第60話



「目を合わすんじゃないぞ、ゴールド。誰かの視線を感じただけでも怒り出すからなあ。自分を怒らせた相手は容赦なく追い詰めて叩き飲めそうとするような乱暴もんじゃ。気をつけろ」

「それ何処のヤンキー?」

そんな事言われてもこれからジムリーダー戦なのに、相手のポケモン見ずに戦えって無茶ぶりにもほどがあるだろ、と軽く笑って俺は流した。ボールから出るやいないや、いきなり猛烈に怒り始めたオコリザルが、俺と目が合った瞬間ぶんぶんとグローブを振り回して鼻息荒く雄叫びを上げた。あ、ホントに鼻が豚なんだ。さすがはポケモン図鑑でぶたざるポケモンって可哀想ないじめレベルの分類名を与えられているだけはある。何をそんなに怒ってるんだろう。人間って潜在力を3割くらいセーブしてるらしいから、ポケモンもそうだとするならあんだけ怒ってんなら常時火事場の馬鹿力状態か、すごいな。目が血走ってるし、体赤らんでるし、血行良さそう。その代わり酸欠になりそうだな、まともな判断できてんのかしら。観察していると、フットワーク軽く準備運動していたオコリザルがこっちを見た。え、ちょ、なんで俺に向かってくるんだよ!こっち来んな!あわてて逃げようとすると、どこまでも追いかけてくるから早くポケモンを出すんだ!と叫ぶのはシジマのおっちゃん。なんつー理不尽な!シジマのおっちゃんがいうには、誰かの視線を感じただけでも堪忍袋の緒が切れてしまうらしい。どんだけ短気なんだよ、お前!こええ!フィールドから後退してポケモン像に隠れながら、俺はボールを投げた。

「ピカチュウ、電磁波だ!」

ひらひらひら、と赤い鉢巻をなびかせて、ボールから飛び出すやいなやピカチュウが頬袋にためた電気を飛ばす。短い鳴き声。ばちいっと走ったしびれに驚いてオコリザルの動きが鈍った隙に、すかさず俺はボールに戻す。よっしゃ、奇襲成功!本当ならヨルノズク出して催眠ゲーに持ち込みたいのは山々だけど、特性がやるきだったら催眠術効かないんだよなあ、メンドクセえ。1ターン影分身を積ませちまう危険ははらんでるけど、半分の確率で動けない。しかもスピード半減は外せない。オコリザル速いからなあ、後続考えるとやっぱり補助は必要だ。なにせ俺のパーティは挑発やアンコールみたいに、相手の技を封じたり縛ったりして行動や選択肢を狭める便利技を覚えているポケモンが一匹もいない。リフレクターは必須なわけだし、頼むぜ!次のボールを掲げた。

「頼むぜ、ヨルノズク!リフレクター!」

「がっはっは、それくらい予想の範囲じゃい。オコリザル、ぶっぱなせ!いわなだれっ!」

えっ?と思わず驚きの声が出てしまう。岩雪崩ってニョロボンが覚えてるんじゃなかったっけ?!あれ?あれ?あれ?俺の記憶の中では、ヨルノズクで催眠術をしたら失敗して、影分身を散々積まれた挙句、交代したらきあいパンチを叩き込まれて予想外の大苦戦をしたことが強烈に残っていた。しまった、他の2スペック何覚えてるのか把握してなかった!判断間違えた、素直にオーダイルで突っ込ませればよかったのか!

オコリザルが勢い良く俺のそばにあったポケモン像を軽々と抱えあげると、天井高く豪快にぶん投げた。流石にかわしたヨルノズクだったが、力任せにぶん投げられた石像は鉄筋に阻まれて砕け散り、ヨルノズクめがけて大小様々な岩が降ってくる。予想外の攻撃に、慌ててリフレクターを発動させたものの、予想外の大ダメージを喰ってしまったヨルノズクは、早々に木の実袋からオボンのみを使ってしまう。もったいねえ!くっそ、もう回復薬きれちまったから、オボンのみしかねえのに!なんとか攻撃をかわしきり、ばさばさと羽をはためかせて空中に逃げたヨルノズクに、早速指示を出す。こういうとき食べ残しが無性に恋しくなる。喰らうダメージがでか過ぎてしまうと回復量が微量じゃ相殺されてしまうけど、長期戦だとその微量さがモノを言うんだ。

ヨルノズクが獲物を定める体制に入る。俺はすかさず指示を飛ばした。攻守逆転。パワーで押し負けちまうのはゴメンだ、スピードで短期決着つけさせてもらうぜ!

