第68話

最後尾に並んだときに渡されていたカゴに、俺のリュックと腰に付けているボールを6つ放り込んで、ようやくたどり着いた受付のお姉さんに渡す。ポケモンは捕獲する時に使用してはいけないけれど、一匹だけなら連れて歩いても構わない、と言われたがいらないと断った。参加費はサファリパーク入園料と同額、破格のたった500円。営業の笑みを浮かべたまま差し出されたのは、結構な重さがあるサファリパークとロゴが入っている迷彩柄のメッセンジャーバッグだった。トコロテンのように押し出されていく参加者たちに混じりながら、俺は先のゲートを抜ける横にある休憩所に逃げ込んだ。予想以上の人ごみだ、あっという間に流されてしまうとこだった、危ない危ない。ふいい、と思いながら早速誰も座っていないソファに腰をおろし、じじじっと滑りの良いチャックを横に引っ張り中を覗いてみる。中はきっちりと整理されたケースがいくつも入ってるのが分かった。パンフレットを裏返すと、受付のお姉さんが言ってたメッセンジャーバッグの中身一覧が書かれている。さーて、ちゃんと入ってるだろうな?えーっと、とパンフレット横に挟み込まれていた迷彩柄のボールペンを手にとった。

まずは、サファリボールっと。これだな?パンフレットのすぐ下に迷彩柄のモンスターボールがケースに入れられているのが見えたので取り出してみた。こうして見るとモンスターボールって一口にいってもいろいろデザインが変わって面白いよな。全ては改造やらなんやらと日々戦うゲーフリの努力の賜物というか、この世界の場合だとポケモン協会公認のポケモンバトル大会に出場できるポケモンをちゃんと把握するためではあるんだと思う。ひい、ふう、みい、やっぱり30個か、もっと多くてもいいのにさ。ボールの中にボールいれちまえばずっと容量減るのに。

つぎは、泥団子のケース。俺の記憶が正しければ、ダイパ以降のFR・LGを除くサファリパークのような施設は全部石から泥団子に変更されてたはずだ。なんの配慮かはよく分からないけど、ちっちゃい子が真似したらダメ、的な自主規制かどこぞの団体が訴えたとか、そんなところだろう。無制限だったと思うけどさすがにソレは無理らしく、小さい塊がたくさん入っていて、足りなくなったら供給場所でケースを交換してもらうよう注意書きが書かれていた。泥団子を投げつけられたポケモンは、逃走率と捕獲率が上昇したはず。つまり逃げやすくなるけど、捕まえやすくなる。怒りに我を忘れるような奴が狙い目かなー、確か逃げにくくなってるんだよな、たまーにでてくるポケモン。いやでも覚えてるぜ、サファリに出てくるポケモンは人工的に飼育されてるからか、野生のポケモンを捕獲するよりずっと高い確率で、高い能力を持ってるポケモンを捕獲することができる。だから財布がからになるまでずっと同じポケモンを捕まえ続けてたもんだ。懐かしいな。たぶん500円でポケモン取り放題、なんて看板掲げてるけど本気で強いポケモンが欲しいトレーナーの中には、資金力にモノを言わせて一日中サファリにこもりきりになるトレーナーだっているはずだ。そういうトレーナーたち向けにいろいろグッズを販売してると見た。うまいことやってんなあ、バオバさんめ。携帯アプリ商法を連想しながら俺は一番下にあるエサ団子のケースを取り出した。

エサ団子のケースも泥団子と同様空になったら供給所にケースごと交換してもらうよう書いてある。エサ団子をポケモンに投げた場合、ポケモンは逃走率が減少する代わりに捕獲率も低下する。つまり、エサに夢中で逃げにくくなる代わりに捕獲もずらくなる。エサに無我夢中になってる奴が狙い目かな、こっちの場合。確かエサに夢中になりすぎて周囲への警戒がおろそかになってるのか、捕獲しやすいままだったはずだ。

