1周年 前編

「ポケモンのとも」を拾い上げた主人は、お、と声を上げて、嬉しそうに笑った。オーダイルはこっそりガッツポーズする。気になる見出しでも見つけたのか、時折見せる好奇心の塊みたいなキラキラした目をして、パラパラと流し読みしている。おおお、とかマジでか、とかつぶやきながら熱心に文字を追いかけている主人は、一度こうして自分の世界に入っていると、傍らにいる自分たちをほっぽらかしで物思いにふけってしまうことをオーダイルは知っていた。文字を読むことができない自分をほっといて、何を一人勝手に楽しんでいるのだろう。一人の過ごし方を知っている主人に嫉妬を覚えながら、オーダイルは湧き上がる怒りを隠しもしないでドスドスとよっていく。

談話室の大型テレビでは主人が楽しみで駆け込んできたはずの「赤いギャラドスを追え」という特番の再放送が誰も視聴者がいない最中で垂れ流されている。ポケギアにテレビ機能はついておらず、もっぱらラジオ放送のリスナーである主人がわざわざポケモンセンターに引き返すほどだ。余程おもしろいのだろうか、と少しだけ期待していたオーダイルだが、今までに経験してきた冒険がスリリングだったことにくわえ、あまりにもあからさまな仕込み満載の番組はお気に召さなかったらしくどこ吹く風である。

急斜面から足を滑らせて滑りおちたスタッフの悲鳴のあとに響いたのはリングマの鳴き声だったが、怒りの湖周辺にリングマが生息していないことは、いつぞやのセレビィによるドッキリの時に知っている。それがおもしろいんだよ、と息巻いて語るであろう擁護人は残念ながら雑誌にご熱心だった。一度放送した地方放送を全国経由で流すという極めて珍しい再放送は、いよいよ怒りの湖に差し掛かるところらしい。迷彩服を着たエイパムを連れたトレジャーハンター、芸能人、そして取材陣を称するナレーターによるお約束満載の特番は、大きなポケモンの鳴き声がして怯えるスタッフたちに何があったのか、という何度目になるかわからない強引な引きのあと、別カメラでそのVTRをみてキャーキャー騒いでいる司会者とゲストをアングル的に捉えたあとでCMに入ってしまった。すっかりBGMと化しているなか、オーダイルは目当てのページを見つけて一人盛り上がっている主人に寄りかかる。

「おわっ?!」

トレードマークの黄色いキャップが大きくズレて視界が真っ暗になり、びっくりして飛び退こうとした主人の両肩を捕まえる。ソファ縫いつけられる形になった彼は、頭のてっぺんにのしかかってきたオーダイルの大アゴと不機嫌そうな唸り声を聞いて、いたずらの犯人を把握して、こらー、と声を低くする。お構いなしにオーダイルはべったりとくっついていた。

「何すんだよ、スイト。舌噛むかと思ったじゃねーか。つーか、だーもー重いっつーの、やめろって!」

ごめんなさい、と意思表示はするものの、動きはしない。しゅんとしてしまったから動かなくなったと思ったのか、頼むから退けてから反省してくれと主人は必死なのが笑えた。
なんとかアゴ置きと化している頭を退かそうとするが、後ろから抱きすくめられてしまってはどうしようも無い。悲しきかな、少年はオーダイルと比べて遥かに非力である。

「お前なあ、どこの大きな子供だよ。甘えん坊だなー、おい」

半ば呆れ気味な主人は相変わらず雑誌を手放さないので、オーダイルの唸りは止まらない。
主人のだ、と悪びれなく指差すオーダイルに彼は思わず頭が痛そうに額を抑えた。

「オイラのってか、言うようになったな、コンチクショー。って勝手にアテレコすんな、オイラの脳内!」

再びしかろうと試みる主人だったが、釣り上がる口元を手の甲で抑えている時点で勝敗は決したようなものである。かわいいんだよ、くそう、と悔しそうにつぶやいている主人は、諦めたようだった。

「何時まで経っても甘えたがりなのを叱らないオイラが悪いのか?うーん。でも悪いことしてるわけじゃねえしなあ。
でもリザードンみたく反抗期来られても困るっつーか、もっとスキンシップとれって言われたしなあ、どうせよと?」

