第65話

くいくい、とバルキーがハーフズボンを引くので振り返ると、すっと柱にかけられている壁を指さしている。ああ、もうそんな時間か。早く早く、と足踏みしているバルキーに分かった分かった、落ち着け、と笑いかけて、早速パソコンを起動して俺のボックスを呼び出した。

「さーて、じゃあそろそろオイラ達ジムに行ってくるな。終わったらすぐ迎えに来っから、今日も一日、ボックスで留守番頼むぜ、みんな」

またか、とボヤキが聞こえる。たまにはいいだろ、ちょっとした連休だ、といつものように流した。またの名をボックス警備員ってところか。居心地のいいポケモンだけの異次元空間でのんびり過ごすだけのお仕事だ。まあ、俺が勝手に思い込んでるだけなんだけどな。なんせモンスターボールもボックスも俺が入るわけにはいかないし、実際オーダイルたちに聞いてみるわけにもいかないし、どうなってるかなんて開発者に人にでも聞かないと分からない。でもめんどくさいし興味もないから聞かないけど。まあ、今まで一度も拒否されたことはないから問題はないだろうと思ってる次第。これが当たり前だとポケモンたちが許容しているだけで、実は目も当てられないほどの陰惨で悲惨な環境だったりしたらそれってすっげー最悪なわけだけど、さすがにないだろう。ポケモンセンターのジョーイさんたちの元へポケモンたちを定期的に連れていってる以上、もし何かあれば問題は出るはずだしな。うん、考えすぎだろう。それにしたって、必要なときにしか呼び出されない秘伝要員や主に俺がにやにやするためにいる鑑賞要員よりはマシだと言うに、なんという贅沢な奴らだ。たった数日の留守番に不満を表明するなんて。そんだけ俺と別れたくないのかー?と冗談めかして笑うと、決まってオーダイルがくっついて離れなくなるから言わないことにしている。行動で示さないと伝わらないと分かったらしく、最近やけにこいつらのリアクションが多岐に渡っていて、読み解くのに一苦労しているのは別の話である。ポケモンからすれば、なんて勝手な扱いの差だと憤りそうなことを考えつつ、事実なんだから仕方ない。格闘ジムの門下生見習いが格闘タイプ以外のポケモンを持っていいのは、ポケモンコロシアムに出てくる門下生だけだ。あいつら本気で格闘ジムに挑んできた挑戦者を潰す気満々なんだもんな、続編がもし今の仕様で出たなら、絶対に小学生が泣くレベルになるに違いない。なんで空手王のくせに岩タイプとか氷技覚えた水複合タイプとかあくタイプのポケモン持ってて、酷い時には一匹も格闘タイプのポケモンもってなかったりするんだよ。バトルフロンティアに帰れ。あそこほどトレーナーの外見が比例しない場所は他にはないからなあ。アロマのおねえさんが平気で「ひねり潰してやるぜ、ひゃっはっはっはっは」ってマッドな叫びをあげながら、ガブリアスだしてくるんだぜ、こええええ。あ、しまった、マッドなお姉さんはナナシマだっけ?

「ん?どーした?」

瞬きもせず、じとっとした目で俺を見下ろしてくるオーダイルと目があった。見上げてみるが身じろぎもしない。うんともすんとも言わず、ただそのでかい口を不満そうに尖らせて、俺をじーっと睨みつけている。おーい、とさらに近づいて声を張り上げてみるけど、反応なし。おかしいな、立ったまま目を開けて寝るなんて芸当覚えさせた記憶も、できるから見てくれと自慢された覚えもない。何かできるようになると、決まって俺のところに飛んできて褒めてくれとばかりに屈み込んでくるというのにだ。たとえどんな小さな言葉でも拾い上げて何かしら反応してくれるはずの相棒があり得ないほど無反応。バルキーの強化週間なのはわかっているけれど、それとこれとは別だとばかりにいつも決まって寂しがるのになあ。ちょっと寂しい。まるで銅像のように動かないオーダイルはパソコンの前に立ちふさがって、他のメンバーがボックスの中に入るのをそれとなく邪魔していることに気づいた俺は、ぐぐぐ、と全体重をかけて押してみる。視界に入る大きな足で踏ん張っている様子。やっぱり意図的に無視してやがるな、こいつ。

