第74話

「クリスー、残りHPはどれくらい?」

「元気の欠片で何とか半分くらいは回復してあげられたんだけど、もう傷薬のストックがないわ」

「あー、じゃあ6つ?いいきずぐすりで全回復できっか?」

「多分大丈夫だと思うわ。それより、PPが尽きちゃってるの。このままじゃ出せる技が無くて自滅しちゃう」

「ありゃー。みんな?」

「みんなってわけじゃないんだけど、攻撃技が一つしかない子とか、PPがそもそも少ない技の子が多いの」

「気合玉とか大文字いれてりゃ、そりゃ尽きるわな。しゃーねーなーもう。ほら、クリス。
 いい傷薬とひめりの実だよ。もってけドロボー」

「え、いいの?」

「いーよ、いーよ、いくらでも使っちゃって。俺ばっかりバトルってのも幸先不安だしな。PPは回復させとかねえと、八つ当たりとか怖いぜ」

「ありがと」


リュックをがさごそと探った俺は、残り少ない傷薬のスプレーと木の実袋をクリスに投げてよこした。ぱし、と受け取ったクリスは、ありがとう、と笑って元気の欠片で辛うじて半分は回復できていたヌオーの体力を回復させるために封を切る。他のポケモンたちもオレが分けてあげた回復道具によって、ようやく万全の体制になるだろう。クリスの持っている白いリュックサックは、さすがに1日遭難の危機に瀕したせいですっからかんの空っぽ状態だった。残ってるのが元気の欠片って時点でお察しくださいというやつだ。よくぞまあ、パーテイのメンバーが壊滅状態に陥らずにオレと合流できたもんだ、と内心感心していたりするんだけど、きっと何回も瀕死状態に陥ったんだろうなあクリスのメンバー。お疲れさん。何でもここまで来るのにずいぶんとレベルの高い野生のポケモンたちと遭遇したり、戦ったり、逃げ回ったりのオンパレードだったらしく、俺みたいにサファリパークの本部の方に一度帰って現地調達してから、準備万端にフィールド活動したわけじゃなかったから、道具の消費が結構ヤバかったらしい。そりゃーねえ、サファリパークに来てポケモンバトルをするなんてふつう誰も思わないもんな、しかたねえよ、それは。合流できてよかったなあ、なんて改めて思いながらクリスたちのメンバーたちの回復を待っている俺の横で、ごろごろ入っているさくらんぼみたいな真っ赤な実が目に入り、ちょいちょい引っ張ってくるのはオーダイルだ。はいはい、腹へったと。わかったわかったしゃーねえなあ、もう。別の木の実袋からおぼんの実を取り出した俺は、オーダイルに渡してやった。ゴールドらしいわねって笑っているクリスがいる。おいそれどーいう意味だよ、失礼な。


「だってPPエイドとか持ってるのに使ってないじゃない。ゴールドってこういうところで節約志向よね」

「うるせーやい、どうせ俺は万年貧乏症候群だよ。もったいない精神過ぎていつ使っていいんだか分からないままずっと持ってて悪かったな。サンフラワーコガネで買ったんだよ、植木鉢セット。しめて9800円なり。有効活用しねえと元がとれねえだろ?ちなみにPP回復アイテムは全部ボックス警備員のポケモンたちに持ってもらってるよ。あのシリーズ非売品じゃねえか」

「それはそうだけど」

「クリスみたいにどんどん使っちまって、今みたいになるよかましだろ。使いどき考えろよ。四天王リーグ挑むときどうする気だよ、お前。ポケモンセンター立ち入り禁止だってのにさ」

「あはははは、キヲツケマス」


まあ、格闘家の兄ちゃんのポケギア番号がゲットできればこんなことしなくったって、シュウに1度はPPエイドシリーズが手に入るようになるからこんなメンドクサイ子とする必要もなくなるんだけどな。クリスはヒメリの実をヌオーたちにあげている。おいおい、ちゃかり小っちゃい実ばっかり厳選して渡すんじゃねよ、おいしいのばっかとるなよ、おい。じと目の俺に、ばれちゃった、とクリスは両手を合わせて謝ってくる。さて、これで貸し1つな、何に使おうかしらん、と考えている俺の顔は多分、結構な悪人面に違いない。ちょ、あんまり変なことにつかわないでよ!?と大声を上げるクリスに、にやにやしつつ、俺は木の実袋を返してもらった。すると、かたかたかた、とクリスのベルト部分にひっさげられているモンスターボールがゆれる。トゲピーでもおきちまったのか?クリスは違うモンスターボールだと首を振る。表示されている画面を見たクリスが、そのモンスターボールを手に取って苦笑いを浮かべる。どーした?そしたら、クリスがモンスターボールからそのポケモンを出して見せてくれた。