最後にサファリパーク全体の地図があるので広げてみる。大きく分けて12のエリアにわかれている。草原エリア、花畑エリア、サバンナエリア、いわばエリア、水辺の岩場エリア、湿原エリア、森エリア、水辺の森エリア、沼地エリア、荒地エリア、山エリア、砂漠エリアだ。HGSSだと子供園長に強制就任させられたあげく、エリアの配置とかエリアごとに置ける岩や森、水辺、草原なんかの大掛かりなブロックをどう置くかまで丸投げされるから困る。しかも主人公はワンタッチで操作できても明らかに行うのは人力移動というありえない裏事情が明かされて、サファリパークって結構ブラック企業じゃね?という雰囲気が漂ってた訳だけど、さすがにソレはなさそうだった。定期的にエリアの構成が変更されると明記されてはいるが、参加者のもってるトレーナーカードや利用回数によっていけるエリアがどんどん解禁されていくって言うシステムらしい。俺は初心者のビギナーランクだからさっきあげた12のエリアだけだ。まあ、サファリパークにこもるのはジョウト制覇のあとだな、資金的な意味で。そもそも俺がこのサファリパークにやってきたのは、図鑑を埋めるためっていうのもあるけど、この開園前イベントって奴に参加するためでもある。地図の間に挟まれていたイベント案内の冊子を取り出した俺は、エントリーするべく別の列を捜すことにした。

列を探しながら流し読みした限りでは、サファリパークに出現する特定のポケモンを捕獲し、所定の位置にある受付のスタッフに見せるとはんこがもらえる。そのスタンプ数のランクに応じて景品がもらえるよっていうイベントのようだ。その景品の一覧を見た俺は、はあ、とため息を付くはめになる。ひでんマシンの「空をとぶ」は本来タンバジムの奥さんが、今まで負けなしで鍛錬を疎かにしがちだったせいでお腹が出てきたという夫を炊きつけてくれたお礼に、とくれるアイテムのはずだった。数日のタンバジムでの見習いをする上ですっかり顔見知りになった奥さんに、それとなーくひでんマシンについて聞いてみたわけよ、何時まで経っても音沙汰なしだから。もしかしたら別のイベントでも絡んでんじゃねーかとイヤーな予感がして行ってみたら、案の定チケットを渡されて今に至るわけで。まあ、いいけどさ。サファリパーク限定のポケモン捕獲するつもりだったから、結果オーライだし。問題は、だ。いち、にい、さん、と現実逃避したいあまりに数え直してみるが、やっぱり1番捕獲しにくいポケモンをゲットしたほうが遥かに効率がいいポイントが提示されているのが、我らがひでんマシン「空をとぶ」だった。めんどくせえええ!エリアを見る限り、中は相当広いのが嫌でもわかる。これは酷い。全部クリアするのにいくら掛けさせるつもりだよ、サファリパークめ。恐ろしい子!しかもシンオウ地方みたいにエリアに直通の交通機関は無しと来た。まさかの徒歩もしくは自転車だよ、あんまりだぜこの野郎。たぶんサファリパークを自由に探検してもらいたいから、エリアごとにランダムで1体ずつ捕まえてみようってコンセプトなんだろうけど、相当めんどくさいぞこれ。あああ、もう!いっそのこと最後の課題だけできたらいいのになー、と思ってサラッと他のランクのポケモンを流し見てみたが、景品がわざマシンやらアイテムやら、貴重なきのみやらラインナップがハンパない。明らかに上級者向けだこれ。明らかに準備してから参加してくださいねと言わんばかりのラインナップじゃねーか、これ。思わず突っ込みそうになったが、おそらく参加するトレーナーで真剣に商品が欲しい奴なんてきっと少数なんだろうと思う。その人向けに配慮されている環境の整いっぷりに、改めて俺は脱帽したくなった。

