クリスの冒険3

「まいごのまいごのまいこはんー、もりでまよおってさあたいへん!どちらーからきたのか、わかりまへん。エーフィにきいてもわかりまへん。続きはなんですか?小梅さん!」


聞きたいです!どこかで聞いたことのあるような童謡の替え歌を口ずさみ、わくわくとした様子で振り替えるクリスに、小梅と呼ばれた舞妓は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「いややわあ、クリスはん。もう歌わんといておくれん?恥ずかしいわあ」

「えーっ、そんなあ。かわいかったのに。ねえ?マリルリ」


こくこく、とうなずくマリルリは、マリルの進化系のポケモンである。マリルリはんまで、と小梅はうつむいてしまう。クリスが通りかかった時、小梅は手ごろな岩に腰掛け、途方に暮れた様子で先ほどの歌を口ずさみ、エーフィをなでていた。まさか即興の小歌を聞かれるとは思っていなかったのだろう、あのときの小梅の表情は、ほっとしていた安心感から、すぐに羞恥に染まって白粉があるというのに真っ赤になっていたのである。鼻緒が切れてしまったため、クリスの肩につかまりながら、ひょっこひょっことあるく小梅は非常に難儀していた。ウバメの森はうっそうと木が生い茂り、なおかつ参拝客向けの古道を外れてしまえば、たちまちけもの道に分け入ってしまう。3年前から、絶好の冒険場所だったため、観光客向けのパンフレットにすらのっていない抜け道まで熟知しているクリスから言わせれば、どうしてここまでとんでもないルートを何の疑問のなく突き進むことができたのか、非常に疑問であった。極度の方向音痴なのだという小梅は、ウバメの森の神様にお参りした帰りなのだという。行きと帰りの古道は同じはずなのだが、やはり方向音痴の天性なのだろうか。方角くらいならどこにいても大抵はわかるクリスには、到底分らない世界である。


「ホントに、アタシが通りかかってよかったですね、小梅さん。なんたってウバメの森は、アタシのホームグラウンドだもの。ウバメからコガネに抜ける道くらい、簡単に案内できるわ。まだ、先だけど、がんばりましょ?」

「ほんまおおきに、クリスはん。うちの命の恩人やわ」

「ふふ。あ、そうだ、小梅さん。小梅さんって、うちに謎の卵があるって依頼してきた舞妓さんとお知り合いですか?」


一瞬、小梅の動きがぎこちなくなる。足でも痛くなってきました?休みます?と心配そうに見つめるクリスに、我に返った小梅は、え、ええ、とうなずいた。代わりに持っている鮮やかな花の装飾が施された高そうな鞄を持っているマリルリが、心配そうに見上げる。ようやくたどり着いた古道のわきにある休憩地に腰をおろした。


「卵?なんのことでっしゃろ?ウチは知らんえ?」

「そうなんだ。あのですね、アタシの家は育て屋さんをしてるんです。何の卵か分からないから調べてくれって、えーっと、ブラッキー連れてたんですけど、その舞妓さんに頼まれて」

「ブラッキー?ああ、玉緒姉はんが?はあ、そう言われてみれば、そんなこと言うてはったような」

「あ、やっぱりですか?ふふ、あの卵、実はトゲピーの卵だったんですよ。ジョウトには生息してないポケモンだから、すっごく珍しいってウツギ博士がおっしゃってました。実は、アタシ卵をウチに届けるおつかいの途中なんです。卵、もうすぐ孵っちゃいそうだから、早く玉緒さんに渡さなきゃ」


ね?と振り向くクリスに、マリルリはうなずく。


「まあ、はるばるワカバタウンまで?」

「えへへ、アタシ、冒険とか探検とか、何も知らないところに行くのが大好きなんです。だから、全然つらくなかったですよ。むしろ、楽しかったです。ホントは、このまま、家出しちゃいたいくらい。でも、お父さんもお母さんも危ないからってなかなか許してくれなくて。たぶんこのお使いが終わったら、アタシの冒険もここで終わりかなあ、なんて」


寂しそうに笑うクリスに、小梅は、そうなん、とうなずいたのち、何かを考えるように口元に指を押しあてる。合格、いうことない。ゴールドはんもやけど、もしかしたら、とつぶやいた言葉に気づいたのは、マリルリだけだった。


「クリスはん」

「はい?」


小梅の真剣な声色に、クリスは面食らう。なんですか?と首を傾げるクリスに、小梅はそっと手を握った。


「もし、もし玉緒姉はんが、トゲピーの卵をエンジュまで届けてほしいてお願いしたら、まだ冒険は続けられるってことやろか?トゲピーを託しますから、そのかわり、いろんな風景を見せてあげてほしいてお願いしたら、ご両親はお許しになられるやろか?」

「え、あの、小梅さん?」

「玉緒姉はんのいいつけ守れんのは心苦しいけど、うちはええどす。ふふ、クリスはん。安心しておくれやす。クリスはんには、ホウオウのご加護がありますえ」

「………小梅さん。もしかして、その」

「玉緒姉はんは、うちのいちばん上の姉なんどす。ウチがとりなしたげましょ。クリスはんは、こんなところで、終わってはあかんお人やもの。ふふ、まさか、うちらの代で、お二人も資格を持つお方が現れるなんて思いまへんえ」


さあ、いきましょか、と笑った小梅の言葉の意味を、このときのクリスがわかるはずもない。


「いつまでも、クリスはんにばかりお世話かけるのも、いけまへん。ここからは、ウチもお手伝いしますえ」


にっこり、と笑った小梅は、エーフィを出した。

エーフィがしっぽをゆらして、小梅に笑いかける。クリスは舞妓を見るのは初めてであるが、アカネ経由でマサキの母親が舞妓だと知っている。なんでも舞妓は、とても腕もたつトレーナーらしい。普段は淑女に徹しなければならないため滅多に披露することはないが、腕を認めたトレーナーやお客人のために腕をふるうことがあるらしい。小梅がエーフィを出したことの意味をクリスは知り、小梅さん、とつぶやいた。


