第77話

満月がゆっくりと白んでいき、月明かりにかき消されていた星たちがまばらに見え始めるころには、反対側の空は明るくなり始めていた。なぎ倒されている大木。大きくえぐられてしまった河川敷。散乱するのは看板だったり、ルートを区分けするための整備用品だったりする。まるで超ど級の台風が過ぎ去ったあとの様に、空だけが穏やかに晴れ渡っているのが印象的だ。サファリパークを突如襲ったアトランダムな異常気象の傷跡は至る所に残されていて、本来あったはずのルートはことごとく使い物にならなくなっていた。立ち往生する羽目になったオレたちは、ずいぶんと遠回りをしたもんだから、ゲート先に戻るころにはすっかり太陽は登り始めていた。


復旧活動をするためのスタッフで溢れ返っていた中で、オレたちの姿を見つけたシジマのおっちゃんたちは無事でよかったって心底安心したように出迎えてくれた。一足遅かったら捜索隊と入れ違いになる所だったらしい。ミナキがシジマのおっちゃんたちに掛け合って、サファリパークの異常気象の原因が特性を操作されたポケモンたちであることを告げ、オレ達を助けるために人をかき集めてくれたらしい。お礼を言おうと思ってミナキを捜していたオレは、そんなことをしてる暇があったら、さっさとポケモンセンターに行けとサファリパーク内に新設されている簡易な施設に放り込まれた。置きっぱなしの荷物から服を引っ張り出して着替え、シャワーを浴びて身支度を整え、ぐっすりベッドで眠りについたら昼を過ぎていた。遅い昼飯を取っていたら、面倒見がよすぎるシジマのおっちゃんからの伝言でスタッフが現れた。ポケモンたちはジョーイさんに連れられて回復施設に直行、オレたちは病院施設に通されてお医者さんと看護婦さんにたらい回し。診察を受けたら風邪が悪化してることが判明してそのまま点滴を受けさせられたり、子供なのに無理してサファリパークを突っ走ったことを心配したお医者さんから診断を受けたり、目を回すような忙しさで気付いたら夕方になっていた。ようやく病院から解放されたオレが待合室に出ると、シジマさんと奥さんがいた。


「おうおう、ゴールド、ずいぶんと顔色も良くなったな、よかったよかった。
これならもう大丈夫そうだな。このやろう、心配かけさせやがってえ」


ばしと肩を叩かれてオレは軽くせき込んだ。


「こら、アンタ。ゴールド君が痛がってるじゃないの」

「なあんだ、これくらいでへこたれるような男じゃないだろ?ゴールド」

「脳みそまで筋肉なアンタと一緒にすんじゃないわよ」

「そりゃねえぜ、母ちゃん」


モノの見事なかかあ天下に思わず笑ってしまったオレは、なあにわらってんだ、おい、というシジマさんの照れ隠しから逃げきれず、もう一発激励を食らう羽目になった。


「まったくお前というやつは。あれだけ口を酸っぱくして言ったのにまだ分からんか。 
トレーナーは身体が資本だってこと忘れるなよ、ゴールド。
 ポケモンたちからすれば、お前は一番のお手本なんだ。いわば先生、師匠なわけだ。
 お前が危なっかしいことをすればするほど、お前のポケモンたちもマネしちまったら
 始末に負えないだろ?ちっとは考えろや、馬鹿弟子」


ぐしゃぐしゃになでられてオレは苦笑いするしかない。


「ポケモンたちにとってはお前が唯一の世界なんだ。
 お前を通してポケモンたちは人を知る。ポケモンを知る。世界を知る。
 ちゃんとしてやらんといかんだろうが。もっと自分を大事にせんか、まったく。
反面教師にできるほどポケモンたちは捻くれとらんぞ、お前みたいにな!」


がはは、と笑われてしまえば、オレは平謝りするしかなかったりする。


「はやいものねえ、もうタンバを発つんでしょう?ゴールド君」

「あ、はい。いままでお世話になりました!」

「おう、お前には見どころがあったからな。いつでももどってこい。
 いくらでもしごいてやるからな、あっはっはっはっは」


うっかり、うへえって顔をしてしまったオレは、シジマさんから意匠返しを食らう羽目になる。なんとお母さんとウツギ博士にちくりやがったんだ、シジマのおっちゃんめ、なんてことを!ようやく取り返したポケギアながら、もうすでに遅く。お陰で久々にポケギアの着信にびくっとしちまうほどのお説教大会が開催しちまったじゃねえか、この野郎。もちろん病院内ではポケギアは禁止だ。オレはあわてて通話OKの部屋に駆け込んだ。そんで、気付いたら2時間が経っていた。


