第48話

「ゴルバットとどめをさせ!」


コイルからつないで電磁波の上から怪しい光を重ねがけし、相手が完全に行動不能になった時点で、ひるみ効果のあるエアカッターの連発。ずっとオレのターン戦法は運任せな部分もあるがパターンにはまると強い。対策を立てていないほうが悪い、といいながら、相手がほどこそうとした木の実や道具をかたっぱしから妨害するというところは相変わらずだ。降参を無視して、執拗に攻撃するため、相手はすでに戦意喪失に満身創痍。ゴールドなら、良心からと同時にわざポイントもったいねえと論点のずれた突っ込みをしそうではあるが、命じるブラック自身はご満悦だ。そもそもお互いの手持ちをかけた裏賭博に子供を巻き込んだ男にも多少非はある。運がなかった、御愁傷様である。


ゴルバットに命じて、ニューラとギャラドスのモンスターボールを回収したブラックは、容赦なく賞金をせびる。一般人のトレーナーのように親からの支援は期待できない彼にはわりと生命線だがさておいて。くやしそうに、ちくしょう!という声が裏路地にひびく。なんでも数年前から渦巻き島の霧のせいで孤立気味のタンバシティとアサギシティとをつなぐ唯一の迂回ルートの渡航便が昼間に何者かの襲撃をうけ、アクア号の見合せ状態が続き、ダイヤが乱れて船乗りたちはピリピリしているようだ。道理で午前中と違って警備がきびしいわけである。すきあらば密航してやる気満々だったブラックは舌打ちした。


一応手持ちは決まりつつあるが、直観的にくるものがあれば手にはいれる。ギャラドスは岩が弱点なのが厳しいため、一軍は難しいかもしれないが。アカネの件が記憶に新しいブラックは、苦い顔をした。使い勝手をみるくらいはいいだろうと思うが、ジョーイに目を付けられている手前、路上バトルはまずい。海賊事件で情報が錯綜している以上、へたに目立つのは。自然とブラックの足はアサギの灯台にむかったのだった。


「みつけた!すみませーん、そこの人!」


聞こえたのは、女の声だ。修行目的で集うトレーナーの連続撃破の邪魔をされたブラックは、いらっとして舌打ちする。ルアーボールにギャラドスをおさめて無視するが、女のペタペタというサンダルの足音と呼び声は次第に近づいてくる。周囲の視線も目障りで、ブラックは仕方なく振り返った。


「すみません!」


「なんだ?やろうってのか?」


威圧的な声と不機嫌な様子に臆することなく、声の主はやってきた。いや、追い付くことで精一杯ですっかり息があがり、膝をついているせいでブラックに気付いていないようだ。肩透かしをくらったブラックは、行こうとするが彼女は顔を上げる。


大きなリボンのついた白いワンピースに、オレンジボールのツインテール、の華奢な少女。ブラックの言葉を借りるなら、ひ弱そうな女である。あの、とかぼそい声とは不釣り合いな、強い意志を感じさせる目がブラックをうつす。


「ギャラドスをかしてください!」


「なにい?」


ブラックは呆気にとられて、少々間抜けな返しをしてしまい、我に返って持ちなおす。突拍子もない発言である。めんどくさいことに巻き込まれそうだと本能的に感じて、いやな予感に舌打ち。初対面で何いってんだ、この女。眉を寄せるブラックに、はた、とようやく状況に気付いた少女は、すみません、いきなり失礼なお願いをしてしまいました、と顔を赤らめた。


「私、ミカンと言います。灯台のデンリュウの病気を直す薬がほしいんです。けど、タンバシティにいくには、大型の水ポケモンがいるんです!だから、お願いします!」


切実に訴えてくるミカンは、おそらく「鉄壁ガードの女の子」とかよくわからない紹介をされていたアサギのジムリーダーだろう。弱そうな女だ、とブラックは思う。アカネに完封負けしておいて何を言っているのだとゴールドは突っ込みそうだが、思うのは自由だ。ふん、と笑ったブラックは、かちゃ、とボールをかざす。ミカンの顔が明るくなる。いつもならば無視するが、気が変わった。

