第47話

なぜうずまき諸島がうずまき諸島と呼ばれているのかといえば、その特有の環境に由来するといわれている。深い深い濃霧立ち込めるうずまき諸島は、アサギシティ側の大洋とタンバシティの大陸間の内海がせめぎ合う海峡のど真ん中にある。大量の海水がタンバシティ側の内海に流れ込み、また逆もしかり。双方の水位差は大きくて2メートルをこえるときがあり、海峡の幅が狭い上、海底の複雑な地形が影響して、潮の流れは他の海域に比べて、とてつもなく速い。この速さは、ジョウト地方のみならず、シンオウ地方からホウエン地方を見渡して比べてみても、ずっと速い。世界3大に数えられることもある。この速い海流とアサギシティ、タンバシティそれぞれの大陸に程近い穏やかな海流の境目で、渦潮が発生する。大潮の時には、20メートルにもおよぶ渦潮だが、とりわけ発生しやすいポイントが、うずまき諸島というわけだ。外部からの侵入を拒むように、流れの激しい海流におおわれているうずまき島で安全に上陸しようと穏やかな海域を進むと、まるで人的に配されたかのごとく行く手を阻む渦潮を超えていかなくてはいけない。ひでんマシンなしでは、とてもではないがいけそうもない、まさに魔の海域だ。



その海域を超えると、一転して穏やかな海が広がっている。うずまき島に上陸するには、浜辺をぬけて荒れ放題の山道を上り、洞窟をくぐらなければならない。洞窟は海とつながるいくつもの池があり、繁殖の時期を迎えたランターンやチョンチーたちがやってきて、フラッシュを使ったわけでもないのに、ひかる池を形成している。ちなみにこの池たち、すべてのうずまき島とつながっている。いくつもあるうずまき島のひとつにある洞窟にて、漂着物をかき集めては、その池の中に放り込んでしまう困った習性をもつ、ヤドキングが住み着いている。きょうもまた、ずーるずーると引っ張ってきたゴムボートをひかる池の中に放り込もうともちあげる。大満足な様子で胸をはった。そのしてやった顔の先には、時々この島に訪れる舞妓の姿があった。

エスパータイプのテレパスが、直接彼女の脳内に響く。別に驚くわけでもなく、彼女は自然と受け入れる。ポケモンの声が聞けるという能力ではなく、読み取る感覚が研ぎ澄まされているだけである。いいたいことを脳が人間の言葉に変換して、彼女に伝えているのである。幼少期から、伝説のポケモンを降臨させるための縁寿之舞を訓練してきた舞妓だけはある。ポケモンは人間と直接話すことはできないとされている。その常識がある意味テレパスのように直接人間に語りかける手段をもつポケモンと人間のコミュニケーションを阻害しているともいえる。そもそも聞こうという意識がなければ、脳がシャットダウンしてしまう。サイキッカーがエスパータイプのポケモンのいうことが、仕草や鳴き声いがいで判断できるように、手を伸ばせば聞き取れるはずなのだ。人間とポケモンは、ずっとまえは、同じ存在だったのだから。

とはいえど、普通のトレーナーがヤドキングとこうして会話できるのかといえば、答えはおそらく否というほかない。相応の鍛錬と修行を積み、受け入れる度胸、そしてポケモンの言葉を理解するが故に、トレーナーとしてのあり方に悩み続けなければならないという苦悩を背負わなければ、できることはない。そう、彼女は信じている。もちろん生まれながらの先天的な才能でそちらの能力に特化した人間がいるかもしれないことは承知のうえだが、きっと、ポケモンと対等であろうとする心と、トレーナーという存在がポケモンに上下関係を強いる者である以上、必ずや背反するのは目に見えている。彼女もまたその人間の一人だった。だから彼女は、自分の手持ちのポケモンの声は絶対に聞かない。また、声を聞くポケモンは絶対に捕まえない。そうして折り合いをつけなくては、やっていけなかったのだ。