「この子のおかげで私たち助かったようなものなの。移動手段はほとんどこの子にまかせっきりだから」


モンスターボールの光のシルエットが細長いフェレットやプレーリードッグに似た細長い胴体を形成していく。尾の先までくびれがなく、胴と尾の境目がはっきりしない。どこまでが胴体でどこまでが尻尾か、どこまでが顔なのか公式でも分からないって明言されてるマフラーモドキのもふもふが現われた。なにこれ、かわいい。さわりてーなーってつぶやいた俺に、何か思うところがあったのかオーダイルの低いうなり声が聞こえてくる。振りかえるとべしっときのみぶくろを分投げられた。いてーなおい、なんだよ、いいじゃねえかちょっとくらい浮気したってさ。俺のパーテイごつい奴ばっかでかわいいのつったらピカチュウくらいしかいねえんだから困る。すっかりぶすくれてしまったオーダイルが後ろから俺の頭に大あごを乗っけてくる。おーもーいー、やーめーれー。短い後ろ足でバランスを取って器用に立ち上がって見せたそのポケモンは、短くかわいらしい鳴き声を上げる。結構動作は俊敏だ。でも、愛らしい見た目とは対照的に、コラッタとかポッポを襲ってもりもり捕食する肉食っつーんだから、何気に怖い。


「あー、なるほど、オオタチかあ。逃げ足?」

「うん、そうよ」


クリス曰く、オタチから進化させた秘伝要因その1らしい。居合切りと怪力、波乗り常備ならそら役立つわな。オオタチはクリスの身長を優に超えている。うわー、結構でけえ。オーダイルくらいあんじゃねえの?背中側と尻尾は茶色とベージュ色の縞模様で、腹側はベージュ色。顔はベージュ色で、耳と後頭部は茶色であるもふもふは、べったり張り付いているオーダイルを見て首をかしげていた。しかし、すぐに本題に戻ることにしたらしく、ぴくぴくと三角形の耳を揺らしてあたりを警戒するように立ち上がっている。

「なにやってんの?」

「オオタチはね、実はすっごく警戒心が強いポケモンなの。細長―い体に合わせた巣を作って、他のポケモンが中に入れないように複雑な迷路を作る習性があるんだけど、それだけじゃなくて、オタチと交代制で見張りを立てたりするらしいから、よくこうやって休憩するときには進んで出て来てくれるのよ」

「へー、ボディガードみてえなもんか」

「多分私のこと子供か何かと勘違いしてるんじゃないかしら。こうやって細長い体で包み込んでくれるのって、母親が子供を寝かしつけるときにする行動らしいから」

「あはは、なるほどなー。道理で風邪とかひかずにぴんぴんしてるわけだ」

「まあね、冒険家は体が資本だから。そう言えばゴールド、さっきから鼻声だし、何か声かすれ気味だけど大丈夫なの?」

「へ?」

「なんか顔赤いわよ」

「大丈夫、大丈夫。ま、ヤバくなったらケーシィにテレポートしてもらうから心配スンナ」


けたけたと笑った俺に、それならいいんだけど、とクリスは肩をすくめた。そんな俺たちの雑談を意に介することもなく、黙々とあたりの様子を慎重に探っていたらしいオオタチがその聴力と嗅覚で探り当てたらしい標的の先をいぶりだしてくれた。きゃんきゃん、とまるで犬みたいな鳴き声に顔を上げた俺たちは、そろそろ行くかとずたぼろソファやおんぼろベッドから腰を上げた。ドアノブを開ければその向こう側は相変わらず真っ暗だ。ぽち、と電気を消していざ出陣。


「スピアー、頼むぜ、フラッシュだ」


休憩時間はこれにて終了ってな。頑張ってくれい、とボールを投げた俺に、早速フラッシュを発動したスピアーが激しい羽音と共に舞い上がるとあたり一面を照らしてくれる。オーダイルがてこてこてこ、と大きな尻尾をくゆらしながら飛び跳ねるように先導していくオオタチの後を追う。どうやらオオタチは誰かがいるのが分かっているらしく、時々こちらを待つようなしぐさをしては翻るようにして、奥へ奥へと走っていく。見失わないように俺たちはどんどん走るスピードを上げていく。それにしたって犬じゃねえんだから、まーた野生のポケモンだったりしねえよな?と振り返った俺に、自信たっぷりな様子でクリスは任せといてとウインクした。


「あの子のおかげで迷子にならずにキュウコンゲットできたようなものだから、追いかけっこなら任せて大丈夫だと思うわ。心配しないで追いかけましょ」

「りょーかい。っつーかクリス、もしかしてあの休憩室に辿り着いたのもオオタチのお陰とか?」

「ええ、そうだけど?」

「今まで当たり前のようにスルーしてたけどさ、クリス、フラッシュ要員は?」

「夜になったらぐっすりお休みしちゃうからダメなのよね」

「え、トゲピーとか言わねえよな?」

「仕方ないじゃない、他のポケモンたち覚えてくれないんだもの。エレキッドはまだまだ進化してくれそうにないし、攻撃要員だから技の容量が無いの」

「まさか真っ暗な中突き進んでたとかいっちゃう?」

「えへへ。だって面白そうじゃない。キュウコンを追いかけたときだって、似たようなもんよ」

「そーいう問題じゃねえだろー!?もうやだこの人、いくらフィールドワーク慣れてるからって、こんな真っ暗な中ポケモンたちだけで行くとかねえわー」

「えー、なにそれー。自分のこと棚に上げてちゃっかり私だけ常識外れみたいな言い方やめてよ、ゴールド。ゴールドだって暗闇の洞窟に籠って修行してたってウツギ博士から訊いてるんだからね。ゴールドだって怪力といわくだきの技マシンが手に入ってたらもっともっと奥に行ってたでしょ?」