「わけ有りらしいな、いいだろう、貸してやる。ただし、バトルでオレ様に勝てたらの話だ!」


ポケモンの看病ごときにご熱心なジムリーダーに負ける気はしない。え、とミカンは動揺する。どうしてもですかと困惑気味なミカンに、なら他をあたれ、と冷たくブラックはつきはなす。一巡して、胸に手を当てたミカンは、真剣なまなざしでこくりとうなずいた。ざわざわ、と同じ階のトレーナーたちの話し声が反響する。聞こえるようにいったのだから、当たり前だ。この灯台の最上階のデンリュウの看病で、ジムリーダーはずっと休業しており、挑戦者の希望にもごめんなさいな日が続いている。この灯台のトレーナーにも、一人二人どころではなくミカンのバトルをみたい、したいという人間は多い。そんななかで本人が直々な形で非公式とはいえ、戦うと宣言したらこうなる。人だかりができはじめていることに気付いたミカンは、はっとした。どうやら、なにかの事情で衝動的に海をわたろうとしていたらしい。ばかなやつとブラックは内心笑う。後先考えずにもほどがあるだろう、ジムリーダーのくせに。



で、ブラックはおもむろに灯台の数ある窓をにらみつける。しろくくりぬかれた壁にはめ込まれた窓は、日中は基本的に晴天のひはあいているので、あたたかなひだまりがあるのだが。しろくのびる光の影に、不自然な影を見つけたのだ。


「ジャッジはおまえだ、ゴールド」


「げ」


やべ、見つかったと顔にかいてある。あはは、と引きつった笑顔をはりつけて、ゴールドは宙ぶらりんな態勢のまま下に逃げようとする。まてこら、とブラックは身を乗り出す。上の階からおそらく下の屋根におり、開いている窓からさらに上層をめざせる隠し階段にでも移動中なのだろう。本来使えるはずの通路は横で唖然としている女が閉鎖している。ひもを手繰り寄せると、壁に激突しそうになったゴールドがなにすんだよ!と絶叫する。なんとか足で踏みとどまりはしたものの、しびれるらしい。


「散々俺を笑い飛ばしておいて、いい度胸だな」



「や、やだなあ、ブラックサン。オイラが笑うわけないって、あはは」



「目が笑っている奴がなにをいうか。聞こえてんだよ!さっさとあがってこい。なぐらせろ」



「つーかさ、なんでオイラがジャッジなんてしなきゃなんないんだよ!理不尽に拍車かかってねーか?」



「うるさい、だまれ」



うぜえ!とゴールドが叫ぶ。窓越しに、お、おれさま、て、おれさまて!、と殺しきれなかった笑い声は、外の強い潮風によりかき消されたはずだが、ブラックの地獄耳まではごまかせなかったようだ。午前中は散々腹を抱えて笑われ、しかもバトルで負けたのだ。ブラックは一発くらいどついても罰は当たらないだろう。



「こっちみんな、まともに顔が見られない?安心しろ、二度と顔をあわせなくてすむようにしてやる」



ブラックはメガニウムを出す。ゴールドは青ざめた。


「ごめ、まて、まじで待って!仕方ねえだろ、まだ倒してないトレーナーがオイラを待ってんだってば!」


「死ね」


「わかったわかった、わかったってば、ジャッジするし殴られるからハッパカッターは勘弁!」



「バカか?マジカルリーフだ」



「なお悪いわ、必中じゃねーか!」



ぎゃああ、とゴールドはあわててよじのぼると、いきをついて、窓から入る。何この扱い、ひどくね?と微妙に落ち込むゴールドに、野次馬とミカンは笑った。ゴールドはあきらめたらしく、いきをつく。



「はじめまして、ミカンといいます。えっと、ゴールドさん?お願いしても、かまいませんか?」



「おう、よろしくな。まあ、二人ともやる気ならオイラはかまわねえよ。ところで、なんで、二人ともバトルなんてすんだ?」



「ジャッジは深入りするな、引っ込んでろ」



「きこーし、アンタなあ」


「ふん、どうせこの女とデンリュウの見舞いに来たお人好しなおまえのことだ。事情で贔屓するに決まってる」



お人好しねえ、とゴールドはなぜか複雑そうに笑う。ミカンはありがとうございます、それなら、と続ける。



「たしかにバトルは正々堂々が一番ですよね。ジャッジは公平でないと。わかりました、すみません、ゴールドさん。バトルのあとに説明させてください」



「りょーかい」



場所を決めようとすると、野次馬の人たちが提案してくる。ジムやここ、とあがったが、アサギの灯台に程近い鍛練用のフィールドになったのでむかう。ジャッジは未経験らしいゴールドに、実況つけてくれとかいい加減なリクエストが飛ぶ。はあ?と声が裏返るゴールドに、ブラックははなで笑うと先に行ってしまう。ミカンは苦笑いして、ご迷惑かけてすみません、と再度頭を下げた。


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