第76話



父親は地面タイプのスペシャリストだったのに、どうしてお前は地面タイプを使わないんだとゴールドに聞かれた時には本気で殴ってやろうかと真剣に考えたことをブラックは思い出す。相変わらず人の触れてほしくないところを平気で土足で踏みつけるような真似をするのは、あいつの悪い癖に違いない。3年のあの日、ロケット団と決別することを誓ったあの日から、無意識のうちにブラックは父親との関連が窺えるものから遠ざかってきた。ポケモンもほんの3年前までは後継ぎとして教育を受けていたわけだから、普通に考えれば岩や地面のポケモンを扱うことはきっと誰よりも得意なはずで、それをわざわざ封印してきたのはきっとブラック自身まだ折り合いがつかないことがたくさんあるからなのだろう。


満月の夜は嫌いだ。ブラックの頭の中では、死に別れた母親を寂しがって鳴く物悲しいポケモンの声がいつだって響いている。その声は子供がかぶっているボロボロなガラガラの頭蓋骨を揺らして、儚く切ない音がしている。ブラックは声の主の顔を一度だけ見たことがある。いつも母親の骨をかぶっている子供の素顔を知っているのは、その頭蓋骨が高値で売りさばくことができる貴重な財源として、ロケット団が乱獲対象にしていたからだ。


2度と会えない母親の面影を満月に見つけて泣いていた子供の被り物を取り上げた時、ブラックはそこに涙の跡と思われる染みを見つけた。結局売り物にするには目立つ傷が多すぎて使い物にならないが、ブラックはそれを子供に返さなかった。子供は当然抵抗する。返せ返せって牙をむいて攻撃してくる。返してくれって泣きわめく。でも、ブラックが当時連れていたポケモンははるかにレベルが高いポケモンだったから、子供は為すすべなく吹っ飛ばされておしまいだ。その時に向けられた憎悪の眼差しを一生忘れることはないだろう。あの時は何とも思っていなかった。尊敬する父親に命じられてシオンタウンにあるけがをしたポケモンたちを預かる施設に潜入した時、ブラックはそこでロケット団から失踪した裏切り者と対面し、おくびにも出さないでポケモンたちの世話をする傍ら注意深くカラカラの動向を窺っていたのだ。ロケット団の資金源だったガラガラたちの生息域はいくつも乱獲しつくしてしまい、次なる標的としてフジ老人が管理している秘密の場所を特定する必要があったのだ。母親の頭蓋骨を奪われてしまったカラカラは、本能的に仲間たちが眠っているカラカラたちだけのお墓がある場所に向かう。シオンタウンを抜け、真っ暗な洞窟を通り、満月がきれいな森に出た先に、カラカラ達のお墓はあった。骨になった両親の頭蓋骨を掘り返し、かぶるカラカラ。死んでしまった仲間を埋めてしまうガラガラたち。不思議な習性をもつ彼らは明らかに頭蓋骨を必要としている者たちが多くて、頭蓋骨が足りないことにブラックが気付くには時間がかからなかった。ロケット団によって両親を奪われたカラカラ達もまたそこに殺到していたからだ。本来なら被ることができるはずの頭蓋骨をいくら掘り返しても見つけることができず、途方に暮れている彼らを見ても、その時のブラックは何とも思わなかった。そして、そのままブラックは持っていた無線でロケット団に任務を達成すべく、現在地を知らせた。その後に起きた悲劇なんて、ロケット団が引き起こした事件としては些細なものに過ぎない。でも、満月になるとブラックは思い出すのである。ブラックの上司だった男がやがて父親のジムを引き継ぐことになる少年と対峙して、容赦なくラッタを殺した時、少年が男に向けた視線。本来自分たちが譲り受けるはずだったポケモン図鑑をブラックが持っていることに対して向けられた眼差しと、カラカラの子供に向けられた目は、きっと同じだった。





あたりは激しい砂嵐に包まれていて、視界は最悪である。岩タイプに壊滅的な打撃を被るパーティ構成なのは今さらで、バンギラスが岩と悪の複合タイプだとポケモン図鑑で分かった時点で、ブラックが相棒であるメガニウムを繰り出すのは自然なことだった。いけ、と短いながらも紡がれた命令口調に、モンスターボールから現れた巨体が応える返事も短い。


