第66話

指先をまっすぐ伸ばしてぴったり合わせるのではなく、ボールをもつみたいに丸く曲げた人差し指から小指までを重ねるようにもう片方の手に当てる。空気を閉じこめるみたいに、手のひらに力を入れるようにすると、びっくりするほど大きな音が出る。それを繰り返すととんでもない大きさの拍手ができあがる。その分やる気のない叩き方は一発でばれてしまうから周囲とのタイミングの兼ね合いが必要だけど、たった一発、相手をひるませるだけなら事欠かない。バルキーの猫騙しは、いつだって、ぱあんといういい音がした。びくっとしたワンリキーの身がすくむ。俺が呼びかけるよりも早く前に飛び出していくバルキーは、一気に間合いを詰める。加速する。助走をする間隔が次第に短くなっている気がするのは、きっと気のせいじゃない。攻撃態勢に入るスピードが速くなっている分、技を繰り出す速度が速くなってる。もちろん完成度も命中率も。いけいけいけ、と心の中で祈りながら、俺は相手が生んだ隙をついて指示を出した。


「トート、がんせきふうじだ!」


跳び膝蹴りが飛んでくると思ったのか、防御の態勢を取ろうとしていたワンリキーが仰天して、山男のおっさんを見る。上空を飛んでいったバルキーの蹴りが豪快に石壁を揺らし、朝からずっとわざを発動させるたびにボロボロになってきている壁がグラグラと揺れる。タイシジムのポケモンは飛行タイプ対策に岩技を習得していることが多いんだ。修得していても肝心のぶん投げる岩石がないと意味がない。だから、気兼ねなくケモンが技を発動できるように予め準備しているらしい。改めて思うけど挑戦者ってアウェーだよなあ。がらがらがら、と豪快な音を置き去りにして降ってきた石の固まりがワンリキー目がけてふり注ぐ。頭上にくる岩石を破壊するワンリキーだけど、四方に大小様々な岩がごろごろと転がり、視界を阻む。ラッキー、脱出されたら意味ねえと思ってたけど、うまいこと発動したみたいだ。命中率80なんて信用できない。でもワンリキーの声を聞くあたりダメージも食ったみたいだし、よーし、これですばやさが1段階下がった状態だ。ワンリキーとバルキーの素早さはたったの5だって鍛錬につきあってくれた門下生の兄ちゃん言ってたし、ワンリキー耐久の低いからいける!相手次第ならこの技と次のターンの別のわざで倒せる可能性もある。後続のポケモンに繋げられるのも嬉しい。これで技の威力が50なんて貧相じゃなかったらもっと重要性上がるんだけどナー。貴重な岩技として、泣く泣く技マシンを使った身としてはがんばってもらいたいところだ。跳躍して岩の上に着地したバルキーが逆転した素早さで先手をとる。


「よっしゃあ、このまま跳び膝蹴り!」


クリーンヒット。伸びてしまったらしいワンリキーがきゅう、と目を回している。モンスターボールに吸い込まれていった相手は次のモンスターボールを準備している。嬉しそうに腕を振り上げたバルキーがふり返った。ほっと息をついた俺は、にっと笑って応じる。しゅたっと下りたって掛けてきたバルキーが拳を振り上げるので、俺もぐーをつくって軽くぶつけてやった。


バルキーが咆哮した。きらきらきら、と光に包まれる。え?戦闘中なのに進化?!まさかのデジモン的展開に驚くけど、普通に考えてポケモンの進化にバトル終了まで待たなきゃいけない理由ってない気がする。普通に考えて挑戦者に挑まれた今までのバトル、バルキーぶっちゃけ1勝したのこれが初めてだし、経験値が貯まったのかもしれない。バトルの旅に瀕死状態になってたから進化のタイミングが遅れに遅れてたのか?山男のおっさんも俺も動くのをやめた。お、とあげ掛けた声を飲み込んで、慎重に俺はシルエットを見極めようと目を細める。ゆっくりとゆっくりと形が変化していくバルキー。サワムラーだったら止めなくちゃいけない。頼むからそろそろカポエラー来い!祈るように見つめる俺の目前で、今までにないシルエットを映し出した。おおお!光のベールを突き破り、現れたのは立派に進化したカポエラーの姿だった。おめでとう!バルキーはカポエラーに進化した!


普通に直立で二足歩行してるカポエラーが駆けてくる。なんというレア映像。逆さま立ちじゃないなんて新鮮すぎて困る。あああ、足の裏にはトゲみたいなのがあるせいで足跡が床に穴あけてるじゃねーか、どうしよう。これって修理代とかどうなるんだろう?ポケモン協会に申請とか?まさか弁償とか言わないよな?!……背後でどっせーいというかけ声と共に地面が揺れた。まあいっか、俺より豪快な技を指示してジムをぶっ壊そうとしてる人なんてこのジムいっぱい居るし。つーか誰だよ、地震したやつ!躓いたのか、間抜けな声を上げてカポエラーが転がった。うわっとよろめいて後ろに下がった俺はぎょっとした。頭の上のコマみたいな頭が俺の目前に来やがる。一瞬ひやっとしたのち、ぞわぞわとしたものが背中をこみ上げてくる。あれだ、額の前につくかつかないかという絶妙な距離で指を差した状態で人に指を差された時みたいな微妙なむずがゆさ。だいじょうぶかー?とそれとなく横に避けて手を差し伸べた。戦闘中にポケモン図鑑を登録する訳にはいかないから分からないけど、でけーなおい。これはゴローニャくらいか?新鮮な視界の高さが嬉しいのか、ぴょんぴょん跳ねているのが微笑ましくて仕方ない。中身はやっぱりバルキーんときと変わってないな。見てみてとばかりに両手を広げて満天の笑みで見上げてくるからにやけてくる。特性いかくのはずなんだけどな、あれ?かわいくね?