「邪魔すんなよー、どいてくれってば」

押してダメなら引いてみろとばかりに、ぱ、といきなり力を抜いて身を引けば、拮抗していた力を失ったせいでオーダイルがぐらついた。尻尾を踏みそうになって慌ててよけ、どこかほっとしたように肩をすくめた。俺がパソコンの前に行こうとするとまたあからさまに妨害して、しかも不自然に目をそらす。あーもーめんどくせえなあ。こうきたか。ちら、と時計を見れば急がないとマズイ時間だ。オーダイルと俺で繰り広げていた無言の攻防は、俺のあきらめにより、オーダイルに軍配が上がることになった。くっそー。

あたりを慎重に見渡すと、幸いまだ朝早いおかげか人はまばらだ。はー、と深呼吸して目をそらしつつ俺はちっさい声でオーダイルを呼ぶ。

「………イト」

耳をふさいでんじゃねーよ!キコエナーイ、とばかりに聞き返してくるオーダイルを恨めし気に見るが、何食わぬ顔だ。声が小さい?分かってるよ、小さくしか言ってねえんだから!俺はやけになって叫んだ。

「スイト!」

やべえ、ハズイ。尋常じゃないくらいハズイ。何だこの羞恥心は。今まで呼び慣れている種族名じゃなくてニックネームに変えるだけなんだけど、違和感が凄まじい。しかもこいつらがネタ的なニックネームをあらゆる手段をもって却下し続けたせいで、今までになく真面目につけたせいでそれがなおさら俺の羞恥を煽る。顔が赤くなるのが嫌でもわかる。真面目につけたことなんて、もう朧気な記憶になるほど遠い昔になると思う。なんという原点回帰。はあ、と俺はため息を付いた。オーダイルの返事が聞こえない。見ればもう一回、とアンコールを求めていた。まだ小さくて聞こえないってのかよ、ちくしょー!うっせーよ、馬鹿。こっそりにやにやするためにニックネームつけたのに、オーダイルの奴名前で呼ばないと反応しやがらなくなった。なにそのイジメ。仕方ないから極力名前で呼ばないように、みんな、と呼んでみたり、意図的に主語を抜いてみたりとささやかな抵抗を続けていたんだけど、もう無理らしい。

「スイト、ボックスん中さっさと入れってば!オイラ遅刻したら怒られるだろ!」

満面の笑みを浮かべたオーダイルは一声あげると、大きく頷いて一番乗りでボックスの中に飛び込んでいく。ボックス1にはレギュラーという名前がついている。ちなみにひでんという名前のボックスがすぐ横にある。一匹は寂しいかなーと観賞用のヘラクロスは秘伝ボックスに入れてある。俺は代わりにヘラクロスを呼び出した。1日ぶりの外を堪能するように大きく背伸びをするヘラクロスの横で、じーっと俺とオーダイルの様子を観察していたゴローニャたちが近づいてきた。嫌な予感がする。嫌な汗が流れるのを感じつつ、俺はハ、ハハハハ、と乾いた笑いを滲ませる。きっと引きつってるだろう。

