第75話

オーキド博士のポケモン研究所を勝手知ったるとばかりに堂々と裏口から入ったグリーンは、パソコンと向き合っている祖父に声を掛けた。

「なんだよ、じーさん。用って」
「おお、グリーン来たな?いや、ちょっと頼みたいことがあるんじゃが」
「頼みたいことー?なんだよ、すぐ終わる?」

めんどくさいと顔に書いてある孫に苦笑いしながら、オーキド博士は封筒を渡した。思いのほか軽い封筒を受け取ったグリーンは、郵便局なら姉ちゃんに頼めばよかったのにようとぼやいている。ただいまナナミはタマムシシティのデパートにしか出店していない紅茶専門店に買い物に出かけており不在である。かつてカントー地方では馴染みがないが、ポケモンコンテストにて存分に手腕を振るった彼女はそれなりに知名度がある。デパートにも専用のテナントが入ったとか何とかで関連イベントがどーたら、それで打ち合わせがなんとかと話していたことをぼんやりと思い出したグリーンは、姉が今日は早朝に出かけて、夜にならないと帰らないと知っていた。

「いや、お前にしか頼めんことなんじゃがなあ」
「へ?あはは、なんだよ、じーさん!なら早く言えって。俺がぱっぱと終わらせてやるから」

ころっと態度を変える孫に苦笑いする。反抗期と自己顕示欲が綯い交ぜになった思春期を迎えている孫は、どうにも言動に一貫性がない。頼みごとには一度は難色を示すものの、引き受けたならきちんとこなす。初めから素直にしていればいいものを、どうにももたげてきた自意識が邪魔をする。あの頃は可愛かったのに、とほんの数年前を思い出してしまい遠い目をする祖父にグリーンは何やってんだろこのジーさんとばかりに見ていた。行き会ったりばったり感が否めないが、あえて共通項を拾い上げるとすれば、タマムシ大学の携帯獣学科で教鞭をとる第一人者の孫、ポケモンコンテストで優勝するほどの実力者であるコーディネーターの姉と共に暮らしている自分が、未だに何も誇れるようなものがないことに対する焦り。その割に何をすればいいのかイマイチよく分からず、迷走気味。どこか不安定さを感じているのだろうか、ナナミやオーキド博士が何気ないことで褒めると、認めてもらえたと感じるのだろうか、事の外喜んでいた。そもそも自分を注目してもらいたいという感情が誤った方向性に全力疾走することが多すぎるため、怒られる事の方が多いのが拍車をかけているのが問題だろう。モンスターボールで面白がって何でも入れようとしてみたり、ポケモンも持っていないのに好奇心から草むらに飛び出してみたり。たいてい隣に住んでいる幼なじみの少年を巻き込んで騒動を起こし、ナナミかオーキド博士に怒られるのが毎度のパターンである。

「トキワにあるフレンドリーショップに荷物が届いとると思うんじゃが、取りに行ってくれんか?受け取りに行こうかと思っとったんじゃが、今手が離せん」
「はあ?お使いって……パシリかよ!仕方ねえなあ」

口では不満たらたらだが、どこかうれしそうだとオーキド博士は気づいている。何やってんだとパソコンを横から覗き込んだグリーンは、オーキド博士が論文を作成中なのだと気づく。どうやら今度行う講義のデジメも作成しているようで、たくさんページが開かれている。一番上のメールには、カントーリーグからの発足に関する質問がならんでいた。こらこら、触るんじゃない、と折角書き上げた推敲途中の論文を白紙に上書き保存されたことがあるオーキド博士はグリーンを追い払う。バックアップがあったため事無きは得たものの、現在進行形でグリーンは報復としてゲーム禁止令が出ている。そのためか最近はスーパーファミコンが常備してある幼なじみの家にゲームしに特攻することが増えているようなので、考えものなのだが。めんどくせー、とぼやきながら封筒をいつももっているカバンにしまいこんだグリーンは、ぐるっと室内を見渡す。本棚と簡易なキッチンが備え付けられた研究室の一角は、修羅場になれば缶詰にできるようシャワールームもついている。冷蔵庫には多分飲み物や食べ物がはいっていた。本棚だらけの一角に、モンスターボールがある。じーさん鍵、と差し出された手に、オーキド博士は書斎の引き出しから引っ張り出したキーホルダーを投げた。トキワに行くにポケモンが飛び出してくる草むらを通らなければ今から出かけたら夜になってしまう。ポケモンがいればショートカットになるのだ。ポケモンを持っていないグリーンにとって、数少ないポケモンと触れる機会。断る理由は実はない。ちゃり、と軽い反動と共に金属特有の重さと冷たさが降ってくる。ふられている番号を目印にグリーンは戸棚を開けた。あんまり高レベルのポケモンはいうことを聞かないから、見栄えで選ぶんじゃないぞとの忠告にはいはいと二つ返事。分かってるって、うるせえな。どれにしようかとモンスターボールを物色する。