「どないしましたんえ、そのゴムボート」

『これ、ヤドキングの。さっき、拾った』

「あらあら。流れついてもうたんどすなあ」

『だめ、あげない。ヤドキングのお宝』


はいはい、と彼女は口元をかくして笑う。

ばっしゃん、と上がった飛沫と波紋、そしていきなり水面に降ってきた黒い物体に驚いてチョンチーたちが逃げ惑い、電気が飛ぶ。一部が焦げてしまった。彼女はそうっと水面を覗き込む。ヤドキングのお宝の基準は、相変わらずむちゃくちゃである。思わず彼女は、ため息を付いた。バスケットボールやバット、空き缶や電球、貝殻、といった漂着物でも目についたものは何でも入れてしまうようである。あらまあ、と声を上げた舞妓は、ヤドキングの帽子とかしているシェルダーをつかむと、あきまへんえ、と呆れた様子でたしなめた。そして、ゴミ袋を広げる。モンスターボールから出てきたシャワーズは、一声あげて、くるりとまわると、池の中に飛び込んだ。再びチョンチーたちが電撃を発するが、なれた様子ですぐさま水にとけていく。軽減したダメージをかいくぐり、ふたたび形を形成したシャワーズは、空き缶を口に加えると地上へを上り、ぽいっとゴミ袋に放り込んで、褒めてくれとばかりに彼女の前で座り込む。よしよし、と彼女は相方を褒めた。この調子で頑張っておくれやす、と彼女は告げた。少しでも目を話すと、すぐにゴミを溜め込んでしまうヤドキングには、溜息しか出てこない。ヤドキングが取り上げられたお宝にすぐさま抗議するものの、彼女は首をふった。


「ランターンはんたちが飲み込んでもうたら、どないしますのん?この前みたいに、いたいいたいて泣いてもうたら、かわいそうとちがいます?」

『わかった。ヤドキング、あきらめる。でも、ほか、だめ』

「ランターンはんたちがうっかり飲み込んでしまわないくらいの大きさなら、いいんどすえ」


むう、とむくれてしまうヤドキングに、彼女はこれくらい、と手を広げる。ちゃくちゃくと集まっていくゴミに比例して、うなだれていくヤドキング。彼女はくすりと笑って話題を変えた。お疲れ様、とねぎらいを重ねて、彼女はシャワーズを戻す。


「誰かおいでになりました?」

『挑戦者?いや、こない。いま、だめ。もし挑戦者きても、島から出てく、ヤドキングいう』

「そうどすかあ。ふふ、教えてくれておおきに」

『早く、元気なるといい。ヤドキング、挑戦者迎える、久しぶり。すごい久しぶり。そのときヤドキング楽しみ!』

「うちも楽しみどすなあ。でも、きっと近いうちに、誰かくると思います。その時は、ヤドキングはん、案内頼んますえ」

『わかってる。今は、かわり、うずまき島だれも近づかないようするだけ』


我慢我慢、と繰り返すヤドキングに、彼女はご苦労さんどすなあ、と洞窟の入り口から見える、この島全体を覆う濃霧をみつめた。




その時、なにやら強力な光が、この島のさらに先にあるうずまき島の一つに放たれる。そして、立ち上る砂埃。遅れて、遠くかすかに、何かが爆発する音が聞こえた。慌てて洞窟から飛び出した彼女は、その島をみつめる。なにかあったのかと彼女は目を凝らした。


『子桃!チョンチーたち、きた!いっぱいきた!』


慌てた様子で叫ぶヤドキングに、子桃と呼ばれた舞妓は振り返り、再び洞窟にもどる。おそらくあの爆発のあった島々にあった洞窟から驚いて逃げてきたのだろう。うずまき島は、その特殊な構造から、なにか異常事態があれば、こうしてすぐに把握出来るつよみがある。
舞妓がみたのは、たくさんのチョンチーたちに運ばれて、池からやってきたカメックスだった。


「カメックスはん!大丈夫どすか?!」


小梅は慌てて懐から傷薬を取り出し、ゆっくりとなけなしの力ではいあがってきたカメックスのもとへ向かう。この島で100年もの間番人をしているカメックスだ。最近、挑戦者が一向に現れないので、暇を持て余している節があったが、指折り数えられるくらいの実力者。それが、なぜ。なんとか治療を施すと、カメックスはようやく目をはっきりとあけた。ヤドキングは、カメックスの通訳をはじめた。.


