クリスの冒険

ジョウト地方コガネシティ郊外にある、育て屋印のトレーニングファーム兼自宅にて





「全国のポケモントレーナーのみんな!もう目はさめたかな?!
このあとすぐ!オーキド博士のポケモン講座!」



ふああああ、とあくびをしながら、少女は重たいまぶたをこする。
テーブルの上には、第一回からずーっと書き取ってるノ―トと筆記用具を並べてある。
今日は一週間ごとに更新される講座の初回放送。
だから、聞き逃すわけにはいかないのだが、家業がなかなかに忙しいせいで、徹夜は茶飯事だ。
ちなみに、同じように大きくあくびをしたのは、彼女の膝の上にいるポケモン。
生まれたころから、ずっと一緒のマリルである。



マリルはぷにぷにしていて、抱きしめるだけで気持ちいいので、よく彼女のクッション代わりとなっている。
むぎゅう、とおなかを抱きしめられ、、つんつんと脇腹を刺激され、マリルはくすぐったそうにばたばた暴れる
きゃっきゃと笑うマリルを腕の中に収め、彼女は少しだけ首をかしげた。



「ねえ、マリル。冷蔵庫にあったあたしのプリン知らない?
名前書いてたのに、いつの間にかなくなってたのよねえ」



ぎくり、とマリルが硬直する。がばっとさっきより強くガードされる。
マーリ―ル―、と彼女がこちょこちょとくすぐるので、マリルは悲鳴を上げた。



どうも最近ちょっとぽっちゃりしてきた気がする、と彼女はマリルのおなかをつまむ。
彼女の母はこれくらいが可愛いといっては、ねだられるとすぐお菓子をあげてしまう。
そのうちまるくなるをしなくとも、ころころのぶくぶくになるのではないかと彼女は気が気ではなかったりする。



「駄目じゃない、運動しなくっちゃ。そうだわ、今日はウバメの神様まで挨拶に行きましょ?」



にっこり、と彼女が笑うと、トレーナーの所持ポケモンというよりは、ペットの扱いを受けているマリルは小さくなった。
彼女は野外活動が大好きだったので、マリルはルリリの頃からずっと振り回されている。



「それにしても、なんだかへんなにおいするけど、どうしたの?」



言われるまでもなく、マリルは彼女のポケモンだ。毎日ずっと一緒に過ごしているし、世話も一任されている。
ちゃんと洗っているのに、なぜぞうきんのにおいがするのだろうか、と彼女は首をかしげる。
もしかしたら、と彼女の脳裏に母が浮かんだ。倹約家の母は、穴があいたタオルを雑巾に縫い直すような人だ。
だが、まとめてやるため、一度洗ったそれを干してからは指定の袋に入れてある。
きれいなタオルだと、時々間違えて、紛れ込んでしまうことがあった。
もしかしたら、間違えて、マリルを拭くときに使ってしまったのかもしれない。
これが終わったら、もう一度洗ってあげよう、と彼女は考えた。
さすがにお出かけするのに、雑巾のにおいをしたマリルなんて連れていけない。
しりもしないマリルは、ようやくおさまったくすぐり攻撃に、ぜいぜいとなっていた。



CMが終了し、テーマ曲が流れてくる。彼女はラジオに耳を傾けた。



「やあ、おまたせ!わし、オーキド博士のポケモン講座の時間じゃぞ!!」

「アシスタントはおなじみ、DJクルミがお送りしまーす!」

「うむ。この講座を聞いてくれている、ラジオの前の明日のリーグチャンピオン諸君。
冒険を夢見るそこのキミ!君たちは、未来にあふれている!
だから、わしは君たちをこう呼びたいと思う。輝ける少年少女たち、すなわち、
ゴールデンボーイズとな!」



今年の流行語大賞になるという噂は本当なのだろうか、と思いながら
彼女は早速、ノートに今日のテーマを書きこんだ。




30分のラジオ番組である。毎朝7時は結構つらいものがある。
継続は力なりとはよく言ったものだ。




「クリスー、ご飯の時間よ!降りてらっしゃい!」

「はーい!じゃあ、行きましょ?マリル。ねえお母さん、今日のご飯はなーにい?」

「オムそばよー!」

「はーい、今行くわ!」



昨日、母とともに焼きそばを作りすぎてしまったことを思い返して、彼女は立ち上がる。
こくん、とうなずいたマリルが飛びおりて、とてとて、と階段に走っていく。
そんなにあわてては、またしっぽにつまづいて二階から転げ落ちてしまうではないか。
彼女は急ぎ足でドアを開ける。
彼女の部屋は二階の広間から階段に一直線である。
止めようとしたら、時すでに遅し。どん、ばん、ばんばんばんばんばん!
情けないマリルの悲鳴が聞こえて、彼女はあわてて階段を駆け下りた。




















