第72話

「お帰り、テッポウオ!」
え、テッポウオ?なにそれ。テッポーウオじゃねえの?!今の今まで銀の初登場時からテッポーウオだと思い込んでいたのが誤りだと気付いてショックをうける。うそだー。ぜってーうそだ、いいにくいじゃんかテッポウオって!えええ。いいじゃんか、五字制限くらい字余り許してもさ。モトネタとほとんど表記が変わらなくてもいいじゃん。ヒマワキタウンだと信じ続けていたら、ヒワマキタウンだと訂正を受けたような残念さが俺を支配していた。只今カイパン野郎のムネオにロケット団に盗られたって言うテッポウオ軍団を返しに来たところだ。登録しといてよかった電話番号。胡桃さんにポケモン協会への届けをお願いした盗難品から、トレーナーIDの一致するモンスターボールを発掘するのはさすがに骨が折れた。船の貨物と乗客のポケモンは除いても盗まれスギだろ、どんだけ渦巻き島横切ろうとしたんだよトレーナー。人のこといえないけどさ。

ぎゅうと抱き締められたテッポウオは独特な甲高い鳴き声をあげた。全身が親であるカナズチのカイパン野郎との再会を喜んでいるようにも見えるが、感涙のあまり力加減を忘れているせいでみるみる血の気が失せていくのは気のせいじゃないだろう。なにやってんだよ、ムネヲ!可哀想なテッポウオがピクピク痙攣しはじめたので泡を吹き出す前に止めてあげた。テッポウオー!とむさ苦しい絶叫が響く。誰がこんなことをなんて使い古されたネタに苦笑いしつつ指摘しようとしたが、あやうく三途の川を渡りかけたらしいテッポウオの怒りに満ちた一撃が炸裂した。あ、霧雨でもないのに虹が。空を飛んでる虫タイプのポケモンを撃ち落とすために特化した筋肉が吸い上げた海水を顔面に直撃させる。図鑑によれば進化するために川を下ってくるらしいから、海で捕獲したらしいコイツは多分レベル的には相当高いんだろうとなんとなく思った。だってムネオ沢山テッポウオもってるせいでどれがどれだかさっぱりなんだ。レベルも性格もバラバラだけどぶっちゃけ区別がつかない。なのに一匹ずつボールから出しては全部違う反応してる時点で俺たちは目が点だ。区別ついてやがるよ、こいつ。すっげえ。つまりそれだけ溺愛してる分なつかれてるからテッポウオのスキンシップも喜怒哀楽の表現も加減を知らない。………あれ?なんかデジャヴ?悲鳴をあげる間もない早業だった。未進化にも関わらず破壊光線すら放てるほどの力をテッポウオは秘めているのだ。流石はポケモン世界で指折りの謎進化を遂げるだけはある。鉄砲から大砲にグレードアップする意気込みは認めるが、水タイプのくせに殆どのタイプの技を習得できる器用さは無駄に凄い。さすがは今は無ききあいのハチマキの攻撃縛り、フルアタッカー仕様のロマン型でラティオスを倒すだけはある。衝撃でどぼんと豪快にひっくり返る姿が水面に消える。目をつり上げて甲高く鳴いているテッポウオはまるで反省しろと憤慨しているようだった。まさかのスナイパー発動?急所が当たりやすくなる特性がいい仕事をしていた。あはは、と声をあげて笑った俺はすかさず身を乗り出した。
「オーダイル、レッツ人助け。さすがにあの落ち方はヤバイって、死ぬ死ぬ死ぬ!」
カイパン野郎なのに全く泳げないと言うとんでもないシロボウシはすぐに浮かんできた。ばしゃばしゃばしゃとしぶきが上がり、助けて!と情けない声があがる。足が足がつった!!と必死の形相で叫ぶので、オーダイルがあわててボートから潜った。
「オイラ達お前らと違って飛び抜けて体丈夫って訳じゃないからさ、ほどほどにな」
意味がわかったのかわからないのかテッポウオはまた独特な甲高い鳴き声をこぼす。俺を見てすっと目を細めて魚影を揺らした。まぶたあったのかお前。すげえ!