「じーさん、ポケモン借りてくぜ」
「ああ、二つ包があるから、中に入ってる伝票を渡すんじゃ。金はもう払ってあるから受け取るだけじゃからのう。頼んだぞ」
「いーけどさ、何入ってんだ?またシルフカンパニーの発明品?」

アレのせいでレッドがピカチュウばっかでつまんねえ、とグリーンはつぶやいた。一つしかない発明品のモニターにジャンケンで負けてしまったためか、2つ用意しなかったオーキド博士に怒りの矛先が向けられる。仕方ないじゃろう、とオーキド博士はなだめるしかない。時折こうしてポケモン関連の商品の監修を頼まれたりする手前、試作品のお試し使用は断りようがない。シルフカンパニーもモニターが欲しいなら公募をかけているだろうし、その前の試作の段階なのだ。触らせてもらえるだけ幸運なのだと言って聞かせても、幼少からその幸運にどっぷりはまり込んでいる孫は比較対象が家族ぐるみの付き合いからその幸運を感受しているレッドしかいない。比較しようがないのだからわからない。大人びてみせようとはしているが、やはり子供だと苦笑いする。いきなり笑ったように見えたのか、またバカにしている!と被害妄想が働いてグリーンのトーンが低くなる。正直に微笑ましいと白状したらしたで馬鹿にするなと突っかかってくるのだ、難儀な年頃である。

ちなみに今レッドが使っているシルフカンパニーの発明品とは、ポケットヘルパーと仮名称がつけられている機械である。ポケモンと実際に言葉を交わすことができたら、という昔からなにかと空想されてきたありえないことの筆頭だが、それを実現する一歩ということで企画、制作されたものである。シルフカンパニーだけでなく、ホウエンのツワブキコーポレーションとの共同企画だが、今はまだ子供のおもちゃレベルだ。機能はポケモンと会話を通してコミュニケーションが取れるという触れ込みではあるが、まだまだ登録できる言語数が千にも満たない。人が発する言葉の高さとか間とかスピードといった細かいサンプルを沢山詰め込んで、実際に人が話したときにそのサンプルの中からパターンを引っ張り出してきて比較して、ポケモンに分かるような音波に直して言葉のキャッチボールにして投げる。仕掛けはこんな感じである。実際にポケモンがどう行った反応を示したり、使用者とポケモンの間にどのような変化が生じるのか、といった様子を観察する狙いがある、との触れ込みでオーキド博士に元に送られてきたわけだが、まあようするにとりあえずできたんでちょっと遊んでみてください、レベルの代物でしかない。文字通りポケモンとペットやたまに触れ合う程度の一般向けのおもちゃである。オーキド博士が何故自分でやらないかといえば、ポケットヘルパーは必要性を感じないからだ。ポケモンと24時間365日ともに過ごすトレーナーのような職業につく人間ならば、初心者はともかくポケモンの仕草や鳴き声、ちょっとした反応から、次第にそのポケモンが何を考えているのか経験をつむうちに自然と分かってくるものであり、機械に頼らずとも関係を構築することは可能である。どんな形であれ。だが、一般的にポケモンと共に活動をし、バトルで報酬を得るという活動をしている人口よりもポケモンはペットやちょっとしたイベントでしか触れ合ったことがないという人口の方が分母としては遥かに大きいわけで、当然マーケットシェアも市場分大きくなる。そんな人々向けなら、いくら稚拙なおもちゃでもあながちおもちゃとは言い切れなかったりする。オーキド博士がまだポケモンを持っていないグリーンかレッドにポケットヘルパーを預けた理由はそんなところ。恰好のモニターというわけだ。