「……まさかオーダイルのマネするとか言わないよな?」

一様に笑うな、そこ!ついでに状況把握に勤しむな、ヘラクロス!言いかけたものの、もはや種族名で呼んでも振り返ってくれる奴がいなくて撃沈するしかない。俺は思わず頭を抱えた。レギュラーがニックネームを付けられているという事実は、ヘラクロスから秘伝要員のポケモンたちに伝わってしまった。何故ヘラクロスからかというと、フレンドリーパスが発行される今日から、タンバジムの門下生見習いとして、ひたすら挑戦者と戦うだけの簡単なお仕事(もちろん無報酬。むしろ賞金ぼられるからボランティアですらない)が始まるからだ。ジムの営業時間は結構長いため、ポケモンでローテーションを組むそうなので、俺はバルキーだけじゃなくてヘラクロスもかりだす必要が出てきたってわけだ。一度見せてみろ、と言われてシジマのおっちゃんに見せに行ったとき、うっかり判明してしまった。まあヘラクロスは種族名のままなのに、バルキーはトートってニックネームが変更されてるんだから、いやでも気づくだろうけど。おかげで晩ご飯はシジマのおっちゃんの奥さんのご好意で御馳走になることが増えたんで、なにかとボックス要員も連れてくるようになったせいか、その事実に気づいた時のボックス組のずるいコールは凄まじかったとだけ言っておく。ポケモンたちにはある程度公平な態度を取らないといけないぞとシジマのおっちゃんには盛大に怒られた。でも、そーかそーかニックネームか、うまいこと考えたなあ、とにっこにこされるのもそれはそれで堪える。だって微笑ましいとばかりに奥さんや門下生の兄ちゃん達にはいちいちニックネームとか由来とか聞かれるし、すっげー恥ずかしかったんだ!昨日結局秘伝要員たちは直接ニックネームを変更するために、姓名判断士のじいさんを尋ねるハメになった。基本的に秘伝要員も連れていけるほど楽なバトルは今までなかったし、きっと1匹たりとも猶予なく全力の戦いがチャンピオンロードで待ってる気がする。俺の場合、秘伝要員は本当に秘伝要員だからレベル上げなんて全くしてないから、即戦力なんて望む方が無理だ。だからうっかりでもないかぎり、秘伝要員が公式試合にでちまってニックネームがメディアに晒されるなんて悲劇は起きない。たぶん。でも、納得いかなことが一つある。なんで建設中のサファリに支部なんて立てちゃうんだよ、姓名判断士!コガネシティに1人だけだろ、普通!一つの地方に一人じゃないってどういう事なの。そりゃサファリの目玉は500円でポケモンの捕獲し放題というサービスだから、当然ニックネームの間違いや変更したくなるトレーナーも増えるだろうし、先を見越したサービスだってのは明白だけどさ、あまりにもピンポイント過ぎるでしょう?秘伝要員だけのフレンドリーパスのパーティ作っても意味ないなあ、と悩んでいたらジョーイさんにまさかの場内アナウンスでじいさん呼ばれた俺の絶望ぶりは……お察し下さいという奴だ。勘弁してくれ。ちゃんと付けるのに3時間ほどかかったってのに。もう思い出したくない。

俺はなかば投げやりになりながら、ポケモンたちを一体ずつ呼んで、ボックスの中に入れた。すると、ぴんぽーんという軽快な音がポケモンセンターに響いた。

「番号札29番でお待ちのお客様。カウンター4に起こし下さいませ」

待ってましたとばかりに俺はカウンターのお姉さんのもとに走った。どんな感じかな、フレンドパス。ワクワクしながら受け取ると、真新しい白いカードが2枚お目見えした。トレーナーカードの情報にプラスして裏を返すと所持してるポケモンのデータが反映されている。ただ俺のデータの横がマッチョなおっさんだ。トレーナーカードのような大きさのプラスチックカードには、駆け出しトレーナーと明記されているのと……。