「メガニウム、光の壁だ」


物理攻撃が半減される光がメガニウムを中心にあたりを包み込む。響き渡る咆哮がメガニウムのすぐそばにまで現れたのは、そのすぐ後である。一撃が重い。真っ黒なバンギラスから繰り出された攻撃がメガニウムに向かって放たれる。さすがにバンギラスの習得している技まではポケモン図鑑で確認できないから、メガニウムが苦しそうに何とか耐えきったその攻撃がどういうものなのか分からない。その上ブラックはバンギラスの驚異的な身体能力も砂嵐という環境では特殊攻撃に対する対抗能力が普通より上昇していることも知らない。とりあえずわかったのは、バンギラスというポケモンがとんでもないやつだってことくらいだ。防御力が高いメガニウムでさえ、あやうく一撃で黄色ゲージまでHPを削られるところだった。ぎりぎり緑ゲージでとどまってくれて一安心である。これ以上喰らったら砂嵐でしかも夜の状況での光合成連発という防戦一方な苦戦を強いられるところだった。バンギラスの素の攻撃力がこんなにすごいのか。それとも、明らかに暴走状態なのは混乱しているからか。今もこうしてメガニウムとは見当違いのところに攻撃を仕掛け、飛び散った瓦礫が直撃してダメージを追ってしまっているのは結構シュールな光景だ。でも、もしこれがメガニウムやブラックだったらと考えると背筋が凍る。ブラックは隙を逃すつもりは無い。


「今のうちに繰り出せ、花びらの舞だ!」


メガニウムの花びらから発散する香りは、森林浴をしたようなすがすがしい気持ちにさせて、争う気持ちを静める成分を含んでいるらしい。でもどうやら暴走状態になっているバンギラスに効果はないようだ。短い鳴き声。メガニウムの放つエネルギーによって枯れた草花が蘇り、一気に咲き誇って風となって舞い上がる。色とりどりの花びらが一斉にバンギラスに襲い掛かる。瓦礫の中にうずくまっていたバンギラスに向かって凄まじい追撃がさく裂し、大きな大きな音と共にバンギラスはそのまま前のめりになって倒れ込んでしまった。混乱状態に陥って自分で自分を攻撃してしまう行動とよく似てる気がする。花びらの舞はメガニウム自身が凄まじいパワーを使うため、制御することができない大技だ。モンスターボールにも指示できるコマンドが消えた。2回ぶちかませるか、3回ぶちかませるかで大きく行動が違ってくる。とりあえずブラックにできることといえば、ロケット団が残した施設からかっぱらってきた用途不明のモンスターボールやサファリボールでバンギラスを捕獲すること。それだけである。投げられたボールがバンギラスを吸い込もうとするが、弾かれてしまう。ち、と舌打ちしたブラックはボールを探る。ボールを投げてきたブラック目掛けて突進しようとしてくるバンギラスに、相手は自分だとばかりに花びらの乱舞が横からそれを邪魔する。視界不良になる世界で、うっとおしいと前を薙ぎ払ったバンギラスは、標的をメガニウムに切り替えたようだ。その隙を狙って再びブラックはボールを投げる。市販されているボールではない。3年前までいたロケット団で開発されていたボールでもない。きっと3年の間にロケット団が新しく作ったと思われるデザインのボールが飛んだ。見たこともない光が放たれて、バンギラスを一気に呑み込んでいく。初めはマスターボールかと思ったが、あのボールに関する技術とかはポケモン協会が根こそぎ持って行ってしまい、かつて開発に関わったロケット団の内通者はみんな牢屋の向こうだ。ロケット団の残党が造ったボールはきっとマスターボールとはまた違った機能があるボールのはずだ。少なくてもここで秘密裏に育てられていた色違いのバンギラスに関係あることはきっと間違いないはずだ。バンギラスがいなくなったことで、一瞬だけ砂嵐がやむ。花びらの嵐が砂の世界を薙ぎ払う。再び満月が現れた世界で、唯一光っているのはブラックが投げた名称不明のボールだ。かちかち、かちかち、としつこいくらいに暴れまくっているボール。メガニウムは花びらの舞の反動で混乱状態となってしまうが、ブラックが予め持たせていた回復の木の実の効果ですぐに正気に戻ったらしく、ふるふると顔をゆらした。また飛び出してきたら厄介だ。ブラックを守るために警戒を解くことなく、メガニウムはじいっとひたすら転がっているボールを見つめている。信じられないほど長くて、静かで、緊張感にあふれた数十秒だった。とうとう観念したのか、かち、という音と共に静かになったボールが転がる。メガニウムは嬉しそうにそれをくわいあげると、傍らに寄ってきたブラックにさしだした。礼を言うこともなくボールに戻してしまったブラックは、名前も知らないボールの中で縮こまっているバンギラスを見た。


