第53話

木の匂いがする。暖かなランプの光で照らされた室内は、丸太で組まれた独特の壁が影を作っていた。クロスした丸太がいい感じになっている。生活感あふれる絨毯を進む。こんな絵柄のどうぶつの森の床なかったっけ?あーだめだ、覚えてねえ。俺は今、ログハウスにいる。何づくりだったっけ、書院造りじゃなくて、えーっと。伝統的な建て方で、ログハウスとは違って三角形や四角形の木材が折り重なっているあれも、またログホームっていうらしいな。ログハウスって和製英語なんだ、初めて知った。それを教えてくれた彼女曰く、この建物はずっと昔からうずまき諸島を守る人間が住むために立てられたものらしい。湿度調整に優れていて、木の断熱性のおかげで冬は暖かくて夏は涼しいらしい。まあ、こんな気候だったら、豪雪なんて気にしないでいいんだろうな、羨ましいぜ、このやろう。あー、懐かしい。ガキの頃北海道に行ったの思い出したなあ、もっかい家族で行きたいなって話はしてたけど結局あれっきりだ。

外はすっかり夕焼け。夜になるまえにとまる場所が確保できて良かった!ドククラゲのおかげだ。おもむろに深く深くに潜り始めるから何事かと思ったけど、結構息がきつくなってきたときに、水温が暖かくなったおかげでオーダイルがスピードアップしてくれて助かった。どうやら地下に火山脈と海面が接触してる所があるらしい。さすがは火山列島地震大国日本。実は温泉の数も海のほうが多いらしいね、本当かどうかはしらないけど。ぬっるーい感じの温泉になってやんの。で、しばらく進んで行くと、いつぞや漁師さんたちが教えてくれたランターンやチョンチーたちのいる区画にでたから、驚いた。きれいだったなあ、真っ暗な水路をひたすら登っていってたから、まるで蛍みたいにチカチカしてて。あったかそうな光で。繁殖期らしく、ちらほらと卵を持ってるのがみてとれた。攻撃されなかったのが幸いだ。流石に死ぬ。その先には、なんと洞窟が広がっていて、そこにいたのは突然現れた俺たちに警戒して誰だと叫んだ舞妓はんとシャワーズとヤドキング、カメックスだったわけで。なにごと。慌てて事情を説明した俺に、どうやら俺の名前を知ってるらしい(トゲピーの卵届けてくれてって言った舞妓さん、玉緒さんっていうんだ、へー)舞妓はんにより、誤解はとけ、今丁度お邪魔しているところだ。

ぱちぱちぱち、と暖炉の火が温かい。シャワーを借りて、ジャージに着替えた俺は、お言葉に甘えてソファに腰掛けた。髪の毛を乾かそうとタオルを被りながら、息を吐く。ポケモンたちは長い移動と戦闘、ついでにロケット団の戦闘と大変な一日だったから、もう風呂に入って飯食わせて寝かせてある。洗濯乾燥機に放り込まれた俺の衣類は、明日には乾くとのこと。よかったー。これから、うずまき諸島で何が起こってんのか、教えてもらうところってわけだ。

「いろいろありがとう、舞妓はん」

「ウチのことは子桃でいいんどすえ。ほら、これでものんで、体をあっためておくれやす」

いただきます、と手を合わせる。差し出されたスープに口を付ける。あっちい。思ってた以上にちりちりで、火傷してしまい、パンでごまかした。猫舌だとこういう時に不便なんだよなあ、ラーメンとか味噌汁とかぬるくなるとマズイのが多すぎて困る。アサギシティで買い溜めしといたロールパンも、いい感じにこんがり焼けていた。