「は?」

無性に目が痒くなってこする。もう一度表面がつるつるしているフレンドパスを俺は見つめた。そして青ざめるのが分かった。悪寒が走る。一瞬、呼吸を忘れた。

『ねっけつファイター』

はっきりと明記されている肩書き。脳裏をよぎるのは、大観衆の中でクルミちゃんに何度も叫ばれたトラウマレベルの仕打ちが記憶に新しい公開処刑。アカネからレンタルポケモン大会はTV放映されたりラジオで生中継されたりしていると聞かされたことも芋づる式に思い出してしまい、頭を抱えたくなる。いやあああああ!鮮明に思い出すな、俺の脳みそ!想像豊かな感性と義務教育時代に通信簿に書かれた自分のくせが我ながら憎い。ちょ、ま、ちょっとまってくれよ、なんだこれ!いつぞやのレンタルポケモン大会で勝手につけられた黒歴史じゃねーか!見覚えのある言葉に思わず俺はカウンターのお姉さんに声を掛けた。

「すいませーん!これ、何ですか?なんで熱血ファイター?オイラこんなの選んだ覚えないんだけどっ?!」
「登録されているポケモンが一つのタイプに統一されていると肩書きが変化するんですよ。本来なら3体が条件なんですが、ゴールドさんはタンバジム発行の申請書で申し込みされましたよね?いわゆる特典です」

にっこり営業スマイルでよかったですね、と微笑まれてしまい、俺は撃沈した。いらねええ!シジマのおっちゃんなんつーいらねえ気遣いしてんだよ、バカヤロウ!心の底から絶叫したくなるけど、衝動を全力でこらえる。落ち着け、俺。ここはポケモンセンターだ。いくら人がまばらだからって、新聞読んでる釣り人とか仕事に勤しむスタッフが行き来する中で叫んだらアホにもほどがあるだろ、落ち着け!今すぐ変更したいけど、そうすると肝心のタンバジム門下生見習いとして必須のフレンドパスが明日発行に延期されちまう。お世話になってる以上、俺の勝手なわがままでやるのはちょっとなあ、となけなしの良心が咎めた。はあ、と盛大にため息を付いた俺は、早く早くとポケモンセンターの入口付近で大きく腕を降っている二体の元を走った。もうどうにでもなれ、と自暴自棄になり始めていた俺はすっかり忘れていたのである。今日一日こいつらをニックネームで呼ぶ拷問が待っていることを。










ビー、とジム内にベルが鳴り響く。恐れていたことが現実に迫り、俺は息を飲む。きやがった!いっそのこと誰も来ない日があってもよかったのに、と密かに涙する。さっきまで一緒にバトルしてくれていた先輩の空手家が言うには、タンバとアサギの直通便が再開したおかげでジムへの挑戦者が再び増加傾向にあるそうだ。お前のおかげだぞ、坊主、と褒められるのはうれしいけど、心境は果てしなく複雑だった。……やんなきゃよかった。挑戦者が訪れたらしい。さあ、初陣だな、張り切っていけよ、と持ち場の隠し扉に行く先輩の門下生が、ばん、と豪快に肩を叩く。びっくり仰天した挙句変なタイミングで空気が肺に入ってしまったせいか、何度か咳き込んだ俺は涙目のまま頷いた。返事、と言われて、はい、と返す。はあ、とため息。今日だけでどんだけ幸福が逃げ出したんだか。先輩を見送って、俺は入り口に程近いちょっとした広い空間で挑戦者を待つことにする。もう今更だな、逃げられるもんなら逃げたいよ、くそう。俺のひっきりなしの百面相を見つめて不思議そうに首を傾げる二匹に気付いて、俺は苦笑いした。気にすんな、オイラの問題だから、と頭を撫でた。