まただ。オーダイルは眉を寄せる。リザードンって何だ。反抗期を迎えるようなポケモンと共にいた事があるのだろうか。時々主人の口から知らないポケモンのことが出てくることこそが気にくわないのだが、さすがに脳内アテレコに慣れている主人もそこまでは気づいていない様である。ワニノコであったころの自分が初めてのポケモン、パートナーなのだと嬉しそうに話してくれたことは嬉しかったし、たいてい主人が連れ歩いてくれるのは自分が定位置。主人の傍らは自分の専売特許だという自負がオーダイルにはある。出会ったころから初心者トレーナーとは思えないほど知識が豊富で判断の基準となる経験も豊かであることはオーダイルもよく知っている。今までの戦歴は半ばトレーナーである主人の判断と戦略が大いに支えていることは事実であった。だからこそ、不安になるのだ。作戦を話すとき、よく主人は譬え話をする。指示を迅速に行動にうつすためにはポケモンたちが理解していないと難しいから、との方針なのか、懇切丁寧に分かりやすく教えてくれるのだが、あまりにもその具体例が具体的すぎるのである。初めてのジム、初めて相手をするトレーナー、初めて戦うポケモン、基本的に調査した素振りを見せないにもかかわらず、
相手の戦い方や手持ちを把握しきったかのような戦い方が度々ある。ジムリーダー達はよく調べているなと感心しているが、主人がそんな素振りをしたことが無いのは知っている。
もちろん、道中のトレーナーや町の人々から話を聞いて、情報収集していることは認めるが、初めて聞いたとは思えない反応なのだ。もしかしたら、とオーダイルは時折思うことがある。主人の初めてのパートナーは自分ではないのではないか、という馬鹿げた疑問が。
だからどうした、という話だ。実際はどうであれ、現在のパートナーはオーダイルと主人は宣言している。しかし、自分が考えている以上に主人のことが大好きなのだろうとオーダイルは思う。自分の一番大好きな主人の一番が自分では無いのかも知れない、という予想は、オーダイルをとても不安にさせる。主人は知らないと言い張っていたが、ブラックという少年と顔見知りなのは事実なようだし、実際に知らなければいえないようなことで
挑発していたことを思えば、主人は案外10年トレーナーをやっているのは嘘ではないかも知れないと思う。トレーナーを10年もしていながらポケモンを持ったのが初めてとはいったいどういう事なのだろう。何時だったか、主人が先に寝静まったあとでヨルノズクやゴローニャといった古参あたりに相談したことがあったが、さすがに出会う前の主人の経歴など知るすべのない井戸端会議はグダグダの極みを見せた。結局、自分たちを大切にしてくれているのだから心配要らないだろう、という妥当な着地を見せたものの、10年の空白の間にいたであろう主人のポケモンたちがどこに行ったのか、ということを考えると無性に不安になるオーダイルである。いつか話してくれるだろうか、とぼんやりとした期待を込めながら、オーダイルは今日も主人の隣で独占欲を発揮している。置いて行かれるのではないか、という漠然とした不安は、非常に残念ながら自分の命を投げ捨てようとした渦巻島の一件以来、深くなりはしたが消えたことはない。

一向に拘束を解かないオーダイルに抵抗を諦めたのか、なすがままの主人は無視してゴメンな、と謝った。イライラの発端はそうだが、謝って欲しいのではないのだ。聞くに聞けない、聞く手段を持たないことに酷くオーダイルは悲観する。大袈裟なまでのスキンシップもリアクションも伝えたいことの3割も伝えてはくれない。酷くもどかしいのは、今に始まったことではないが。びたん、びたん、と大きな尻尾がいらいらを伝えながら床を叩いていることに気づいた主人が、怒るなよー、と笑う。何怒ってんだよ、と聞いてくるたびに、オーダイルは主人に回す手に力を込めた。いつも主人が死にかけるのはご愛嬌である。