「………破壊の遺伝子だと」


ロケット団が開発したポケモンが暴走する原因になった忌まわしいそれを持ち物欄に確認したブラックはボールを握る手が強くなったのを感じた。いつの間にかそばにいたはずのスイクンハンターがいなくなっていることに気付いたのはついさっきだ。まあ、逃げるのが普通だろう。ブラックだってこのボールがなかったら捕まえられるなんて思ってなかったのだから。


「おーいっ、ブラック!そこにいんのブラックだろ!返事しろってば、なあ!」


沈みかけていた思考回路が急浮上する。ゴールドの声だ。満月が辺りをよく照らしてくれるから、赤毛のブラックはさぞ目立つに違いない。ましてやさっきまでバンギラスのおかげで砂嵐が発生していたのだから、それが無くなってしまったと考えれば見つかってしまうのは仕方ない。ち、と軽く舌打ちをしたブラックは、ボールを仕舞い込んで後ろを振り返った。うるさい静かにしろ、といいかけた言葉は、無事みたいでよかったぜ、と笑っている息を切らせたゴールドとすぐそばにいた女の子を見た途端に消えてしまう。反射的にブラックは後ずさりした。女の子がブラックを見る。驚いた顔をする。ちょ、どこ行くんだよって驚いた様子で詳しい事情を聞きたそうなゴールドの声なんて耳に入らない。しばらくの沈黙。駆け出し始めたブラックは、クリス?って不思議そうに女の子に聞いてるゴールドを見て、知り合い同士だと悟って舌打ちをした。どのみち知られてしまうのは時間の問題だった。


「何の用だ、ゴールド」

「なあなあ、ブラック。この辺りに真っ黒なバンギラス見なかったか?」

「ふっ、一足遅かったな、ゴールド。こいつのことか?」


かざしたボールに収められているバンギラスをみて、あーっと声を上げたゴールドは、くっそ、と思いっきり悔しそうな顔をした。どうやら捕まえるつもり満々だったようなので、ちょっとした優越感を感じつつ、ブラックはそれとなくクリスと呼ばれた女の子を見た。


「どこまで悪タイプ大好きなんだよ、お前。メンツの半分悪タイプじゃん」


別に強いと思ったからパーティに入れているだけなので、タイプ縛りをしているつもりは無いのだが、どうやらゴールドにとってはブラックは悪タイプのポケモンを好んで使うように見えているようだ。まあ、サミットでブラッキーを掻っ攫おうとした前科があるからあながち間違いでもない気がするが。


「ふん、お前には関係ないだろう」

「へっへー、オイラのカポエラーがぶっ刺さるからありがたいってね。
 ま、それはともかく、お前さ、ロケット団見なかった?」

「……やっぱりここはロケット団の施設だったのか」

「破壊の遺伝子なんて物騒なもん研究してるのがロケット団以外にあってたまるかよ。
 つーか、何その微妙な口ぶり」

「オレがいたころには居なかった男がここを仕切っていた。
 だからロケット団の研究を勝手に引き継いで、つまらんことを企んでる奴かと思ったんだよ」

「そりゃねーよ。ラジオでやってる赤いギャラドスとか、破壊の遺伝子で
ポケモンをいじくるようなやつらがロケット団以外にあってたまるかよ」

「オレが知るか。少なくてもオレが知ってる幹部の中にはあんな男はいなかったはずだ」

「ふーん、どんな奴?」

「年寄りの爺だ。科学者みたいな恰好をしていたから、はぐれ研究員上がりのやつかと思ったんだ。3年前まではシルフカンパニーに内通してるロケット団所属の研究者がたくさんいたからな」