しばらくして帰還したびしょ濡れのムネオが無事に復帰した。

「本当にテッポウオたちを取り返してくれてありがとう」
「いやー気にすんなって。ムネオの目撃情報がなけりゃオイラ達も用心できなかったんだしさ。約束したんなら守るのが筋ってもんでしょう」
「あはは。実は心配してたんだ。此方からかけようにもポケギアは留守電になってるし、かかってこないし」
「あーごめんな、それどころじゃなかったんだ。結構話長くなるけど、いい?」「ああ。渦巻き島で何があったか聞かせてくれよ」
「りょーかい」
ルギアと舞子さん関連のはアウトとなると、ドククラゲ軍団の恩返しとロケット団との戦闘の二本立てかあ。重点的に話すことになるにはなんかネタが足りねえなあ、よし、きこーしのこともおもしろおかしく語るとしようか。今頃タンバにいるであろうやつにくしゃみをさせるべく、俺は八割方ゲームのネタを織り混ぜつつあることないこと話すことにした。あいつは慌ててポケモンを盗難したからって傷薬を落としていくようなどじっこではない。指名手配されてる場合普通は人目を避けるからポケモンセンターやフレンドリーショップはなるべく控えることを考えると、貴重な回復道具を落とすとかどんだけてんぱってたんだと言う話になる。さて、そのあたりから始めようか。俺が語り始めると聴衆の突っ込みが逐一起こってなかなか進まないという極めて遺憾な事態に見舞われた。オーダイルが笑いに襲われるという深刻な援護皆無な戦場で一人、俺はホントだって、嘘じゃないさと何度目になるかわからないフレーズを叫んだ。

「証拠?!証拠っていわれてもなあ」

ひでえ。ロケット団に関しては本当にあったことをありのままに話してるのに胡散臭くなる不思議。ミラクルがかってやがる。厳正なる取捨選択と私意のまじった繋ぎをして伝えてるのにムネオは全然信じてくれない。え?なんだよオーダイル。脚色しすぎ?仕方ないだろ、話そうとしてもツギハギだらけになるんだから、初めからピンポイントでいうしかないんだから。目指せ大体あってる。

うーん、証拠ねえと唸っていると、さっきから大人しかったテッポウオが突然空を見上げて吠えた。 つられて顔をあげた俺達に突然夜が訪れる。急に吹いてきた風が霧を掻き分けタンバからアサギにへと流れていく。突風は強くなりオーダイルとテッポウオがボートを支えてくれた。帽子を押さえながら目を凝らした俺は、巨大な影が凄いスピードで遠ざかるのをみた。ムネオはなんだなんだとポカンて口を開けている。気付かれないように俺は笑っててをふった。黒い影はやがて青い空に浮かぶ雲に隠れて小さく見えなくなってしまう。穏やかな気候と快晴が戻ってきた。
「なっなんだ今の?!ポケモン?」
「さあ?なんだろうなあ、飛行タイプ?」
「まさか。鳥ポケモンにしてはでかすぎるぞ!」
俺の話なんて吹き飛んでしまったらしい興奮気味なムネオと話を続ける。しばらくして、ようやく落ち着いたらしいムネオが防水の鞄を探った。
「そうだそうだ、すっかり忘れてた。テッポウオ達の礼といっちゃなんだけど、こないだラジオのIDくじが当たったんだ。けどダブったからよかったらやるよ」
差し出されたのは水色のDVDが収録されたケースだった。
「おお、水タイプのワザマシン?サンキュー!」
受け取ってナンバリングとデータが表示されているラベルをみた俺は固まった。「え?いいのかよ、マジで」
「いいって、どうせ二つも三つもいらないし」
「でもこれ秘伝マシンじゃねーか!渦潮!」
「テッポウオ達の命の恩人なんだ。それくらいさせてくれよ」
な?と言われてしまえば受けとるしかない。サンキュー、ありがとなと俺はリュックのワザマシンケースに押し込んだ。なんということだ。チョウジのロケット団アジトにあった秘伝マシンがもう入手できるなんてラッキーすぎる。あーあ、でも僕には必要ないからねと颯爽と渡すというワタルの数少ない見せ場ががががが。ああ、そっか。ロケット団による渦巻き島侵略イベントが終わったから、なぜかロケット団のアジトにあるという中途半端な伏線が消滅しちまったわけね。なるほど、ナイス変更。

