第9話

ポケモンたちの体内時計は、規則正しく健康的で健全だ。朝日とともに目が覚めて、夕方にはうとうとし始めるポケモンたちは、9時ごろにはもう眠りに落ちる寸前で、うつらうつらしている。睡眠時間は9時間から10時間。ご飯は3回。もちろん体調管理や衣食住をしっかりと提供してやる必要がある俺も同じようなライフサイクルをおくる必要が出てくる。風呂に入れたり(イシツブテは濡らしたタオルで拭いてやるだけなんだけど)歯磨きを手伝ったりしてるとまだ10代前半なのにすっかり子供ができた気分になる。これがポケモンの親になるってことなんだろうなあ、と思いながら時計を見る。かつては平気で睡眠時間4、5時間、朝食抜きでまともな食事なんて実家に帰省するいがいまともにありつけないような状態だったことをおもえば、ずいぶん人間らしい生活だと思う。本当に寝るために家に帰るような状態だったから。これが童心に帰るってやつかなあ。トレーナーが大人びてる理由がわかった気がする。こりゃいやでも責任感も性格もしっかりしてくるよ、真面目にもなるってもんよ。でもあえていうなら、チューハイのみてえ。


感覚的にはまだ9時なんだけど、ポケモンセンターの宿泊施設は、いわば青少年自然の家と同様に炊事洗濯は自分たちでするし、しっかりと消灯時間も決められていて、朝はラジオ体操で目が覚める。見廻りの大人が来る前に俺はぱちり、と電気を消す。個室だ。なんという贅沢。二段べっとの面積の方が広かった部屋とは大違いだ。


ポケモンたちは、もう目ぼけ眼で布団にかじりついている。そりゃ、モンスターボールから出られる数少ない時間だからたいていはしゃぎすぎて、疲れたんだろう、当然だ。隣のポケモン大好きクラブのおばちゃんやエリートトレーナーの兄ちゃんたちに怒られるのも毎度のことだ。しかも今日はジムリーダー戦でみんな疲れた、俺も疲れた。ふあああ、と豪快にあくびをした俺は、予めひいてある敷布団にダイブする。早朝にはかたづけとかめんどくさいんだけど、毎日あったかい布団があるっていうのはすごいことだと思う。すぐにうつらうつらし始めて、俺は眠りに落ちた。この調子なら、冒険が終わるころには、お母さんを見下ろせるんじゃなかろうか、という割と切実な願望も抱きつつ。


「アリゲイツ、明日も起こしてくれよー」


目覚ましがないと起きられない俺には、朝7時ちょうどのラジオ体操の強制参加はなかなかきついハードルである。すっかり習慣になっている目覚ましを頼みつつ、視界はいよいよ真っ暗になった。





「……うー、あー、もうちょっと。……っ、ぐ、い、あ、おも……重っ。つぶ、つぶれる、わかった、わかったからどいてくれ、重いいいいい!」



俺はうつぶせで寝る癖があるんだが、心底よかったと思った朝だった。まどろみも夢もけし飛ぶくらいの衝撃が俺の体なんかお構いなしにどかどかと襲いかかる。ぐえ、と俺はつぶれた。体がやめてくれと悲鳴を上げる。蒲団の上から乗っかかってくるのがアリゲイツの癖なんだけど、今日はどうやらアリゲイツだけじゃないらしい。誰か助けてくれ、となんとかはいでようとしても蒲団の上で暴れているせいで、ろくに動けやしない。不届き者たちの衝撃が布団越しとはいえ伝わってきて、どんどん埋まっていく。やばい、と本能的に悟った俺は、ありったけの力を込めて足で掛け布団を蹴り飛ばした。