ポケギアの画面を確認すれば、そこに表示されているのはミナキだ。


「もしもし、ゴールド君かい?体調を崩したそうだけど、調子はどうだね?」

「ぐっすり眠って、おいしいもん食ったら治るって太鼓判押してもらったぜ。
 一応、点滴うってもらったり、薬もらったりしたけどさ、オイラは大丈夫!」

「そうか、それはよかったよ」

「ミナキの方こそ、あんがとな。シジマのおっちゃんたちに掛け合ってくれたんだろ?
昨日言おうと思ったんだけど、子供はさっさと寝ろって怒られちまってさ、あはは」

「とんでもない。お礼を言うのは私たちの方だ。私は私がやるべきことをやっただけさ」

「つーかオイラから電話したのに」

「ちょっと君に頼みたいことがあってね、電話をさせてもらったよ」

「頼みたいこと?ああ、クリスが言ってた未来のオイラからスイクンたちの情報をミナキ宛に贈れってやつ?
 やだっていったじゃんかよ、しつこいなあ。スイクンはオイラも欲しいんだよ」

「ゴールドも相変わらずだな。少しは目上の人間を敬うようにしたらどうかね。
 まあ、それもあったんだが、今回は別件だよ」

「別件?」

「とりあえず、世間話はこれくらいにして本題に入ろうか」


オレたちが休息に入った間にミナキがサファリパークのスタッフやマツバたちに掛け合っていろいろと調べてくれたらしく、その途中経過について教えてくれた。結論から言うと、サファリパークのオーナーであるバオバさんは白だ。ただし、タンバシティへのサファリパークの移転を提案した資産家の事業者が限りなく黒に近い灰色らしい。まだ確固とした証拠が手に入っていないから断言できないが、この計画を先導した企業や投資家あたりはその資産家が委託してたことを考えるとイモずる式にいろいろときな臭いものが出てくるとのこと。サファリパークでオレが見かけた人影やブラックが遭遇した老人の消息はつかめないままだが、サファリパークに在籍してる職員の何人かが昨日から連絡が取れないそうだ。案の定彼らはロケット団から流れてきた人たちで、服役したり、刑罰を受けたりして出所した人間もいたそうで、改心してまっとうな道を歩むことを信じてバオバさんが採用したらこんな結果になっちゃったわけだ。バオバさんかわいそうだなあ。せっかく完成してオープン秒読みだったのに、今回の件でサファリパークのオープンが1か月ほど延期になっちまったわけだから。でも、ミナキ曰くバオバさんは落ち込んでるものの、わりと元気そうだから、心配いらないっていうのが唯一の救いだ。一日でも早くオープンできるように、シジマのおっちゃんたちジムの門下生やタンバシティの街の人たちのボランティアも期待できるそうだから、交流がますます盛んになったという意味では朗報もきけた。


「オイラたちが捕まえたポケモンたちってさ、どうなるんだ?」

「ああ、色違いのポケモンたちのことか?」

「うん。あんまいい予感がしねえから心配なんだけど」

「なるほどな、ゴールドが心配するのも無理ないか。
 その点についてなら心配いらないよ。彼らの処遇はポケモン協会に任せるとして、
当面の彼らの受け入れ先ならついさっき決まったばかりだ」

「へー、もう決まったんだ。どこどこ?」

「ポケモンセンターで調べた限りでは、ポケモンたちの健康面に異常はないそうだ。
 身体的にも精神的にも普通のポケモンたちとなんら変わらないらしい。
 ただ特性が異常に優秀で、能力面でもありえないくらい突出してることを除けばね。
 だから、彼らにはふさわしい環境を提供することになったんだ」

「ふさわしい環境?」

「バトルフロンティアだ」

「あー、なるほど」


これ以上ないくらいふさわしい場所じゃねえか。思わず納得してしまってオレは笑った。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中っていうもんな、ポケモンたちを隠したいならバトルフロンティアは格好の場所だろう。なんせ特性はともかく、全能力値が最高クラスなんてふざけた能力操作をされちまってるポケモンたちなんて、バトルフロンティアでは大したことないからだ。なんせあそこにいるレンタル用のポケモンたちやバトルブレーンが持ってるポケモンたちは全能力値最高がデフォルトだからな。天然ものに養殖が勝てる訳ないだろ、普通に考えて。どうやって入手したのかは知らないけど、どんだけタマゴ量産したり、ポケモンを乱獲したりしたのか一度聞いてみたくなることうけあいだ。それに挑戦者たちの連れてるポケモンたちだって、そこらへんで捕まえてきたポケモンなんて一匹もいないからな。技構成や能力値、特性、道具、一つでも気を抜いたら勝てないのがあの廃人養成所といわれるゆえんだからなあ。色違いのポケモンたちもバトルフロンティアならきっと目立たないに違いない。せいぜい色違いと特性で興味は惹かれるだろうが、特性の組み合わせは微妙なやつもいるしなあ。天候を変える奴は遅くてなんぼなんだよ、早すぎると天候を上書きされちまうから。それを考えるとキュウコンに日照りの特性はぶっちゃけ微妙。ミナキたちがあめふらしなニョロトノを見つけたそうだけど、そっちの方が気になるかもなあ。