「足袋のまま立っちゃだめですよ!」

「あ」


何はともあれ、小梅の取り計らいで、本来終わるはずであったクリスの冒険は、一転して全国を回ることができるようになったのだった。




















「なるほどー、そういうことやったんか。よかったやんか、クリス」

「うん!ってアカネちゃん!ひどいじゃない、なんで嘘ついてたの?おかげでツクシちゃんを男の子と勘違いしちゃって、困らせちゃったじゃない!」

「あははっ、ごめん、ごめんてクリス!まさか本人に会うまで気づかんとはおもわんかったわ!確認とったん?だーってツクシ、もうちょっと女の子の格好せんと分からんよって言ったったのに、ひらひらはいややとか言うんやもん。似合うと思うんやけどな―。だから、な?」

「それならそうと早くいってよ!もう、アカネちゃんたら」


むくれる親友にアカネは平謝りする。お詫びに何でも頼んでええよ、とメニューを渡され、クリスはしぶしぶうなずいた。現在二人がいるのは、エンジュシティのとある和風カフェである。がらがら、と引き戸をあけ、暖簾をくぐると、木製の手作り感あふれるカウンターごしに、いらっしゃい、と店員が声をかけてくれる。民家を改造してできた店内は、思ったよりも狭い。右に曲がると、一段上がった作りとなっており、靴を脱ぎ、畳を進み、障子で仕切られたそれぞれのテーブルの座布団に腰を下ろすこととなる。正座が苦手なクリスとアカネは、最初こそ他のお客にならって正坐をしていたが、しばらくすればしびれてきてすぐに足を崩すことになる。時折後ろを通り過ぎる店員が注文の体制を取っていることにようやく気付いたアカネであった。

注文を終え、引っ込んでいった店員を見送り、アカネはゆげのたつお茶に手をつける。


「舞妓はんならウチもおうたよ、おとといな。皐月さん言うんやけど、ブースターめっちゃかわいかったわ!ロケット団の下っ端が踊りのけいこの邪魔してきおってな、うちらでやっつけたろっておもたら、あっさりのしてまうんやもん。びっくりしたわ」

「へええ、すごい!エーフィ、ブースター、ブラッキー、ってイーブイの進化系ばっかりね。もしかして、同じところの舞妓さんなのかしら?」

「さあ?」

「ってアカネちゃん、ずるい!歌舞練場入れてもらえたの?」

「ふふふ、すごいやろー?話せば長ごうなるんやけど、聞きたい?」

「当たり前じゃない!」



ガールズトークは長くなること請け合いである。そして、1時間後。クリスはアカネにポケスロンのキャンペーンに参加してくれと頼まれることになったのだった。サミットと重複してしまうイベントのため、自分のばんが全て終わったら、すぐにポケモンセンターにトンボがえりという荒技を見せたアカネと合流して、無事、クリスはイベントを終わらせることに相成ったわけである。



そして、翌日。


「おー、クリスも隅におけんなあ!代理の人おるんやから、バッジとってもよかったのに。そんなにうちと戦いたかったん?ふふ、えーよ、その心意気、かったるわ!」

「え、あ、その」

「え?どないしたん?もしかして、違うん?」

「あ、はは」


クリスは明後日の方向に目をそらす。くーりーすー、なんよ、アンタ嘘つくの下手なんやから、らしくないことせんといて?ほら、こっちむき?とぎこちない笑顔でアカネが笑う。むにむに、とほほを引っ張られ、クリスは涙目になる。なんとか逃れようとするクリスに、アカネはこちょこちょ、と脇腹をくすぐる。知り合った当初からクリスはこの手のいたずらにめっぽう弱く、すぐにねをあげる。ひいひい言いながら崩れ落ちたクリルは、ごめんごめん、と頭を下げた。


「コガネジムって、ほら、秘伝マシンが使えるようになるとか、そういうお得な特典、ないじゃない?だからさ、いいかなーって、あはは」

「あほかーっ!」


容赦ないアカネの突っ込みに、ごめんなさーい!とクリスは手を合わせる。


「そんな理由で親友のジム飛ばすとか、何考えとんよ、クリス!」

「だってアカネちゃん強いんだもの!アタシのパーティじゃ、まだ無理よ!」

「そんなもん、やってみんと分からんやんか。なーに勝手に決めとんよ。なんだかんだでバッジ2つ取れたんやから、前よりずーっとつよなっとるはずやろ?マリルリ達に失礼やで?」

「うーん、でも……」

「まあ、手加減するつもりはあらへんけどな。せめて、クリスがどんな旅をしてきたんかだけでも、その成果みしてよ。その良しあしによっちゃ、バッジをあげんこともないで?」

「ほんと?」

「もちろん。こればっかりは嘘つかん。んなことしたら、センリさんにど叱れされるわ」

「あはは、そうだね。でもさ、アカネちゃん、ミルちゃん疲れたりしてない?昨日結構大変だったんだし、せめて明日とか」

「なーに悠長なこといっとん!大丈夫やって」

「でも、ジム戦だってローテーション組んで、ずーっと同じポケモンなんて使わないでしょ?」

「クリスは心配性やなあ。ポケモンセンターかてちゃんといったから、大丈夫。ほらほら、いくで」


アカネに引っ張られる形で、クリスはポケモンセンターを後にしたのだった。


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