「ヨルノズク、エアスラッシュ!」

影分身を積まれてしまうとめんどくさいことこの上ないから、先に運ゲータイムに持ち込ませてもらう。電磁波からのひるみを目指したエアスラッシュはどこぞの白い悪魔を思い出させるけど、あれは3割の確率で補助効果がでるからヨルノズクでこれはまだまだ可愛い方だ。命中率に難有りだけど、無駄な分身を確実にひとつずつ潰して行く作業に入る前に何とかしないとPPが足りなくなっちまう。まひ状態が足を引っ張り、衝撃波をモロに食らったオコリザルが後ろに吹っ飛ぶ。ひるめひるめひるめ、と願いも虚しく再び飛んでくるポケモン像。リフレクターで耐えしのぎ、確実にヨルノズクの飛行技が炸裂した。あっぶねえ!下手に急所当たってたら攻撃力上がって死んでたぞ、ラッキー。

倒れたオコリザルによっしゃ!と俺たちは笑った。思ったよりダメージくっちまったな、大丈夫かなあ。まだ行けるか?と呼びかけると、ヨルノズクは少しツラそうだがコクリと頷いた。回復アイテムがすっからかんなのは知ってるらしい。ごめんな。とりあえず、置き土産だけでもよろしく!

「ヨルノズク、リフレクターだ。頑張ってこうぜ」

「よくやった、オコリザル。あとはわしらに任せろ!来い、ニョロボン!心の目で相手を捉えて攻撃するんじゃ!」

まさかの金銀水晶構成かよ!オコリザル、思いっきりHGSS仕様だったくせに、うそつきー!HGSSだったら、不眠のヨルノズクに催眠術は効かないし、特防HP振りじゃないとはいえ、波乗りだったら2発は耐えられる。きあいパンチしかしてこないから楽だってのに!命中すれば100パーセント混乱とかめんどくさすぎる。交代呼びこんでばくれつパンチや催眠術を叩き込まれでもしたら完全に相手のペースだ。仕方ない、ここは引けない。これはばくれつパンチフラグか、素早さは同速だ、どっちがくる?固唾を飲んで見守る俺の前で、いち早く羽ばたくヨルノズクの周りにリフレクターが上書きされる。哀しいかな、素早さ全振りがここで役立つとは。でもロックオンされるヨルノズク。俺はリュックから木の実袋を漁り始めた。

「ヨルノズク、威力落ちてもいいから距離とるんだ!エアスラッシュ!」

「がっはっは、逃がさんぞ!ニョロボン、爆裂パンチ!」

相手の方が一枚上手だった。予想以上に迅速に動くニョロボンに動きを完全に読まれたヨルノズクに叩き込まれる。モンスターボールに目を向ければ、リフレクターとタイプ不一致とはいえ3分の1も持っていかれてしまった。命中率50パーセントからの威力は100。しかもタイプ一致。半減でこれとかどんなんだよ!倒れてしまったヨルノズクのエアスラッシュもあんまり効いてる気配がない。かてえなあ、これだから耐久型は嫌なんだ。
でもジリジリされたらシジマのおっちゃんだ、すごいキズぐすりを2回も3回も使われたら困る。俺はすぐにヨルノズクを戻すと、ピカチュウを繰り出した。

「仕留めてくれ!ボルテッカー!」

なびくスカーフ。ありったけの勢いを込めて叩き込まれた電撃がごりごりとHPを削っていく。半ば祈る気持ちで見守った俺を待っていたのは、大幅に削れたもののまだまだやる気にもなぎっているニョロボンの姿。ぐるぐるぐると腹の消化器官が回る。目を回してしまったピカチュウめがけて振り上げたニョロボンの腕に反応して、あたりから湧き上がった大波が襲いかかった。

