後編

んー、もう少しポロックが小さけりゃ、ケース百均で買ったのになあ。1cmはでかすぎるわ。再び買出しの岐路で主人がぼやく。栄養補助食品とかいう人間の健康志向な生活を支える薬剤もどきを入れるケースが売っているらしいが、透明なボックスはでかすぎる気がする。ポケモンセンターの食堂でいうAランチBランチしか頼まない主人は基本的に食生活や栄養バランスは考えなくていいらしい。好きなものを好きなだけ食べて何が悪いのだろう、とオーダイルは思うが伝える手段は持たない。人間は色々と大変なようだ。主人が欲しいのはポロックケースだとチラシ片手に教えてもらう。モンスターボールを模した入り口に投入されたポロックは、味ごとに色分けされてしまうことができるようで、透明なケースから中身を確認できるという。

再びくぐった自動ドアを抜け、いらっしゃいませ、と制服を着たサービスカウンターの女性スタッフに軽く会釈をして主人と一緒に階段に向かう。家族連れやカップル、自分と主人のようにポケモンを連れたトレーナーがカートやカゴ、袋なんかを下げている。もうすぐ夕方だからか、タイムセールスのアナウンスが流れ、血相変えた主婦が何人も主人の前を通りすぎていった。酷く惹かれるものがあるのか、しばし彼女たちを見ていた主人だがそのまま階段を上っていった。ちなみに大きな食品売り場に足を運んでも、主人が大抵カゴに放り込むのは期限間近で食品棚からはじき出されたデザートや飲み物、在庫処分で値引きの札のついたやつくらいである。

時間があればグリコ大会が始まるのだが、もうすぐポケモンセンターの食堂は夕ごはんの時間帯を迎えてしまう。急げとばかりに1段飛ばしで駆け上がった。


「ポッポじゃん。なんでこんなところに?」

さあ?とオーダイルはあたりを見渡した。ポッポを探している鳥使いのトレーナーは見られない。ポッポは争いを好まない臆病な性格をしているポケモンである。かつてワニノコだった頃に幾度も遭遇したから、オーダイルはよく知っていた。ポッポは昼間活動するポケモンであり、本来ならもうすぐ夜行性のホーホーと活動圏を交代して退場するはずである。少なくとも野生のポッポが、誤ってどこかのフロアから迷いこんできたわけではなさそうだ。朝によく見かけるのは草むらに身を隠し、まだ眠っている昆虫を捕食するためである。主人と共によく草むらで遭遇したポッポは、バトルを仕掛けても反撃に転じる前に激しく羽ばたいて砂起こしで目くらまし、そのまま鋭い目を持っているポッポは命中率を下げることなく逃亡というパターンが良く見られた。図鑑でも身を守る為に砂かけを行うと書かれているらしいが、攻撃はことごとく外れるわ、全身泥だらけにされるわで散々だったことに加えて、某ジムリーダーにフルボッコにされたトラウマを持つオーダイルである。実はポッポ系統にあまりいい印象をもっていないのだが、あまりに小さく陳列棚の隙間に縮こまっているポッポを見ているとかわいそうになった。どうするよ、スタッフの人呼ぶか?と聞いてくる主人の声に、ポッポが反応する。オーダイルは主人を止めた。縮こまっていたポッポだが、何故か主人の声に反応して自分の影に怯えることなくひょいひょいと近づいてきた。普通大きな図体をしているオーダイルの姿に驚いたポッポは、よほど下手を打って強烈な反撃でも食らわそうとさせない限り怯えて草むらから出てこないか、硬直してしまう。これには主人も驚いたのか、てっきり怯えてますます奥の狭い隙間に隠れてしまうと思っていたのか、むしろ驚いてありゃま、と間抜けな顔をする。あっさり主人の手の中に収まったポッポは、小さく鳴いた。いくらなんでも慣れ過ぎである。普通トレーナーのポケモンであっても、バッジなどで準ずる資格を有するトレーナーは本当の意味で親以上にポケモンはなつかないものだ。いくら愛情を注いでもどこか一歩線を引いてしまうとメガニウムの件でオーダイルは知っている。訝しげなオーダイルに、ポッポは無邪気に鳴いた。警戒心皆無なようである。