クリスと呼ばれた少女は、フルネームをクリスタルという。
仲のよい人たちや家族は、ちぢめてクリスと呼んでいる。
では、軽く彼女のことを紹介することにしよう。


クリスは、コガネシティ郊外に住む、駆け出しのトレーナーである。
家族は父親と母親、そしてマリル。
そして家族総出で、たくさんのスタッフと一緒に、ジョウト地方で育て屋さんをやっている。
だが、にしてはコガネ弁ではない。
実は、今でこそコガネシティに住んでる彼女だが、こっちに来たのは3年前である。
カントー地方のハナダシティにある祖父母の家に一緒に住んでいたのだ。
彼女は子供ながらに大人に交じって、ポケモンたちの世話をしている、しっかりとした少女である。





テーブルを囲んで、一家団欒の朝食風景。だが、今日はいつもよりも人が多い。
クリスの母の兄、つまりクリスにとって叔父にあたる人物が遊びに来ていたのだ。
ヨシノシティに住んでいる叔父がいるなど珍しい。
そもそも、クリスがトレーナーを知ったのは、「そらをとぶ」を習得しているオニドリルをもった、
凄腕のトレーナーである叔父の影響もあるのだ。
当然、食事を終え、マリルをきれいにした後のリビングでの会話は、叔父についてになる。



「トゲピー?ええっ、あの舞妓さんがお願いしてきた卵、トゲピーの卵だったの?」



卵というのは、ひと月ほど前に、舞妓さんから謎の卵を見つけたから、なんの卵か調べてほしいと依頼があった、今まで見たこともない卵のことだ。
叔父のつてでポケモン爺さんに預かってもらい、ウツギ博士に調べてもらっていたところだ。



「ああ、どうもそうらしい。さっき、ウツギ博士から連絡があってね」

「だから、俺が取りに行くってことになってな、打ち合わせに来たんだよ」

「ウツギ博士……って、あのウツギ博士?すごいじゃない!
ずるーい、叔父さん、あたしもいく!つれてってよ!」

「こらこら、兄さんを困らせないの。
そもそも兄さんはヨシノシティにおうちがあるからいいけど、
クリス、あなたどうするの?まさか女の子一人で帰ってくるつもり?」

「ワカバタウンからコガネシティは結構な距離があるぞ?」

「大丈夫よ、だってマリルがいるもの!一人じゃないわ、ね、マリル!」



クリスが呼びかけると、マリルが元気よく返事した。



「あのねえ、クリス。あなた、すぐ調子に乗って、危ないことに首突っ込んじゃうでしょ?
無鉄砲なところがあるし、心配なのよ」

「一人旅は大変だぞ?全部一人でしなくっちゃいけないんだ。
お金だって大切に使わなくちゃいけないぞ?」

「わかってるってば!そりゃ、お父さんたちのいうこともわかるわよ?
でも!あたしがトレーナーになって、もう何年だと思う?3年よ、3年!
そろそろ旅に出てもいいでしょ?
ずーっと勉強してきたんだもの、そろそろ許してくれてもいいじゃない!」



お願い!と両親に必死で訴えるクリスに、両親は困ったように顔を見合わせた。
たしかに飽きっぽい性格の娘が、3年間も一日も欠かさずオーキド博士のポケモン講座を聞いているのは知っている。
コガネジムのジムリーダーと友達になって、戦い方を勉強していることも知っている。
しかも、わざわざ隣の町まで行って、キャンプや野外活動をする団体に参加している。
ここまで来ると本物かもしれない、とも思えてきたのだ。



クリスは、昔から人一倍冒険というものに憧れる子だった。
好きなラジオ番組は、バラエティチャンネルのポケモン調査隊。
好きなテレビ番組は、ポケモン世界紀行と世界不思議発見。
ポケモントレーナーになったら、ジョウト地方のダンジョンをすべて制覇する、と宣言するような子だ。
ポケモンの謎を解き明かしたい、というそれは、ホウエン地方のオダマキ博士を彷彿とさせる。
むろん、クリス自身、アカネとともにフィールドワークと称した探検に出かけるなど、日常だった。

飛び出して家出同然に旅に出かけかねないほど、冒険家に強く憧れるクリスが今でも家にいるのは、
尊敬する叔父から、冒険家は帰る家があるからこそ、旅に出られるのだ、といわれたからに他ならない。



「ポケモンセンターに泊まれば安全さ。そんなに心配しなくても、今のクリスならやれるだろう。
大丈夫さ」



叔父のひとことが決定的となり、ようやく両親から、ちょっとしたおつかい扱いだが、旅に出られることになったのだった。



































3日後。



クリスはワカバタウンのウツギ研究所にいた。



マリルが心配そうにクリスを見上げる。どきどきして、なかなかインターホンが押せない。
ウツギ博士といえば、卵に関する研究ならば進化学のご意見番、ナナカマド博士よりも権威とされている、若き研究者だ。
ピカチュウはすでに進化したポケモンである。
当時、衝撃の書き出しで有名な論文は、ウツギ博士の業績をたたえるのによく引き合いに出されるほど。
オーキド博士の助手をしていただけでも十分すごいが、こんな立派な研究所を持てるなんてすごすぎるだろうというわけだ。
クリスが緊張するのも、無理はなかった。