「やっと進化できたなー、トート。ホントよかったぜ。おめでとー!」


わーい、と万歳しているカポエラーは無邪気そのものだ。しっかし、よかったよかった、当たってよかったなあ、と向かいの壁を見る俺にはそれとなく目をそらした。鳴き声がどこか乾いてるのは、多分回復したとはいえダメージを精神的な意味で思い出してるからだと思う。なんせ今日だけでも3回中1回は跳び膝蹴りを失敗したせいで反動とか追撃で戦闘不能になってるからなあ。主な原因は相手の持ち直すタイミングが早くて、しゃがまれるなり素早くかわされるなりして標的位置がずれ、豪快に壁に激突すること。何度やっても当たるかどうかはその瞬間までハラハラする。もしかして全ての技が必中になる諸刃の剣な某特性だったりするんだろうか、さっきのワンリキー。爆裂パンチ飛んでこなくてよかった!一撃技もちのポケモンとセットでダブルバトルされるとぎゃーってなるのは記憶に新しい。もちろん砂地獄という特性のせいで逃げられない状態になった挙げ句、地割れでダグトリオに狩られるのはご愛敬。どんなもんだ、とばかりに胸を張るカポエラーをわしわししつつ、俺は苦笑いした。まだバトル終わってないってば、何勝手に勝利宣言してんだよ、お前。


「いくぜ、トート。怒濤の6連戦だ」


ぎょっとした顔でふり返るカポエラーの前には、再び前に立ちふさがるワンリキーの姿。無精ひげのおっさんが進化おめでとう。でも早くバトルを再開するぞ、といきり立っている。おっさんのはち切れそうなベルトに掛けられているモンスターボールは6つ。もしかして一種類の拘り?攻撃力上がりそうだなー、勝てればの話だけど。うわあ、と口を開けているカポエラーの背を俺はそっと押してやった。ちなみに待ちかまえていたメンバーで確認できたのは、ワンリキー、ワンリキー、ゴーリキー、カイリキーまで。4連勝できただけでも大健闘だとだけ、言っとこうと思う。さすがに先制爆裂パンチはダメージが蓄積してたカポエラーでは無理だった。




タイシジムは午前の部と午後の部に営業時間が別れている。午前の部を終了した俺は、さっさと切り上げて昼飯にありつくべく休憩所にいた。ポケモン達を回復していると、ポケギアがなった。早速表示を見るとジャグラーのマイクと書かれている。おお、久しぶりだなあ、誰かの電話なんて。はいはーい、と軽い調子でモードを切り替えた。
「もしもし、ゴールド君!久しぶりだね。僕だよ、マイクさ。元気にしてるかい?」
おう、と応えれば返ってくる返事は10倍。金銀水晶だとたしかジプシージャグラーだった気がする肩書きだけど、リメイク後はジャグラーになってるんだっけ。ジプシーは差別用語だとか何とか。時代の流れを感じさせるけど、この時代にマイクのキャラが普通のトレーナーにならなかったこと自体奇跡だと思わざるを得ない。熱狂的なファンの域越えてるだろ。なんでクリスタルだと女主人公だけにしかこういう対応しなかったのに、なんでリメイク後は男主人公にも反映されてんだよ。ネタに走ったか、主人公ごとにキャラ用台詞を準備するのが面倒だったか、どっちだゲーフリ。ノーマルじゃないのか?そうなのか?!まーいいや、突っ込むと墓穴掘りそうで怖いし、とひとまず脳内で思考パターンを凍結させる。でもどうやら受話器の向こうの自称相棒サンはそうはさせてくれないらしかった。


「おー、ひっさしぶりじゃんマイク!どうしたよ?」

「やだなあ、聞いたよ聞いたよ!ゴールド君、君灯台のポケモンを助けたんだって?!
君の活躍振りを聞いて居ても立っても居られなくなってさ。酷いじゃないか、君の武勇伝を聞かせて欲しいって言ったばかりなのに!」

「あー、ゴメンゴメン。すっかり忘れてた」

「酷いじゃないかー、僕と君の仲だろう!それにしたってさ、灯台のポケモンのお見舞いするなんて君もとっても優しい人なんだね!僕ももし風邪を引いたら、ゴールド君がお見舞いに来てくれたら嬉しいなあ」