「くっそ!頼むぜ、オーダイル!噛み砕く攻撃!」

む、とシジマのおっちゃんが不審げにこっちを見てくる。やけになってるわけじゃない。あくタイプの技は格闘タイプには半減だ。でも補助効果は捨てがたい。このままじり貧になったら最悪ゴローニャを盾に元気の欠片でヨルノズクを復活させて、と頭の中で考えながら、俺は見守った。一度の催眠なら木の実でしのげる。これからはこっちが防御に終始しなきゃいけない。足りるかなあ、眠気ざましとラムのみ。

しばらく殴り合いが続いた。すごいキズぐすりを使われてしまえば、じり貧になったオーダイルが力にねじ伏せられてしまう。でも、回復アイテムが使われない絶妙なHPがのこった。これなら、いけるか?ボールに戻した俺は、バルキーを繰り出した。

「バルキー、ねこだましで先制だ!いっけー!飛び膝蹴り!」

ばちん!と目の前で叩き、反射的に眼を閉じてしまったニョロボンめがけて、繰り出される蹴り。防御力は2段階下げられてる。いけるか?後ろに吹っ飛ばされたニョロボンを見守る。もう手が汗ビッショリだ。くっそ、回復アイテムがあればもう少し有利に事が進めるのに!ないものねだりは仕方ないとはいえ、弟子入りフラグも立ってる勝負だ。何が何でもかってやる!ふらふら、と立ち上がったニョロボン。あと少し!あと少しなのに!再び大波がフィールドを豪快に洗い流した。くそっと舌打ちをして、ボールに戻す。

ごめん、ゴローニャ、盾になってくれ。必ずミカンちゃん戦では活躍の場を作るから!こころの中で謝りながら、俺はゴローニャをフィールドにしのぎで出す。その間に、元気の欠片でヨルノズクを復活させた。


「ヨルノズク、神通力!」


ようやく決定打となった攻撃。ニョロボンがようやく地にひれ伏した。しばらく見守る俺とヨルノズク。立ち上がってこない。シジマのおっちゃんがボールに戻す。


「いよっしゃあああああ!やったぜ、ヨルノズク!みんな!やっと勝った!」


俺の絶叫が、ジム内に響き渡った。










「やはりトレーナーを見るにはポケモン勝負が一番じゃな。ゴールド、お前ポケモン勝負の最中、何回モンスターボールを見たか覚えとるか?」

「へ?」

「それがバルキーがサワムラーに進化してしまう一因だと思う。まあ聞け」

モンスターボール?いわれてなんとなく腰につけてある6つのモンスターボールを見た俺は、首をかしげた。
んなもんバトルに集中してっから、そのことで頭がいっぱいで分かるわけねえじゃん、と返すしかない。
バトルの最中にモンスターボールを見ているとわざわざ指摘されるということは、
シジマのおっちゃんが違和感を覚えるほど頻繁に見ているということになる。
意識したことなかったけど、そんなにおかしいか?俺がモンスターボールを見るのは、
モンスターボールに表示されてるポケモンの技PPの残量を確認したり、体調をみたり、能力値を思い出すためだ。
さすがにゲームみたいにリアルタイムでポケモンのHPや技、PPを見る能力はないからなあ、うん。
相手のHPがわからないっていう結構なプレッシャーを跳ね除けるためにも、自然と付いてしまった癖のようなものだ。
基本的に先頭に出しているポケモンのモンスターボールは常時右手に収まっている。
普通じゃねーの?交換するときとかまごついたら、相手に一ターン隙を与えちまうことになるんだから。
シジマのおっちゃんの意図が分からない。俺は素直に話に耳を傾けることにした。