「ほら、買い溜めしてたお菓子すっからかんになってただろ?買出しついでにいいなーって思ってさ。どうよ?」

何も知らない主人は、地方のお菓子大特集の記事を広げて、出かけようと提案してくる。
出かける前にこっそりポケモンセンターの本棚から取ってきたことなど、知るはずもなかった。








さあいくぞ、とポケモンセンターの自動ドアをくぐり抜けた主人が手招きするので、オーダイルは置いて行かれないように急いだ。

「ポフィンとかポロックってのはさ、木の実から作るお菓子のことだよ。トレーナーもポケモンも食べられる奴。まあ、ポケモンフードも食えなくはないらしいけどなー。そもそもバランス面に気を使って、人間が試食とかしてるらしいから当たり前なんだけど。まあ、オイラ達普通にお菓子とか一緒くただけどさ、コーディネーターとかブリーダーとかみたいにトレーナーと違ってポケモンの見た目とかに気を使ったり、トレーナーでもポケモンの健康志向で金のある奴は、こういうのにこだわったりするんだよ。ま、万年貧乏トレーナーにはなんとやらって奴だな。お前らのためにオイラの生活費節約とかできる勇気ねーわ」

うん、無理とあっさり笑顔になる主人は、どこまでもバトルにしか興味のない人間なのだと改めてオーダイルは思う。主人はあまり身の上話を語らない。時折掛かってくる母親やウツギ博士とのやりとりは微笑ましいものがあるものの、大抵オーダイルたちに話すことはなく感傷に浸っては自己完結して終わってしまう。トレーナーたちとよく電話する姿は見受けられるものの、思い出を語って笑い合うような親交を深めているトレーナーはいないようである。そもそも自分と出会う前の主人の親交や生活が一切連想できないのは、旅に出る以前の古い関係性が伺える人間で、今なおやり取りしている人間が母親と博士の二人しかいないという異端性にある。情報は偏っている。しかもまるでそんなコミュニティなど存在しないかのごとく、主人は一切友人や近所との関係性をうかがわせる思い出話等をしないのだから把握しようがなかった。主人が今興味があるのはもっぱら旅の上で形成されていく新しい関係性。そして、ポケモンバトルをしているオーダイルたちといるトレーナーとしての主人しか、興味がないようである。

ちょいちょい、と引っ張り首を傾げれば、何か分からないことでもあったのかと聞いてくれる。知っていることを話しているとき、もしくは聞かれたときに、一番嬉しそうな顔をする主人がオーダイルは大好きだった。スタッフの人に頼んで印刷してもらったコピー用紙にある白黒の写真を指さすと、あーなるほど、と主人は笑う。すっかりにじんでしまって分からないが、華やかな格好をしているポケモンを抱き抱えている、明らかにトレーナーとは違う風貌の人間を指さしていた。

「コーディネーター?あー、そっか。お前あったことないもんな。ジョウトにもカントーにもこんな施設ないかー、そっかそっか。コーディネーターっていうのはさ、えーっと、ほら、あれだよ、地下通路の散髪の兄ちゃんみたいな人。ポケモンバトルじゃなくて、ポケモンの見た目とか、技の美しさとか、そういった競技で競い合うような施設がホウエンっていうとこにはあるんだ。えーっと確かランク付けされてて、かっこよさ、たくましさ、うつくしさ、かわいさ、あとなんだっけ?部門ごとにわかれてやんのさ。コンテストに出るポケモンは、ほら、いろいろ見た目とかアクセサリーとかに金掛けるんだ。多分このお菓子食べてどっかのコンテストで優勝しましたー、って宣伝だろ」