「えーっと、じゃあまずは草原エリアで…………」

それぞれのエリアのレアポケモンを確認していた俺は、花畑エリアで視線が釘付けになった。朝と昼における普通の出現ポケモンはヒマナッツ、プリン、ヒマナッツで、レアポケモンはポポッコだ。サファリパーク内ではバトルは原則禁止だからレベル上げによる進化は禁止されている。モンスターボールには出会った頃の場所や時間、進化前後の情報まで記載されるためごまかすのは難しい。俺が驚いたのは、夜の項目だった。

「ピッピでるのかよ!知らなかった!」

ぴしゃん、と脳天に雷が落ちた。思わず叫んでしまう。迷惑そうに振り返る参加者たちには目もくれず、俺は一目散に購買に走った。新しいネタ見つけたっ!しかもとびきり極上の最強クラスの嫌がらせ!きたあああ!まじかよ、まじでか、知らなかった!よっしゃーっ!俺が思いっきりガッツポーズした理由は、パンフレットに載っていたピッピの覚えているであろう技の一例の中にアンコールを見つけたからだ。普通レベル4くらいで習得した技は17レベルにもなれば忘れてしまっている。でもどうやらこのサファリパークは話が別なようだった。わざわざカントーいけるの待たなくてもブラックの野郎からメガニウム交換してくれって言えるじゃん!脳裏をよぎるのは、コガネシティで理不尽な理由でつけられた交換条件。当時ベイリーフを欲しがった俺に、ブラックはよりにもよってレンタルコンテストでニューラを優先させたせいでもらえなかったフーディンが欲しいとぬかしやがったのだ。そいつじゃないと釣り合わないとかなんとかいってた。建前上は一時的に預かるとか言って預かってる状態だが、もうそろそろロケット団との対決も佳境に入りつつある今、ポケモンに対する自分の立場も結構明確になってきたんじゃないだろうか。いわゆるデレ期というやつにはいっているんじゃないだろうか、と俺は踏んでる。つまり、あのツンデレは自分の相棒とも言えるメガニウムに対するデレを見せ始めてる気がする。そろそろ無自覚はやめたらどうだと遠まわしにおちょくることができるのだ。最高じゃね?つーか本当の意味でのデレはクロバットが見事な進化を遂げてからといっても過言じゃないかもしれない。でも、それなら俺にくれっていうね。強いポケモンが欲しいならあげるから、そのかわりかつて自分が捨てたこともあるポケモンだし、いっつも弱い奴って詰ってるじゃないの。もらって何が悪いんだって話になると思うんだ。あわよくばトレーナーナンバーを確認して、警察に言えたら嬉しいなって感じだ。性格とか特性とか個性とかアンコールを覚えていてなおかつそれなりに良い技を覚えてる、とかいろいろケチつけて交換に応じなかったらむかつくから、この際本気で育成してみるのもありかもしれない。俺の本気なめんなよー。HGSS発売の数カ月は、仕事の合間を縫っては睡眠時間の5割をポケモンに捧げたこともある大馬鹿だぞ、俺は。

ピッピか、ペットとして人気がありすぎて野生のピッピはもうカントー地方のお月見山にしかいないんだっけ?ダメだ、真っ先に思いつくのが公式イラストや設定とは遠くかけ離れた某漫画な時点で俺の中のピッピのイメージはとうの昔に瓦解している。ギエピーと叫ぶ金にがめつい上に食い意地のはっているピンク色の何か。確かあれがポケモンの看板しょってる漫画の元祖のはず。アニメにおいてまさかの映画化、しかもサトシがその映画に観に行って、一緒に家族で見に来たシゲルをドン引きさせる大笑いをかましたという超展開がやけに記憶に残っている。まあウルトラマンとか、宇宙戦艦ヤマトとかパロディが濃すぎてカオスになっていたのは別の話なんだけどソレはおいておくとして。この瞬間、俺の中ですべてが決まった。よし、決めた。ナイトサファリにも参加してやる!そんでピッピの大量捕獲で一気にポイント稼いでやるぞー、ついでにその中からよさそうな奴を引っ張ってきて、育て屋さんでケーシィと結婚させよう。

