第62話

時間帯が幸いして並んでいる人は少ない。2,3人分の待ち時間でやってきたのはタンバシティのポケモンセンター受付横のカウンター。待合い番号の紙切れを差し出せば、お待たせしましたと迎えてくれる受付のお姉さん。シジマのおっちゃんから言われたお使いをそっくりそのまま告げると、お願いします、と笑顔で渡されたボールペンと同じ用紙二枚、そして書き方説明書。受け取った俺は、早速談話室のテーブル隅を陣取って作業を開始した。

かちりとボールペンを鳴らし、早速俺は渡された用紙に記入することにした。黒い太線で枠を囲われているところは必須の所らしい。えーっと、名前はゴールド、性別は男と豪快に丸をつける。出身地はワカバタウン、ポケモンカードのIDは、と財布を探って引っ張り出し書き込みながら、傍らのパソコンにつながっているスキャンに通してパソコン画面に個人情報を提示させた。流石に住所とか生年月日とか血液型なんて分からないからなあ、こればっかりは俺の知り得ない情報だから流石に俺個人の情報を書くワケにはいかない。なるべく懇切丁寧に慎重に書いたはいいけど、やっぱりどことなく右肩下がりに成っている気がする。ああ、思いのほか住所を書くスペースが短かったせいで変な空欄ができちまった。無性に書き直したい衝動にかられるけど全く同じ書類をもう一枚書かなきゃいけないんだから時間は悠長に使っていられない。ちらりと視線を走らせれば、休憩時間はあと30分。昼飯まだなんだよ!最近日替わり定食も食堂でおなじみの丼物、麺類といったやっすい一品物も制覇したせいでどことなくマンネリ感が漂っている気がするけど、ぶっちゃけポケモンセンターの食堂飽きちまったけど、他に安いしボリュームあるような店なんてしらないんだよ!財布が乏しいんだよ!所持金マジでやばいんだよ!格好が格好だから水上でバトルできるトレーナー達のくれる賞金はシケてるし、ロケット団の下っ端なんて安月給にもほどがあるとこっちが泣きたくなるくらいのショボさだったからなあ。こちとら回復薬がすっからかんだから、この手続きが終わり次第山の上にある老舗の薬屋さんまでお使いついでに買出しに行かなきゃいけないってのに。くそ、タンバに帰ったらカーネルさんで荒稼ぎしてやる、と心に誓う。あ、空を飛ぶが手に入ったら久々にお母さんの手料理が食べたいかもしれない。なにはともあれ、パンフポケモンセンターの受付で取りに行かなきゃなあ、といろいろ考えながらトレーナーの欄は全部埋められた。写真はトレーナーカードの写真でいいか、証明写真とるにしてもこの街フレンドリーショップないし、何よりも金がない。700円は地味にきつい。一回の昼飯代がとんじまう。トレーナーカードを添えることにして、パソコンをシャットダウンしたし、あとは、と残された項目にしばし沈黙。そこには、職業や勤め先と行った項目の代わりに、肩書きとはっきり書かれていた。え、ポケモントレーナーとか?衝動的に勇者と書きたくなった俺はまだ正常だと思う。にしてはマスが狭すぎるな、と思っていると下のほうにいくつも候補が上げられている。ここでようやく俺はパンフレットに目を通すことにした。

ああ、なるほど。通信対戦をしたときに使うチャットアイコンとセリフが決められるわけね、びっくりした。ざっと目を通してみると、バトルフロンティア内で使えるお金替わりのポイント、バトルポイントBPがカウントされる事になっていて、場合によってはアイコンのコスチューム変更やセリフの変更もできたりするようだ。あとポケモンのタイプや特性によってキャラクターが決まってるみたいだし、コスチュームによって専用セリフもあるみたいだけど、メンドクサイから初期設定のまんまでいいや。時間ねえし。えーっと、と目星の着いた奴を丸つけることにした。

ここはウケ狙いでマッチョなおっさんにでもしとくか?それとも無難に少年か、青年か、まー女の子のアイコン選ぶ趣味はないからハナから除外として。うん、なんか恥ずかしいしな、ちょっと気まずい。確か通信交換した相手にはこれ交換できるはずだから、え、お前これなの?って指摘されたらされたで気まずいし、スルーされても個人的にはひっじょうにつらいものがある。それなら最初っからなにこれきめえって笑ってもらった方が、スキアリー、緊張感途切れた方が負けなんだぜーとでも返せるし。よし、マッチョメンで行こ。あはは、なんぞこれ。