うまいんだってさ、楽しみだな、と脳天気に彼は笑う。ポケモンに愛情を注ぐ方向性は違うにしろ、主人も負けてはいないだろうな、と親ばかな思考は考える。徹底的に彼はバトルに関する道具か、もしくはオーダイル達のためのお菓子とか日用雑貨にしか大金を掛けない人なのだ。恐ろしいほど主人は自分の趣味や興味あるコトには金を掛けない人である。ポケモンバトルやオーダイルたちとの生活がある意味趣味なんかもしれないが。少しでも生活費を浮かすために、ポケモンセンターの無料で観覧できる新聞や雑誌、テレビで情報収集は済ませ、基本的に情報はトレーナー同士のコミュニティに偏っている。旅をしている以上、荷物は最小限で留めるのが原則なのは分かるが、本当にバトルやポケモンのことにしか金を注ぎ込まない生活である。おかげで共に旅をしている限りでは、こうして主人が好奇心にかられて首を突っ込まない限り、全くと言っていいほど流行やトレンドといった分野には接点がない。「ポケモンのとも」には、ポケモンファン必見との煽り文句で編集者が厳選したお取り寄せのお菓子百選が数十ページに渡って特集されていた。コガネシティの屋上のフードコートフロアでキャンペーンをしているらしい。クーポン券も付いていたのだが、さすがにポケモンセンターに置いてある雑誌を切り抜くわけにもいかず、わざわざ買いに行くのも時間がもったいないということで印刷したほどである。ケチもここまでくると潔い。そんな彼がわざわざぽんとお菓子に大金を払うのは意外である。オーダイルは不思議そうにそのチラシのお菓子の値段をみた。いつも買っている駄菓子の何十倍もする。本当にいいのかとオーダイルは聞いた。

「は?いやいやいや、買うわけねーじゃん。いくらなんでも高いって。たかが一袋に五千円札飛ぶとかバカみてえ。コンだけ使うならコイン稼ぐぞ、オイラなら」

ですよねー、とオーダイルは落胆する。まさか見てるだけ、を地で行く気なのだろうか、もしくは試食ツアー?あからさまに肩を落としたオーダイルに主人は肩を震わせた。

「作ればいいんだよ」

一人で自炊した姿など見たことがないオーダイルは一抹の不安を覚えて顔を上げる。あからさまな挙動不審を目にした主人は顔をひきつらせながら、しっつれいなー、ご飯味噌汁ぐらいできるさ、と息巻いた。豆腐までにたってから味噌を溶かしたため、風味がおちたぬるいみそ汁の味ならオーダイルも知っている。ちなみにガンテツさんには盛大に怒られた。どこの雄山だよとぼやいたのは別の話である。食べれればいいを地で行く主人である。さすがに選ぶ権利はほしいとオーダイルは涙目になりかけた。

「冗談だって、泣くなよスイト。ここに手作りポフィンとポロックのレシピのってんだよ。作り方はほとんどマフィンとラムネと変わんねえみたいだし、すっげー手間掛かってるんだわ。さすがに百均で道具揃えんのも面倒だし、いちいち材料買うのも手間出しさ、やっぱり機械勝ったほうが楽だろ?ラムネと変わんねえなら保存も効くだろうし、きのみ入れるだけで出来るんならお前でもできるだろ?ポロック作る機械買おうぜ」

これ、と指さした先には、数千円で売っている機械が隅っこの方に書いてある。

「そもそも、自分で作ったほうが安いからコーディネーターは普通ポロックもポフィンも買わないだろうけどなー、材料費は実質タダだし、出来立て食べたほうが美味しいだろうし。な、ちっとはおやつ代が浮かせろよー?」

ほっと息をついたオーダイルに少々いらっときたのか、なんだよそのため息、とジト目で彼はオーダイルを睨んだ。

「食わせてやんねえぞ、折角毛艶が良くなるお菓子だってのに」

反応を示したオーダイルに、オイラの話ちゃんと聞いてたかー?と不審げによこされた視線。え?え?え?と疑問符を飛ばしているオーダイルにため息を付いた彼に、コピーを渡される。

「普通に考えて、お菓子食っただけでコンテストで優勝するほどきれいになるか?」

あ、と今気づいた様子でオーダイルは顔をあげた。

「信ぴょう性ない広告なんかしたら訴えられるだろーが。ポロックとかポフィンはな、もともとコーディネーターがポケモンの毛艶を上げるためにあげるお菓子なんだよ。ポケモンによって好きな味があって、その味の種類でさっき言った部門に相応しい毛並みって奴になるらしいぜ?それによって進化するポケモンだっているんだ。効果は本物だろーな。まあ、ちゃんと造らないとなかなかMAXになるような甘さと毛艶効果が出るポロックは作れないらし……ってどこ行くんだよ、おーい!」