「ゴールドはなんでポケモントレーナーをしとるんだ?」

「え?そりゃ、バトルが楽しいからだよ。ポケモンも好きだけど」


「がっはっは、正直でいいな。勝つのは楽しいか、うむ、十分だ。ごちゃごちゃ言おうと思えばいくらでも言えるが、簡単に言えばそうだな。
驚くほど冷静だと思ったんじゃい。ポケモンを戦闘不能にすることに抵抗感を示すトレーナーも多いからなあ。
まあ、懐いてくれているポケモンが傷つき倒れる姿が見ていられないという気持ちは分かるし、実際に手持ちのポケモンの状態よりも
勝負の勝ち負けを優先するトレーナーには、なかなかポケモンはついてこないと言われている。あくまで一般論じゃがな。
トレーナーがどのような育成方針とは言え、ポケモンにしてみれば唯一の慕うべき親なんじゃ。認められようと精一杯なポケモンたちにすれば、
一般論なぞ関係ない。トレーナーがすべてなわけじゃからな。個人の考え方にまで首を突っ込むつもりはない。だが少し気になってな」

シジマのおっちゃんは、にやりと笑った。

「ゴールドはポケモンバトルが好きだから、ポケモンが好きなんだろう?」

ここでようやく、とってつけたように本来言うべき順番を逆さまに口走ってしまったことに気付いて、口をつぐんだがすでに遅し。
すっげー罰の悪さが先行してしまい、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。やべえ、すっげえ本音。
これじゃあ、竜の穴でしんそく持ちのミニリュウ貰えそうにないなあ、とぼんやり思う。まあいいけどさ、孵化すりゃいいんだし。
だってポケモンバトルに大事なのは、知識と愛情だろ?すっげー迷って知識にして貰えなかったっけ。やり直したけど。
強いポケモンとか弱いポケモンとかは人の勝手とカリンはいうけど、やっぱり強いやつは強いよ。トレーナーの力量による部分はあるけど。

「ポケモンもちゃんと好きだよ。バトルにしか興味がないだけでさ」

一応ここだけはきっちりしとかなきゃだめだろう、と言葉を重ねておいた。
俺がポケモンを10年もやってる理由なんてポケモンが好きだからに決まってる。
まあ最も俺が好きなのはバトルを前提としたポケモンであることは否めない。
なんせいろいろあるポケモン関連商品でも、ちゃんとしたことがあるゲームなんて本シリーズだけだ。
探検隊とかいろいろあるけど、どうにもよく分からない抵抗感のせいでする気が起きなかった。
それにコンテストとかポケスロンとか基本的にスルーの方向だし、近づきもしてない。興味ないし、どうでもいい。
ポケモンのストーリーはすっごく長いチュートリアルだとどっかの誰かが言ってたけど、たぶん俺の中でもそんな感じ。
殿堂入りしてからが本番。ポケモンの育成が本番。時々飽きて最初からやり直したくなるけど。

つまり俺が外道といいたいんですね、分かります。分かってるよ、何を今更。面と向かって言われたのは初めてなだけに、
若干ショックなのは予想外だけど。あはは、と笑うしかない俺に、シジマのおっちゃんは肩をたたいた。

「それは対して問題ない。ただ、ちーっとばかりゴールドのバトルには、お前のポケモンが不在じゃなあと思っただけだ」

「へ?いやいや、ちゃんとオイラたち戦ってるよ?」

「確かに判断や指示の迅速さはしっかりしとる。がんばっとるのは分かるし、ポケモンたちも慕っとるのはわかる。
ただ、ゴールド、お前、さっきも言ったがちょっとばかりモンスターボールに頼りすぎだ。
せっかく目の前でポケモンが戦っとるのに、なんでそこから判断せんとボールに出てくる情報ばっかりみとるんだ?」

「あーなるほど。んー、なんでだろ。癖かなあ?技の効果とかどうしても確認しないと不安でさ、つい見ちまうんだ」

「心配せんでもバッジを5つも集めたんなら、もう自分の力に自信をもっても罰は当たらんぞ?
たぶん、その不要な不安を拭わんことにはその癖は直りそうにないな。ポケモンからすれば、なんでボール見てるんだとなるぞ?
ポケモンは賢い。まだ自分に力が足りないからトレーナーが自分を見てくれない、と不安に駆られるもんじゃ。
お前のポケモンがやたらとかまってほしがるのも、それが一枚かんでるんじゃないか?」










