第63話

購買のパンと野菜ジュースで済ませた昼下がりも早々に切り上げ、俺はぞろぞろぞろとポケモンたちを引き連れるガイドの気分を味わいながら、老舗の薬屋を目指して山を登っていた。ちなみにまだフレンドパスの申請はしてない。現在進行形でニックネームを考案中だった。

いい天気だから見晴らしのいい高台で休憩中だけど。熱中症になられちゃ困る。

インスピレーションとノリで構成された前衛的なネーミングセンス舐めんなよ。犠牲になったポケモンたちは数知れず、大体ネット上でネタを拾い集めたり、ポケモンの見た目や第一印象で即興で決めてたからな。覚悟しろよこの野郎、と笑った。呼ばれるのも恥ずかしい名前にしてやるよ、どうせモンスターボールに反映されるけど、トレーナー同士は電話番号交換しないとフレンドパスは交換出来ないはずだしな。ミカンちゃんのセリフが正しければ、大会やチャンピオンリーグといった公式戦では、強制的にポケモンのニックネームじゃなくて種族名で呼ばれる、あるいは変換されちゃうはずだ。ニックネームなんて呼ばなけりゃ他のポケモンにもトレーナーにも分からないだろうし、今までずっと種族名をそのまま呼んでたんだ、いきなりニックネームで呼んでも反応はにぶいだろ、たぶん。
………あ、でもそういえばニックネームを付け替えるってことは、モンスターボールに記録されてるデータ登録、変更されちまうんだよな?ポケモンからすれば、そのデータが反映されちまうわけだから、今度はニックネームにしか反応しなくなるのか?でもワニノコん時には随分と名前に慣れるの遅かったし、あ、そもそも研究所育ちがトレーナーが初対面だっただけか?うーん、と唸っているとオーダイルはニコニコと笑っている。駄目だ、このキラッキラした顔だ、他のポケモン達はともかくオーダイルは人一倍楽しみにしてるフシがある以上、つけたら最後、意地でも呼んでくれるまで粘りそう。というかありありと光景が浮かんで困る。万が一、万が一スッゲー真面目に付けるとしたら、だ。登録するのと実際に呼ぶのは話が別だから、付けるだけつけてたまにこっそり隠れてニヤニヤしたいのに。そーだ、いいこと思いついた!よし、以下に俺が壊滅的な名付け親かどうかを認識させるしか無いか。手始めに俺は膝の上で丸くなっているピカチュウを呼んだ。ぴん、と尻尾がアンテナみたいに立ち上がる。どうでもいいけど尻尾がいてえよ、その稲妻型のギザギザ。尻尾に触れようとすると噛み付かれそうになったのを思い出す。ピチューだったから別に痛くもなんともなかったけど、進化してるしいらない逆鱗に触れる必要はないよな、と慎重に呼びかけるだけにとどめた。ウツギ博士いわく、尻尾を立てているときは周りの気配を感じ取っているらしい。猫みたいなもんか、触られると怒るんだよな。ぴく、と耳が動いて小さい生返事にあと、犬みたいに体を震わせて立ち上がる。何だとばかりに顔を上げてきたので、俺は満面の笑みで言い放った。

俺なりにニックネームを付けるときにはルールってもんがあるんだ。それは、知っている人なら間違いなく反応してくれるような言葉であること、そして初見の人にはまず間違いなくすぐに連想出来ない様な言葉であること。これはとりわけダブルバトルで効果を発揮するニックネームの数少ない利点で、どっちがどっちだかわからくなって判断を遅らせたりミスを誘ったりできる。できればコアだったらなおさら嬉しい。というわけで俺は第一候補を宣言した。