けたけたと一人で笑いをかみ殺していると、膝元に重さを感じて視線を下ろすと黄色い物体が見えた。ひょっこり、ばあ、と勢い良く腕の間を潜り抜けてよじ登ってきたピカチュウが覗き込んできた。なんだなんだと紙切れに鼻先を近付けてくるから皺にならないようにピカチュウを担ぎあげて、けしかけたであろう奴らを見た。やっぱり一人世界に突入する俺に置いていかれてるのが嫌だったのか、いつものメンバーと目があう。ほらと見せてやる。オーダイルたちは我先にと近寄ってくるが文字だらけの紙切れと分かったらしく説明を求めてきた。

「オイラこれでいいよな?マッチョなおっさん」

いひひ、と笑ってボールペンでモデルのアイコンをさしてやると、そのデザインに面食らったメンツが目を瞬かせた。やがてじわじわときたのか、ツボにはまったらしいオーダイルは体を震わせている。こらえているつもりなんだろうけど、もう死にかけてる。だいじょぶかー?ピカチュウはえーっとブーイングして、ボールペンをよけようと邪魔してくる。せめてこれ、と少年の方を指さしてくる。なかなかイケメンな奴選ぶなこの野郎。ポイント500ためなきゃ無理だっての、と即却下。大体、面白くねえじゃん。同じくやめてくれ恥ずかしいからと首を振ったヨルノズクが賛同するように頷いた。無難なヤツらめ。何のこっちゃと首をかしげているのはゴローニャだ。バルキーも似たような反応だが、隣のオーダイルがいよいよもって呼吸困難になっているのを見て、危機感を感じたらしく水をとりに給水所に走っていってしまった。ゴローニャがなんの用紙か分からないと首を傾げるので、教えてやることにする。オーダイル聞いちゃいないし、だいじょうぶかな。

「フレンドパスの申しくぉって、うわっ!」

はい、しゅーりょーとそれとなく強制終了させようとしたら、ばさりと乱暴にひったくる音がして、あ、と俺は声を上げた。やばい、と思ったときには遅かった。案の定フレンドパスという言葉にいち早く反応した相棒が紙切れをじいっとみつめて目を輝かせている。

「オーダイル、返せよ!」

あわてて立ち上がった俺に驚いてピカチュウがひっくり返る。非難する泣き声も聞こえるがそれどころじゃない。なんとか取り返そうと駆け寄ってみるが、ただでさえ絶望的なまでにでかいオーダイルと俺の身長差にプラスして手を思いっきり上げられるといくらジャンプしても届くわけがない。何このいじめ!この野郎身長があるからって舐めやがってからに。いらっとした俺はモンスターボールを探ろうとした。あれ?いつもある場所にない違和感。空を切った手を見つめた俺はなんでフレンドパスを申請する状況に至ったのかを思い出して肩をすくめた。

ああくそ、やっぱり先にポケモンたちの登録先に済ませてセットしちまえばよかった。俺の前には、用紙をひっくり返して、ずいっと近寄ってくるオーダイルがいる。今度こそ!と期待に満ち溢れているその視線の先には、ニックネームの文字が並んでいた。










それは数時間前に遡る。

「ゴールド、お前さんにいい修行の方法を思いついたぞ。ここで鍛錬するあいだ、一切モンスターボールの使用を禁止とする」

「………え゛?」

あまりに突拍子もない課題に俺は聞き返すしか無かった。

バルキーがカポエラーに進化するまでのあいだ、タンバジムに滞在させてもらうことになった記念すべき初日の早朝。準備運動とラジオ体操というポケモンセンターと何ら変わらない朝を迎えた俺たちは、ランニングや門下生の兄ちゃんから特別講義を受けながら、格闘タイプに適しているらしい鍛錬方法を教わりながら、一緒に行われている鍛錬に同行させてもらっていた。流石に本格的な道場の流派のハの字も触れたことが無いど素人の子供、しかもトレーナーだからすぐについていけるわけもなく、体力切れにバテバテになりながらなんとか必死でついていく。水が美味しいなんて感じたの何年ぶりなんだろうと考えると泣けてくる。高校の部活動以来だ。そんな中でも、ノート片手にメモっていたらあっという間に半分うまってしまった。流石に毎日毎日こんなハードスケジュール、格闘タイプの専門家を志しているわけじゃないから、続けるなんて不可能に近い。つーかぜってえ根を上げる。間違いない。とりあえず必要最低限のトレーニングについて教わりながら、気を付けるべきこととかやり方とかそれはもうしつこいくらいに聴きまくった。こっちは素人同然なんだから、教えてもらうに越したことはない。ふと疑問に思ったことを質問すれば、すぐに教えてもらえるなんて立場、どんだけありがたいんだかって話だ。つくづくありがたいなあ、と思っているところだったりする。見よう見まねでバルキーと一緒にトレーニングや休息の仕方、体の休ませ方とかを一通り終えた俺たちは、ようやくたどり着いた休憩時間、もとい道場の掃除と後片付けにみんなで明け暮れているさなか、シジマのおっちゃんに声をかけられたというわけだ。敬語なのはシジマのおっちゃんがこの場所で一番偉いセンセイだからでもある。いや、単になんとなくそう呼びたくなっただけなんだけど。道場に入って最初に一礼して、みんなで一列に並んでさ、大声で瞑想を促すような大声出されたら背筋も伸びる。