誰が言い出したかは知らないけど、ネット上では主人公がシナリオで初めて貰うくさ、みず、ほのおの三すくみのポケモンを、御三家っていうことがある。もちろん元ネタは徳川で代々将軍をだしてきた三つの名家を指す言葉。御三家ってなんで野生のポケモンの生息域が不明なんだろう、って思った俺は、一度ウツギ博士に聞いてみたことがある。保護の目的ではない。ポケモン図鑑によれば絶滅危惧種扱いの珍しいラッキーやガルーラだって普通に公開されてるのにおかしいし。しかも伝説のポケモンだって一度発見すれば、ポケモン図鑑を開けば生息域が公開されることになる。正しくはデータが更新されてるんだろうけどな、バージョンアップって言葉、DPあたりから使われ始めたし。ポケモン図鑑によれば野生はいるらしいけど、俺が知らないだけかな?と思ったわけよ。聞くならやっぱり専門家が頼りになるというわけで。そしたら、以下のとおりだった。

一般にその御三家と呼ばれてるポケモンたちの入手手段は、ポケモン研究家や地位ある人からもらうとかイベントの景品でもらうことに限られている。当然生息域が非公開だから野生のポケモンとしての御三家を実際に捕獲して扱うトレーナーは皆無といっていいらしい。ポケモン図鑑はあくまで野生のポケモンの生息域を反映しているから、ポケモン協会からの経由を通した入手法しかない御三家は、当然野生のデータは反映されない。つまり、初心者トレーナー向けに渡されるポケモンは、ポケモン図鑑で対象になっているポケモンとは別枠としてカウントされているらしい。なんで同じポケモンなのにポケモン図鑑に生息域が反映されないのかっていうと、御三家と野生のポケモンとは生態的にあまりにもかけ離れているから、混同されないようにとの配慮だそうだ。野生の御三家は到底トレーナーが扱えるレベルのポケモンではないから、トレーナーが捕獲しないように危険を回避する意味で非公開とのこと。

例えば、すっかり俺の相棒となったオーダイル。

オーダイルはモデルがワニだから、野生における生態も随分と似通ったものらしい。卵生だったり、二足歩行が可能だったり違いはいくらでもあるけどな。まあそこのところは、動物図鑑には載っていない不思議な不思議な生き物がポケモンの定義だから細かいところは言いっこなし。卵区分でもわかるけど、生息域は水上と近辺の陸上。日向ぼっこをすることで体温を上昇させてから活動した方がより早く動けるらしいけど、高速移動ももとを辿ればそんな感じなんだろうかと思ってみたりする。むしろ体温が下がってしまう雨のほうが水技の威力上がるけどな、難儀なこった。野生のオーダイルは体を支えるのが辛いから、基本的には四足歩行で移動するらしい。だから本来は四足歩行で移動した方が二足歩行よりずっと速い。確かに攻撃するオーダイルを指示する側として後ろから見てきたからわかる。バトルの時、その強靭な後ろ足で地面を蹴ってものすごい勢いで突進してから噛み付いたり、大腕を振り上げたりするからなあ。二足歩行だとバランスを取って真っ直ぐ歩く能力に力が割かれてしまって、野生の行動としてはものすごく非効率で不自然なんだろう。人間だって耳ん中にある基幹が重力やらをしっかりと感じ取って平衡感覚やらを働かせてくれないと、よく転んだりそもそもまともに立てたり歩けなかったりするんだ。
どれだけ大変な力を使ってるかわかるってもんだ。慣れちまってるから違和感はないけど、四足歩行の方が速いんだろうな、とは思う。波乗りで引っ張ってもらったとき、いつもよりずっと速かったし。獲物を見つけてから移動するのは捕食本能だろうし、川を移動する獲物を川に引きずり込むのはスピードと力がモノを言う。そんな生態のオーダイルに二足歩行はいらないはずだ。野生なら。