「オイラを殺す気かあっ!人の上で暴れるなよ!」



ひっくり返ったのはアリゲイツ。べしゃり、と畳に盛大に頭をぶつけたライチュウ。よりによって体重が重いランキング2位と3位かよ、おい。さすがにイシツブテは憚られたらしく、止めようとしてくれていたのか二匹のもとに飛んでいくと、ほれみたことかとばかりに二匹を見て鳴く。しょんぼり、と二匹はうなだれる。新参も古参も関係ない。ホーホーはまだうとうととしていた。俺らのメンバーの中で一番遅いのがこいつだ。俺はため息をついて、二匹のそばに寄る。時計を見るとまだ5時だ、いくらなんでも早すぎるだろう。俺はお説教タイムを開始した。もちろんラジオ体操は、例のFRLGのはじめテレビのはじめお兄さんボイス。耳に残る。



ちなみに、今日の朝ごはんはご飯、味噌汁に塩ジャケ、ほうれん草の胡麻和え、冷ややっこに卵焼きという最強のコンボ。生まれて初めてのポケモンセンターでの食事をした一週間前から決めていた。俺、絶対に野宿しねえ。





















俺はポケギアを鳴らした。携帯以上に使ってる気がするなあ。まあパケ放題だし、そもそも未成年だからいろいろな税金掛からないし、まだ払う義務もない。いいよな、子供。そもそも絶対に新しい街についたり、ひと段落したら連絡する癖がついちまった(もといそうしろって言った時のお母さんは目が全く笑ってなかった。あれは絶対またお仕置きする笑顔だ。逆らえわけねーよ)し、ポケモンセンターに泊まるたびに、ウツギ博士とお母さんには連絡している。マメだなあ、俺。でも今回は別件だ。まずはオーキド博士(昨日、コガネシティのラジオ放送収録があるって帰ってった。やっとかよ)経由で入手したマサキだ。



「もしもしー?こちらボックスシステムサービス。名前とIDいうてくれんか?」

「オイラ、9675番のゴールド!えーっと、その、サービスじゃなくって、マサキって人につないでくんないかなあ?」

「9675のゴールドくんやな……ってまじか?ホンマにゴールド?」

「え、あ、うん」

「おっそいでー、ゴールド!ずいぶんと遅いお出ましやなあ、もう。こちとら5日は待っとったんやでー?そうそう、忘れとったわ、はじめまして!わいがマサキや、よろしゅうな!」

「え、ええっ?!ちょ、ま、なんで?!」

「あはははは、そうそう、そうやって!これや!やっぱこうじゃないとあかんよな!あーやっとまともなリアクションしてくれる子が来てくれて、お兄さんうれしいわ。あいつらときたら、愛想なくてかなん……あーもー涙出てきた。って、すまんゴールド、こっちの話やさけ、気にせんといて?ライチュウのことやろう?」

「え、あ、まあ」



からりとマサキは笑う。マサキは嬉々とした様子でこちらの事情と出来事を聞いてくれ、逆にいろいろと教えてくれた。結論からいうと、ライチュウはやはり俺のライチュウらしい。正確には、未来手持ちになるであろうポケモンらしい。一週間前のハッキング事件のときに未来の俺とAさん(マサキはこれからの楽しみなくなるで?と茶化してきたので、そりゃそーだと聞かないことにした)は通信交換(正しくは図鑑埋めのための交換で手持ちはすぐに返されるはずだったらしい)の影響で強制シャットダウンを喰らい、イーブイは無事に保護されたもののライチュウが行方不明で困っていたらしい。ってことは、あれか、ライチュウはなるべくはやくAさんに返して、さっさと未来の俺に返してもらった方がいいってことだな。下手に未来の俺と会うといろいろややこしくなりそうだし、これから手に入るんならそれがわかっただけでも儲けもん。ただボルテッカー覚えてる時点で未来の俺がチャンピオンリーグ後ってのは間違いなさそうだな、こりゃ。レッドさんからぶんどったんだろうなあ、電気玉。



「んーと、マサキにライチュウを送ればいいってことだよな?」

「いんや、エンジュシティまで連れてきてくれへん?」

「はあっ?!」

「それがなあ、Aくんえらい君のこと気になっとるみたいでな?未来の君にええかって聞いたら、なんか、そんな感じで会ったさけ、かまわんってOK出されてもたらしくてなあ。わいはまだタイムマシンの復旧でいそうがしいて、なかなか外に出れんっていうたら、Aくんじゃあ観光してくるって昨日からどっかいってもたんやわ。とりあえず、エンジュシティのサミットで会おうて約束したから、そんときでえーよ。きっとおどろくでー?楽しみにしとき。会うたらチケット挙げるから、一緒に店まわろな」