しまった、アイツオシャレに興味しめしてたの忘れてた!とあわてて彼は走りだす。腰のモンスターボールをかざした彼は、デパートに直行していく相棒の後ろ姿を捉えた瞬間、ボールを投げた。




主人が封を開けようと袋のてっぺんにある箇所から縦に切ろうと試みるが、不自然に力が入ったのか斜め下に亀裂が入り、結局中身に到達する前に切れてしまう。イラッとしたらしく沈黙して袋を見つめていたまま、手元に力が入ってパッケージがわずかに震えている。何度か試みるが、結局てっぺんの先端部分はすべて切り取られたり、何故かうまく下まで行かずにしわくちゃになったりして入るところがなくなってしまう。スナック菓子の袋のように上口から平行に開けられるような形ならばよかったのだが、どうにもならない。

「だから『どこからでも切れます』は信用できないんだよ!」

お前はファミ通か、とまたオーダイルの知らない単語が飛び出すが、無意識に使っている言葉は主人が自覚しないと解説は無しである。微妙に打ちのめされている主人は、結局カバンからカッターを探った。そしてすっぱりと上からカットしてしまう。カッターをペンケースにしまいこみ、そのまま足元にリュックをおいて、そのまま蹴り飛ばして距離を取る。ハサミを買おうかどうかいつもカッターを使うたびに彼は言っているが、旅に出る前から使われていたものは基本的に捨てたがらないため、まあいっか、でいつも済ませてしまう。道具によってポケットを使い分けているせいか、文房具は全部まとめてパンパンになったペンケースに放り込まないとどこに何があるか分からなくなってしまうのだ。ハサミを入れるとなると、ペンケースは新しいのを買わなければならなくなる。結構きっちりとつめ込まないとキツイものがあるので、今のリュックでは厳しい。あの、リュックがである。オーダイルは密かに驚いていた。彼のリュックはそれぞれの道具がひしめき合っている四次元ポケットが満載である。オーダイルがリュックの不自然さに気付いたのは、お菓子を取り出そうとして容量を超える道具がごっちゃりと溢れかえったときである。折りたたみ自転車が出てきたときにはどうしようかと思った。片付けに駆り出された主人は怒ったが、平然と受け入れている人間をみて、さすがのオーダイルも何かがおかしいと怯えたものだった。慣れとは恐ろしいものである。

主人の横から覗き込むと、白い粉と飴色の液体が密封された子袋が5つほど出てきた。なんだこれ、とパッケージをひっくり返して主人が何やら文字の羅列してあるパッケージの小さな白い枠を見た。

「原材料……あー、片栗粉とはちみつか」

はちみつは分かったが、片栗粉ってなんだろう?とオーダイルは白い粉が入っている子袋をつまみ上げる。片栗粉?片栗粉ってあれだろ、えーっと、とおそらくオーダイルと同じく主人は片栗粉が何の用途で使われることが多いものなのか把握していないであろう不自然な間延びのあと、思いっきりパッケージを見ながら無駄に説明口調で語る。へー、小麦粉とは違うんだ、と納得しているあたりもう手遅れである。オーダイルがジト目で見つめていることに気付いた主人は、バツ悪そうに、料理なんてしないんだから仕方ないだろ、とぼやいた。ガンテツさんの家で、料理本片手でもきちんと計量して材料を準備しないと料理は美味しくできないと学んだとはいえ、やはりまだまだ料理のりの字を口にするのもおこがましいレベルであることに代わりはないようだ。それを本人が自覚しているからこそ、予め一回分が小分けされたセットを買ってきたわけである。主人がガンテツさん家の小さな台所の主に師事してよかったと改めてオーダイルは思った。