じゃあワタルはロケット団のアジトで何くれるんだろう。

ちょっと楽しみにしながら、 俺はムネオ達と別れてオーダイルと共にレベル上げの航海にでることにした。

豪快にくしゃみをして、鼻水をすすりながら鼻をかむ。何度繰り返してきたかわからない。やばいな、本気で寒い。風邪をこじらせたらろくな事にならないのは十分知ってるつもりだけど、目の前にある状況が深刻すぎてついつい忘れかけてしまってた。気付いたけど後の祭りだ。のどの辺がじんじんしてきたのは、多分口呼吸のせいで乾燥しきった空気を吸い込んでいるせいで、いつもならシャットダウンしてるバイキン類を吸い込んでしまってるからだろう。間違いない。これが終わったら、間違いなく俺は寝こむ。高熱出して寝こむ。いや、もう現在進行形で結構やばかったりするけど。大丈夫かと俺が咳き込むたびに心配そうに覗き込んでくるオーダイルたちに、気丈に振る舞いながら俺は先を促していた。まだ目眩やたちくらみを覚え始めたわけじゃ無いから大丈夫だって、多分。

周囲を警戒しながら、俺達は慎重に慎重に謎の研究施設を探索していた。思っていた以上に大規模な施設らしい廊下はたくさんの部屋とつながっていて、俺が途中で数を数えるのを諦めるほどの場所が存在していた。ファイアレッドのロケット団に占領されてたシルフカンパニー思い出した俺は、心底嫌な予感がしていた。あまりにも広大すぎて階段やワープパネルを適当に巡っているうちに迷子になり、倒しても倒しても現れる下っ端共にイライラしてたのを思い出す。フィールドマップが手元にないのがこんなにきついとは。だーもー、ここどこだよ!半ばやけになってずっと廊下を歩んでいるとも言える俺達は正真正銘の迷子になっていた。ロケット団の下っ端とか幹部とか、研究員とかソレっぽい人がだれもいないという、警戒しているのが阿呆らしくなってしまうくらいの静寂が俺のいらいらを増幅させていた。ついでにいうと、ダウジングマシンで拾えたアイテムが毒消しとか麻痺治しとかタンバシティ近くのフィールドに落ちている隠しにしてはあまりにもしょぼすぎるものしか無いこともまた、拍車をかけていたりする。

テレポートでサファリパークの本部に帰ることも何度か頭を通りすぎて行ったものの、結局俺はできずいにいる。折角ここまで来た手前、しかもバンギラスが暴れてるかもしれない、ブラックもクリスも行方不明のまま何の情報も得られないなんて状況下でやっとなんかありそうな施設に潜り込めたことを考えると、ぶっちゃけまた来るのがメンドクサイ。あいも変わらずうまくつながらないポケギアの電話機能はもう諦めた。

しっかし、本気で寒いなここらへん。思わず霜焼けになりそうな手をこすりあわせてあっためてみるが、あんまり効果ない気がする。この研究所窓がないから何時か自覚できないけど、ポケギアが言うには早朝の明け方らしい。1番寒暖の差が激しい時間帯だから仕方ないとはいえ、コンクリートだらけの空間は一層気温を低下させるのか、俺の吐く息が白くなっていた。冬じゃないのがまだましとはいえ、いくらなんでも寒すぎるだろこれ。再びくしゃみをして涙目を拭った俺達は、再び現れた大きな扉を手にかけた。ゆっくりと扉をあけていく。鈍い音を立てて開かれていく扉から、薄暗かった空間に光が溢れる。どうやら明かりが付いているらしい。しかしその隙間から流れこんでくるとんでもない冷気に思わず俺は扉をしめた。

「寒っ?!」

ぱたん、と呆気無く閉じられる扉。そして止む冷気。唖然として立ち尽くした俺は、オーダイルとスピアーを見た。オーダイルが俺の頭になにか付いていたのか、キャップから払いのけてくれる。サンキュ、と笑った俺はそのままパラパラと落ちて行く白い粉が見えて視線だけで追いかける。床に落ちて水へと溶けていった。まじまじとソレをみた俺は一瞬思考回路が停止して、え?と間抜けな声を上げてしまう。思わず再び扉の向こうを見てみるが、冷気の後には水の跡が広がっていた。え?と素で同じ言葉を繰り返した俺は、この扉の向こうでとんでもないことが起きていることにいやでも気づく。

いやいやいや、おかしいだろ普通。俺が警戒してたのはバンギラスのはずで、氷ポケモンじゃなかったはずだ。じゃあなんで扉を開けた瞬間にあられを伴った冷気が流れこんでくるんだよ?あられを覚えたポケモンでもいるのか?あられを覚えたポケモンだって、あられっていう天気を持続させるためなら、5から8ターン、特殊アイテムをもってたらもうちょっと増えるかなって労力が必要だ。良く考えろ、俺。扉の向こうになんかいなかったか?ああ、あったな。俺よりずっとでかい、ギザギザの影が。ついでにオーダイルくらいの大きさの何かがいたな。こっち見てたな!気づかれた?!戦闘態勢に入るオーダイル達が俺を後方に下がらせてくれて、ようやく俺はドアが内側からどんどんボコボコにひしゃげていくというとんでもない光景を目撃した。オーダイルが全力で扉を閉め、スピアーが風邪のせいで反応が鈍い俺をわざわざ後ろに引っ張ってくれたらしい。ごめん、ありがとな。