「じゃがいも入れ忘れて変なスープできちまったんだってよ。焼きリンゴ入れといてじゃがいもと間違えたんだよな、たぶん。ばっかだよなー」

初めからはちみつもリンゴも入っているような甘口カレーにさらに焼きリンゴを入れるという発想が理解出来ないグリーンは、ケタケタと笑う。レッドん家のカレーってめっちゃ甘いからそのせいだなと結論づけている。ポケットヘルパーをするにあたって、トレーナーがポケモンと生活するうえでよく行う活動を見本に、料理や釣り、ちょっとした遊びなどをテストとしてやったのだが、予想以上に子供たちははまっているらしい。もちろん料理は親御さん同伴が条件だ。この料理はオーキド博士の研究所の隅っこのほうにある菜園からポケモンが材料を集められるか、というテストを兼ねている。そういえば先日あまりにピカチュウがうまく言葉を拾ってくれず、料理も材料がうまく揃わないと業を煮やしたのか、勝手に菜園へ入り込んでしまった子供たちには手を焼いたばかりだ。

グリーンもこの面白いおもちゃみたいなものを通して、毎日のように仲良くなった野生のピカチュウと遊んでいるレッドが羨ましくて仕方ない。一緒に遊ぶにしてもポケットヘルパーはマイクでポケモンに言葉を投げるため、基本的に一人用。下手したら喧嘩になる。ドッチかが蚊帳の外になるため、ジャンケンが頻繁に行われている。ある意味友人同士での回し運用は禁止事項となっていた。だが遊びに行った時だけしか使わせてもらえないグリーンと違って、一日中遊べるだけあって、口を開けばピカチュウピカチュウのレッドがうるさくかなわないのである。

余談ではあるが、モンスターボールによる補助がなければ、基本的にトレーナーがポケモンと対等にコミュニケーションが取れることはめったに無い。野生のポケモンによほどの幸運に恵まれて気に入られでもしなければ、何の力もない人にあわせて土俵に上がってくれるポケモンなど皆無と言っていい。レッドのもとでポケットヘルパーごしに友達になっているピカチュウも人とポケモンの違いの認識すら曖昧な子どもが選ばれたのはそんな理由だ。いくら気持ちがダイレクトに伝えられる機械越しであっても、本来持っている能力を全く制限しない状態で電気を放つ驚異をもつ生物と共に暮らすなど変わり者でなければ無理だ。モンスタボールがいかに今の社会を支えているのか分かるとオーキド博士は密かに思う。野生のピカチュウは毎日レッドの家に遊びに来るだけでなく、とうとう一緒に暮らし始めている。予想以上に野生のピカチュウに近づきすぎてしまっているレッドに、少しだけポケットヘルパーを渡すのはまずかったかと考えてしまうオーキド博士である。もうすぐシルフカンパニーから返還の催促状が届く頃だ。なんだかんだと言って先延ばしにしてきたが、そろそろ限界かもしれない。オーキド博士はグリーンに聞いた。

「レッドはピカチュウをどうするといっとったか知らんか?」
「なんかまだ考えてるみたいだぜー?さっさと捕まえちまえばいいのにな。モンスターボールに入れるだけじゃん。あんだけ懐いてんなら、自分から入ってくれるって。もったいねーの」
「ううむ、そうか」
「何をそんなに悩んでんだかなー、変な奴」