「賞味期限は結構長いなあ。で、販売元が………ツワブキコーポレーション?!マジかよ、こんなん売ってるんだ」

いきなりテンションがあがった主人にどうしたのだとオーダイルは首を傾げる。言葉が通じない以上、何らかのリアクションを取らなければ主人は意志を汲みとってくれない。逐一反応を示すのは骨が折れるが、湧いてくる疑問を気づかれずにスルーされるよりはマシというものだ。ノーリアクションは割と堪える。みろよこれ、と差し出されるが、オーダイルは文字が読めない。だから主人から説明されないとわからない。何となくこれを売っているところがすごいところなんだろう、と雰囲気でオーダイルは判断した。

「ほら、コーディネーターとかブリーダーとか、トレーナーと違う形でポケモンと生きてる人らがいるって話はしただろ?そーいう地域の代表格がホウエン地方っていうんだ。タンバよりずーっと南にあって、海がたくさんあって、暖かい地方なんだぜ。お前の気になってるコンテストも盛んなわけよ。『ポケモンのとも』に載ってる度派手な格好したロゼリアはそこの地方出身な。で、ツワブキコーポレーションは、ホウエン地方で一番大きな会社なんだ。シルフカンパニーとどっちがでかいかなー?ほら、オイラはポケギアしてるだろ?あっちではポケナビっていって、電話したりできる機械を作ってるんだ。でさ、そこの御曹司が……」

一気にまくしたてて疲れたのか、いったん言葉を切る。主人は前のめりに笑いかけた。笑みを押えきれない様子で肩を震わせたまま、オ―ダイルに言った。

「結局僕が一番強くてカッコいいんだよね」

突然言い放った言葉にどう反応していいのか分からず、口を開けてポカンとしているオーダイルに、だよな!普通そうなるよな!とそれはもう嬉しそうに何度も主人は頷く。

「なー、スイト。洞窟の奥でバトルしたイケメンの兄ちゃんがよ、電話番号交換してくれたはいいけど、そこに表示されたメッセージにそんな事書いてあったらどう思う?」

主人に言われるがまま連想してみるが、おそらくさっきと同じ反応をするであろうことは分かった。微妙そうな顔をするオーダイルに、ご満悦で主人はニコニコと笑っている。テンションが高く誰かに話したくて話したくてたまらない時の主人は本当に生き生きしている。年相応のあどけなさが垣間見れる瞬間である。

「でもなー、その兄ちゃん、ホウエン地方のチャンピオンの経験あるわけだ。どーよそれ」

え?と聞き返すような仕草にマジなんだって!と主人はニヤニヤしている。ようやく主人が意気揚々とオーダイルに語った理由が把握できて、なるほど、とうなずいた。主人がジョウト地方をオーダイルたちと共に旅しているのは、ポケモン図鑑の完成とカントーリーグを制覇してチャンピオンになるためなのだと何度か聞いたことがあった。バッジを8つ集めることがリーグに参加する条件の一つで、そのために各地のポケモンジムを巡っているのだと考えれば、チャンピオンがどれだけスゴイ人なのか分かるというものだ。その経験者ということは実力者。余計面白おかしく語る主人が放った台詞が際立ってしまう。オーダイルもつられて笑った。

「もしかしたら、会えるかもしれないしな、その兄ちゃんの名前覚えとけよ?大誤算だ」

なんだか違う気がしたが、イントネーションの違いでしか判断できないオーダイルに誤字の指摘など出来るはずもなく、素直にうなずく。て、ちょっと待て、とオーダイルは食いついた。ホウエン地方というずっと遠い地方のチャンピオンとどうして対面する機会があるかも知れないと主人は言えるのだろう?まさかホウエン地方とやらに行くつもりなのだろうか?主人はいきなり身を乗り出したオーダイルに驚いたようだが、思い当たったらしく違う違う、と首をふる。

「コンテストに出たいのは分かるけど、無茶言うなよ。大誤算と会えんのはカントーなんだ。なんでかって?秘密」

内緒だ、内緒、楽しみしとけー、と主人は笑って教えてくれない。基本的にこうした将来に関する予測は結構変化を加えられて入るものの、当たることが多いのでオーダイルはしぶしぶ引くことにした。秘密と口にしたが最後、絶対に主人は情報元を語ろうとはしない。さーて、ポロックつくろうぜ、と話題をすり替えるように主人は宣言した。





