になくなったのだという。ポケモンタワーにお葬式にいくのだ、と書いてあった。だからなのだろうか、1ヶ月前から手紙が途絶えている。
何もできない彼女は、精一杯考えた。ピッピを失った女の子は、きっと悲しみにくれていてお手紙をかけないに違いない。もしかしたら、病気になっているのかもしれない。今まで一度も交流が途絶えなかったことを考えれば、それしか理由が思いつかなかったのである。しかも心配でかけた電話は、いつでも回線が混雑しているのか繋がらず、留守番電話すら引っかからない。ますます心配がつのった彼女と、さすがに女の子との交流を認め、見守ってきた両親も同情を禁じえない状況となっていたため、女の子に手を貸してあげる事にした。
こうして、彼らはタマムシシティのデパートに売っている限定のピッピ人形を思いついたわけである。お墓に持っていけば、ピッピも寂しくないだろうし、少しはお人形がいれば、悲しみも癒されるかもしれない、という提案である。一体1000円である。送料を考えても安くはないが、決して高く損な買い物ではない。
こうして、彼女と両親は、トキワからわざわざタマムシシティのデパートまでやってきたと言うわけである。
屋上に彼女と両親はいた。わざわざ遠出してきたため、一日遊ぼうという目的も兼ねている。デパ地下で目ぼしいお惣菜やおにぎりを買ってきた彼らは、簡単なお昼ご飯を楽しんでいた。のどが渇いた彼女は、母親にねだり、120円を握り締めて自動販売機に足を運んだ。
「お兄ちゃん、のどかわいたよー、うわーん」
「もう小銭ないんだから、我慢しろよ」
「うわーん」
彼女より年下な女の子が、のどが渇いたとぐずっていて、手をつないでいる男の子は困り果てたようにため息をついていた。ベンチには買い物かごが二つ並んでいる。どうやら休憩のつもりでやってきたらしい。こうもぐずっていては目立って帰るに帰れないのだろう。彼女はかわいそうに思ったが、120円しかもっていない。どうしよう、と迷っていると、先ほどからどれを買おうか悩んでいたらしい青年が、あたりを引いて、もう一本おまけがついてきた。がこん、とおとがして、再びルーレット音。ふたたび当たりの音、がこん、という落下音、そしてふたたびルーレット音。やや怖くなってきたらしい青年は、腕にジュース缶を抱え、引きつった顔をしていた。
やや微妙な沈黙が流れる。
ようやく外れたらしい。計6本もの缶を抱え、安堵のため息をこぼした青年は、困り果てたように腕の中のそれを見る。
「おにいちゃん、ジュースちょうだい」
「こら、何言ってんだ!」
「だっておにいちゃんいらないって。私のどかわいたもん」
「だからって、見ず知らずの人に、お前」
「ああ、いいよ、すきなの選びな?どーせこんなに飲みきれないしさ」
ほら、と青年は男の子と女の子を手招きする。ミックスオレとおいしい水とソーダである。なんと女の子は3本も飲んでしまった。恐縮しっぱなしの男の子だったが、誤って二つ買ってしまったらしい技マシンを変わりに差し出した。いやいや、ぜんぜん値段つりあってないって、こっちただ同然なのに悪いって、と青年はかえって萎縮したが、男の子の強行により、3つも貰ってしまうことになる。
リアルタイムでわらしべ長者を見届けた彼女は、なんだかあったかい気分になって、ミックスオレを買って、両親のもとに戻った。
「あらら、ごめんなさいね。ピッピ人形だったら、ついさっきたくさん買っていったお客さんがいたから、もう在庫がないの。入り次第お届けするから、住所教えてくれるかな?」
ピッピ人形は、野生のポケモンがピッピと間違いかねないほど完成度が高く、戦闘中にピッピ人形を使うと絶対に逃げることができる効果があるらしい。トレーナーに人気らしいピッピ人形は、売り切れることも珍しくないのだと申し訳なさそうに店員は言う。せっかくタマムシまできたのに残念ね、と母親が言う。仕方ないから代用のものを探すか、とつぶやいた父親に、思わず彼女は店員に尋ねた。