「頑張ろうな、ヘッド、トート。一戦につき一匹でいくからよろしくな」

頷く二匹。頼もしい限りだ。えーっと、と頭に叩き込んだルールを反芻しながら思い出す。配給されたのはすごいキズぐすり1個。これ以外使っちゃダメっていう縛りプレイを求められるジムの門下生って大変だなあ、とつくづく思う。まあニョロボンや初代組格闘なんて耐久性ある例外は除いて、ヘラクロスもバルキーも言わずもがな攻撃が最大の防御を体現したような典型的な格闘タイプだから、まず使う機会ないと思うんだけどな。当然格闘タイプのジムだから、挑戦者はエスパー・飛行・岩のオンパレードになる。門下生やシジマのおっちゃんみたく、たくさんの格闘タイプを育てながら日々鍛錬なんてしてないんだ。当然、わざマシンも教え技もタマゴ技も恩恵なんて一切ない。ストーリー攻略用パーティなんだ、努力値なにそれ美味しいの状態。結局のところ、もちもの便りのゲームになっちまうのは仕方ない。シジマのおっちゃん曰く、門下生にももちもの制限はあるらしいんだけど、さすがにそこまで制限されてしまうと、はい3たてーって展開になるから勘弁してくれと頼み込んで今に至る。そして、俺は一匹しか使わないから関係ないけど複数持ってたら勝ち抜き方式が固定のはずだ。よっぽどのことがない限り交換は控えたほうがいい。いつも全力で戦えるジム戦と違って、どこか一つ突破口となるヒントを作っておいて、それに挑戦者が気づくかどうかを見るらしい。難しいなあ、としかいいようがない。あまりにも勝手が違いすぎるから戸惑いしか無いわけだけど、やるしか無いよな、うん。さーて、ドッチからする?と呼びかけると、二匹はジャンケンを始めた。ヘラクロスか、こっちおいで。手招きした俺は、再びブザーが鳴るのを聞いて気を引き締めた。

扉が開いた。颯爽と赤い髪をなびかせて現れた少年が、ボール片手にあたりを見渡す。まるでアスレチックのように広がるパロラマに、めんどくさそうだとばかりに口を尖らせている。いい加減最悪が重なりすぎて頭が痛くなってきた。なんでいるんだよ、きこ、と言いかけてフレンドパスの悪夢を思い出した俺は言葉を飲み込んだ。奴のあだ名の語源は同じレンタルポケモン大会じゃねーか、何自分で思い出しちまう状況作ってんだよ、あほか!あああ、とあの時とはまた別の意味で打ちひしがれている俺には気づかないらしく、ブラックは舌打ちした。

「ふっ、ぼろっちいジムだぜ」

このまま隠れてようかと思っても、つかつかつか、と歩いてくる音が近づいてくる。まあいいや、と俺はヘラクロスを呼んだ。聞きたいことは山ほどあるんだ。この際、抱えてる鬱憤全部ぶつけてやる!と意気込みを新たに俺は声をかけた。俺の姿を認めたらしいブラックが、少々驚いた様子で俺を見る。そりゃこっちのセリフだっての、おい。もはやバトルを始める前の条件反射となりつつある笑みを浮かべて、俺は軽く手を上げた。

「よう、ブラック。随分と遅い登場だなあ、何してたんだよ?」
「………ジムは留守らしいな。それとも恐れをなして逃げ出したか?」
「ばーか、何処見てやがる。ちゃーんと格闘タイプのポケモンもってるオイラがここにいるだろ?」
「お前がここの門下生ってか?あはは、こりゃいい。素人のトレーナーを門下生にするなんてタンバジムは世界一弱いジムだぜ」
「うっせーやい。オイラより早くタンバに来た癖に、今まで挑戦してなかったアンタに言われたくない!何してたんだよ?」
「お前には関係無いだろう」
「その間にオイラ、もうバッジ貰ったもんね」

ほら、と自慢げにショックバッジを披露すれば、ますます俺がここにいる理由がわからないのかブラックは眉をひそめた。それこそアンタには関係ないだろう、とそっくりそのまま言葉を返す。俺のそばで待機している色違いのヘラクロスに気づいたのか、視線がそっちに向いている。そりゃ8100匹捕まえれば1匹いるという確率でしか捕獲できないはずの色違いを持ってたら驚くわな。やべえ、優越感がこんなに楽しいとは。にっと笑った俺は挑発する。こうでもしないとニックネームを呼ぶ羞恥を誤魔化し切れない。