これから人とポケモンの基本的な付き合い方とは真逆の繋がりを持ってしまったレッドが、トレーナーをすることは少々いらない労力を伴うかもしれない。オーキド博士は悩んでいるであろうレッドに同情した。現在レッドと野生のピカチュウは対等である。いわばトモダチといって差し支えない。モンスターボールを介したトレーナーとポケモンの関係は存在しない。ただ相手に対する好意だけでそばにいる状態だ。ポケットヘルパーがなくともその関係性が速攻で崩れることはありえないが、あくまで野生のポケモンと人が近づけるのは研究の実験だからという特例にすぎない。これからもその関係を維持しようとしたとき、レッドはまずトレーナーでないことが絶対条件になる。トレーナーという立場を経験してしまうと、どうしてもポケモンと対等という意識に縛られてしまうとこの社会はあまりにも窮屈すぎるのだ。やはりポケモン図鑑はグリーンに任せてしまおうか、と未だにオーキド博士が包の内容を明かせないのも、レッドの動向を見守る必要があるからだった。もしレッドがトレーナーを志すなら、ピカチュウを捕まえるか、捕まえないかという選択肢が必要となる。そして捕まえないという選択肢を選んだならば、もし万が一たまたま近くを通りかかったトレーナーが野生のピカチュウを捕獲しても文句は一切言えないという非情だがこの世界の現実を直視する必要が出てくる。ポケモンはトモダチというのは簡単だが、グリーンがそのピカチュウをほしがらないのはレッドとピカチュウが仲が良いことを知るが故であり、それはオーキド研究所や近隣住人たちの良心故に支えられているにすぎない。マサラタウンから一歩出れば、そんな甘いこと言ってられないのが現実である。野生のポケモンと対等な関係性を持つということは、それだけ難しいことなのだ。オーキド博士はレッドに言った。野生のまま生きて欲しいなら、トキワの森に返すこともまた選択肢の一つだと。今日の午後にでも結論を出して研究所に来ると約束はしてある。グリーンがいるとまた茶化してしまうことが想像付くだけに、フレンドリーショップへのお使いはレッドへの気遣いでもあるのだがそれは別の話である。

「あれ?じーさんいたっけ、こんな奴ら」

フシギダネ、ゼニガメ、ヒトカゲ。別の棚に置かれているモンスターボールに背伸びしてとろうとしているグリーンにオーキド博士は慌てて止める。まだ持ち主が確定していないことが親の欄が空欄であるせいでバレてしまう。

「こらこら、勝手に触るんじゃない。研究に必要な大事なポケモンなんじゃ、やめんか。それよりさっさと行ってこんか!」
「ちぇー、ケチ。まーいいや、行こうぜ」

ひょいとつかんだモンスターボールは、ちゃっかり今週から新しく研究のために入った新人だ。いってきまーす、と棒読みの言葉を置き去りにして、グリーンは出かけていった。










うわ、さびい。思わずつぶやいた言葉は立ち読みしているトレーナー達には気づかれなかったようだ。きい、と自動ドアをくぐり抜けると、きんきんに冷えた室内に思わず縮こまる。いつだってフレンドリーショップは冷房が効きすぎているとグリーンは思う。そりゃ、はるばるマサラタウンからトキワシティに辿りつくまでの道中、太陽が傾く前に帰らなければいけないとの焦りから相当駆け足で道路を走り抜けてきたことも原因ではあると思うもののだ。それを踏まえても、荷物を取りに来ただけでは何となくいけない気がして適当にお菓子あたりを物色するために商品のならんだ棚をぐるりと回るが、一向にフレンドリーショップ内の温度に体がついて行かないのが何よりの証拠だ。いらっしゃいませー、と営業スマイルの青年がレジ越しに言うが、マニュアル通りの言葉はグリーンの耳を右から左に抜けていく。一応、何度か利用しているサービスではあるため、顔なじみとなりつつある店員もいるのだがアルバイトが主体の店員ではすぐにローテンションもあるのだろうか、知らない人になっていることが多いためグリーンは基本的に無視傾向だ。だがぼんやりと聞こえた声は聞き覚えがあるもので、なんとなく振り返るとグリーンを見て笑っている。フレンドリーショップの看板と違わぬロゴデザインのエプロンを着けている青年。ああ名前は知らないけどなんどかあったことあるかもしれない、程度の知り合いだと気づいたグリーンは、軽く笑って返した。何となく目がついたお菓子をさし出して、財布でお金を払いながら、グリーンは早速店員にオーキド博士からのお使い、もといパシリ内容について触れることにする。送料がかかるとはいえ、いっそのことポケモンマークの引越屋さんに頼んで直接自宅に届けてもらえばいいのに、といつもグリーンは思うものの、どういうわけかオーキド博士はいつもお届けものはフレンドリーショップで指定にしてしまう。マサラタウンにフレンドリーショップが無いことは周知の事実だというのにである。変なところでケチな庶民派なじーさんだと勝手に思っているグリーンは、結局いつも自分が取りに来るはめになるという悲しい事実に気づいてため息を付いた。ぴ、とバーコードにレジの読み取り装置を当てて値段を表示させた青年は、グリーンのお使い内容を聞いて、え?と驚いた素振りを見せる。いつもならばお疲れ様とか大変だねとか一言かけてくれるというのに、拍子抜けした様子でグリーンを見下ろしてくるのでグリーンは戸惑ってしまう。変なことはひとことも言ってないはずだ。ほんとうに?と確認にオウム返ししてくる店員にグリーンは頷くしかない。孫の名前を忘れてしまうようなボケの始まっているじーさんと一緒にしないでくれという話である。ぴったり財布から小銭を出したグリーンは、レシートをくずかごに放り込んで、わけを聞いた。