『子桃、大変。この島、だれかいる』

「だれか?侵入者どすか?」

『知らない、でもすっごく強い。カメックス、やられた。でも、やつら、なにももってない。迷い込んできたわけ、ちがう。ルギアさがしてる』


この海域で意図的に発生させている霧をかいくぐって、島に上陸した複数の人間が、この島の主であるルギアをさがしている。突然の事態に、仰天するものの、時間が無い。心配そうに見上げてくるカメックスとヤドキングに、大丈夫え、と優しくなで、しかし厳しい口調で先を促す。彼女は険しい表情をしたまま、この島の主のもとへと急ぐことにした。そこに淑やかさを守る舞妓の姿はない。この島の案内役を仰せつかっている人間としての姿がそこにあった。


「うちはルギアはんとこに急ぎます。ヤドキングはん、カメックスはんを看病たのんますえ。そこで、そこで待っとっておくんなまし!」



彼女は焦っていた。侵入者は、彼女がこの島の防人を受け継いでから、初めてではない。だが、今までと今回とでは明らかに時期が悪すぎる。なぜ今なのだろう。よりによって、なぜ今。理解できない事態に、ますます急ぎ足になる。今は最もこの島の主にとって、なくてはならない大切な時期。沈黙と静寂が何よりも大切な時期.。強い相手と戦いたいのが目的ではないだろう。複数できているのだから。下手をすればこの島全体が甚大な被害をこうむってしまうことがわかっている彼女は、正体不明の侵入者たちにひどい憤りを感じた。無碍な破壊活動はつづいている。再びあがった爆発音と立ち上る煙。この島に生息するポケモンたちがどれだけ傷つくか、わからないのだろうか。そしてなによりも、ルギアがこの事態を黙って見過ごすはずがない。ルギアを探している侵入者たちの目的は、おそらくルギアの捕獲だろう。そのルギアを引きずりだすための破壊活動としか思えない。なんという効率的で、合理的で、ひどすぎる手段だろうか。


「あかん、ルギアはん、こらえて!あかんで、今はまだっ!」


無茶したらあかん!あんさんは、今!止めなくては、と子桃は防人だけが知っている秘密の通路に足を進めた。










うずまき島は、ルギアが生息している。強すぎる能力とそれに見合う知能を持つため、深い海の底、海溝で静かに時を過ごすとされているが、うずまき島は密接な関わりがあった。荒れ狂う海をしずめるほどの力を持ち、海の神様とアサギシティでおとぎ話にもなっているルギアは、あらしのよるに姿を表すとされているが、これは誤りである。最後の文献には、ルギアは翼を羽ばたかせただけでも、その突風で民家が吹き飛ぶほどの威力を誇るという伝承が残されている。これが拡大解釈され、ルギアが羽ばたくと40日間嵐が続くとまで言われるようになり、それがいつしかネジ曲がって伝承されるようになったのだ。

ルギアが海上に姿を表すには、2つの条件のうちいずれを満たす必要がある。1つは、魔の海域を乗り越え、かつ非常に入手困難なひでんマシン「うずしお」をポケモンに習得させるだけの力をもった者が、うずまき島に来たとき。各島にいる番人を撃破することで、実力を示すことができればいいのだ。2つが、「ぎんいろのはね」もしくは「うみなりのすず」を持つ人間が、現れた時。なぜ二つアイテムが分かれているのかというと、「ぎんいろのはね」に関しては、強さを追い求め続けるトレーナーに必ず行き着くとされている。それは、ルギアの本能がそのトレーナーをよぶから、だそうだ。そのため、「ぎんいろのはね」を入手したトレーナーは、その幸運こそ実力の証というわけである。「うみなりのすず」はいわば「最強のポケモンの前に伝説のポケモンは舞い降りる」とされている伝承をまもるべく、ずっと昔から守り続けている人々、つまり子桃のような舞妓たちに実力を認められた人間だけが、渡される。

この条件をクリアしたものは、その人間が明確な意志を持って、ルギアに挑戦すると判断できるかどうか、をルギアがとある手段を持って確かめるのだ。挑戦者はとある試練を受けなければならないのだが、すべてをクリアしてルギアと遭遇したトレーナーは、今のところたった一人である。リザードンたちで壮絶な戦いを繰り広げた赤いキャップの少年は、元気にしているだろうか。