例えば草原エリアの場合、朝や昼はコラッタやケーシィ、キリンリキは2−5ポイントだが、レアで出現するドーブルは10ポイントも加算されてる。夜の場合はオドシシだ。
こんな感じでそれぞれ12のエリアで珍しいポケモンは朝昼と夜でそれぞれ1匹ずつ設定されているようだが、ご丁寧にレアポケモンはすべて同レベルで固定されている。これが意味すろことはただ一つ、ポケモンの厳選楽にしてあげますよーというサファリパークからのメッセージなんだろう。購買はどこだろう、ときょろりとあたりを見渡していた俺は、ようやくたどり着いたスタッフの兄ちゃんからスタンプラリーでおなじみのイラストの付いたはがきをもらうついでに場所を聞いた。

よし、シルバースプレー買い占めからはじめよう。スプレー系のアイテムは、散布すれば一定時間先頭にしているポケモンの同レベル以上のポケモンは出現しなくなる。あとは草むらエリアからドーブルと同レベルのケーシィを捕獲して、そっから捜索を始めればいい。もちろん特性はシンクロ一択。エメラルドからの新機能で、シンクロもちのポケモンが先頭にいると、なんと50%の確率で同じ性格かつ性別のポケモンが飛び出してくるようになるのだ。サファリパークはポケモンを使った捕獲を禁止してるから、複眼とかバトルを利用した特性は帳消しだし、ホウエンにあったポロックを使ったポケモンの性格識別はできない。ピッピとケーシィを結婚させてアンコール持ちのケーシィを育てるわけだから、欲しい性格の親をゲットしておいたほうが生まれてくる子供も同じ正確になり易いはず。ご丁寧にラインナップにある商品の中には「変わらずの石」という本来進化を抑制するアイテムがある。これを親に持たせれば通常の16分の1から4分の1になる。うーし、腕がなるぜ!

AM:8:00  花畑エリアにて

周囲の風景がぐるぐるぐると高速で回転していく。自分が回ってるのか、それとも俺の目がイカレて幻覚を見ているだけなのかどうかは分からないけど、次第に平衡感覚を喪失してきた俺は目が回り始めて足取りがおぼつかない。視界がぐにゃぐにゃになり、すべてが歪んで見えてくる。しまった、カレー食うんじゃなかった。ゼリーで済ませておけばよかった!だんだん気分が悪くなってきて俺は沈黙した。もう初めて体験した時みたいなハイテンションは保てない。次第に視界が真っ白になってしまった頃、ようやく取り戻した世界は真っ暗だった。あーもー、何回やってもなれねえわテレポート。こんなことなら失敗したら真っ黒焦げでもいいから、全力疾走でワープっていうシステムのほうがよかったぜ。もしくはたった3文字で転移できる便利なファンタジーとか。はあ、とようやく落ち着いた地面にうずくまりつつ、俺はしばらく気分が良くなるまで待った。冷たい土の感覚が落ち着きを取り戻してくれる。俺のそばにはけろっとした顔で眠り続けている元超能力少年がいる、と思ったらいなかった。慌ててあたりを見渡せば背中にずしりと感じる柔らかさのかけらもない硬くて重い感覚。一瞬固まるが、すぐに聞こえてくる鳴き声に似た寝言にほっと肩をなでおろした。質の悪いいたずらすんじゃねーよ、ケーシィ!気まぐれでテレポートすんじゃねーよ、残像に話しかけるっていう珍現象が起こっちまったじゃねーか!怒気をはらんでも馬耳東風なケーシィは微動だにしない。1日18時間は寝ているというPSI使いは、テレパシーのレーダーを張り巡らせていて危機を感じたら逃げるように自分に暗示をかけているらしい。おかげで捕獲するのに相当の時間がかかってしまった。1時間ごとにテレポートで生息場所を変えているなんて知らねーぞ俺!まあ、捕獲したおかげでマッピングしたポイントにすぐ俺と共にテレポートしてくれるのはありがたい限りだ。寝ているくせに相手の感情を察して攻撃性を読み取るやいなやテレポートで逃げてしまうこいつは、器用にちょっかいをかけてくるから困る。そんなんだから罰として人間からポケモンに変えられちまうんだよ、とぼやいた俺は、ふと思い出した。あ、あれって超能力者の少年が目覚めたらフーディンになってたっていうベストセラーの小説が元ネタだっけ、どの道ケーシィじゃねーや。一人空回りするのも疲れてきて、溜息をつく。深呼吸しながら俺は星のまばらな空を見上げた。月明かりが強すぎると星は霞んでしまう。満月なのは調度良かった。ピッピは活動が盛んな時間帯だ。