「………ん?ゴールドはバトルフロンティアへの入場資格を持たないはずだが知ってるのか?」

「え?あ、あははははっ、えーっと、その、あれだ。レッドさんから聞いたんだよ」

「へえ、かつてのチャンピオンにもあったことがあるのか、ゴールドは顔が広いな。
その妙な間は少し気になる所ではあるが、そう言うことにしておこうか」

「もったいぶらずに早く教えてくれよ、ミナキ。オイラに頼みたいことってなんだよ?」


待ちくたびれたオレは、痺れを切らして先を促す。ポケギアの向こうでは、含み笑いが聞こえた。この野郎。


「セレビィから送られたものを覚えているかい、ゴールド?」

「ああ、黄緑色の水晶みたいなやつ?」


リュックの大切な物ポケットを探っていると、透き通ったガラスの音がフローリングを叩いて、ころころころと足元から逃げ出そうとする。拾い上げたオレは、手のひらサイズの大きな水晶をみつめた。覗き込むと黄色いキャップをかぶった少年が逆さまに映っているのが分かる。ぐにゃりとひきのばされた影が揺れた。黄緑色のわっかが縦にふたつ並んでいて、中央をお団子のようにまっすぐな縦線が通っている。それが2つ並んでいて、2つのお団子の間を斜めの線が交差する。奇妙なデザインが施された水晶だ。せっかくセレビィがくれたアイテムだから、きっと特殊イベントフラグに違いないと思って大切に持ってるんだけど、そういや音沙汰ないなあって思ってたところなんだ。


「モーモー牧場で君たちと別れたあと、セレビィとの遭遇についてマツバと話していたんだが、面白いことを聞いたんだ」

「面白いこと?」

「マツバが未来を見ることができるのは知ってるだろう?
 マツバが言うには、君がもらったアイテムは、どうやらホウエン地方に伝わる秘宝だそうだ」

「え、なんだよそれ。お宝ってことは、オイラが持ってたらヤバいんじゃあ」

「今の時代にはちゃんとあるべき場所にあるから大丈夫さ、今のところはね。
セレビィは未来からポケモンやアイテムを持ってくる習性があるからな。
 きっとゴールド君に必要なものだと思って渡してくれたんだと思うが、
 未来のホウエン地方ではちょっとした騒ぎになってるみたいだよ」

「えええええっ!?ちょ、それってヤバいじゃん!どうすりゃいいんだよ!
 マツバが見たのは何年後の未来なんだよ、ミナキ!」

「あいにくそこまで鮮明な映像をマツバは見れるわけじゃないからね。
 さすがに具体的なことまでは答えられないそうだ。
 まあ、セレビィもきっと訳があって君に預けたんだ。心配いらないだろ」

「そんな、他人ごとだと思っていいかげんなこと言うなよ、ミナキ!」

「ははは、落ち着きたまえ、ゴールド。まあ冗談はここまでにしておこうか。
 君に頼みたいことは他でもない。
バトルフロンティアに行って、色違いのポケモンたちを送り届けてほしいんだ。
ロケット団がポケモンたちを放置するとは考えられないからね、念には念をというやつだよ。
 普通なら入ることは出来ないんだが、事情が事情だからね。特別にパスを用意したから、
 クリス君から受け取ってくれ。もう彼女には渡してあるからね」

「ちょ、おい、ミナキ!オイラが聞きたいのはそっちじゃなくて」


言いかけた言葉はガチャンという音でかき消されてしまう。虚しく響くのはつー、つー、つー、という電子音。この野郎、とあわててリダイヤルボタンを押したが、流れてきたのは、女性のアナウンス。お客様のおかけになった電話番号は現在電波の届かないところにあるか、まで聞いたオレは舌打ちしてポケギアを切った。あの野郎。ポケギアの電源を切りやがった。がしがし頭を掻いたオレはため息一つ、クリスにダイヤルを回したのだった。