「さっきオーキド博士宛の小包なら宅配業者の人が取りに来たよ?」
「はあっ?!え、うそ、まじかよ!」
「……オーキド博士に連絡してみたらどうだい?」
「じーさん……どこまでボケてんだよ!無駄足じゃねーか!」

思わず叫んだグリーンに、店員が慌ててたしなめる。あ、と我に返ったグリーンは迷惑そうに見つめてくる複数の視線に沈黙する。埒があかないので、フレンドリーショップの近くにある電話ボックスに駆け込んだグリーンはオーキド博士の研究所に電話を掛けることにした。

「じーさん、どーいうことだよ!家まで宅配便頼んでんなら、俺いかなくていーじゃねーか!」
「は?何をいっとるんじゃ、グリーン」
「どこまでぼけてんだよ、じーさん!今フレンドリーショップにいるけど、なんか宅配便の業者の人が取りに来たって言われたんだけど?覚えてねーの?」
「………宅配便?何のことじゃ?わしはいつものとおり、フレンドリーショップで受け取りにしといたはずじゃぞ?」
「ホントかよー、うそくせえ」
「そこまで老いぼれた覚えはないわい。グリーン、お前に渡した封筒の中に書類が入っとるはずだから、水色のプリントをみてみんか。確か、今日受け取りになっとるはずだぞ?トキワのフレンドリーショップで」
「あー?ちょっと待ってろよ、今捜すから。えーっと、書類書類…」

カバンのしたに埋まっていた封筒を引っ張り出し、束になった書類の中から水色のそれを確認したグリーンは、あ、ほんとだ、とつぶやいた。しばしオーキド博士とグリーンの双方が沈黙する。グリーンは何となくやばい予感がして顔がひきつった。受話器越しにオーキド博士がため息を付いているのがわかる。

「業者が取りに来たといったんじゃな?その業者の名前と連絡先を聞いてくれんか?で、折り返し電話してくれい。なるべく早くな」
「わかった」

がちゃんと電話を切るやいなや、レジに並んでいる客が目に飛び込んできていらっとする。仕方なく後方に並んだグリーンは、十分後、店員に事情を説明してその業者の連絡先と名前をメモさせてもらい、折り返しオーキド博士に電話をかける。その前に業者に電話をかけてみたのだが、つながるのは使用されていないことを示す女性のアナウンス声。嫌な予感が的中してしまった。なんだか大事になってきたぞ、と思いながらオーキド博士にそれを踏まえて会話するなかで、警察、という言葉が出てきた。未だに小包が何かしらないグリーンはいい加減しびれを切らしてオーキド博士に中身を聞いた。いつものシルフカンパニー製のおもちゃか何かの試作品だろうと考えていたグリーンは、思わず聞き返す。それはあまりにも大変なものが盗まれてしまったと判明した瞬間である。