「へっへーん、いいだろー?色違いだぜ。少しは強くなってんだろ?失望させないでくれよな」
「ふん、おもしろい。つくづく馬鹿な奴め。門下生ならコダックで十分だと思っていたが、気が変わった。全力で潰してやるよ。いけ、ネイティオ。本当の強さを教えてやれ」

耳に残る特徴的な鳴き声が響く。全く動かず鳴きもせず、じいっとオーダイルみたいにしているネイティオが現れて、ヘラクロスがぎょっとする。不機嫌全開だったオーダイルと違って、いろんな意味で虚無で感情が全く読み取れないのが恐怖を煽っているらしい。ヘラクロスは初めて会うポケモンだけど、本能的に相性最悪と分かっているらしく俺を見上げる目は揺らいでいる。そんな相手を完全スルーの無機質な目が窓から降り注ぐ太陽の木漏れ日を浴びて、まっすぐに太陽を見つめる。ネイティオは、不思議な色合いの白い羽を大きく広げた。何かの儀式でもしているかのような錯覚に陥る不思議な動きのあとで、すっぽりとを緑の体にしまいこんだネイティオは一定のリズムで左右に揺れている。ちょっとまてい、よりによってネイティオかよ!エスパーと飛行なんてこっちが笑っちまうほど理不尽な相性補正。主力技が全部半減なんてイジメにもほどがあんだろうが、畜生め。

「はあっ?!なんでネイティオ持ってんだよ、ブラック!ギャラドスといい、ネイティオといい、どっから持ってきた!つーか、ホントアンタ岩弱点のポケモン好きだねえ」
「うるさい、黙れ。たまたま手に入った景品がこいつらだっただけだ。お前の大好きな正々堂々で、かつ絶対勝てる組み合わせのポケモンだろう?何が不満だ?」
「正々堂々ってオイラいつ言ったっけ?」
「これだから鳥頭は困る。公平とかぎゃーぎゃー騒いでたのはお前だろう、審判が」
「いや、公平と正々堂々って違う気が…ってそうじゃない!景品ってなんだよ、イベント?」

ブラックが得意げに笑った。

「掛けバトルで勝ったから俺のだ。何か問題でもあるのか?」
「賭けバトル?」
「勝ったほうがトレーナーの好きなポケモンを分捕れるってルールのバトルだ。ポケモン協会はトレードは認めているが、一方的な贈与はメンドクサイ条件が揃わないと禁止とかぬかしやがる。釣り目的の景品を目玉にきたカモを複数の奴らでボコしてやがる奴らがいたからな、相手をしてやったんだ。弱っちい奴らが集まって威張り散らすのを見るのは虫酸が走る」
「アンタなあ……。ってことはギャラドスとネイティオって盗られたトレーナーがいるってことじゃんか。オイラとバトルすんのは勝手だけど、ジムとかじゃ出せないだろ!ずりいってそれ反則だ!警察行けよ、ついでにメガニウム頂戴」
「何をどさくさに紛れて言ってんだ。ふん、じゃあ聞くがお前はここの門下生なのか?」
「うっ……そこ突かれると痛いっ。でも場所考えろよ」
「お前が黙っていればいいんだよ。レンタルバトルで味をしめたからって格闘ジムの弟子になるなんてとんだ勘違い野郎だな!ねっけつファイターだったか?とんだお笑い種だな!」
「うっせえよ、暗黒の貴公子いいい!」

くっそ、ダイレクトに俺の心の傷を抉やがって、この野郎。アンタと違って熱血ファイターは俺の黒歴史なんだよ、畜生!半ば意地になりながら、俺はいくぜ、とヘラクロスに呼びかけた。体をほぐすように、自慢の一本角を分回しながらネイティオを威嚇していたヘラクロスが、胸をはる。こい、とブラックが応じる。ちら、とこちらを見てくるので、がんばれよ、とエールを贈ると嬉しそうに頷いて前を向く。声を張り上げたのは俺だった。やっぱりモンスターボールが無いのは新鮮だ。