「ピカチュウ、お前今日からブシューな」

寝ぼけ眼が、目の前でふくらませたビニル袋を割られたみたいな顔になる。案の定、青天の霹靂に絶句するピカチュウは、それはもう間抜けなことこの上ない顔で固まった。助けを求めるようにオーダイルに向き直って、必死にジェスチャーをして状況把握に勤しんでいる。ピチューの頃からやたらとオーダイルの勇姿をみているからか、俺が何も教えない気配を嗅ぎとると、オーダイルに飛んでいく癖が付いているから、よく見られる光景だ。ポケモンたちの中でもポケモンたちなりの相関図があるらしい。ちなみに相談相手は古参の順にどんどんと下っていく。何を話しているのかさっぱりだけど、ひっきりなしのアイコンタクトとジェスチャーと鳴き声を見てるとなんか笑えてくる。人間の言葉でニックネームの良し悪しなんてポケモンたちに分かるのかどうかは分からないけど、審議の結果それは却下の方向で合意したらしい。あー、そっか、名付けようとしている俺が思いっきりニヤニヤしながら見てるからな、邪な気配を感じ取ったのかもしれない。ピカチュウは俺のもとにかけてくると、必死で抵抗の意思表示をしてくる。やめてくれとばかりに首を振る。オーダイルは俺がなんども告げてきたニックネームセンスのなさに定評があることを思い出したのか、若干気まずそうな顔をしていた。

「えー、なんでだよ。オイラ、ピカチュウのニックネームは今んとここれ一択だったんだけどなあ」

けろっとした顔で言い放てば、ギョッとするメンツが勢揃い。思わず吹き出してしまった俺に、冗談なのかといぶかしむ視線がむけられる。いやいや、これマジだから、とそこだけは強調するんだけど、ピカチュウにとっては不安材料にしかならないらしく、涙目になっていた。

失礼な奴だな、と思いつつ、俺は真面目な顔をした。バカにすんなよ、と声を強める。

「名誉ある名前なんだぞ、ピカチュウ。バトルフロンティアっていってな、オイラたちがジョウト地方で一番強いって認めてもらえたら、いける場所があるんだ。そこにはバトルタワーっていって、勝ち抜けバトルをすることができる施設があるんだけど、そこに出場できるくらいすっげえ強いピカチュウをつれてる塾帰りがいるんだよ。不安にかられながら今まで一緒に頑張ってきた相棒を見て、頑張ろうねって意気込む塾帰りと頷くピカチュウがいるわけだ。確かに響きは変かもしれないぜ?でもな、ピカチュウ。ブシューっていうのは、そのピカチュウの」

ごくり、と息を飲むピカチュウ。俺は真っ直ぐ見据えたまま、大真面目に断言した。

「ブシューっていう鳴き声なんだよ。あ、ブジューブシューっていう派生もあるんだけどな。インパクトあって一度聞いたら他のニックネーム思いつかないんだよ」

どたーん、と大げさなまでにずっこける音がした。ふらふらと立ち上がったピカチュウが、今にも泣きそうな声でみんなに助けを求める。さすがに同情を禁じ得無いと判断したのか、他のヤツらがわらわらと集まってきて、一様に首を振るから仕方なくやめることにした。強行したらストライキ起こしそうだな、今モンスターボール持ってないからポケモンたちに強制的に反映させることは不可能だし。わかったよー、と肩をすくめた俺は、数少ない候補の中からあげることにした。もちろんネタ語録だけど。

「五十嵐は?イガラシ」

不思議な響きに首をかしげてくるピカチュウがいる。お、いけるか?ブシューになる前の生まれて初めて銀をプレイして、ポケモン大好きクラブのおばちゃんが初めて繰り出してきたその瞬間からブシューに出会うまで脈々と受け継がれてきた名前だ。ブシューはDP体から遥かに息が長いニックネームだったりする。