茂みの中をかき分けていくと、やがて一面にひらけた場所に出てきた。闇のなかにうっすらと浮かんで見えてきたのは、俺が昼間のうちに用意しておいたポケモンの出現エリアを示す目印替わりの棒切れ。やっとついたーっと軽く伸びをする俺の足音を聞きつけたのか、煌々と光る二つの目玉がいくつか背丈の高い雑草の中に消えていった。大きな木のない平原は均等に降り注ぐ太陽のおかげで背丈のそろった植物が陣地を争っている。人工的な手は加えられていないものの、意図的に障害となる大岩や根をはる大木が排除されているエリアは、ただ雑草と分類分けされるであろう花や草が覆い尽くしていた。ちっぽけな電灯だけが頼りな中を、俺はケーシィを背負いながら先に進んでいた。約20kgの重しが時々寝息を立てながら寝返りをうって落下しそうになる。背負いなおして、さくさくさく、と草を踏み分ける音だけが聞こえる。このエリアは水辺はなかったはずだから、転落事故の末に野生のポケモンに無防備なところを襲われて、ぎゃーって展開はないはずだ。視界は5歩も進めば真っ暗で、夜行性の大型ポケモン達のために道の整備はおろか人工灯すら置かれていないため、注意しなければ蔦でこけてしまいそうなのが困る。満月を宛にする事ができるほど、俺は夜目が利く方じゃない。耳を済ませてもポケモンたちの息遣いや動きは聞こえてこない。ケーシィ、起きろよ、と乱暴に揺り動かして起こしてみれば、迷惑そうに一声あげたまままどろみに堕ちていこうとする不届き者がいる。おんぶから抱っこに切り替えて、おきろーっと頬のあたりを引っ張ると涙目なケーシィがようやくジト目で見上げてくる。しかし、周囲は真っ暗だというのに花畑エリアに居ることに気付いたのか、驚いて固まってしまった。エスパータイプはゴーストタイプが苦手だ。嫌な気配でも感じたのか闇が怖いのか抱きついてくるケーシィを撫でながら、俺はさっそく準備をすすめるべくメッセンジャーバックをおろして、座ったまま離れようとしないケーシィを傍らに置く。早速シルバースプレーを取り出した俺は、あたりに散布した。

「さーて、ピッピ刈りと行こうぜ、ケート。誰か出てきたら、教えてくれよ?」

バックの中からケースを3つおいて、準備は万端。ケーシィは眠そうにあくびをした。今日は満月だ。ピッピの踊ってる姿を見たら幸せになれるらしいけど、お月見山限定のイベントじゃ期待できそうもないな。昼間探索した限りでは月の石が見つかりそうな大岩やピッピたちが好みそうな謎の湖はこのエリアにはない。愛くるしい姿と鳴き声からペット用に人気があるという図鑑説明に恥じない人気ぶりでこのエリアに陣をはっているトレーナーは結構多かった。捕獲対象がかぶらないことを祈るのみだな。息をひそめながらポケモンが出てくるのを待っているが、辺りは静寂に包まれている。