冷静になれ、俺。いくら体調不良だって、いつもより判断が鈍いからって、ぼーっとしてていいわけじゃないだろ。ポケモントレーナーの的確な指示がなきゃ、誰もしっかり動くことができないんだって知ってるじゃないか。第一、俺の予測が正しければ、オーダイルもスピアーもまだあったことがないポケモンだし、ことごとく相性は最悪なはず。やばい、全滅なんて冗談じゃないぞ、まだまだやることあんのに!俺は慌てて本来ならバンギラスにぶつけるつもりで用意してたカポエラーを繰り出す。オーダイルが力比べに負けて押し戻されたその瞬間、スピアーとオーダイルをボールに戻す。いきなりの行動に絶句してぶんぶん首を振るオーダイルを強制的に戻して、俺は叫んだ。

「トート、ねこだましで動きを封じてくれ!」


巨大な影が見えたとき、俺は思わず叫んでいた。いつにない俺の大声、しかも鼻声でかすれてて中途半端にひっくり返る様子に心配そうな様子を見せたトート。でもドアを突き破って現れた巨体にソレどころじゃないと直感で判断したらしく、激しいあられの天候が上書きされた中、特攻した。激しい冷気に指示を出すのも億劫になる。ただでさえ体が悲鳴を上げているってのに、室内という限定された範囲で展開される天候変化は容赦なく俺達に勢い良く直撃する。帽子を抑えながら、俺は一瞬怯んで動きが止まった巨体を改めて眺める。バク転して着地したカポエラーがグルンと駒のように回転してから、二足歩行に戻る。奴が動き始める前に、俺は戦闘態勢に入り、指示を仰ぐカポエラーに命じる。

「飛び膝蹴りだ!外すなよ!」

部屋から廊下に出ようとしている隙を狙って奇襲させた。カポエラーが大きく跳躍する。叩き込まれた強烈な一撃に、あられパの先発にして主砲は効果抜群の攻撃に雄叫びを上げた。よっしゃ、ナイス!勢いに任せて叫んだ俺に、カポエラーが自慢気に笑った。

おかしいとは思ってたんだよ。ポケモンも人もみんなしっかりと生きているこの世界で、なんでゲームのシステムの不具合から発生するはずの「追い打ちによる異常気象バグ」に類似した天気が発生しているのか、なんて。よく良く考えてみれば、あらゆるフィールドで同時に別の天候がランダムで発生したなんて目撃証言なかったわけだし、俺のいたエリアだって緩やかに天気の変化はあったけど、そんなものなかったんだ。そもそも一体のポケモンとのバトルで発生するそのバグの影響がサファリアーク全体に及ぶこと自体が考えられないじゃないか、ゲームだって戦闘を進行できなくなるって言うゲーム上の欠陥だっただけであって、初代や金銀時代にあったゲームそのものがぶっこわれるほどのバグじゃないわけだし。早合点しすぎた。バンギラスがいるかもしれないっていう情報が手に入った時点で、もう一回考えてみるべきだったんだよ、俺としたことが!今回ばかりは俺のもってる知識が邪魔したとしか言えなかった。こりゃ、風邪で頭がうまいこと回らないのも言い訳にならないな。舌打ちした俺は、なんとかこいつを捕獲する手段を考える。俺の考えていた以上に、サファリアークで起こっていた事態はシンプルなものだったらしい。サファリパークって言うひとつの場所でいろんな天気がそれぞれのエリアで観測されたワケ、それは。単純に天候変化を特性に持つポケモンたちがこの研究所から逃げ出して、暴れてただけなんだってことにようやく気付いたんだ。