「人に慣れてんな、誰かのポケモンか?おーおー、可哀想に。埃だらけじゃねーか」

ゴシゴシ、と乱雑にジャージの袖と指でホコリを落とすが、おとなしいものである。
野生のポッポであれば、放っておけばどんなに離れた場所でも迷わず自分の巣に帰るだろう。伝書ポッポというサービスをラジオで聞いた主人は、どこまでそのまんまハトなんだよ、とつぶやいていたが、真相は未だに不明のままである。よく童謡のようなワンフレーズを口ずさむが、未だにちゃんと2番までたどり着いたことはない。ぶるぶるぶる、と羽毛を飛ばしたポッポは、バサバサ、と激しく羽ばたくとそのまま主人の肩に乗った。嗅覚を刺激されたのか幾度かくしゃみをした主人が恨めし気にポッポを見るが、ポッポはそのままオーダイルを見上げると、何度か鳴いた。ポケモン同士であっても種類が全く異なる場合、よほど片方に知能がなければコミュニケーションを取ることは不可能である。オーダイルもてんでポッポが言いたいことは分からなかったが、よくトレーナーの肩に乗っかっていることは分かった。

「んー、オイラ達会ったことあるっけ?」

オーダイルは首を振った。だよなあ、と考え込んでいると、おもむろにポッポが羽ばたいた。どこからともなく風が来る。主人は反射的に帽子が飛ばされないように右手でツバを抑えた。どこかで感じた気配がして、オーダイルはとっさに前に進み出ると唸り声をあげた。周囲を警戒して戦闘態勢に入る。何かいる。この陳列棚のどこかに、何かいる。オーダイルの様子に気付いたのか主人がなんかいるのか、と聞いてくるので、オーダイルはうなずいた。マジかよ、ここ店内とのボヤキは聞かないことにした。影を見つけたのは、そのすぐ後である。鋭い爪が見えた。空中を輪を描くように描きながらゆっくりと旋回している。上を見上げたオーダイルは、吹雪の体制に入った。命令さえあればすぐにでも発動できるくらい、緊張感に張り詰める。

「ちょっとたんま、スイト」

ひんやりとした空気が散見する。天井すれすれで滑空してきたのは、なんと見覚えのあるピジョットだった。判別できるのはポケモンごとに持っている匂いが若干異なるためである。無論人間は感知できない。まさかデパート店内であろうとお構いなしに攻撃するとは思っていなかったのか、驚愕のまなざしをむけられ、オーダイルは罰が悪くなって視線を逸らした。ごめんな、こいつアンタの子供だろ?と差し出す主人に習って、小さく頭を下げる。戦闘回避できたことを安心するため息にも似た鳴き声のあと、ピジョットはゆっくりと床に降り立って、ポッポと再開できたことを喜ぶように体を摺り合わせる。微笑ましい光景はさておき、オーダイルはかつてのピジョットと再会したことに少々複雑な心境である。自分は疾っくの昔にかつてのピジョットのレベルは超えてしまっているが、幼少より刷り込まれた緊迫感はなかなか抜けない。いつの間にか自分より大きくなってしまったかつての対戦相手に、ピジョットは大きく羽をひろげてみせるが、全くオーダイルには届かない。くるくるくると小さくピジョットは鳴いた。あ、と声をあげた主人はポケギアを見る。今日は月曜日と表示されている。

「もしかして、ハヤトんとこのピジョット?」

なんで曜日を確認したのかオーダイルにはわからないが、ハヤトと特定する情報があったらしい。こくりと頷かれ、アンタ雌だったのか、と主人は驚いていた。むしろ今まで気づいてなかったのか、とオーダイルは思う。空をとぶ要員として進化させたピジョットは遥かに尾が短いというのに。