はあああ!?なにナチュラルにぶっとびまくったこと言ってんだよ、この子!俺は思わず言葉を失いかける。ねーよ、マジでねーよ、ありえねえにも程があるだろ、この子ほんとに女の子か!?俺の知ってる女の子じゃないことだけは確かだった。勇ましすぎるだろ、もし俺が女でクリスが男だったら惚れる勢いでありえない。まあゲームだったらポケモンのダンジョンなんてあんまり複雑怪奇な設計してるわけじゃないから、特に暗闇の洞窟なんて序盤のダンジョンは壁にぶつかりながら適当に行き来してたらどうにかなるのが定石だけど、それをナチュラルに実行するとか何それ怖い。クリスはなにおどろいてるの?と首をかしげてやがる。え、これが普通とか思ってる?それは冒険とは言わないぞ、クリス。それは遭難一歩手前の無謀というんだ。断じて冒険家はそんなロマン追いかける蛮勇じゃない!


「確かに暗闇の洞窟に出入りしてた時期はあったけど、懐中電灯持ちだからね、俺。間違ってもクリスみたいに平然とフラッシュも懐中電灯もなしでここまでノンストップで突き抜けるほど、俺アグレッシブじゃねえよ、一緒にスンナ!ありゃあくまでも入り口付近をぐるぐるしてただけだっての。ったくもー、そりゃPPだって尽きるわ。マグマラシだってバクフーンになるほどレベルが上がるわ。そんな行き会ったりばったりでよくぞまあ生きてたな」


はあ、とため息をついた俺にクリスは、なによう、とほほを膨らませた。


「今度クリスが行方不明になっても探してやんねえ、心配して損したぜ、畜生め」

「え、私のこと探してくれたの?なんで?」

「なんっ!?あのなあ……まあサファリパークで異常気象が起きてることすら気づいてなかったから予想はしてたけど……クリスゥ……!!お前ってやつはなあっ!行方不明の女の子、しかもポケギアが通じねえときたらふつう心配するだろ!」

「え、嘘、ポケギア通じないの?」


今更のようにポケギアで電話機能を使ってやがる女の子がいる。もうやだこの子。めそりと泣いた俺にスピアーが慰めるように肩に手を置いてくれた。ありがとう、やっぱ俺にはポケモンたちしかいねえってことだなあはははは。はあ、と大いに脱力しながら先を進んでいく俺に、さっきからポケギアでいろいろいじくっているクリスが、ほんとだ、とつぶやいていた。


「なんか変な音がするわ」

「へ?」

「ほら、見てゴールド。今、ラジオで周波数を合わせてるんだけど、ここのところだけなんだか変な音がするの」

「どこ?」

「ここ」


首にかけられている女の子用のポケギアは、ラジオの表示を示したままOからどんどん数字を駆けあがっていくと一番左側のメータで停止した。?????と表示されているその周波数でしかヒットしないようになっているらしく、何度繰り返してもほかのラジオ放送は引っかかることなく、必ずそこでぴたりと止まってしまう。もしや、と振り返った俺は、嫌そうな顔をして耳をふさいでいるオーダイルたちと目があった。まじかよ、全然気づかなかった。しまった、ポケギアは電話機能しか使ってなかったから気付かなかった!オオタチはこの音がする方に突っ走ってるわけか!


「クリス、そのラジオちょっと止めてくれねえか?スイト達が嫌がってる」

「スイト?」

「あー、ニックネームだよ、気にスンナ」

「え、なになに、ゴールド、オーダイルにニックネーム付けたの!?」

「いーからはやく!」

「えー、話そらさないでよ。もー、分かったわよ、はい。でもどうしたの?オーダイルたち」

「なあ、クリス。もしかしたらサファリパークって俺たちが考えている以上にヤバいことになってんじゃねーかな」

「え?どういうこと?」

「このラジオを聞いたポケモンたち、嫌がってるってことはあんま、イイもんじゃねえのは確かだろ?
 しかもタンバシティはラジオ放送が訊けるはずだし、ポケギアのラジオ放送だって研究所の中限定で、こんな変な音が流れてる。
 なんか嫌な予感がするんだ」

「なんの音なのかしら」

「少なくても、色違いのポケモンやありえない技を覚えたポケモン、能力値をいじくられたポケモンたちを大量生産するような研究所にもってこいの怪電波なのは間違いねえよ。気を付けようぜ、クリス。進化の石とか特殊条件で進化するポケモンはともかく、レベルアップで進化するようなポケモンは何かヤバいことになりそうだ」

「そうね、私もなるべく出さないようにするわ。オオタチが見る限りではあっちみたいね、行きましょう」

「おう!」


俺たちは研究所の一番奥にあたると思われる通路めがけて一直線に走り抜けた。


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