寒さに真っ赤になってるであろう耳をつんざく畏怖の咆哮。俺の知っている新緑とは違う深緑の両手を振り上げ、雄叫びを上げた真っ白な巨体。人よんでホワイトモンスター。出現した瞬間に、特性である「ゆきあらし」は永続のあられ状態を引き起こすそいつは、どうやら俺が捕まえたヨーギラスと同様、色違いらしかった。この際、ダイパプラチナで舞台になるはずのシンオウでしか出現しないこいつが何でこんなところにいるのかなんてツッコミは後だ。草と氷という優秀なタイプのおかげで異様に弱点が多いが、半減できるタイプがことごとくメジャー級、という厄介な性能のせいで、俺がまともに出せるのはカポエラーしかいない。なんてこった、炎タイプもってないのがこんなに痛いのは初めてかもしれない。なにより厄介なのは、こいつが持つ特性のおかげで、あられ状態の時に必中になる吹雪が容赦なく襲いかかってくることだ。全盛期のころと比べて氷状態になる確率は下げられているとはいえ、面倒なのはかわりない。幸いなのは、カポエラーの能力値が特防に恵まれているという点と、こいつ自体は素早さ60という鈍足で、しかも耐久はそんなにないってことだ。大丈夫、いくらこいつが改造の可能性があるとしても、素の能力値が弄られていた所で、努力値が振られていなければ余計な耐久も考えなくていい。あと一発、たたき込めれば。

「来るぞ、気をつけろ!」

頷いたカポエラーが攻撃モーションに入ったユキノオーに対峙する。ウッドハンマーみたいな物理技は、カポエラーの威嚇効果で威力は減退してるはずだし、吹雪みたいな特殊技は一発くらいなら耐えられる。幸い天候変化で威力が倍増するのは、雨状態の時の水技、そして晴れ状態の炎技だけだ。あられとすなあらし状態では、それぞれ技の命中率、岩タイプの特防上昇の補正以外に威力倍増の補正は存在しない。大きく腕を振り上げ、咆哮が上がる。一瞬の沈黙の後、突然あたり全体がユキノオーを中心に凍り付き始める。瞬きしている暇もなかった。一瞬にして床も天井も壁も空気すら凍りついた世界で、カポエラーはなすすべなく氷状態になってしまった。一気に冷え込んだ氷点下の世界。嘘だろ、絶対零度かよ!しかも当たるとか!こいつたしか、絶対零度覚えるの50超えてなかったか?無理だ、カポエラーじゃレベルがあまりにも開き過ぎてたか、くそ!あわててボールに戻した俺は、ボールを振り上げた。

再びユキノオーが雄叫びを上げる。ますます凍りついた白銀の世界に、俺まで凍り付きそうだがソレは多分俺まで戦闘不能の瀕死状態になるから、必死で我慢する。再び飛んできた絶対零度。しかし、俺が繰り出したそいつの特性が、パキパキパキという音を止め、一撃必殺自体を無効化した。俺はすかさず指示を出した。

「ガント、いわおとし!」

いつだったか、アサギの灯台でカーネルさん相手にやった経験が生きた瞬間だった。ゴローニャが壁に勢い良く襲撃を加える。周囲に発生した衝撃が天井を伝わっていき、そこに形成されていた大きな大きな氷の塊が勢い良くユキノオーに遅いかかる。レベル差があったとはいえ、カポエラーのねこだましと効果抜群の大技を食らって、なおかつタイプ一致の岩技が直撃して耐えられるほどの耐久力は持っていなかったらしい。止めこそさせなかったものの、ふらふらとしたユキノオーがふたたび立ち上がるには時間がかかる。しめた!すかさず俺はハイパーボールを投げた。あられがやみ、ユキノオーが吸い込まれていく。かちかち、かちかち、と激しい抵抗を続けていたようだが、市販されている中で最も固い強度を誇るボールの性能には勝てなかったらしい。スイッチの点灯がやみ、かちりという音を聞いた。