「え?」

「え?」


あはは、相も変わらず冗談なのか本気なのか訳のワカンネエ奴だなあ。ゲームの時とあんまり変わらない台詞を直に聞けて嬉しいやら怖いやらで俺は肩をゆらした。さっさとゲームシナリオを攻略してしまった俺は、専用台詞があることをネットサーフィン中に初めて知って聞き逃したことにショックを受けたことがある。それを考えるとなんか嬉しいきがする。おっそろしい言葉を聞いた気がするけど、全力でスルーすることにした。気にしたら負けだ。うん、きっと負けなんだ。あからさまな咳払いの後で、俺は今までのことを軽く説明することにした。受話器から飛び出さんばかりの期待に満ちた声にやや悪寒を覚えつつ、俺はとりあえずルギアの件を伏せた状態でロケット団との死闘をおもしろおかしく聞かせることにした。うひょーっと奇天烈な感嘆符が聞こえる。もうやだこのストーカー。もしかして、ガチャッという音は主人公が切ってるんじゃいかという恐ろしい憶測が頭をもたげてきた頃、再びマイクが話題をぶつけてくる。


「そうそう、エンジュのマツバさんに勝ったって聞いたんだけどさ、す、すごいじゃないか!いつ攻略したんだい?」

「あー、確かほら、エンジュでポケモンサミットあった次の日、ポケモン牧場でイベントあったんだ。そこのリトルカップでさ、H部門だったかなー、優勝できたからそのままジム戦したんだよ」

「なんだー、そうだったのかい?言ってくれれば応援にいけたんだけどなー。実は僕応援しようと思って、ジムの入り口まで行ったんだけどさ、みんな頭にロウソクを立てて気味悪いし、怖くなって帰って来ちゃったんだよ。良かった」

「……」

「ゴールド君?どうしたんだい?」

「インや、何でもないよ、うん。何でもないから。断じて幽霊が怖いからとかそういうわけじゃねーから、気にしないでくれ!」


うわああああ!反射的に電話を切ろうかと思ったけど、怖いからやめた。エンジュジムに挑まなくて良かったとか、なんでお前俺がジムに挑もうとしてたことを知ってるんだとか、わざわざジムまで応援に来るとかアニメのタケシやヒロインズかよ、とか言いたいことがいろいろありすぎて言葉にならない。とりあえず言いたい。お前の方がこええよ、おい!だが受話機ごしのジャグラーはけろりとした様子でなにがだい?と返してくる。もうやだこのストーカー。


「あ、そう言えばさ、ゴールド君ってどこ出身なんだい?」

「え?ああ、ワカバタウンって町だよ。フレンドリーショップもポケモンセンターもない小さな町だけど、ウツギ博士っていうすっげえポケモン博士の研究所があるんだ。風力発電がやってるから、大きな風車がたくさんあるんだぜー」

「あ、そうなのかい?今、ワカバタウンに来てるんだよ」

「え?マジで?」

「うん。そういえば、さっきゴールド君によく似てる女の人がいたようなきがしたんだけど、もしかして君のお母さんかい?」

「そうだよ。そっかー、へへ、オイラお母さんに似てる?」

「うん。もちろん。そっか、お母さんだったのか。うわー、僕挨拶すればよかった……!」

「何のだよ」

「え?君の一番の親友のマイクですってさ」

「アンタはトニーか」

「え?君トニー君って言う親友が居るのかい?」

「違う違う違う!断じて違う!つーかやめてくれよ、友達ですとか恥ずかしすぎるってば」

「そうかなあ?それにしても君のお母さん、君がこんなに活躍してくれて誇らしいだろうねえ!」

「あはは、危ないことばっか首突っ込むんじゃないって怒られてるよ」

「親の心って奴だよ。きっと口に出しては言わないけど、君のことを誰よりも案じているはずさ。元気だしなよ」

「おう、サンキュー」


にへら、と笑うと、マイクがおもむろに声を上げた。


「そうだ、じゃあ僕が聞いてきてあげるよ!確かさっきのT字路を曲がれば」

「は?ちょ、マイク?!」

「じゃあね、また電話するよ!これからもがんばってね、ゴールド君!」

「待ってくれってば、マイク!オイラん家に突撃すんなああっ!」


ツーツーツー、と空しい電子音が聞こえてくる。やばいやばいやばい、さすがにまずいだろこれ!オトモダチに上がってもらったわよ、というお母さんの言葉が脳裏をよぎって俺は青ざめるのがわかった。うわああああ。あわててお母さんに電話するが、なかなかかからない。やばい、はやくポケモンセンターに行ってそう言えば俺こっちに来てからまだ「そらをとぶ」の秘伝マシン、シジマさんの奥さんからもらってない!ポケモン達の回復が終了するアナウンスが聞こえる。モンスターボールから飛び出してきた二匹を置いてきぼりにしていきなり走り始めた俺に仰天しつつもついてくる。ストーカーを家に上げるとかさすがにまずいだろ、嫌な予感しかしない!ぎゃーっ、なんとしてもくい止めねばっ!
突然の展開に気が動転してたとしか言いようのない衝動に駆られる形で、俺は走り出したのだった。


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