ポケモンセンターの食堂最後尾にいるらしいので、オレも同席することにした。食堂入口にある食券販売機から好きなメニューを選んで買って、お盆とはし、お茶と水はセルフサービスで無料だ。単品で買うより定食の方が安くて済むのはどこも同じだから、オレはいつものように日替わりランチのボタンを押した。今日こそオーダイルたちはポケモンセンターで休養を取ってるから一人だけど、大所帯だとチンタラ選んでたら列が混んできちまうからな。セットメニューも何十回も頼んでると次第に飽きてくるし、日替わりメニューの方がランダム性があってまだ空きが来ないから、しばらくはこうするつもりだ。同じ値段のローテーションも考えとかなきゃなあ。ぴ、という音がしたら食堂のおばちゃんたちに連絡はいってるので、あとは並ぶだけだ。ちょっと早い夕食とあってか人はまばらだ。大型テレビも夕方のニュース番組ばっかりでゴールデンタイムにはまだ早い。クリスはどこだろう、とあたりを見渡すと、こっちよ、こっちって手を振るクリスがいた。


「ゴールド、ゴールド、ミナキさんから聞いたんでしょ?
 バトルフロンティアに入れるなんて嘘みたい!もっともっと先だと思ったのにね!」

「ホントだよなあ。くっそ、これで参加できればいうことねえんだけどなあ。
 せいぜいオイラ達が参加できそうなのって、レンタルくらいじゃね?」

「そうなの?」

「だってあそこは50レベル基準の施設だからさ、50レベル以上だと圧縮されて、
 勝手に50レベルになっちまうけど、それ以下だとそのままなんだよ。
 オイラの手持ちはまだ40後半だからなあ……ちょっと早いや」

「さすがはバトルフロンティア。入場資格がチャンピオンロード経験者なだけあるわね。
 そっかあ……アタシのパーティはまだ40になったばっかりの子たちだもん。
 ちょっと無理かも。シジマさんのところなんてギリギリだったもの」

「まあ雰囲気を感じるだけでも気合が入るってもんだぜ。
 とりあえず3体だけでも50レベルにしときたいからなあ……。
 よし、バトルフロンティアに行く前にアサギジムに挑戦しとくぜ。
 ミカンちゃんをずいぶん待たしちまってるからな、しっかりレベル上げして挑戦だ。
 そうすりゃバトルフロンティアに参加だけでもできるだろうし!」

「いいなあ、ゴールド。っていうか、ホントにゴールドの子たちってよく育ってるわよね。
 図鑑はちゃんと埋まってるのに。すごいわ」

「まあ野生に出てくる奴らを捕まえてはボックスから逃がしてるだけなんだけどな」

「えー、モンスターボールもったいない。せっかく捕まえたのに育てないの?」

「オイラは精鋭部隊で育てんのが好きなの。育てられる環境を整えるのは大変なんだよ。
 それまではオイラはお金を貯めるんだ」


ようやく回ってきた順番だ。おばちゃーん、ちょうだい、と呼びかければお待ち、と日替わりランチが渡される。下から数えた方が早い価格設定なのに、ボリュームあるしな。主にキャベツの千切り的な意味で。ふうんってつぶやいたクリスは女の子が好きそうなお重に入ったセットを受け取っていた。どこにする?どこでもいいわよ?じゃあここにするか、空いてるし。そーね。椅子を引いてテーブルに座ったオレは、いただきます、と合掌した。


「ミナキさんから聞いたと思うけど、これね。バトルフロンティアに入れる特別パス。
 ほら、ゴールド、風邪をこじらせて一日寝てたでしょ?その時に預かったの」

「さんきゅー、クリス。あれ?これは?」


クリスから渡されたのは、パスと技マシンが入ったケースだった。


「サファリパークの人からお礼にもらったの。こっちはゴールドの分ね。
 こっちは秘伝マシンの「そらをとぶ」、こっちはバトルフロンティアで使えるポイントだって。
 サファリパークで貯めたポイントは、バトルフロンティアでも使えるそうよ。
 ほら、アタシたち結構ポケモン捕まえてたでしょ?
 忘れてると思うけど、今キャンペーン中で捕まえたポケモンによってバトルポイントがもらえるのよ」

「おー、そっかそっか。すっかり忘れてたぜ。ありがとな」

「専用の機械を通さないとみれないけどね」

「会場にいったらのお楽しみだな」


さっそくクリスから受け取ったオレはなくさないように、大切な物ポケットの中に2つを放り込む。明日でタンバもお別れかあ。早いもんだぜ。そんなことを思いながら、オレは冷めないうちに日替わりランチにありつくことにしたのだった。



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