「あー、もー、びびったぁ。死ぬかと思った。あんがとな、ガント」

一気に緊張感が抜けて脱力した俺は、べたり、とゴローニャの体に張り付いた。戦闘が終わったとはいえ、一面銀世界と化したフィールドはとんでもなく寒い。正直一刻も早くここから立ち去りたいんだけど、体が言うことを聞いてくれない。突然の緊張感に追い込まれた俺の精神は、なんとかユキノオーを捕獲できたことで一気に張り詰めていた糸が切れてしまったらしかった。もー、大好き、オマエ。とべた褒めな俺に短く返答したゴローニャは、何を思ったのか俺の体を掴むと自分の体の上にのっけてくれた。そしてずんずんと開けっ放しの扉の向こうへと進んでいく。どうやらすっかり腰が抜けて立てない俺を気遣ってくれるらしかった。白い息を吐きながら、俺は再びゴローニャに礼を言う。暫く進んでいくと、ようやく普通の通路が見えたのでゴローニャを戻した。ぼんやりとしてきた頭をなんとか奮い立たせ、俺は戦闘不能の瀕死状態になっているカポエラーを元気の欠片とすごいキズぐすりですぐに治療してやる。元気になるなりあたりを見渡してぽかんとしていたので、事情を説明すると申し訳なさそうに頭を下げてきた。いやいや、いいってカポエラー。ゲームじゃないんだから相手のポケモンのレベルなんて分かんないんだよ、仕方ない。まさか一撃必殺なんてとんでもない技が飛んでくるとも思えないし、まさか命中するなんて思えない。運が悪かったんだから気にすんなよ、と頭をくしゃくしゃにしながら笑ってやれば、あまり納得がいかない様子ながら頷いた。まだオマエには戦ってもらわなきゃいけない相手がいるかもしれないんだ、さっさと休んで待機しとけ、と発破をかければ目を輝かせてボールに戻っていった。

さーて、問題は。正直さっきから腰のモンスターボールが、かったかた、かったかた暴れてて、もっかい出すのがすっげえこわい。でも先延ばしにすればするほど問題がこじれてしまうのは困る。でもなーとぐるぐるしていたら、モンスターボールを内側から蹴破って出てきてくれやがりました、我らが相棒オーダイル。モンスターボールの向こう側で俺達の様子を眺めていたのか、カポエラーみたく驚いてはいなかったけど、代わりにスッゲー怒っているのがいやでも分かる。ユキノオーと同じくらいでっかい図体が俺を見下ろす。びたん、びたん、と大きな尻尾を叩きつけいらつきながら、低くうなり声をあげている。今にも噛み付きそうな雰囲気に気圧されて思わず後ろに下がった俺に、じりじり、と近寄ってくるオーダイル。いや、その、だから、と必死で俺はしどろもどろになりながら言い訳をした。なんだこの浮気がバレて証拠を突きつけられてどぎまぎしてる情けない彼氏的な状況は。

「仕方なかったんだよ、アイツ、ユキノオーな、草と氷の複合タイプなんだ。だから、スイト、お前じゃ、相性が悪すぎるんだよ。ウッドハンマーっていう、強烈なタイプ一致技もってるし、その、無理に戦わせて傷つけたくなかったんだって。お前が役立たずだから戻したわけじゃないんだって。分かってくれよ、な?」

見上げてみるが相変わらず低い声でうなり声を挙げている。落ち着け、頼むから、と両手でハンドアップしながらじりじり追い詰められていく。あれ?やばくね?もうすぐ廊下の壁じゃねーか。冷や汗を浮かべながら、必死で俺は言葉を紡ぐ。

「スイトが壁を押さえて、ビートが俺をかばってくれたおかげで、なんとか冷静になれたんだよ。ありがとな。お前らがとっさに行動してなかったら、たぶんそのままやられてたと思う。体調不良でも、俺がしっかりしなきゃダメなのにな。なっさけねえトレーナーでごめんな」

両手を合わせて謝罪する。多分、こいつが怒ってるのは、体調がどんどん悪化してるのに無理して突っ込んだ挙句、危うく全滅しかけた俺の不甲斐なさに怒ってるんだと思う。大丈夫、大丈夫って口にしておきながら、直前までユキノオーに気づかないとか何という致命的なミスしてんだか。改めて思い返すと殴りたくなってくる。普通に考えれば、いくら風邪気味で悪寒がするとはいえ、息が真っ白になるほど寒いなんてありえない。油断しすぎてたかな、と今になって考えると正直無防備過ぎてこわい。俺をじーっと真顔で見ていたオーダイルは、何故か深い深い溜め息のあとに、呆れた様子で俺を睨む。そして俺の頭を軽く叩くと、違うと言いたげに首を振った。すこーん、というあまりの軽快な音に遅れてやってくるクリティカルヒットした痛み。襲ってきた頭痛に悶絶する俺が涙目になっていると、ザマーミロとばかりにニヤリと笑いやがった。このやろー、人が下手に出れば何つーことしやがるんだ、おい!頭を押さえて叫ぶ俺に、オーダイルは再び溜め息をこぼした。なんだよ、一体。さっぱりオーダイルが考えていることが分からず、困惑するしか無い。