「ん?どうした、ケート」

なんかあったのか、というより先に指差すケーシィの視線の先には、ぼんやりと月明かりに照らされて浮かび上がるものがあった。暗闇にもすっかり慣れてきた目が次第に輪郭を捉えていく。白さを帯びたソレはまるでスキップするように一定のリズムで浮かんでいるようだった。月の光を浴びて飛んでるよ、ピッピが。あの背中にあってないようなものだった羽は実用性あったのか。さーてと、やってきましたよ第一ターゲット。ケーシィ、準備よろしくな。くれぐれもテレポート先を休憩所に間違えるなよ。幻想的な光景に見とれてるわけにもいかず、俺は早速泥団子を近くに投げた。不自然に転がる泥団子。がさりという草むらの音。不審を感じ取ったのか、その方向に一点不思議そうに首を傾げるピッピは警戒しているのか、一瞬だけ浮遊している体が止まった。

待ってましたとばかりに反対側から俺はサファリボールを投げる。テレポート直後の体では方向性も心もとないが、とりあえずぐにゃぐにゃの視界の先にある白い塊めがけてボールがあたって何かが入った音だけは確認できた。あーくそ、やっぱり目が回る。かち、という音がした。よっしゃ、いきなりの奇襲が功をそうしたな。でも立っていられない俺の代わりにケーシィがサファリボールを取ってきてくれる。さんきゅー、と軽く笑って、くらくらしながら早速データを見てみた。……………よ、ようき?素早さ上がって特殊が下がっちまう性格じゃねーか。ダメだ、まだまだ先は長いな。

AM:11:00  花畑エリアにて

ケーシィが空を見上げた。満月は俺の頭上に輝いている。雲ひとつ無い空が広がっている。今度は不思議そうにあたりを見回している。俺の袖を引いてきたのでどうしたんだとあくびを噛み殺しながら聞くと、手を広げろ、と指示してくる。いわれるがまま応じた俺は、ぽつぽつ、と手のひらに雨粒が落ちてくることに気付いた。げ、雨かよ。再度空を確認してみるが、雲ひとつ無い空に浮かんでいるのは銀色の月。狐の嫁入りかよ、めんどくせえ。サファリパークは山を切り開いた断崖絶壁にあるからなあ。山の天気は変わりやすい。ぼんやりと空を眺めているうちに、やがて雨は本格的に降り始めた。フードをかぶった俺は、メッセンジャーバッグから折りたたみ傘を取り出すと組み立てて肩に担ぐ。ちょっとした雨くらいならこれでしのげるだろ。ケーシィが雨を嫌って俺の背中にテレポートしてくる。ソレくらい動けよ、だから防御力皆無なんだよお前さ。苦笑いしつつ、俺はピッピの大量捕獲に勤しんでいた。

AM:12:15  花畑エリアにて

あ、やんだか?手を広げてみると雨粒は落ちてこない。すっかり湿ってしまった地面を嫌って、ケーシィはいよいよ俺にしがみついて降りてこようとしない。ひんやりとした空気に包まれて、真夜中の夜の気温はやはりそれなりに冷えるようだった。まずいな、もしかしたら霧が出るかもしれない。雨を嫌ってか出現率が落ちてきつつあったピッピとの遭遇がこれで増えてくれれば御の字なんだけど。すっかり濡れてしまった箇所をタオルでぬぐいながら、サファリボールの補充に行くことにした。