ヘラクロスは、むし・かくとうという複合タイプのポケモンだ。タイプ一致で唯一むしタイプで最高物理技のメガホーンと、格闘物理の大技インファイトを習得できる優秀なアタッカーだったりする。爆発力がある代わりに、相手できるやつがはっきりしすぎてる部分がある。俺のヘラクロス頑張ってレベルあげてみたけど30までしかいかなかったから、残念ながら主力技どっちも覚えちゃいない。でも大技の反動で防御面ががたがただったり、HPがごりごり削られるから短命。でも別に耐久が低いわけじゃなくて、必要ない能力値が徹底的に低いから無駄がないという有能仕様。おかげで多くの技に恵まれないとか能力値的に恵まれないむしタイプの中では、破格の待遇を誇っている。さすがはカブトムシ。でも、いくらムシキングでもひこうが4倍、ほのお2倍、いわ2倍というハンデを背負っている時点で俺がいかに無理ゲーに挑もうとしているか分かると思う。こいつのすばやさはネイティオより10も遅いから、普通は為す術ない。正直ほっとしている俺がいる。というか飛行タイプ全般ヘラクロスより速い奴のオンパレードだから、持ち物まで無しにされたら、それこそフルボッコ大会にしかならない。ネイティオが持ち物袋下げてるのが気になる。どーか、補助型でありますように!と祈りながら、俺は真っ直ぐ指さした。ヘラクロスが天敵に勝つ方法は、ただひとつ。先手必勝だ。


「ヘッド、シャドークローだ!」


ブラックと言い合っていた中でついた勢いから飛び出した指示。心なし呼ばれるたびに何処かうれしそうなヘラクロスは、いつになくヤル気に満ちた様子でその異端の鈍く光る紫を羽ばたかせた。ものすごくシュールです、本当にありがとうございました。本当に黒じゃなくてよかった。突然ニックネームを使い始めた俺に違和感を覚えたのか、ん?と一瞬反応したブラックだったが、ヘラクロスのことを指すのだと気付いて、すぐ応戦の体制に入る。なるほど、ニックネームはやっぱり相手を一瞬にぶらせる効果があるのか。これはフレンドバトルだとどっちがどっちのことを指しているのか分からなくなって、こっちの指示の意図を相手が理解するのにちょっとした混乱が起きるな。よかったかもなあ、とちょっと思う。バトルに入ってしまえば、あとはそのテンションに任せてしまえばいい。俺は何時ぞやの羞恥はどこかに吹っ飛んでいた。

困った時のこだわりスカーフ。素早ささえ上回ってしまえば、殴り合いになった時にゴリ押しできる。やっぱり素早さって大事だな。急所こい、急所!俺は無意識に手を握る。ゴーストタイプの物理技最強なんだけど、威力が70と振るわない爪がネイティオに襲いかかる。急所が来やすいらしいし、52000円分の威力を見せてやれ!コガネシティで午前中ずーっと引き続けて、ようやく当たったわざマシン65に費やした金額は異常。一回300円としても財布がすっからかんになるとかおかしい。しかも結局2等賞のネストボールを換金して、ようやく残り600円になってようやく当たったシロモノだ。ホントは辻斬りが欲しいけど、レベル1の技を思い出させてくれる爺さんははるか先。代打技でも十分すぎる威力だ。いっけー!と叫ぶ俺に、ブラックは冷静に一瞥すると、笑った。