「ぼさっとしとらんと、モップを動かさんか。道場を掃除するのはわしの門下の大前提じゃぞ。そうそう、前の質問の答えは出たか?ゴールド」

「あ、シジマのおっちゃん。あはは、なんかもう筋肉痛でへろへろだよ。大丈夫かなー、明日。えーっと、格闘タイプはなんで力強いのかって質問だっけ?まだ見つかんねえんだ、ごめん」

「ダメかどうかはわしが判断するから、言ってみんか」

「へーい。でもさー、なんか考えるほどこんがらがって分かんねんだよなあ。格闘タイプが攻撃に優れている理由は、そういう特徴があるから格闘タイプなんじゃねえの?って思ったんだ。格闘タイプの特徴って一部除いて二足歩行でパワータイプで弱点のタイプは共通としてあるわけだからさ。でもそれじゃあわざわざおっちゃんの質問の意味ないだろうし、あえていうなら鍛練を欠かさない努力家だからかなーとも思ったけどさ、うちのバルキーそうだったのにオイラ気付いてなかったし。でも確かに能力的にはそうだけど、ポケモンの性格によってはバラっバラだし、格闘タイプだけに言えることじゃないって気付いてまた振り出しなんだ。あーもー、分かんねえ。野生のポケモンならともかく、そのポケモンのメンタル面っておっちゃんの奥さんが言ってたようにトレーナーの影響も大きいみたいだし、でもそれだとトレーナーの力量でポケモンの強さが決まるとかなっちゃいそうで、ってループなんだ。今日ジムの修行体験させてもらってなんか分かるかなーって思ったけど、やっぱりわかんねーや」

はあ、とため息を付いた俺に、シジマのおっちゃんはがっはっはと豪快に笑った。ひでえ。

「惜しいな、そこまで分かっているならあと一息だ」

「え?そうなの?全然オイラ自覚ないんだけどなー」

「安心せい。正直なところお前さんにはそんなに期待してなかったしな。まあ、普通は意識せんだろうからなかなか気づかんだろうがな、近いところまで行き着くとは思わなんだぞ」

「いやいやいや、だからそんな褒められてもオイラさっぱりなんだってば!置いてきぼりにしないでって、シジマさん!」

「なーに、簡単なことじゃわい。横を見てみい、ずーっと自分たちのことを理解しようと考え込んでいるトレーナーを見て喜んどる奴がおるぞ」

言われるがまま横を見れば、いきなり俺とシジマさんに見られてぎょっとしているバルキーがいた。逃げるように俺の後ろに隠れてしまったバルキーは、顔を真赤にしてうつむいている。シジマさんの言うとおりらしく、二の句が継げないのか、そーなのか?と疑問符を落としてみると照れたように笑った。間接的に言われても分からない、とつぶやいた俺。仕方ないな、とまんざらでもなさそうにシジマのおっちゃんは教えてくれた。さあノートの用意をせんか、と発破をかけられて、あわててポケットの中に突っ込んであるノートと筆記用具を引っ張り出す。準備するまもなく、特別講義はスタートしてしまった。

「ゴールド、うちの母ちゃんから野生のオーダイルとお前さんの持っとるオーダイルは根本的に違う生き物という話は聞いたんだな?」

「うん。なんか突拍子なかったけど、結構面白い話だったよ」

「そうかそうか、なら話は速いな。つまりだ、野生のポケモンとトレーナーのポケモンとは根本的に違う生き物なのと同じように、格闘タイプはポケモンの中でもとりわけトレーナーの下で生きる格闘タイプはその傾向が顕著なんじゃ。ゴールドは努力を欠かさないといったが、惜しいところをついとったな。特性でもあるだろう?精神力や不屈の闘志なんかはそれをよく現していると思うぞ、わしはな。格闘タイプはどんな逆光にも負けない強い心を持っていると自負しとる。心の強さが強さの秘訣、とな。だがそれは、何よりもトレーナーの存在があってこそ、という大前提が無いと格闘タイプのポケモンはなかなかに強くならん。親と慕うトレーナーに認められたいという自己顕示欲が強いのが特徴じゃからな。少し、難しい話をするが、よーく聞くんじゃぞ?」