子桃が焦っているのは、侵入者たちが方法は乱暴とはいえ、ルギアが姿を表す条件をクリアしているからである。おそらくルギアは試練を課すため、とある手段を講じるだろう。それは今回だけは、ルギアにとって、大きな負担となってしまう。ヘタをしたらルギアが生まれ変わる前に死んでしまう。だが、ルギアは挑戦者としての条件が揃った人間がどんな人間であろうと平等に試練を与える。それは強いものと戦いたいという性からくるのかはわからない。だが、一度戦うと決めた相手とは絶対に戦うようなポケモンだ。無駄とはわかっていながら、子桃はうずまき島の最深部へと行かずにはいられなかったのだった。















巨大な滝の流れる音がする。ルギアが降臨するのは、ここ、うずまき島の最深部なのだ。うずまき島の最深部に到達する経路は、4つある諸島のうち、たった一つしかない。鍾乳洞の中は、ひんやりとしている。子桃のもっている、ぎんいろのはねが輝きだした。ぎんいろのはねを内包して、まるでシャボン玉のように球体を形成し、ふわりと舞い上がった羽は、子桃の手を離れてどんどん下の薄暗い海に落ちていく。あきまへん!と叫ぶものの、ぎんいろのはねに伸ばしたては空を切る。四方を静かな海が満たす、その空間は、中央につづいている祭壇をのぞけばまるで鍾乳洞のようだ。祭壇を囲う四つの祠は、うずまき諸島を表しているといわれている。ルギアがいるのは、祭壇のさらに先にある巨大な滝の先。しかしぎんいろのはねは、そのぎんいろの光をはなちながら、祭壇の中央に落ち着いた。いそいで階段をおりる子桃だが、手すり沿いに灯篭がかかっているとはいえ、足元はおぼつかない。すべりそうになって、あわててうずくまった子桃が見たのは、ぎんいろの光に呼応するように、次第に水位が上昇していく海。おそかった、と子桃は思った。もはや祭壇に続く階段は、海によって満たされ、とてもではないが取りに行ける深さではない。完全に分断されてしまった。試練が始まってしまった。子桃はただ、見ているしかできない自分に、泣きたくなる。


静かだった水面が、波をたてる。飛沫を上げて四方の海が、波を上げる。潮風もない空間の異様な風景は、ますます変化を続けた。天井に届かんばかりに飛沫が舞い踊る。水のベールが祭壇を覆い尽くす。その光は4つに別れ、祠に光をともす。空間がますます明るくなった。あまりにも鮮烈な光景が、心なしにじんでみえる子桃は、そうっと涙をぬぐった。


ざぶんざぶんざぶんと一定のリズムで聞こえる波音。うねり。滝の音はさらに激しくなり、空間が環境音に包まれていく。子桃はまっすぐ祠の先、明かりできらきらと反射する滝を見つめた。そこには、巨大な影がある。ぎらぎらとかがやく目は、ポケモンたちの楽園、そして己の生息域を荒らされた怒りに満ちている。悠然と羽ばたく大きな翼が滝の向う側に影となって映る。そして、洞窟内に、ルギアの咆哮が響いた。その叫びに呼応して、鍾乳洞内にあるいわいわが滝の向こうに吸い込まれていく。そして、みるみるうちに影が変化し、大きな球体となる。ぎらぎらとした目の輝きはそのままに、滝を割って現れた異様な物体は、ざぶん、と大きな水の柱を作り上げ、海に潜ってしまった。


海がゆっくりと穏やかになっていく。階段から海水が引いていく。壮大な光景を目あたりにして、ほう、と息を吐くしかできない子桃だが、そのすっかり腰の抜けたままではだめだと首をふる。手すりにつかまり、ゆっくりと慎重におりていく。子桃は、祭壇の向う側に急いだ。


「あ」


ぎんいろの光が舞い上がる。灯火は消え、ただ灯篭だけが残された祭壇の上にうかんだぎんいろの羽は、まるで風に流されるかのごとく、どこかに飛び去ってしまう。まってと思わず叫んだ子桃だったが、もはや姿形はない。ぎんいろのはねは、ルギアが呼ぶ声に答えた選ばれたものの手にわたる。まさか侵入者の中にそんな人が?まさか。考えても仕方ないと子桃は、先を急ぐことにした。うみなりの鈴は、まだ時ではないと長女の玉緒が預かっている。とりあえず、ルギアの安否が心配だ。子桃が去った鍾乳洞を、ぎんいろの光がゆっくりと上昇していった。




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