「何で怒ってんだよ、スイト」

ぼそりとつぶやいた俺に、何で分からないんだとばかりにオーダイルが床に叩きつけ、伝わらないことに苛立っている。いや、分かんないって、と俺は情けない声を出すしか無い。こういう時、言葉が通じないって言うのは、酷く歯がゆいもんだと痛感させられる。俺からオーダイルになら通じるのに、オーダイルからは大袈裟なリアクションとかスキンシップから四苦八苦読み取るしか無いという一方通行なのが困る。首を傾げる俺に、オーダイルが指さしてきた。

「俺?」

戸惑い気味にいう俺に、オーダイルは頷くなり突然突撃してきた。うおっと声を上げるまもなく、2,2mもある巨体にのしかかられた俺は結局壁に激突して背中強打に悶絶する。そんなことお構いなしでオーダイルは力任せに俺に抱きついてきた。何すんだよ、オーダイル!死ぬ!死ぬってば、おい!必死で叫んでも全然反応してくれない。ホントどうしたんだよ。なんとか逃れようともがいていた俺は、ふとオーダイルのつかむ腕が震えていることに気付いた。あれ?そのままオーダイルを見上げてみると、ますます強く抱きついてくる。

もしかして、こいつ、怯えてる?

ここでようやく俺はこいつが、俺が死んでしまうかもしれないという恐怖にかられていたことに気づく。そういえば、渦巻き島の時も半ば本気で俺が死んだらモンスターボール壊してみんなを解放するように指示じたとき、尋常じゃないくらい動揺してたっけ。あんまり大袈裟に怒るもんだから、冗談だって流したけど、あの時と状況が良く似てる気がする。あの時は荒れ狂う波上だったから気づかなかったけど、もしかしてこいつ、ずっと俺が居なくなること想像して怯えてたのか?氷解していく感覚。俺はすっかり抵抗する気も失せて為すがままになっていた。よくよく考えてみたら、こいつが俺に対して独占欲を露骨に表すようになったのもその頃からな気がする。連れ歩き固定の所をバルキー出したり、ジムに付きっきりになったりしたら、こいつずっと俺に抱きついてなかったか?他の奴が引くくらいニックネーム呼びに固執してなかったか?ようやくつながった一本の糸。なんだ、なんで気づかなかったんだ、俺。シジマさんも言ってたじゃないか。俺が想像するよりもはるかにポケモンたちは俺のことを必要としてくれてるって。俺とポケモンたちとの間には、深いベクトルの差があるって。なるほど、こういう事だったのか。知らないうちに俺はこいつにスッゲー深刻なダメージを与え続けてたわけか、なんつーことしてんだ、おい。俺はオーダイルに手を回した。

「あー、その、ごめんスイト。やっと分かった。俺のことが心配だったんだな?」

聞いてみるとオーダイルが嬉しそうに鳴いた。ああやっぱ、そうなのね。ぽんぽん腕を叩いてやる。

「うずまき島んとき、俺が死んだら、とかとんでもねーこと言うもんだから、不安になっちまったんだな?」

なんどもオーダイルがうなずいている。はは、と俺もつられて笑っちまった。

「だから、俺がどっか行かねえように、いっつも引っ付いてこようとしたんだな?」

肯定の短い鳴き声。もうそれだけで十分だった。

「ごめんな、スイト。心配かけちまって。お前らにどんだけ心配かけてんのか、やっと分かったわ、俺。そっかそっか、うん、分かった。もうんな無責任なこといわねえよ、オイラはどこにも行かない。お前ら置いて、勝手にどっか行ったりしない。約束する」

まだ約束できないことがあるのはお約束だけどなー、と笑えばぶすくれている。

「無茶すんなってのは約束できないけどな。そんかわり、お前らも道連れだ、覚悟しとけよ」

けたけた、と笑えば呆れたように肩をすくめるオーダイルがそこにいた。やっとのことで開放される。うーん、と伸びをした俺は、ようやく機嫌を直してくれた相棒に今の現場について説明することにした。

「とりあえず、サファリパークの異常気象はポケモンの特性のせいだと思うんだ。バンギラスのすなおこし、ユキノオーのゆきあらし。雨と晴れはまだ分かんないけど、多分ポケモンのせいだと思う。ここで改造されたポケモンたちが、どういうわけか脱走して暴れてんだ、きっと」