「おっす、まかしとけい!」

次のページに進んだ俺に、シジマさんは笑った。

「それは人にとってもポケモンにとっても言えることだが、人にとってみればそれはペットと野生の生き物との違いにとても似とる。人は自分と他人を分けるとしたら、自分を内、他人を外として分けるのが普通だな。初めはそれぞれが全く交わらない二つの円だとしても、それが近しい間柄になるにつれて、不快に感じる距離感がだんだん狭まってきて、次第にその二つの円は重なりあっていく。そのうちその内側でもあり外側でもある二つの円のどちらにも属している中途半端な所が大きくなってくわけだが、野生の生き物が外側の存在だとしたら、ペットはその中途半端な地帯にいることになるな。それが野生のポケモンとトレーナーのポケモンにもそっくりそのまま言えるわけじゃよ。さて、問題はポケモンからすればトレーナーによって別の存在になったんだからもう野生にいた頃のポケモンではない。だから万一、トレーナーがポケモンをボックス経由で所持権を放棄する正規な手続きを踏まずに野生に返したら、せっかくトレーナーと共に暮らすために適応した機能がすべて無駄になる。しかも野生化できるのはごく僅かだ。ある意味死活問題なわけだな。それだけポケモンはトレーナーと言う存在によって大きく支えられているわけだ。一方で、その中途半端な位置はトレーナーにとって野生よりは近しい関係だが、あくまで近しいだけであって同化するわけじゃないだろう?だからトレーナーは究極的にはポケモンが別にいてもいなくても困らないわけだ。そこが1番の厄介だな。ポケモンとトレーナーはどうしても埋めようのない存在価値の落差があるわけじゃ。その悪影響をもろに被るのが格闘タイプとも言える。ゴールドが陥っとったのは典型的な立場の違いによる認識不足も原因の一端を担いどるのは間違いないじゃろうな。お前さんが思っとる以上にポケモンはお前さんを必要としとるというわけだ。そこんとこ、大切だから覚えとくんじゃぞ」

「おおお、なるほど。なんかホント、トレーナーとポケモンって奥がふかいんだなあ」

「まあ、これはあくまでわしのたどり着いた答えじゃからな、鵜呑みにはするんじゃないぞ?わしらが生まれてくるはるか昔からポケモンと人は付き合ってきたんだ、わしが知っとるのはほんの一端にすぎん。ゴールドが見つけるのもまた別のつながりかもしれん。だが、それまではいろんな考え方に触れるのもまた大事な経験といえるじゃろう。お前はまだまだ若いからなあ。お前さんの年齢ではまだまだ早いかもしれんが、じっくり考えてみるのも一考じゃろう?そうすれば今よりポケモンたちとの距離感も埋まるかもしれん」

「わかった、ありがと。つまり、オイラに必要なのは、トレーナーとしてじゃなくって、もっとポケモンたちと距離を近づけるってこと?」

「まあ、まとめてしまえばそうなるな。ゴールドは無意識のうちにモンスターボールに頼りすぎている部分もあるから、いっそのこと荒療治をした方が効果的と思ってな。ガンバレよ」

「え、あ、マジでモンスターボール禁止なんだ……。でも街中でる時とかぞろぞろ連れ歩いてたらまずくない?」

「心配せんでもタンバジムの門下生はいつものことじゃ、安心せい。まあ、流石に申請は通しといた方がいいからな、これが終わったらフレンドリーパスの申請をしとけ。申し込みはポケモンセンターの受付でできるからな、自分のポケモンを登録しとくんじゃぞ。あ、ついでに門下生として、もし挑戦者が来たらお前さんにもいい機会じゃ、戦ってもらうからな。格闘タイプのポケモンだけ登録しといたパスも発行してもらえ」

「発行って手数料かかる?」

「それくらい経費で落ちるから心配いらん。母ちゃんのとこいってこい。明日からは正規ではないとはいえ、門下生として戦い方の指導にあたるからな。ジムの名を汚すようなまねをすることは許さんぞ、覚悟しておけ。ま、今日の疲れは今日きっちりとっておくことじゃな。回復薬とかもう無いんだろう?今日のうちに必要な買出しは済ませておくんじゃな」

大変な事になったなあ、と思いつつ、俺はポケモンたちを連れて街中を大移動するはめになったのだった。



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