「ジュース買ったほうが早くね?」

すぐ隣りのコガネデパートには自販機がある。つぶやく主人に、そうかも知れない、と何となくオーダイルは思った。しかし、オーダイル達ポケモンが口にできる飲み物で自販機で購入できるものは、おいしいみず、ミックスオレ、サイコサイダーだけである。1本120円の人間用の飲み物と比べるとやっぱり高い。主人だけ食べるのは構わないかも知れないが、ポロックはポケモンも食べられるお菓子である。人間用の飲み物で代用するのはさすがにどうかと言えた。分かってるよ、そんくらい。どっかの食い意地はってる奴がぜーんぶ食っちまうかも知れないしなあ、と意地悪に笑う主人の頭にチョップが炸裂する。覚えないだろ、お前、と主人は床に沈んだ。

「さすがにそのまま放りこむわけにはいかないか、仕方ないよな。普通結構でけえ機械でつくるらしいし」

ホウエン地方ではポロックを作る機械が、コンテストを行う施設の街のポケモンセンターにあるのだと主人は言いながら、ナイフできのみをちいさく刻んでいた。ポロックを作る機械を入れていたビニル袋がしいてあるが、すでにこぼれた果汁と皮で汚れている。適当にも程があるいい加減な切り方でブレンドというらしい工程に使うコップのようなところにきのみを放り込んでいく。いっぱいになったところで蓋を閉める。ぴ、とスイッチを入れればあっという間にグルグルと回る。その機械についていた四角いケースに片栗粉を入れた主人は、説明書片手にそれをセットした。

「どうせコンテストなんて大層なイベントが控えてるわけじゃないから、食えればいいだろ?食えれば。固まったら型に押し込んで1日乾燥させたら完成だって。やっぱホントならそんくらいかかるのか。でっかい機械で、4人くらいグループになってゲームみたいに自分のところにぐるぐる回る針がきたら、ぴこーんってボタン押さなきゃいけないんだけどな、ホウエン地方のやつ。一瞬でできるからもっと簡単だと思ってたぜ。やっぱ料理はするもんじゃないなー、大変だ」

あー、疲れた、とわんわん唸っているブレンダーを熱心にみているオーダイルの横で思い切り伸びをする。目回すからやめとけ、とやんわり距離を取らせる。説明書のイメージとして載っている完成品を改めてみた主人はボソリとつぶやいた。

「絶対これ人間が食べるには味がなさすぎるだろ、砂糖無しで木の実だけとか。つーかこれ、ラムネじゃね?駄菓子コーナーだったら100円以下で売ってるじゃねーか!」

とことん料理に不向きな性分の人間だと改めてオーダイルは思った。

「うーん、木の実の甘酸っぱいいい匂いしてるんだけどなあ、もったいねえ」

あ、でも木の実ジュースにできるから、飽きてもつかえるか?と思案するあたり、もう一度ポロックを作ろうという発想はないらしい。結構面白かったのだが、お前見てるだけじゃんか、と最もらしい指摘をされ、オーダイルは素知らぬ顔をした。作るの俺で、食べるのお前かよと恨めし気に主人は薄情な相棒を見るが、割と細かい作業が多かったので残念ながら相棒の手では少々不向きだ。

「まあ折角買ったし、しばらくは作ってみるけどな、もったいないし」

オーダイルは嬉しそうにしっぽを振った。実はこの機械を購入したときにもう一袋付けられてしまったため、あと9回分のポロック材料が残っている。飽きる前にやってしまおう、と彼は思った。

ぴーぴーぴーとちょうどいいタイミングでサインが鳴る。きのみブレンダーが停止していた。フタを開けてみると、甘酸っぱい匂いが広がった。その中にはちみつとヨルノズクの大っきらいなノメルの実の果汁を放り込む。そして、再びフタをした彼は、セットしていたケースが固定していることを確認した後、別のボタンを入れた。