「わ、わかった、わかったけど……サミット?」

「新聞とかCMでも結構大々的に宣伝しとると思うんやけどなあ、知らん?焼けた塔跡にでっかい総合施設つくった記念のオープンセレモニーなんやんか。結構いろんなイベント予定しとるみたいやから、詳しくはポケモンセンターのポスターでもみといて?間に合うようにがんばりや。応援しとるでー?じゃあな!」



俺は言葉を失った。サミット?なんだその大型イベント。つーか焼けた塔跡に建てたって、まだエンテイスイクンライコウの復活イベント終わってねえのに、いいのかよエンジュシティ!まさかの生き埋め?!大変だ!なにやってんの、マツバにミナキ。代々ジムリーダーは焼けた塔をうんたらかんたらしなきゃいけないとか難しいこと語ってたじゃねーかよ!大体それ自体、ホウオウイベント終わった後だろ、再建して塔を建てるのか再開発するのかは知らないけど、新しい建物建てるって元ジムリーダーの爺さんいってたはずなのに!まさかのとんでも情報に頭がパニック状態になる。



も、もしかして俺と同じようなやつがこの世界にたくさんいて誰かがイベントをこなしちまった後で、実はHGSSよりも未来だったりすんのか、この世界。いやいやいや、いくらなんでもそれはない。同じようなイベントを同じようにこなす並行世界の俺はいたとしても、偶然の一致があればだれかがかつては、とか教えてくれるはずだ。だいたい、俺のあってきた人たちがぐるってのは考えすぎだ。どこの奇妙な物語だよ、こええ。悪寒の走る背中を抱いて、俺は深く考えないことにした。いや、さ、うすうすは気付いてんだよ?ゲームの世界じゃなくて、どっかの、なんていうか、その、ゲームの世界に近い何かの世界なんだろうな、とはさ、うん。でも今のところ大きな逸脱はあっても、俺の知る道筋をほとんど破壊するような過程にはまだ至ってないわけで、それなら知識をまだあてにしてもいいはずだ、たぶん、うん。



俺はポケギアを鳴らした。いつまでたってもフレンドリーショップにもポケモンセンターにもウツギ博士の助手が来ないんだ。なんか、いやな予感がする。じとり、といやな汗をかいた。



「もしもし、ウツギ博士?オイラだけど、元気?」

「やあ、ゴールドくん。昨日は大変だったみたいだね。どうだい?マサキさんには連絡とったかい?」

「あー、うん、ついさっき。やっぱオイラのライチュウだってさ、未来の。なんかエンジュのサミットがあるから、ライチュウ連れておいでって言われちまったよ。未来のオイラに返してくれる相手がさ、オイラに会いたいんだって」

「へえ、不思議な縁もあるもんだねえ。それにしても、サミット?ああ、たしか僕の方にも招待状がとどいてるよ。たぶん大きな催しだから、ハヤトくんも来るんじゃないかな」

「ほんと?」

「うん、じゃあその時、またポケモンたちともども会えるのが楽しみだね」

「へっへー、楽しみにしててくれよ、博士!オイラ今よりずっとずっと強くなるからさ。そうそう、ポケモン爺さんから預かったあの卵、いまどうしてんの?」

「ん?ああ、あの珍しい柄の卵かい?心配いらないよ。確かにポケモンの卵は元気なポケモンと一緒じゃないと孵らないんだけど、さすがにわざわざゴールド君をワカバタウンまで呼び戻すわけにはいかないからね」

「べ、別に気いつかわなくっても」

「いやいや、君はポケモン図鑑の完成とリーグチャンピオンになるっていう立派な目標があるじゃないか。がんばって目指す夢があるのにいろいろ押し付けるのは無粋だよ。大丈夫、ほら、あと一匹残ってたヒノアラシがいるだろう?あの子を育ててくれそうな子をこの前見つけてね」