子桃さんかあ、胡桃さんじゃねーんだ?金銀水晶じゃスモモだったのに、同名の某食いしん坊格闘ジムリーダーがシンオウに出ちまったから、HGSSじゃコモモって名前に変えられちまったんだよな、かわいそうに。あれ?名前ちがくね?と思ってウィキペディアで調べてみたら、胡桃を読み方を変えてコモモになったってあったのに。まあ、どっちもコモモとは読むからいいけどさ。いっそのことサクラでよくね?アニメでも出てたのに、結局存在抹消されちまったんだよな、可哀想に。

すっかり体があったまったところで、俺は改めて詳しく事情を説明することにした。

「昨日の昼ごろ、うずまき諸島周辺で、ロケット団に襲撃された貨物船が荷物を奪われるっていう事件が起きてんだ。そのせいでタンバシティとアサギシティをつなぐ渡航便も運行を見合わせちまってさ。アサギの灯台のアカリちゃんの薬届かないってミカンちゃんが困ってたから、タンバシティに渡るついでに届ける約束してんだ。そしたらロケット団にポケモンを盗まれたって人と会って、送って、また進もうとしたらぎんいろの羽をひろったんだ。それを狙って現れたロケット団が、ルギアを出してきちまってさー、ルギアもってる癖にぎんいろの羽よこせとか意味不明なこというもんだから逃げるしかなかったんだよなあ。催眠術は効いたのに、噛み砕く効かねえし、吹雪もきかねえし。というかすり抜けちまって、なんか変だったなあ。なんとか逃げたらさ、その先でさっきのドククラゲたちにあって、ここまで案内してもらったってとこ。オイラの説明はこんなとこかな」

「ロケット団……!あの黒ずくめの人ら、ロケット団やったんどすか!
3年前に解散したと聞いとりましたのに、エライ人たちがきはったんやねえ」

はあ、と子桃さんは憂い顔でため息を付いた。その口ぶりから察するに、うずまき諸島にロケット団はきたらしい。何処から説明したらええんでしょ、と話すことが沢山あるらしい子桃さんは、とりあえず、と一つ確認させてくれと真剣なまなざしでみてくる。首を傾げる俺に、子桃さんははっきりとした口調でいった。

「ぎんいろの羽、とゴールドはんいいなさったけど、ちょっと、拝借してもよろしおすか?」

「あー、はい」

俺はリュックの大切なものポケットをさぐる。確かにあの女幹部がいってたから鵜呑みにしちまったとはいえ、やっぱり出てくるのがいくらなんでも早すぎるアイテムだわな。ちょっとリュックん中整理した方がいいかな、めんどくさくていっつも適当に放り込んでるせいでなかなかみつかんね、あった!突っ込んでいた右手がほのかに輝きを増す。相変わらず銀色に不思議な光を放っている羽を取り出し、リュックを閉じる。これです、と差し出す前から、子桃さんは俺とぎんいろの羽を見比べて、手を口元にあてていた。どうやら、やっぱり本物らしい。

「たしかに、これはぎんいろの羽で間違いないと思いますえ。きっと、ウチがあそこでなくした、ぎんいろの羽」

「へ?」

「あ、いいんどす、気にせんとくんなまし。ぎんいろの羽は、実力あるトレーナーはんのもとにたどり着く。ルギアはんが呼んどると、ウチは聞いてます。ゴールドはんがこのタイミングでうずまき諸島にきなはったのも、きっとなにかの縁でしょう。どうぞ、大切に」

マジすか、ラッキー!HGSSだと金銀水晶とは違って、海鳴りの鈴とぎんいろの羽をセットにしてもってないとルギアが現れねえから、これはラッキーだ。もしかして、ソウルシルバーよりのイベントなのか、これ?でもロケット団の襲撃なんてイベントなかったぞ?どうなってんだ?疑問符だらけの俺に、子桃さんは笑うと、お願いがあると続ける。気を取り直して、俺は前を見た。

「お会いしたばっかりのゴールドはんにご迷惑おかけするのも気がひけるんどすけど、これも何かの縁。どうか、力を貸しておくれませんか?ルギアはんを、助けてほしいんどす」

「もちろん、いわれなくったって、オイラは構わねえよ。でも、どうやって?」

「これからお話することは、他言無用で頼んますえ。お話いたします。あのルギアはんは、本物のルギアはんとは違う存在。倒してくれてかまいまへん。ロケット団をやっつけんと。荷物やポケモンはんたちを取り換えんとあきまへんもの、今回は特別どす。実は」

子桃さんは、息を吐くと、話し始めた。

ルギアにめぐり合うための条件と、それをクリアするために必要な試練のこと。本来あのルギアは、その試練とやらのために、ルギアが用意した分身らしい。やっぱり偽物か。あーくそ、おしいな。あんとき女幹部が邪魔しなけりゃ、もう少し余裕がありゃ、もっかい催眠して海に落としてから、もっかい体がとけてたのを検証できたのに。悔しくて舌打ちをする俺に、子桃さんはあとちょっとやったんどすなあ、と感心しながら説明を続ける。あのルギアは霧の中でしか行動することができない。なぜなら、霧でできているから。あー、そっか、だから霧の中でしか出てこないんだ、あのルギア。エスパータイプのルギアは、念力で霧をルギアそっくりの姿に固定化しているらしい。だから水の中では水圧が強くて崩れてしまい、噛み砕くはもともと実体がないから通用しない。ちなみにルギアの試練に望んだどっかの誰かさんは、正体に気づいてリザードンの大文字で気体を乱し、見事突破したとのこと。なにやってんすか、レッドさん。なるほど、だから岩のカプセルに入っていたらしい。ほのおタイプもってねえ俺涙目じゃねーか。どのみちゴローニャじゃ、戦えないし。

「数日前、突然現れたロケット団が暴れたせいで、ポケモンはんたちがようけ傷ついてもうたんどす。怒ったルギアはんがでていきはったはええんどすけど、やっぱり捕まってもうたなんて……」

「なんで本人が出てこないんだ?」

「ルギアはんは、今、とてもではないけど、動けるような状態ではないんどす。詳しくはまた、あとで説明します。ただいえるのは、今のルギアはんでは、あの幻のルギアはんを止めることができんことだけ。あまりにも力を消耗してもうて、もう手におえんのどす。幻のルギアはんも、ポケモンやもの。モンスターボールには本能で抗うことはできまへん。幻のルギアはんは、本物のルギアはんと同じくらいの力をもってて、判断能力もあるんどす。もともと正体を見ぬいてもらうのが目的やから、幻のルギアはんを通して挑戦者を判断して、合格したと思うたらルギアはんのおるところまで導くのが役目やもの。今はもうモンスターボールに主導権が強制的に奪われてもうて、今のルギアはんでも、もう幻のルギアはんにシンクロしても弾かれてまうだけ。お願いします、ゴールドはん。ゴールドはんの戦いぶりを聞いとったら、きっと幻のルギアはんを倒せると思います。どうか、幻のルギアはんを解放したげて」

ウチもお手伝いします、と子桃さんは、力強く拳を作った。

「幻のルギアはんは、本能でぎんいろの羽を持つ者に戦いを挑んでおるだけなんどす。なんとか、海の中にでも誘い込めれば、きっと」

「んー、でも海は広すぎてオイラたち不利だよ。ゴムボート壊れちまったしなあ、どのみち、相手が船じゃあやっぱりいろいろ不利だよ。もしくは、火か。そうだ、子桃さん。ここにたどり着くとき、温泉が沸いてたけど、やっぱりここら辺って火山脈近いの?」

「ええ!確かに温泉が沸いとるとこが、いくつか……」

「それだ!」

「ほんま、おおきに!……でも、ここからは結構距離があるんどす。明日、ご案内しますから、今日はひとまず一休みしておくれやす。きっとゴールドはんも思っとるよりつかれとるはずどすえ」

「あーうん、そうだな。じゃあまた明日。おやすみ子桃さん」

「ええ、おやすみなさい」


軽く会釈をして、俺はポケモンたちがとっくに熟睡している部屋に引っ込むことにした。明日は忙しくなりそうだ。ぱたん、と俺は扉をしめた。


「……盗み聞きは感心しませんえ、おにいはん。外は冷えます、中に入ったらどないですのん?スープくらいはだしますえ」


くすくす、と子桃が笑う。ち、と舌打ちをしたブラックが、バツ悪そうに乱暴に扉をあける。


「事情はあとから聞きます。シャワーはあっち。ポケモンはんたちも風邪ひいてまいます。さ、モンスターボールから出して」

「おい、女」

「舞妓さん」

「は?」

「いややわあ、女なんて。舞妓さんてみなさん呼んでくれはるのが、ウチの誇り。そんな乱暴な言い方されたら、言いたいこともいう気なくしてまいますえ。ほら」

「……」


にこにこにこ、と子桃は笑う。相手のペースに流されず、しかもマイペースにこっちを巻き込んでこようとする、独特の雰囲気をもった人間とはとことん相性が悪いブラックは、どこぞのツインテールを思い出して舌打ちした。はっきりとした強い意志を感じるあたりがまたデジャビュである。ゴールドのように不自然なまでにこっちの事情を把握された上で、いろいろと引っ掻き回されるのも気にくわないが、慣れてしまえばある程度心理的には予測出来る範囲なのでまだまし。このタイプはブラックの予想をことごとく斜め上に超越するからいただけない。予測不能なほど恐ろしいものはない。しかもそう呼ばれなければこっちが聞きたいことも一切口にする気はないと先手を打たれてしまった。ブラックは、2度目のらしくない言葉を口にする羽目になる。

ブラックがうずまき島にたどり着いた経路は、いわば偶然のようなものだ。グレイの乗っている海賊船がどっかのトレーナーを親切の皮を被って乗せていて、その隙にゴルバットに乗って侵入。ロケット団の活動の情報を得られないかと、通りかかった下っ端をボコして変装、動き回っているうちにさっきのトレーナーがポケモンをとられて放り出されていた。良いポケモンはないかと物色してはみたが、目星のポケモンは見つからず肩透かし。不審な動きをするのを見とがめられて、口封じに倒しては逃げるを繰り返していたら、船がこの島にたどり着いたのだ。見覚えのあるロケット団幹部たちの会話を聞いて、伝説のポケモンという単語を耳にしたブラックは、動かざるをえなかった。つまりはそういうことだ。

いろいろ済ませたブラックは、催促されるままに仕方なく事情を話すと、子桃はお疲れ様どすなあ、と笑ってスープを出してくる。ろくにものを口にしていないことに気づいたブラックは、そのまま無言で手をつけた。いただきますって、作ってくれた人と分けてもろうた命に感謝せんとあきまへんえ、と咎められ、うるせえ、とブラックは悪態ついた。事細かに説教してくる人間は目障りで仕方ない。それが大人ですもの、と子桃は見透かすように笑う。心でも読めるのか、この女。どこぞのゴースト使いを連想させてきて、いらいらが増す.。


「ということは、ロケット団はこの島に目星をつけて、動き始めとるんどすな。……これは明日がなかなか大変になりそう。そうやわ、あなた、ブラックはんいいましたなあ?手伝ってくれはらへんやろか?」

「は?なんで」

「ルギアはんに会いたいんでっしゃろ?協力してくれはったら、あわせてあげます。悪い条件やない思いますえ。流石にゴールドはんだけに頼むのは、不安やもの。あんまり仲がよろしくないようですけんど、顔見知りが協力する方がきっと成功する確率もあがります。明日、その船がどこにあるか、教えてほしいんどす。ポケモンはんも、荷物も、とりかえさんと」

「………本当だな?」

「ええ。ブラックはんがここに来たのもきっと何かの縁ですもの。御加護がありますように」


ブラックはしぶしぶ承諾した。


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