「ちい、外れたか。まあいい。先に手本を見せてやれ、ネイティオ。シャドークローだ」

先取りか?まじかよ、めんどくせえ。俺の舌打ちより先にネイティオが動いた。先取りはバランス素早さが上回っていた場合のみ、相手の出そうとしている技を先に繰り出せるちょっと変わった技だ。相手が何を指示するかを考える必要があるから、知識とか判断力とかが求められる玄人仕様。しかも素早さ依存だから、先制技を連発されたら発動すら出来ずに負けてしまうこともある。そして繰り出したコピー技はポケモンの能力依存だから、ヘラクロスがするよりネイティオがしたシャドークローの方が威力は劣る。まるで未来を捉えているかのように、ヘラクロスと同じような動きで襲いかかってくる。今まででくの坊みたいにつったっていただけの姿から、突如の変貌に驚いたヘラクロスは先を取られてしまう。一閃が走る。ヘラクロスはずずずっと後退した。

「大丈夫かヘッド!」

大丈夫だとは分かってるけど、やっぱり目の前でダメージを負うヘラクロスを見てると心配が先行する。とっさに口走ると、ヘラクロスはどこかぱっと明るくなった。今まで見たことない反応に、あれ?と思った俺は、ようやくシジマのおっちゃんが言ってたことが分かった気がした。なるほど、そういう事か。あはは、ホント俺ってモンスターボールばっか見てたんだな。崩しかけたバランスを立て直し、こくりと頷いたヘラクロスは今度こそとネイティオに飛び込んだ。モンスターボールがあるなら、HP表示で大丈夫だって一目瞭然だから、今までの俺だったら絶対に言わない一言だろう。言ったとしてもそれは目の前にいるポケモンに向けて直接言った言葉じゃない。そっか、難しいなあ。ちょっとは変われたかなー、と思うとうれしくなった。ネイティオには効果バツグンの技だ。さすがに一撃で倒れるとまではいかなかったけど、強烈な先制をお見舞いできたから、にいと笑ってやる。ブラックは舌打ちした。

「岩雪崩も憶えてないのかよ」
「オイラだって出来るんならストーンエッジ覚えさせたいよ、ちくしょー」

やっぱりブラックなりに岩対策は考えているらしい。余計なことを。それにしても、なんで岩雪崩のわざマシンはタケシジムの景品なんだよ。ストーンエッジはバトルフロンティアの交換アイテムなんだよ。必要な技が今の状態だと入手不可が多いのがストーリーモードの悲しいところだ。まあ覚えていたら最後、ろくに努力値振ってない上に色違いだから能力値はおそらくへっぽこなヘラクロスだ。間違いなく一撃でやられてただろうから、結果オーライだけど。それより、と俺はブラックを見た。なんで先手取れるんだよ、まさかお前もスカーフ組かよ、おい!どっから手に入れた。お母さんの宅急便しか入手経路を知らない俺は思わず叫ぶ。最初からこいつが持っていたんだとブラックは軽く流した。さよですか。ちぇー、バトルフロンティアでポイント稼がなきゃもらえないアイテムだったから、どっかで買えるんなら、もちもの重複させてやろうかと思ってたのにつまらん。やっぱりお母さんに一度聞いてみる出来だなあ、と考えなおした俺は、バトルを続行する。

再び一角をぐるぐると螺旋描いているヘラクロスは、指示を仰いだ。スカーフの制限でこれから出せる技は一つだけしかない。俺は引き続きシャドークローを命じる。なんとか立てる分の蓄積ダメージをうけた状態で繰り出された急所。なんという無駄急所。急所に出やすい技はここ一番って時に限って出ないんだよな。なすすべなくネイティオは倒れたので、ブラックはボールをかざした。

「もういい。戻れ、ネイティオ。少々俺さ………なんだ」
「えー、なんでそこで切る」
「なんでニヤニヤしてるんだよ」
「えーっとさ、胸に手を当ててよく考えてみるといいと思うんだ。そしたらオレ様がマイブームになってる新しい自分に気づくだろ?」
「こい、ゴルバット」
「げ」
「まだ遊び足りない馬鹿がいるようだな。そう簡単には終わらさんぞ」

この時のブラックは、いつになく嬉しそうだったとだけ言っとこうと思う。



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