「ハヤトかあ、確かデパートで買い物するのが好きなんだっけ?相棒たちほっといてなーにやってんだよ、ジムリーダー」

呆れた様子で、なあ?と同意を求める主人に、ピジョットは聞かないでくれとばかりに視線をそらす。思うところはあるようで、小さく鳴いただけだった。和装の生真面目そうな青年の意外な一面に、今度はオーダイルが驚く番だった。ジム戦以来あっていないが、あの時の冷静沈着な印象があまりにも強く、私生活が想像できない人間の一人だったのだがずいぶんと所帯染みた趣味があるらしい。しかし、相棒とも言えるピジョットと子どものポッポを置き去りにして肝心の青年の姿はどこにも見当たらない。誰よりも飛行タイプを愛する青年のする行動とは思えないオーダイルは首を傾げる。ピジョットは沈黙してしまう。ポッポはさっきから、ねえねえ、と母親にせっついている。早く青年のもとに行きたいのだろうに、何を渋っているんだろう?主人は思い当たることでもあったのか、ずいっとピジョットを見た。

「もしかして、アンズとケンカしてる?」

ピジョットが石像になった。

「何を言っているんだ!世界で一番ポケモンをうまく扱えるのは、父さ・・・・・・父上に決まっているだろう!」

「はっはーん、これだから!アンタのお父さんのことはよく知らないけど、ホントになーーーーーーーーんにも知らないのね!世界で一番ポケモンの扱いが上手なのは、四天王使いのキョウ、ただ一人。つまり、あたいの父上に決まってるじゃない!」

「分かっていないのは、君の方だろう。私の父上はポケモ・・・・・・」

「なーに?博士?どっかのリーグ四天王?まさかチャンピオンとか言わないわよね?飛行使いのチャンピオンって聞いたことないんだけどなあ。ごちゃごちゃ言ってないで、あたいの父上の方がスゴイって認めちゃいなさいよ!」

「はあ、これだから。父さんの方が立派に決まっているだろう!君は見かけによらず物分りが悪いんだな」

「なんですってーっ?!」

「違うっていうのか?まあいいさ、思い直すこともあるだろうから。全く、私の想像通り話の分かる人であって欲しかったんだがなあ。君とは父さんの話で盛り上がりたかったんだが・・・・・・残念だよ」

「むっすーっ!!なによ、なによ、なによーっ!」

「何このファザコン頂上決戦。関わりたくねええ」

顔を引きつらせながらぼやいた主人に、オーダイルは全面的に肯定した。上階を一歩踏み出した瞬間に一字一句漏らすことなく聞き取れるのは、いったいどういう事なのだろうか。関係者だと思われたくなかったのか、わざわざここまで避難してきたらしいピジョットたちに、ちゃっかりしてるなあと主人は笑う。まあ、オイラもさすがにこうするわ、と優しくピジョットの頭をなでる。同情の視線に気づいたのか、心底居心地悪そうにピジョットは鳴いた。黒山の人だかりをかき分けなくてもフロア中に響いている大げんかは、次第に白熱しているらしく、黒山の人だかりが騒ぎを聞きつけてどんどんふくれあがっている。話はハヤトの父親自慢とアンズの父親自慢が相互に行われ、しかもお互いが一歩も引かずに自分の父親の話をしまくるものだから素晴らしいループを飾っている。ハヤトの父親って何者よ、と主人がつぶやくが、ピジョットはお察しくださいとばかりに沈黙を守っている。ひょいひょい、と主人の後ろに回りこむと、この恥ずかしすぎる大げんかを仲裁してくれとばかりに黒山の人だかりに突っ込ませようとする。さすがに身の危険を感じたのか主人は慌てて逃げた。

「待った、待った、ちょっとたんまっ、いくらなんでもレベル高すぎるわ!ここでハヤトのこと肯定しなきゃ電話番号もらえないとか鬼畜すぎるだろ!普通に考えて。初対面のアンズに向かってキョウは大したことないっていうも同然だろ?難易度高すぎるだろ、無理無理無理!良く考えてみろ、オイラが中途半端に仲裁したら二人の矛先がオイラに向いてフルボッコ決定じゃんか!生贄になれってか、ふざけんな!」