「オイラが初めてピカチュウっていうポケモンを見たとき、鳴き声がこうにしか聞こえなかったんだ」

今度は心配された。なんだよオーダイル、その生暖かい視線は。え?耳は大丈夫かって?失礼な。同情を込めてジェスチャーで伝わる慈愛に少々イラッと来る。よじ登ってきたピカチュウが熱があるのかとばかりに額に手を伸ばしてくる。俺は全くもって正常だから安心してくれ、つーか重いわ馬鹿。べりべりと剥がした俺は膝下に強制帰還させた。そう、あの愛くるしい姿からは想像を絶するほどの、生物からはかけ離れた初登場から現代にまで受け継がれている電子音を無理やり言葉で当てはめると俺にはこう聞こえた。遊び半分で検索したら五十嵐っていう言葉が見つかってなんか笑えたからよく覚えてる。まあ最も、この世界のポケモンたちは思いっきり鳴き声がアニメよりなんだけどな、うん。あ、それにしては名前まんまの鳴き声というよりはポケパークウィーくらいのまだましなレベルの鳴き声だけど。つまりポケモンたちの反応は全くもって正しいのだ。悲しいことに.、畜生.。元ネタ分かってくれないってボケる側からすれば辛いなあ。はあ、とため息を付いた俺は、思いつく限りの名前候補を上げてみたが速攻で却下される。レオンとかマイケルとかアニメネタなら結構まともな候補もあるけど、他のゲームとか懐かしの芸人とか有名人を思い浮かべてしまうから何となく嫌だ。イチオシはジョン=リュックピカチュウなんだけど5字制限が痛すぎる.。名前だけとか苗字だけだと、かの漫画からのネタだと俺が忘れそうだからなあ。ペカチュウも一蹴されたところで、俺はいい加減投げやりになってきてこれでいいやと言葉を投げた。

「シントは?シント。ほら、オーダイル、セレビィに連れてってもらった遺跡あったろ?あそこな、シント遺跡っていうんだ。シンオウ神話でいう神様が生まれた場所なんだってさ。なんかカッコイーよな」

なんかモモから生まれたから桃太郎的な単純さがどうだろうと思ったけど、ピカチュウの顔が輝いたように思えた。えー、何この結末。

ミュウがすべてのポケモンの元祖だとポケモン図鑑で書いてあるにもかかわらずの、神と言われたポケモンアルセウスの登場に、ポケモンのインフレを見たのは俺だけじゃないはず。まあそんなこと言ったら金銀で製作陣は終わらせる予定だったとかいう笑い話もあるわけだから、ポケモンの世界が広がる分には俺は大歓迎だけど。俺達の起源だって、そもそもイヴ説だったり、神創造説だったりあるけど、仮説の一つに過ぎない。信仰と科学の違いってことでファイナルアンサーだろう。まあそんな難しいことポケモンたちに語ってもしょうがないから置いとくとして。

「オイラもう思いつかないよ。どーだ?ピカチュウ。気に入った?」

元気のいい鳴き声が返ってくる.。よかったー、やっと決まった。ため息を付いた俺は、いい加減山登りを再開するかとみんなに促して、ブルーシートから撤退させる。上から乗っかりながらペシャンコにして袋に押し込みつつ、俺は次の議案にうつった。

「ビル・ゲイツー!」

ワニワニワの時よりも凄まじい抵抗が返ってきえ若干凹む。そこまで叩かなくても、お前らね。結局俺の提案する候補よりも苦し紛れに出てきた単純な連想ゲームからのニックネームの方が好評だと分かってしまい、俺は苦笑いするしかない。まあ普通に考えていつもとは違って意思表示の自由度が格段に上がってる状況だからなー、モンスターボールが無いって環境は限りなくこいつらの反逆精神を煽るんだろう。レッドさんの苦労が少しだけ分かった気がする自分が悲しいぜ、くそう。こっそり舌打ち。いつもと勝手が違うなあ。


「じゃあピカチュウは今日からシントな。せっかくだし他の奴らもなんかお揃いでいくか?ニックネーム。ほら、オイラもゴールド、だし、最後にドかトでも付けてみる?」

覚えるのも考えるのもメンドクサイからという言葉は飲み込んでおいた。あまりにも凝り過ぎるとせっかく考えたニックネームでも忘れてしまうと意味が無い。本末転倒にも程がある。ただでさえ、あんまり興味の無いことに関しては記憶力の無さが際立つからなあ、特に俺。