AM:12:52  休憩所

ケーシィが腹へったとうるさいので、夜食のおにぎり弁当とお茶を買って、談話室のソファを陣取る。オカカとうめと佃煮か、鮭抜きとかねーわ。でも売店もとっくに人気メニューは先に買い占めていったトレーナー達の影響で微妙なのしか残ってないから文句は言えない。適当にとったら梅だった。コリコリうめってなんでこう、貧相なんだろう。慣れている不恰好で大きな梅干と比べると見劣りしてしまう。損した気分になりながら、自販機でかった熱いお茶と一緒に流し込んでいると、俺と同じように夜にしか現れないポケモンを狙っているらしいエリートトレーナーや怪獣マニアといった風貌のトレーナー達が入ってくる。情報交換でもしているのか話し声が聞こえる。隣で佃煮のおにぎりを食べているケーシィの目を盗んで一個しか無い唐揚げをとろうとすると、横から使ってないはずの割り箸が特攻してくる。いてーな、おい。これだからエスパータイプは器用で困る。仕方なく箸で半分に割って先にもらうことにした。

「そこのケーシィ連れてる少年」
「へ?」
「そうそう、そこの君だよ。ちょっとよければ、話をしないか?」

いきなり話しかけられてギョッとすると、さっきのグループの兄ちゃんたちだった。ああ情報交換でもしたいってか?HGSSを除くサファリパークは至る所にあるこうした休憩所には必ずトレーナーがいて、情報を交換したりポケモン交換を申し込んだり社交場となっている側面もあったっけ。ピッピでのポイント稼ぎに頭がいっぱいだったせいで頭から抜け落ちてたなー、時間が惜しくて必要最低限の準備にしか立ち寄らなかったし。

「うん、いいよ」

笑顔で了承すれば、兄さんたちが俺の座ってるソファのまわりに集まってくる。テーブルにはたくさんの飲み物が並んだ。弁当が浮いてしまうので、ケーシィに渡すことにする。あんま腹減ってないし、食い過ぎても朝食時が辛いだろうからいいや。独り占めできると分かるやいなや歓声を上げるケーシィの尻尾が嬉しそうにゆれた。ちなみにこいつの個性は食いしん坊を連想させる。兄さんたちが自己紹介ついでに拠点にしてるエリアを教えてくれた。おー、すげえ。やっぱりみんな濃い方々ばっかりだ。

「オイラ、ゴールド。花畑エリアでピッピを捕まえてるんだ。聞きたいことってなに?」
「花畑エリアか、ちょうどいい。なあ、夜になってから天気はどうだった?」
「天気?ああ、11時頃から天気が崩れて雨が降ってきたね。時間が惜しくてずっといたからこのとおり濡れちゃってさ。さっきシャワー借りて着替えたとこなんだ」
「花畑エリアは雨か」
「うわー、マジで怪奇現象じゃね?」
「ねえよ。サファリパークだから環境に合わせてるだけだろ」
「ないない、そこまで金掛けるとかどんだけよ」
「どうしたの?」
「ああ、なんかさ、11時頃過ぎてからエリアごとに天気が変わってるみたいなんだ。草原エリアはずーっと晴れだった」
「サバンナエリアも特に変なことはなかったよな?」
「ええ、そうですね」
「俺さっきも言ったけど、岩場エリアなんてずっと霧なんだぜ、ひどくね?おかげで折角出たソーナンスが逃げまくりだよ」
「湿原エリアは花畑エリアと一緒で雨ばっかだったな」
「沼地エリアは雪ですよ、雪!おかげで出現ポケモンたち嫌がってるのか全然出てこないんですよ.なんですかね、これ?」
「さあ?砂漠と荒地エリアは朝と昼だけレアポケモンが出るから、多分いってる奴いないだろうし、あとは森と山エリアにいってるトレーナーだけか」
「何出るんだっけ?」
「山がレアコイルで、森がゴーストだろ、確か。誰か行った奴見かけてね?姿だけでもわかればスタッフに聞きゃいいし」
「んー、オイラずっと草原エリアにいたから分かんないや」
「お前は俺か」
「いや、俺だな。まー普通に考えて時間勿体ネエから、他の参加者なんて気にもとめないわな」
「なーんか、地図見てる限りに近いエリアで変な天気が起こってる感じしねえ?」
「そーかあ?みんな変な天気じゃね?」
「でも確かに1番離れてるサバンナエリアと草原エリアは異常なーしでしょう?変じゃありませんか?」
「なにそれ怖い」
「スタッフに一度聞いてみっか」
「そうだね。やっぱりソレが1番かな?じゃあ僕聞いてくるよ」
「いってらしゃーい」
「あ、マジで?サンキュー」