でも、俺のオーダイルは御三家。トレーナーの間で一般化している普通のオーダイル。施設生まれの施設育ち、ついでに野生経験がゼロのポケモンだ。むしろ四足歩行する機会はめったに無い。生まれた時から二足歩行の人間がいつも周りにいて、それが当たり前だと思って生きてきて、俺に引き取られた後も当たり前だとばかりに生活してきたから、野生のオーダイルと俺のオーダイルは根本的になにかが違うんだろうと思う。まあ親を人間だと思っている時点でペットと野生が違う生き物なのと同じだろう。モンスターボールってすごいよな、そこまで変えちまうんだから。洗脳とかよくネタでいうけど、ぶっちゃけ冷静に考えたらそれ以上の技術が使われてる。きっとモンスターボールが一般化する前までは、ガンテツさんみたいな職人の顧客は、ごく一部の人間に限られていたんだろう。捕獲するだけでポケモン図鑑に紹介されてるポケモンの力を人間に扱えるレベルまで制限して、しかも主従関係を本能的に抑えこむとかすげえわな。でもその効果がポケモンに及ぶようにするには、相当そのポケモンについて研究し尽くしてモンスターボールに反映しなきゃいけない。しかも一般化するには安全性とかいろいろめんどくさい問題が山積する。時間だってかかるだろう。だから毎回「トレーナーが扱うことができる」新しいポケモンが発見されてる。とのこと。やっぱり何処の世界も案外変わんないもんだなあ、と思ったのは別の話だ。

「というわけだから、オーダイルは絶対にボックス経由外で逃がしちゃダメよ?分かったわね?」

ただいま、タンバジム内にある医療施設もといシジマのおっちゃんの奥さんがやってる保健室。ポケモンセンターまで遠いからと運びこんでくれた。ポケモンセンターほど充実した設備が整っているわけではないけど、いうならばあれだ。ウツギ博士の研究所みたいに、回復の機械がどーんとそこにある。それにしてもすっげえ美人なんだけど、奥さん。まじかよ、すっげー勝ち組じゃねーかシジマのおっちゃんめ!やーねえ、何も出ないわよ、と奥さんは笑う。

「捨てないってば、どっかの貴公子じゃあるまいし。もー、ありもしないこといわないでくれよ、奥さん。どっかの御三家がきちゃったじゃないか。おーもーいー!」

不穏な単語を聞きつけたのか、モンスターボールから飛び出してきたオーダイルが、かまえーかまえーとばかりに後ろからどすりと重い顎をのっけてくる。心配すんなよ、オイラが逃がす訳ないだろ、と頭を撫でてやる。でも後ろから回ってくる腕の力が食い込んでくる。奥さんは笑った。

「ほら、やっぱりゴールド君が思っている以上に、オーダイルたちは不安なのよ。ねえ?」

「そーかなあ?確かによく目は合うけど、指示待ちなだけじゃ?」

「あらあら、ゴールド君はそう思ってたの?ポケモンバトルの最中にゴールドくんの方が気になって気になって仕方ないから目があうのよ。集中すべきは対戦相手と分かっているはずだもの。ねえ?」

「うーん」

「今までそのタイムラグが気にならなかったのは、きっとゴールド君の的確な指示とそれに対するポケモンたちの反応の速さが尋常じゃないからだわ。見せてもらったけど、あそこまで短時間で行動に移せるのはさすがね。でも、やっぱり見て欲しい相手がなかなか応援してくれない、データばっかり見てるっていうのはポケモンたちには相当のプレッシャーなのよ?心理的圧迫感を取り除いてあげるだけでも、随分と違うと思うわ。もっと強くならないと見てくれないという思い込みがトレーナーを離れた鍛錬に走らせてしまうとしたら、それはとても危険なことなの。分かるでしょう?」

「ポケモンって難しいんだなあ。うん、オイラ頑張ってみるよ」

「もっとゴールド君はリアルタイムで変化して行くポケモンのバトルをお勉強しなきゃいけないわね。どのみちチャンピオンリーグだと、指示するまでの時間とか事細かに決められているの。モンスターボールを見る時間も結構なロスになっちゃうわ。実際のポケモンの様子を判断できるようになれば、ずっとずっとバトルも楽しくなると思うし、頑張って頂戴」


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