「へ?」

「ちょうどオーキド博士がいらしてた時なんだけど、ゴールド君と同じように才能を見出されたんだ、すごいよね。ワカバタウンで2人もポケモントレーナーとしての才能を期待させる子供が二人もいるなんて、驚いたよ」

「えええっ?!ほ、ほんとに?」

「ああ、そうだよ。みんな期待してるんだ、ゴールド君。これからも君の思うがままに進んでいくといいよ、がんばれ」

「……その、ヒノアラシもらった子って、誰かわかる?」

「ああ、そっか。ちょうど入れ違いだね。ゴールド君が旅立ったその日に引っ越してきたんだ。そうそう、君のことは話しておいたから、もしかしたら旅の道中で会うかもしれないな。えーっとね、クリスタルっていう女の子だよ。水色の髪をした、二つ縛りに帽子をかぶった女の子なんだけど、なんでも冒険が好きらしくてね。オダマキ博士を思い出すなあ」

「クリスタル……クリス?」

「うん、そうよんでって言ってたね。もしどこかで会ったら、よろしく言っていてくれるかい?あわてて飛び出して行っちゃって、電話番号渡すの忘れちゃってさ。じゃあ、また何かあったら連絡してね。お母さんにもしっかり連絡入れるんだよ?」

「あったりまえだって!報告したいこといっぱいあって電話いっつも長くなっちまって困るくらいなんだから。へへっ、じゃあな!」

「うん、またね」





うわーん、と衝動的に俺はアリゲイツに泣きついた。もうやだこの世界。本気でやだ、フラグばっきばきに折れてくじゃねーかあ。せっかく舞妓はんにあったのに、もう会えないのかよー畜生!これでホウオウフラグは完全崩壊だ、アー最悪すぎる。驚いた顔をしたものの、俺から構ってくるのは珍しいので喜んで飛び込んでくる。うう、お前だけだよ俺の心の傷をいやしてくれるのは!この喜んでいいんだか悲しんでいいんだかよく分からない混沌としたぐちゃぐちゃな感情をどうにかしてくれ、アリゲイツ!腕をあぐあぐしてくるもはや一種の愛情表現と化した(Mに近づいてるのかな俺)かみつきも甘受する。いちいち怒る気力はもうない。どうなってんだよ、この世界。HGSSよりのイベントもあるけど、金銀クリスタルに近いしところも結構あって、いろいろ混在してるところが多い気がする。も、もしかして俺がいることでごっちゃになっちゃってんのか?考えすぎかなあ。でももし金銀クリスタルとHGSSがごっちゃになってる世界なら、もしかしたらホウオウとかルギアフラグ、折れたとは言い難いかもしれない!ポジティブシンキング?ほっとけやい。とりあえずしばらく俺はアリゲイツの尻尾で遊んでいた。





ウツギ博士の外見情報とクリスタルって名前は、コトネじゃなくってクリスタル専用の女主人公(もといポケモンシリーズ初の女主人公)の方かあ。まあどっちもかわいいからいいけど、クリスの方が感慨深いな、思い出補正。会いたいなあ、どんな子なんだろう。とりあえずこれで女の子と会えるかもしれないフラグが立ってくれて何よりだ。もしヒビキの方だったら泣いてたぞ、俺。しばらくして、いこうか、と立ち上がる。これからようやく電話番号登録できる女の子もといピクニックガールがいることすっかり忘れてたぜ。まってろよ、カオリチャン。ポケモン大好きクラブ並みのポケモンに対する語りなら俺だって負けねえかんな!とわけのわからない対抗心を燃やしつつ、俺はキキョウシティを後にした。





そうそう、道中はわりかし暇なので、登録したトレーナー達に片っぱしから電話をかけるのが俺の癖なんだけどさ。キキョウジムを突破したってゴロウに言ったら、対抗心燃やされちまった。悪いこと言わないから、今はやめとけ。せめてチートピジョンが戻るまでは。忠告はしたぞ、一応。さーて、午後にでも泣き言がかかってくるか、楽しみだぜ。


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