ポケモンたちから歓声が上がった。で、その肩に置かれた手はなんだよ、オーダイル。何そのやれば出来るじゃないか、とでも言いたげな微笑ましそうに結ばれた口は。うんうん頷かれても困るんだけど、ゴローニャ?あれ?何この立場。ポケモンたちからなんか暖かく見守られている感じがするのは気のせいだと思いたい。だからボケを理解してくれない集団の中で生きるのは苦しいんだよ、くそう。別の意味で泣けた。ようやく希望が見えてきたのか、軒並みポケモンたちの歩くペースが上がった気がする。現金なヤツらめ!今に見てろよこのやろー!

片付けも済んで、白いリュックを背負った俺はポケモンたちを追った。



「いっそのことさ、タイプでくっつけてみました。意義があんなら、容赦なくオイラの候補からネタ引っ張り出してくるんで、よーく聞くように」

ある意味脅しとも言える文言を唱えると、ポケモンたちは一様に頷いた。どんだけいやなの、お前ら。

「オーダイルはスイトね。まんま体の色とタイプと連想ゲームでとってきた。シントに習って水の都とでもとれるし。もし嫌ならワニワニワかビルゲイツの二択」

うれしそうに鳴いたオーダイルは、ようやくまともなニックネームをもらえたことがよっぽど感激らしく抱きついてきた。苦しい苦しい、やめれ!ちなみに俺の好きな小説のヒロインの名前なんだぜ、最後に頭ぶち抜いて死ぬけどな!いいだろ、ちょっとくらいネタ混ぜたってさ。俺の最後の抵抗だ。

「ヨルノズクはタイプに「ト」をくっつけても語呂が悪いし、色はオニドリルあたりと間違えそうなんで、夜行性からな。最初はヨルトにしようかと思ったんだけど、ぶっちゃけ言い難い。だからヤトね、ヤト!夜の都」

これも元ネタありで悪ふざけなんだけど、無論元ネタを知るはずもないヨルノズクは満足気にないただけだった。何処の戦闘民族だと突っ込んで欲しい俺は贅沢ものなんだろうか。

「ゴローニャはイワトだとあまりにも直結しすぎなんで、ガントね。せっかく都が付く奴がいるんだし、もう一匹くらいいてもいいかなと思ってさ」

了解とばかりに頷いたゴローニャだけど、絶対わかってないと思う.。この世界に多分存在しえない都市の名前だろうし、これなんて最終幻想?嫌だったら岩団子とかカワイソスとかつけようかと思ってたんだけど、さすがにあまりにも酷いとなけなしの良心が咎めて、合戦位にとどめといた。この世界の子どもたちはイシツブテ合戦するんだぜ?怖。

「最後がバルキーな。最初は死闘をひっくり返して闘士にしようと思ったんだけど、死都になるのはあまりにも不吉なんで、却下.。順当に闘にトをくっつけてトウトになりました。トートになっかもしれないけど。どのみち東の都にも連想できるしな、大丈夫だろ」

どう?と振ってみると、バルキーはほっとした様子で笑った。カポエラーは普通にカポって略称で呼んでたから、ネタ帳でも比較的ましな候補しか上げてなかったことが功を奏していたらしい。頭の中をヤマザキ春のパン祭りあたりがよぎったのは、エコブームでやたらとトートバックが推奨されていたからだと思う。ま、あんまり男すぎる名前でもないし、本人に異論はなさそうだ。

ようやく見えてきた屋根に歩幅が少し広くなる。

「帰ったら名前申請するからな。よろしく」

みんな良い返事が返ってくる.。良かったよかった、と肩の荷が外れた気がした.。たかがニックネームでここまで労力を費やすとは思わなかったぜ、くそう。あ、そうそういい忘れてたと俺は付け足す。

「あ、つけたからって呼ぶとは限らないけどな!オイラはずかしいし!」

ブーイングが飛んだ。



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