涙目な主人は久しぶりに見た気がするが、無理もないと思う。オーダイルもさすがに切実なまでにまっすぐ見つめてくるピジョットとポッポ親子には一瞬足りとも目を合わせることは叶わなかった。そんな中でもヒートアップしていく口論は、もはや誰も止められない領域まで達しつつあった。

「なあ、帰るという選択肢は?」

ピジョットが必死で止めてくる。

「つーか、アリアドスとかアンズの手持ちはどうしたよ?!」

はーなーせーと言いながら抵抗する主人に、ピジョットは恨めし気に主人の腰元をさした。

「ああ、なるほど、ピジョットに問題丸投げしてモンスターボールに逃亡はかったと。ご愁傷さま、でもな、オイラたちを巻き込むなよ!」

どうしよう、スイト。しらんがな、とオーダイルは明後日の方向を見るしかなかった。

PM:8:00

ポケギアがなった。もしも、と言いかけた主人の台詞をかき消して、ほんの数時間前に聞いたばかりの声が大音量で主人の鼓膜を襲撃した。あまりの音量に反射的にポケギアを布団の上にぶん投げてしまったせいで、爆音の被害がオーダイルたちにまで拡大する。耳をふさいだポケモンたちは散り散りになった。電話の主は我を忘れて主人の名前を呼んでいる。まるで地獄の底からはいあがってきたような声に、すっかり主人は青ざめている。早く取ってくれ、とポケモンたちは主人を見る。耳をふさいだまま、カポエラーがそれを投げてよこした。

「ゴールドーっ!どういうつもりなんだ、悪ふざけが過ぎているだろう!」

「声がでけえよ、ハヤト!鼓膜がいかれちまってキンキンするんだ、音が聞こえなくなったらどうすんだよ」

「安心しろ、人間の鼓膜はすぐ再生するさ。分厚くなって、その分音を拾いづらくなるが」

「余計タチ悪いわ!」

「それはこっちの台詞だ!君に分かるか?君がしでかしたことはとんでもないこと何だぞ!?」

「うっせーよ、いい年してジムリーダー同士があんなフロアのど真ん中で何大げんかしてんだ、みっともねえなあ!」

「ぐっ・・・・!」

「ピジョットたちが関係者だと思われたくなくて逃亡したのにも気づかないとかどんだけ白熱してんだ、おい」

「し、しかしだな・・・」

「しかしもクソもあるかよ」

「だからといって、なんでよりによって迷子サービスセンターで私が迷子だと名指しで呼んだりしたんだ!ポッポやピジョットが待ってるって、私は子供か?!ふざけるのもいい加減にしてくれ!君に分かるか?大衆の面前で、迷子のお知らせにキキョウシティのハヤトさんと何度も何度も放送された気持ちが!」

「大げんか止められてよかったじゃん」

「よくない!アンズやらまわりの人達は大爆笑するし、しばらくトイレに逃げ込んだんだぞ!おかげでもうコガネのデパートに行けなくなってしまったじゃないか!どうしてくれる!」

「文句はオイラじゃなくてピジョットに言ってくれよ、ハヤト。オイラ、ピジョットに頼まれただけなんだよ。あん時そのまま仲介してたら間違いなくオイラがフルボッコにされてたじゃんか」

「くっ・・・・・・それができたら苦労はない」

「どうしたんだよ」

「ピジョットたちがモンスターボールから出てきてくれないんだ。今、ジムの掃除中なんだが、うちのジムは足場が悪いだろう?毎回掃除が大変なんだ。新設のジムだから早く準備しないといけないのに・・・・・・くっ」

「な、泣くなってば、おーい、ハヤトー、おーい」

父さんから貰った大切なポケモンなのにとか言いながら、嗚咽が始まってしまったらしく、困惑しきった主人は大きく肩を落とした。キキョウジムの大掃除に向かうべく、数日向かう羽目になったのは、別の話である。


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