「そのお客さんってどんな人ですか?」
「そうねえ、緑色のキャップに、赤いネクタイをしていて、キャンプボーイみたいな格好をしているお兄さんだったかな。なんでもイワヤマトンネル抜けなきゃいけないらしくてね。準備してるんだって言ってたから、もしかしたらまだトレーナーズショップにいるかもしれないわ」
「ありがとうございます!私、一個譲ってもらえないか、頼んでみる!」
「どこ行くの?!」
「待ちなさい、イエロー!」
「お父さん、お母さんは屋上で待ってて!すぐ帰ってくるから!」
店員が言っていた格好からして、屋上で見かけたあのジュースをおごってあげていた青年で間違いないだろう。彼ならきっとピッピ人形のひとつくらいだったら、譲ってくれるかもしれない。ずっとこつこつとおやつを我慢したり、お手伝いをしたりしてやっとのおもいで溜めた1000円の入った財布を握り締め、イエローと呼ばれた少女は、一目散に階段を駆け下りた。
「そっか、そういう事情だったら、持ってきなよ」
なんでもなおしときずぐすりを大量に買い込んでいた青年は、すぐにレジ付近で見つかった。呼吸もろくに整えないまま、息切れまじりに必死に事情を説明するイエローに、青年は苦笑いしてリュックからピッピ人形を差し出した。ありがとうございます、とイエローは早口で言い切ると、うれしさのあまり笑顔でピッピ人形を抱きしめた。イエローに声をかけられたときの青年の顔は、一瞬固まっていたように見えたが、確かに見ず知らずの小さな子供にいきなり「緑色の帽子をかぶったお兄さん」と大声で呼びかけられれば顔も引きつるだろう。必死なあまり周りが見えていなかったイエローは、恥ずかしくなってきて顔を赤くした。
「あの、お兄さん、お名前は?私、イエローっていいます。その、ごめんなさい」
「あはは、いいって(なんという不意打ち。まさかこんなところでイエローと会うなんて、予測してないっての!)。オレはコウキ、ポケモントレーナーなんだ、よろしくな」
「はい。あ、そうだ、お金。ただでもらうわけにはいかないので、その、人形買わせてください」
「え、いや、でもよ」
「だめなんです。ただでもらっちゃったら、お母さんに怒られるから。1000円は高いです。コウキさんはお金を払って買ったんでしょう?なのに私がただでもらうのは、だめです」
コウキはううむ、と考えるしぐさをすると、わかったと肩をすくめた。そして小銭ばかりが詰まっている財布から、きっちり1000円を受け取った。そして、イエローに言う。
「その子からの手紙が途絶えたのは、1ヶ月ほどまえなんだっけ?」
「あ、はい」
「もしかしたら、手紙が出せないんじゃなくて、届かないだけかもよ?どういうわけかヤマブキシティは、東西南北の関所が通り抜け禁止しててな、どうやらあらゆる交通が遮断されてるらしいんだよ。なんかの圧力が掛かってんのか、テレビでも言わないみたいだけどさ。だから、もしかしたら郵送でも届かないかもよ?」
「えっ……それ本当ですか?!」
「まだ決まったわけじゃないけどな。一遍試してみ?もしダメだったら、ここに連絡くれるか?まだしばらくタマムシにいるからさ。もしよければ、その子んとこに届けてやっから」
差し出されたのは、名刺。真新しいカードには、タマムシジムの文字。連絡先というのは、どうやらジムの経営を担当している事務所あての電話番号(つまりここから門下生やジムリーダーにつないでもらう最短部署である。)のようだ。びっくり仰天したイエローを見て、コウキは笑う。実ははじめて使う名刺なのだとは、いえそうもない。
ぴんぽんぱんぽん
トキワシティからお越しの、イエロー様 トキワシティからお越しの、イエロー様
まさかの迷子放送に、イエローは赤面した。コウキは苦笑いして、責任を持って最寄りのカウンターへ彼女を送り届けたのは、言うまでもなかった。
[ 17/40 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]