リュックの大切な物ポケットにしまいこんだハイパーボールにいるユキノオーは、やっぱりポケモン図鑑で表示された通常色と違う。でも色違いのページが反映されないということは、もともとこいつは普通の色をしたユキノオーなんだろう。しかも示し合わせたかのごとく優秀な性格と個性。恐らく能力値もいじくっている。極めつけが覚えている技。なんと57にならないと覚えないはずの絶対零度をこいつは50レベル丁度で覚えやがっていた。吹雪、ウッドハンマー、ついでに卵遺伝技のやどりぎのタネ。卵でも色違いは生まれるけど、性格や個性まで優秀な奴は色違いで生まれるなんてほどんどありえない世界だと言っていいはずだ。間違いなく人の手がくわえられている。ヨーギラスと同じく、公式のバトルでは出せないと表示されたエラーの羅列。ひでえ。強いポケモンが欲しいのは事実だとしても、ここまでするのは正直いかれてるとしか言いようがない。嫌悪感しかわかない。かわいそうに。オーダイルは複雑そうに沈黙していた。

「一応わざマシンで天候変化の技はあるんだ。でも、ずっと天気が変わり続けるのは限度あると思う。晴れと雨の特性を持ったポケモンがいるなら、相当やべえことになるぞ、多分」

無意識にボールを持つ手に力が入る。オーダイルが先を促すので俺は告げた。

「晴れと雨の特性をもってるポケモンは、俺の知ってる限りこの世界に1体ずつしかいないんだ。そいつらはこの世界の海と大地を広げたと言われてる伝説のポケモンで、今は空を守ってる伝説のポケモンに戦いを仲裁されてからは眠ってるはずなんだ。海の化身と大地の化身。カイオーガとグラードン。ホントなら、こいつら、ホウエン地方っていうずっと南にある地方のポケモンなんだ。もしこいつらがいるなら、本気でジョウトがやばいことになる」

伝説のポケモンというフレーズに、ルギアを思い出したのか戦慄するオーダイル。俺も息を飲んだ。ありえないと言い切れないのが恐ろしいところだ。なにせHGSSでは何でかしらないけど、ジョウト地方で実際にそういう天候が起こるから調査したらわざわざジョウト地方に出張してきてるんだもんな、こいつら。しかもHGSSで捕獲したこいつらを持ってないと、レックウザが現れないという無駄な特別仕様。なんだこれ。ジョウト地方に伝説集まりすぎだろ、やばすぎる。まあさすがにそんな事まで言ってたらオーダイルも混乱するだろうからスルーするとして。

「でも、おかしいんだ。マジでそいつらがいるとしたら、正直こんなサファリパークみたいなちっぽけなところ限定の天気どころの話じゃなくて、ジョウト全体がヤバいはずなんだよ。晴れと雨がランダムに起こって、それこそこの世の終わりみたいな状況になる。誰かが捕獲してるんなら、ボールの影響で力はずっと押さえ込まれるはずだけど、この研究所見る限り脱走したポケモンが原因のはずだからなあ」

正直考えたくない事態だけど、こうもまあ改造を施されたポケモンがぽんぽんでてきたら、いやでも可能性は考えてしまう。ポケモンを改造して、ヤミラミやミカルゲみたいな弱点の存在しないポケモンに「ふしぎのまもり」なんていう弱点以外の技を無効化する特性をひっつけた俺の考えた最強のポケモンを作る、なんてお遊びが流行ってた世界からきたら尚更。一部のユーザーはポケモンのデータをいじって、勝手にポケモンを作って遊ぶなんてことしてたはずだし。まあさすがにこの世界ではミュウツーも例に上げるようにすっげー難しいことだと思うから、正直かんべんしてくれって話なんだけど。

「普通のポケモンにそういう特性を無理やり付けたかもなあ。色違いは目印らしいからさ。とりあえず、その形跡がないか探してみようぜ、スイト。クリスやブラックも探さないと」

オーダイルは静かにうなずくと、歩き始めた。忘れかけてた頃に再び風邪がぶり返す。あーもー、このまま引っ込んでくれりゃいいのに!やっぱり心配そうな顔をするオーダイルに俺はごめんなさいと謝っておいた。ああ、そうだ、スイト。とりあえず仮眠室さがそう、仮眠室。回復場所が安全地帯なのはRPGのお約束って相場は決まってるんだ。ロケット団の船にもブラックと遭遇した場所が確かそんな感じだったはずだし。多分お約束は守られているはず。そういう場所は決まって話が聞ける誰かがいるのがこの世の真理。力説する俺に、休憩場所という言葉が効いたのかオーダイルはやる気を出してくれたらしい。再び俺はスピアーを出し、フラッシュを頼んで、先に進むことにした。
















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