ぴんぽーん、と意を決して押したクリスは、心の中で何度も挨拶をつぶやいた。



がちゃり、とドアがあく。



「はっ、はじめまして!育て屋ファームから来ました、クリスです!
トゲピーの卵、引き取りに来ました!」

「はは、落ち着いてください。僕は博士じゃないですよ。育て屋さんからいらしたんですよね?
話は聞いてます。ようこそ、研究所へ。ささ、どうぞ。
奥の部屋でウツギ博士がお待ちです」

「えっ……あ、はっ、はい!すみません!」



助手が苦笑いしながら案内してくれる。
何をしているのだ、と赤面しながら、クリスはマリルとともに、奥の書斎に進んだ。










クリスは卒倒しそうになった。





「やあ、いらっしゃい。クリスちゃんだったかな?親御さんから話は聞いてるよ。
はるばるコガネシティから来たんだよね?お疲れ様」

「ほお、マリルをつれておるのか。よく育っておるわい。
さすがはあの人のお孫さんといったところかのう?
最近の若いトレーナーは、みんな将来有望じゃのう、ウツギ博士」

「ええ、そうですねえ。嬉しい限りです。
あ、クリスちゃん、立ち話はなんだから、座ってくれるかい?」

「は、はい」



なぜここにオーキド博士がいるのだろう。
めまいがしたクリスだったが、ぴとり、と支えようと張り付いてくるマリルに気づいて、
つぶすまいとあわてて踏みとどまる。
オーキド博士からすれば、かつての助手が独立して一人で研究所を構えるまでになったのだ。
会いに来てもおかしくはないのかもしれない。
そう思いなおして、ソファに腰掛ける。マリルが膝の上を陣取った。



「冒険家を目指しているそうだね、がんばってくれ。応援しておるぞ」

「は、はい!ありがとうございます!」

「ふふ、ご両親を説得するのは大変だっただろうね。でも、安心していいよ。
シンオウ地方のチャンピオンだって、かつては女の子だけど一人で旅をしたんだ。
無理だけはしちゃいけないよ?」

「はい!」



後を押され、クリスはうれしくなって笑った。



「はい。モンスターボールに入れてあるけど、トゲピーの卵だよ」

「あ、ありがとうございます。って、あれ?ウツギ博士、ボール2つありますけど……」

「ああ、この子はね、ヒノアラシ。気は弱いけど、優しさは人一倍さ。あ、知ってるかな?」

「あ、はい。うちにマグマラシを預けてる人がいるから」

「なら、なおさらだね。この子を旅の道連れにしてほしいんだ。道中は多い方が楽しいからね」

「えっ、えええっ?いいんですか?」

「うん。盗まれるよりはずっといいさ。一人ぼっちになってから、すっかり寂しくなっちゃったからね」

「あれ?チコリータは盗まれちゃったって聞きましたけど、ワニノコは?」

「ゴールド君っていう男の子がいるんだけど、ポケモン爺さんからこの卵を預かってくる
おつかいを頼んだ時に、渡したんだ。
今は一足先に旅に出て、いまごろは、たぶん暗闇の洞窟にこもってるんじゃないかな」

「へええ、そういうことならわかりました。あたし、この子連れてきます!
よろしくね、ヒノアラシ!」



モンスターボールの中で、元気よくうなずくヒノアラシにクリスは笑った。
マリルがボールに手を振っている。
ごほん、と咳払いが聞こえて、クリスは顔を上げた。



「これこれ、わしを無視せんどくれ。クリス君、旅の選別にポケモン図鑑をあげよう。受け取ってくれんか?」

「ポケモン図鑑まで?!あ、ありがとうございます、オーキド博士、ウツギ博士!
あ、あたし、がんばります!」



やったあ、とマリルに抱きついたクリスが容赦なく力を込めるため、マリルが苦しそうに
じたじたと暴れるが、クリスはどこ吹く風だ。
やがて、心配したウツギ博士が止めに入るまで、クリスは順風満帆すぎる旅路に心の底から感謝したのだった。



ちなみに、大好きな叔父に自慢すべく、ヨシノシティまでとんぼ返りしたクリスを見届けて、
ウツギ博士が電話番号の交換をすっかり忘れていたことに気付くのは、また別の話である。









クリスの データを とうろくします

げんきいっぱいの ぼうけんをゆめみる おんなのこ
うちは コガネシティで そだてやさんをしている


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