「ポケモン図鑑?!なんだよそれ!」
「こう見えてもわしは昔はばりばりのトレーナーじゃったんじゃよ。カントー中のポケモンを捕まえるのがわしの夢じゃった。もうこの老いぼれにはそんな気力、残っとらんがな。だが、わしが研究仲間たちと認定してきた150匹のカントーに生息するポケモン達は、今でもカントーのどこかにおる。もしそれを全国を旅するトレーナーたちが登録できる電子図鑑があれば、トレーナー達にとってこれ以上の大切なツールはない。そう確信しとった。これはわしのある意味集大成ともいえる研究の足がかりじゃったんじゃが……!」

まだ試作品の段階だけども、ゆくゆくはグリーンやレッドに試してもらおうと考えていたのだとこぼしたオーキド博士にグリーンは言葉を失う。ずりーよ、じーさん。なんだよそれ。いつも何かと子供扱いしてばかりで、何時まで経ってもポケモンを持たせることを許してくれない祖父が、自分の叶えられなかった夢を託すためにこっそり動いていたこと。驚かせるためにわざわざお使いを頼んだこと。すべて察してしまえば、いうに言えなくなる。何時まで経っても子供のような性質を持っている祖父が受話器越しに泣いているのがわかる。研究者にとって研究成果を悪用されることほど悲しいことはないと日々教えられてきたグリーンにとって、研究の大変さは時期になると缶詰になってひたすら修羅場とかしている祖父を通してしか分からないが、嫌というほど残念さが伝わってくる。同時に、大好きな祖父を悲しませたポケモン図鑑を盗んだ犯人に対する怒りが込み上げてくる。感情に任せてすぐに行動に出ることがグリーンの長所であり最大の欠点だった。ポケモン図鑑については警察に任せるから心配要らない。もうすぐ暗くなるから帰って来いというオーキド博士の声が震えているのだ。説得力もクソもない、と思う。今すぐにでも盗んだ犯人を追いかけていきたいが、すべてを見越しているオーキド博士が釘をさす。有無をいわさず、一度マサラタウンに帰って来い、という一言が逸るグリーンの気持ちを押しとどめた。やはり1番認めてもらいたい人に嫌われることはなにより耐えがたい苦痛なのである。

電話ボックスから出たグリーンは、舌打ちをしてトキワシティをあとにした。










「これが一般トレーナーにとって必需品となるポケモン図鑑の強奪事件のあらましだと私は聞いている。 のちにグリーンくんとレッドくんは犯人を追いかける形でロケット団の陰謀に巻き込まれていく訳だが、奪われたオリジナルのポケモン図鑑は未だに見つかっていないとマツバくんから聞いたんだが、さて、いろいろと聞きたいことがあるんだが、とりあえずは一つ質問してもいいかい、赤毛君。君はどうして、オリジナルのポケモン図鑑を所持しているんだ?」


「そんなこと、オレが答えるとでも思っているのか?」


「なら質問を変えようか。ロケット団は3年前に解散したのは周知の事実だが、研究されていた施設にあったはずの史料、有名どころではミュウツーの制作過程で作られたポケモンの遺伝子操作に関するデータを持ち去ったとされている幹部の一部が今でも指名手配なのは知ってるだろう?どうして君がその男と口論していたのか、聞かせてもらいたいね」


「盗み聞きかよ」


「お生憎様、気配を消して追いかけるのは慣れているものでね。まあ、最も」



研究所の最深部において、ミナキは小さくため息をついた。



「この真っ黒なバンギラスから、どうにか逃げないといけないけどね。どうだい、赤毛くん。もし僕の質問に対して答えてくれたら、スリーパーのテレポートで脱出するの、手伝ってあげてもいいけど?」


冷たい一別をくれた赤毛の少年は、あざ笑う。カントー地方のバージョンしか登録されていない旧式のポケモン図鑑ながら、バンギラスの生息域はカントーにあるシロガネ山。基本的な情報はインプットされている。断る、と心の底から嫌悪を浮かべながら吐き捨てたブラックは、ミナキの提案には一切応じる様子もなく、ようやく追いついた仇とも言うべき組織の忘れ形見を捕らえるべくモンスターボールを構えた。凄まじい砂嵐が吹き荒れるサファリパークの最深部エリアにおいて野獣のような咆哮が月夜の空に轟いた。

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