「あとは放置っと」

塊になったら下の部分を外して型に押し込むんだよな、と説明書片手に確認する。うまくいったら他の味も揃えてポケモンたちの好みのポロックを一通り揃える必要が出てくる。しかし、完成に一日かかるのならば、今日はもう終わりだろう。そろそろ片付けに入らなければ。シンクの中にあるキッチン用品を洗おうと彼はスポンジを手にとった。ポケモンセンターにある宿泊棟の簡素なキッチンはポケモントレーナー達の部屋で共用されており、いつまでもキッチンを独占するのは気が引ける。主人のように料理に一切魅力を感じない人間もいるが、毎日弁当を作ったり、食費を浮かすためにお茶だけ沸かしたりするトレーナーもいるのである。そのため冷蔵庫に食材等を入れるときは必ず名前とトレーナーカードIDを記入してラベルを貼り付ける必要がある。それでも度々なくなると騒ぎになるが、せいぜい飲み物にでかでかと「ゴールド」と「飲んだら吹雪」と記入する以外に冷蔵庫を使わない彼に取っては縁のない場所であったりした。これもまたいい経験である。少ない洗い物を終えて、オーダイルに背の届かない棚食器を片付けてもらった彼は、大きく伸びをした。エプロンなんて持っていないため、ところどころ粉が着いているジャージは着替えなくてはならない。ポロック作成の機械を一時停止させ、回収。オーダイルに自室に引っ込むと告げた。機械を運ぶのに慎重な主人を見かねて、放置されているリュックを回収したオーダイルに、サンキューと言葉がとんだ。キッチンは狭いため、ポケモンたちがどんなお菓子ができるのかと今か今かと待っているのだ。あとは勝手に機械がやってくれるのだから、コンセントに繋げばいいだけである。ひっくり返さないようにだけ気をつけて、彼は自室まで直行した。

型から苦戦して取り出された縦、横、高さが1cmに細断されたポロックは、まるでサイコロのようにチラシの裏に広がった。一回につきできるポロックは40個。結構な量である。意外とでかいなあ、とつぶやいた主人だったが、オーダイルから言わせれば、その日のおやつにもならない量であるのはご愛嬌だ。やっぱり人間が食べるには甘みとか旨みとかそういう大事なモノがなんか足りない、という微妙にがっかりな味。色は美味しそうなオレンジ色をしているし、木の実のふんわりとしたいい匂いがしている分裏切られたと感じてしまうだろうとは、一つ口にした主人談。砂糖いれりゃよかったかなあ、とぼやいていたが、オーダイルやゴローニャたちがつまんだあたりではかねがね好評だった。ポケモン達はラムネ菓子を口にしたことがなかったため、新鮮だったのも一役買ったようである。フレンドリーショップで販売している食べものは基本的にポケモンが口にしても害がないように作られているが、基本的に味は人間よりに作られているのか味は濃いめだ。そのためポケモン用に特化した食べ物を口にするのは、ポケモンにとって少しだけ優しいと感じるのだろう。無論財布の関係で主人がポケモンたちの食生活を改めるという意識は皆無だろうが、ポロックがしばらくおやつに出るということに関して皆嬉しそうだったのは言うまでもない。だが、これはあくまでおやつだからいいのである。すっかり人間よりの味覚に慣れてしまった仲間たちのことだ、間食と3食をすべてポケモン向けのものに変えるとなればおそらく無言のストライキに突入することだろう。主に自分が。オーダイルは思った。ポケモン向けのフードはやはり人間用の食べ物と比べて圧倒的に携帯食が多い。だから調理方法や種類や味の範囲が貧弱になるのは眼に見えていた。研究所を出て以来こうした食べ物が久しぶりなオーダイルはすっかりポケモンフードの味を忘れていた。そんな事微塵も知らない主人が、もう一個もう一個とねだるピカチュウから一日乾燥させて完成だと取り上げたポロックたちに、カッターで切り裂いたビニル袋を上からかぶせる。チラシごとよいしょっと宛てがわれている部屋の一番高い棚に乗せようとしたので、オーダイルがそれとなく協力する。どうせオイラは150だよ、と落ち込むのは毎度のことである。

「あ」

今気づいたようにぼやいた主人に、皆一斉に振り返る。

「ポロックケース買うの忘れてた」


[ 1/97 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -