第49話

わるいこは、うずまきじまにおきざりにして、うみのかみさまにおしおきしてもらう。


とうりゃんせや童謡は案外えげつない伝承が隠されているものだ。

アサギシティ育ちの人間ならば、一度は両親や祖父母におどされて聞いたことのある話である。原因はささいなすれ違いからの親子喧嘩。少女は話を真に受けて、なんてひどいことをいう親だと怒り、子供心に本当に実行されそうな気配に怖くなり、両親の静止を振り切って飛び出したのは満月の夜だった。

突然の家出にいくところなどなく、ポケモンセンターやフレンドリーショップではジョーイさんやジュンサーさんに両親をよばれてしまう。友達には迷惑はかけられないと、少女がむかったのは生まれ育った町のシンボルだった。地元の人間ほど観光スポットにはいがいといかないものである。すでにしまっている灯台のうえには、まだあかりがともっていた。のちに彼女の師となるアサギの灯台の管理人は、突然あらわれたぐずっている訪問客に驚きはしたものの、一緒にうちにかえると約束した上で特別にいれてくれたのだった。


彼女は、このとき初めてデンリュウというポケモンに出会う。デンリュウがメリープやモココのようにもこもことした毛糸がないのは、電気を貯えすぎたけっかである。毛糸は体毛に変化し、より気候の変化で少ない表面積でもたくさん電気を作り出せるようになっている。だきつくといがいとふかふかで、電気がよりためやすく、自分はゴムのような地肌のおかげでしびれない。彼女を抱き上げて、遠くまで輝くひかりを見せてくれたデンリュウは、ひたいとしっぽにおおきなオレンジいろの球体を輝かせていた。


そのときデンリュウとおそろいだともらったオレンジボールのヘアゴムがトレードマークとなった少女は、友達と連れ立って毎日のように灯台に遊びにいってはデンリュウと飽きることなく海を眺めた。アクア号やサントアンヌ号を見えなくなるまで見届けた。誰よりもデンリュウのお仕事をまじかに見てきた彼女が、志す道はいうまでもない。十数年後、彼女はアサギシティのジムリーダーとなったのであった。



デンリュウのアカリちゃんが倒れてから、ミカンは毎日看病に出かけていた。昔からの風習で、祭り上げられているデンリュウに、食事させることができるのはごく一部の人間に限られている。ジムリーダーもそのひとりなのである。ミカンにとってアカリちゃんは、ポケモンだが友達だ。アカリちゃんは、いつもわたしたちのために頑張ってくれているのだから、今度は私が頑張るのだとミカンはいう。一度決めたらまっすぐな彼女に、門下生たちは少々苦笑いだが咎めないのは、デンリュウが町の人間に愛されている証だ。


そんなミカンが、なぜいきなりブラックに、ギャラドスを借りようという行動に出たのか。それは、数時間前の今日、昼頃にさかのぼる。

いつものように、アカリちゃんに食事と薬をあげたミカンは、港にむかっていた。今日は、一週間に一度のうずまきじまの濃霧の影響で、数年前からでている大陸伝いの迂回便の日。タンバシティにある老舗の薬屋の秘伝の薬をタンバジムのジムリーダー、シジマさんから分けてもらい、かつ届けてもらえる日なのである。はやくはやくとはやる気持ちを押さえて、現在関係者以外立ち入り禁止にしているエリアから、一気に入り口に降りられるエレベータにのり、ボタンを押した。すると、突然ポケギアがなる。ミカンは着信を確認する。そして、すぐ笑顔になると、ポケギアにでた。快活そうで豪胆な男のでかい声が聞こえてきて、毎度のことながらミカンは微妙に距離をとる。すまん、わしのしゃべりはさけんどるらしくてな、うるさかったら謝る、という言葉を思い出したのである。


「もしもし?」


「おう、ミカンちゃんか?わしじゃあ、シジマだ」


「あ、シジマさん?お久しぶりです。お元気そうですね」

「がっはっは、なーに、こっちは二十四時間修業だ!格闘使いは体が資本じゃからな。母ちゃんも元気でやっとるぞ!」

「そうですか!ふふ、いつもご丁重にありがとうございます」


久々にミカンは顔がほころんだ。二十四時間はさすがにおおげさといいたいところだが、きっと事実だ。いつも無事に薬が届いているかどうかを確認しに、電話をかけてくれるのである。サミットにでた門下生がシジマさんの奥さん経由で、秘伝の薬の存在を教えてくれたのが何よりだった。シジマさんは門下生をとらずに、一切を奥さんにまかせているとかで頭が上がらないそうだ。いわゆるかかあ天下である。忙しない夫婦が仲睦まじいので、ミカンはこの電話がささやかないやしだった。快く譲ってくれたこともまた、ミカンが頭が上がらない理由である。


「アカリちゃんはどうじゃ?」


「はい、おかげさまでやっと熱が引いたんです。病気をなおすのはアカリちゃんの力だけど、やっぱり気分がすぐれないと治るものも治らないですよね。お薬ありがとうございます」


「いやいや、なら安心じゃな」


「はい」


なごやかな空気が流れる。

だが、事件はすでに起こっていた。

受話器ごしに奥さんの声が聞こえる。なにやら急を要するらしく、なんじゃと?!という声がした。事情を聞いたミカンは仰天する。



濃密ほどちかい海上を走っていた船舶が、巨大なポケモンに襲撃されたというのである。しかも混乱に乗じて海賊があらわれ、荷物が奪われたとのこと。時間差をおいて、いきを切らせた門下生がタンバ付近を経由するすべての渡航便の運転見合わせるというニュースをもたらす。ミカンはあわてて、ジムにむかう。ポケモン協会とリーグに連絡をいれなければ。



慌しくすぎた午前を終えて、アカリちゃんのもとに再びやってきたミカンは気付いたのだった。薬がないことに。一時的に症状を軽減しているにすぎないため、苦しがるアカリちゃん。ミカンは頭が真っ白になって、その勢いで飛び出したのだった。だから、ミカンは許せなかったのである。


「ゆけっ、ギャラドス!」

ブラックがギャラドスをくりだしたことが。なっ?!とこえをあげたミカンは、咆哮する巨体に唖然とする。観客たちはおおー!と見上げた。いつのまに、とジャッジの関係で外野のフィールド線の真ん中にたっているゴールドはつぶやいた。いつも余裕綽々でどんな手持ちを入れてもたいした反応がない宿敵が、コダックをみたとき珍しくひどくいやそうな顔をしたので、またやつの予想を裏切れたとブラックは不適に笑う。ミカンも公衆の面前でたたきのめせたら、さぞ気分がいいだろうというわけだ。はなから、ブラックに約束を守る気はさらさらない。

「貸してくださる約束のギャラドスをだすんですか?!卑怯です、引いてください!バトルで傷つけたら、海を渡れないじゃないですか!」


「実戦にずるいもきたないもないんだよ!」


「そんなっ」


「さっきの元気はどうした?ギャラドスを貸してもらいたいんじゃないのか?」


はやくポケモンをだせよ、女、とブラックは挑発する。まるでハジメから決まっていたかのごとくいわれ、ミカンは狼狽困惑するしかない。むちゃくちゃだ。ざわざわとする観客。事情を把握したゴールドに、ジャッジは公平だ、と釘をさすのも忘れない。ポケモンセンターに行けば回復は可能だが、焦燥感にとらわれているミカンは1分一秒が惜しい。ミカンの手持ちの鋼タイプに、ギャラドスを傷つけずに戦いを終わらせる技を覚えたポケモンはいない。くやしそうにこぶしを作ったミカンは、ブラックをにらみつけた。野次が飛ぶが、ブラックはそ知らぬ顔だ。


「ジムリーダーが不戦勝か?」


ゴールドがタイム、と言ってミカンに近づく。おい、とブラックは不満を口にするが、おまえがゆーな、と呆れ気味な口調でかえされてしまう。舌打ちが聞こえる。


「あいつのことだから、ハナから貸す気なんてないよ。なあ、オイラが」

「……大丈夫です」

「でもよ」


「大丈夫です。心配ないですから。ゴールドさんは戻っていてください。ジャッジは公平に、ですよ。実況、楽しみにしてます」


助け船をだそうにも、当の本人がこれでは。肩をすくめたゴールドは、名残惜しそうに振り返るが、ミカンは静かに首を振るばかりなので、渋々もどる。怒りを押し殺していたミカンの耳に、耐えきれない暴言が聞こえた。

「どうすることもできないか?ざまーないぜ、所詮デンリュウごときの世話でジムを休むような女のバトルは、お遊びって事だ!」


とどめだった。ミカンのなかで、今まで必死で押し殺してきた、引き止めてきた何かが軽快な音をたててふっとぶ。顔を上げたミカンの顔は、怒りに震えて紅葉しきっていた。もういいです!とミカンは叫ぶ。今までにない大声に、あたりはしんとなる。


「いい加減にして下さい!病気のお友達の看病して何が悪いの?アカリちゃんは道具じゃないの。そんなひどいこといわないで!」


「おいおい、頼んできたのはお前だろう?ばかばかしい」


「バトルは喧嘩じゃない!手段を選ばないあなたの戦いは本当の強さではありません!」


ミカンはボールに手を掛ける。やっちまえ、ミカンちゃん!という野次馬の応援を背に、ミカンはまっすぐに前を見据えた。激情を前にすると、かえって冷静になるらしいと初めてミカンは知る。ギャラドスを傷つけるのは気が引けないが、友達をバカにされて引き下がれるほど、もはやミカンに心の余裕はない。ごめんね、とハジメに謝ったミカンの目に一切の余情はなくなった。


「わかりました。あなたはお仕置きが必要ね。港を守り続けるデンリュウの姿を見て、私は本当の強さを学んだの。強さとは、他の人を幸せにする愛をいうのよ!!見せてあげます。おいで、ネールちゃん! 」


全長九メートル弱の巨体が、積み重なった岩石をしならせてうなり声をあげた。ギャラドスの咆哮にやや、戦意をそがれるがミカンの怒りに呼応して対峙する。アサギジムが岩タイプから鋼タイプに転向したのは、ミカンの代からだ。一キロの地層でネールちゃんは生きていた。百年以上生きることで圧縮された体の成分がダイヤのようになった、当時イワークと分類されていたポケモンが発見されたとき、携わった関係者のつてでひきとったのが始まりだ。のちにシルフカンパニーが人工的に進化を可能にするメタルコートを開発販売したことですっかり一般化したが、先人はミカンである。いわば相棒だった。


やっと本気になったかとブラックが笑う。ギャラリーが、最後まで迷っていたゴールドに、おもいっきりたのむぜ!とやじをとばす。ため息を吐いたゴールドはあきらめたのか、どうにでもなれとばかりに赤らんだ顔をたたいた。双方の意志を確認した実況兼ジャッジのゴールドは、うなずくと、こえをあげた。


「ミカンちゃんからはハガネール、ブラックからはギャラドスの登場です。おーっと、ギャラドスの威嚇でハガネールは攻撃力ダウンの状態でスタート!相次ぐ大型ポケモンの登場で、バトルフィールドが小さく見えます。あざやかな夕日を背に、ポケモンたちもほのかに輝いている!日没を目前にどのようなバトルが展開されるのでしょうか!素早さと攻撃力に定評のあるギャラドスですが、鉄壁ガードの女の子、ミカンちゃんのハガネールにどういどむのか!明らかにふりですが、見物だ!では、レディ、ファイト!」


バトレボの丸ぱくりだが、無論誰も知らない。ミカンは少々気圧される。ブラックは、万更でもなさそうに笑う。ゴールドの乗りに任せたアナウンスを合図に、二人は同時に指示を飛ばした。



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