「へー、そうなんだ。じゃああれだ。レッドさんが言ってた3年前には居なかった、
 頭がいい奴ってのはそいつのことだな」

「もしくはお前が言ってた5人目の幹部とかいうやつだろう。ゴルバットどころか、モンスターボールすら持ってなかったからトレーナーかは怪しいところだけどな」


いつぞやのはぐらかされてしまった話を蒸し返してみれば、あはは、とあさっての方向を見ながら目を逸らすゴールドの姿が目に入る。白々しい限りである。どこまで知ってて、どうして知ってるのか。相変わらずゴールドというやつはよく分からないやつだ。そんなことを思っているブラックなんて知りもしないゴールドは、金銀時代からリメイクに至る過程で存在を抹消された5人目の幹部がまさかの登場というとんでも展開についていけずこっそり冷や汗を流している。えーなんだよそれ、よりによって何でそんな所だけ金銀に沿ってんだよ!誰だよ、5人目!まさかサカキとかいう落ちじゃないだろうな?と心の中で大絶叫である。沈黙してしまったゴールドに、なにやらさっきから思案顔だったクリスと呼ばれていた女の子がゴールドを呼ぶ。振り返ったゴールドに、クリスは言った。


「ねえ、ゴールド。その人がホントにロケット団の幹部っていうんなら、
 もしかしたらシルフカンパニーからロケット団が秘密で研究してた書類とか、
 ポケモンとか、持って行っちゃった人がいるらしいから、その人なんじゃない?」

「へ?そんなことあったのか?」

「ポケモンマニアのお兄さんから聞いた話なんだけどね。ロトムっていうポケモンなんじゃないかってシルフカンパニーに持ち込まれた機械があって、それが3年前のシルフカンパニーの事件でどこかに行っちゃったらしいの。その研究に関わってた人は、ミュウツーとかロケット団のやってた研究の中心人物だったから、いろいろ大騒ぎだったみたい」

「そっか。じゃあその爺さんがここで3年前の研究をこっそりやってたってわけだ」

「色違いのポケモンたちはとっても珍しいもの」

「ふつうなら覚えない技まで覚えてるとあっちゃ、高く売れるよなあ。トレードで他の人経由でもらったポケモンなら改造されたポケモンだって分かんないし、トレード先のモンスターボールに入ったら、それこそ区別つかねえもん」

「ふざけやがって。何にも変わってねえ。ロケット団が金を稼ぐために手段を択ばないのは今に始まったことじゃないけどな」


どこか自嘲気味に笑うブラックに、クリスは不思議そうに首をかしげている。ゴールドは聞かないふりをして、何やら思い当たる節でもあるのか考え込んでいる。ポケモンを持たない爺さん。科学者。ロトムとかの研究資料が3年前から行方不明。金稼ぎのためには手段を択ばない。今までクリスたちが話してきた言葉を並べ立てて、うーん、と腕組みをするゴールドに、ブラックは目を向ける。3年前ロケット団に所属していたブラックすら知らないことをゴールドは知っているのだ。5人目の幹部という謎の存在についてやっぱりゴールドは心当たりがあるらしい。この野郎、さっさと白状しやがれと詰め寄りたいが、ブラックの素性を知らない女の子が傍らにいる手前、通報でもされたらややこしいことになるのでイライラしながら舌打ちひとつ。



「おい、ゴールド。何もったいぶってやがる。さっさと話せ」

「ゴールド、もしかしてロケット団の幹部のこと、知ってるの?」

「ただ嫌な予感がするなあって思っただけだよ。
 科学者の爺さんが幹部ってことは、ミュウツーの研究とか再開してるってことだろ?
 ロトムがどんなポケモンかは知らねえけど、利用されてたらやだなあって」


そうよねって頷くクリスはゴールドの言葉を信じたらしい。うそつけ、とブラックは心の中でつぶやいた。ゴールドはロトムというポケモンについて知ってるに違いない。この目はいつだって知っている知識をひけらかしたいのにできなくでうずうずしている目だ。5人目の幹部についてぶっちゃけた時とよく似ている。問いただす必要があるなと思ったブラックは、ようやく異常気象が収まったサファリパークをゴールド達と共に脱出する道を選んだ。

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