怪獣マニアの青年がスタッフに聞きに行くのを見届けて、俺はお茶に口をつけた。なんか面白いイベントでもやってんのかなあ?エリアごとに天気がランダムで変わるとか、ソレなんて苦行?演出ならともかくランダムでポケモンの出現率も変動するとかすげえイジメな仕様だなあ。雨でよかったと思いつつ、ピッピを捕まえるたびにもらってきたはんこを見るとまだまだ先が長いのが嫌になる。みんなポイントがどれくらいたまったかとか能力値がどれくらい高いポケモンが捕獲できたとか濃い話しばっかりしている。誰か知り合いでもいればシェアを条件にポイントを一つにまとめたりできるんだるけどなー、くそう。

「つーか、ホントにここのポケモン能力値すげえよな」
「1V(攻撃などの項目でポケモンがランダムで割り振られる能力値がMAXの印。1−31のあいだなので31のことをさす)なら余裕で見つかるしな」
「この前6Vメタモン捕まえたときにはびびったわー。もう一生の運使い果たしたな」
「さあ、ソレを今すぐ僕にください!」
「ふざけんな!だーれがやるかよ、こちとら費やした金10万こえんだぞ」
「うわー、引くわ」
「そういうお前もそこにあるポイントカードの束はなんだよ」
「うっ」

本当に濃い話ばかりだ。苦笑いしていると、俺が話についていけなくて困っているとでも思ったのか兄さんたちが気まずそうに沈黙してしまった。どうすんだよ、この空気、的な話し声が聞こえる。まあ普通に考えて10代前半のガキがどっぷりそっちの世界のことを把握してるとは思わないよな。ケーシィ連れてて、ピッピを大量に捕まえてる時点でお前も片足突っ込んでるというツッコミ待ちな俺に、ぽん、と軽く叩く手がある。振り返ると突き刺さる指。にやにやしているのは帰ってきた怪獣マニアの青年だった。

「さーて、何いってんだよ、少年。そのピッピで稼いだポイントの時点でアンタも十分こっちの人間だろ」
「あはは」

冗談はさておき。青年に自己紹介を済ませるとゴールド少年という呼称に落ち着いた。スタッフの話によると、どうやらサファリパークの仕様ではないとのことで、ますます兄ちゃんたちの間で怪奇現象やらオカルトチックな話が盛り上がりつつある。そもそもサファリパークがタンバに移転した理由は建前上園長のバオバさんによる独断が濃厚で、息子夫婦は最後まで反対していたらしい。今はパルパークなる捕獲ショーを目玉にした施設が新たな観光の目玉になっているらしいが、サファリで使用したはずの施設をまるごと更地にしてからの開園には結構ある事ない事言われたり、憶測があがったりしてるらしい。そんな事言ったら霊園をラジオ塔にしたり、一度崩壊したはずのハナダの洞窟を復興させてミュウツーを生息させてる時点でいろいろカントーはヤバイことになってるわけだが。何を今さら。容量の問題をあれこれいうのはなーと思ったけど、実際こうして謎のランダム天候という現象が起こっている以上、何か起こっているのは間違いないらしい。いい加減ピッピを捕獲するのも飽きてきたから、ちょっとだけ息抜きに他エリアでも行ってみようか、とぼんやり考えていた頃、青年がとんでもないことを教えてくれた。

「山エリアは赤毛の少年で、森エリアにいったのはマリルリ連れた女の子。まだ帰ってきてないらしいぞ」
「え、やばくね?」
「もしかしたらもしかするかもな」
「うわ、マジか」
「…………………」
「どうしたんだい?」
「二人ともオイラの知り合いかもしんない。どうしよう」


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