第32話

ライチュウが駆けていく。レッドさんの肩から飛び降りたピカチュウが、ライチュウのところまで駆け寄ると、抱きついてきたライチュウにつぶされそうになりながら、抱きついて頬擦り。涙をいっぱいにためて鳴き声をあげた。確かにライチュウはもともとやたらかまって欲しがりで、独り占めしたがるやつだったけど、甘えたい盛りがはたから見ててわかる。うれしそうに、ひし、とピカチュウに抱きついてるライチュウを見てると、なんか違和感。これじゃまるでいつまでたっても甘えたがりなマザコンそのものだ。進化後だし大きさも大きいライチュウが息子で、ピカチュウが母親。じゃあ、置き去りに去れた俺はあれか、見たことない顔で笑うライチュウに微笑ましくもどこか居心地の悪さととられた喪失感と立場の危うさを自覚する嫁か。ぽんぽん、とレッドさんに肩を叩かれた。ないてなんかっ!


積もる話もあるやろし、あとはお二人さんでゆっくりしてや、と見合いの幹事かおまえはと突っ込みたくなるようなマサキのよくわからない気遣いで、今はユニオンルームには案内係のねえちゃんしかいない。たまには話し掛けてくださいね、淋しいですし、とかいわれたらあれだろ!というのはおいといて。


ライチュウとピカチュウがじゃれついてる横で、苦笑いしたレッドさんがいきなり手を差し出してくる。は?身構えた俺に、レッドさんが笑う。


「改めて自己紹介しようと思ってね。はじめまして、ゴールド。僕はレッド。トレーナーをしてるんだ。よろしく」

「あ、は、はい!こっちこそ、よろしくお願いします!」


握手をかわす。


いきなり初代の主人公に名前知られてて、しかもやたら親しげに挨拶されて、よろしくなんて、なんでこんな優遇されてんの俺。いまだかつてないくらい現実とは思えない出来事に、ためいきしかでてこない。バッジ十六個そろえて、オーキド博士から専用の秘伝マシンもらって、最後のダンジョン、シロガネヤマに上った先の雪山吹雪き地帯にたっているはずのラスボスが、無言のバトルじゃなくてこうして話し掛けてくるとか予想外すぎる。


「まずは、なんで僕がここにいるのか、話さなくちゃいけないね」

「お願いします。ぜひお願いします。サプライズすぎて頭爆発しそうです」

「まあまあ、楽にしてよ」
「無茶ぶり勘弁してください」


まいったなあ、とレッドさんは困り顔で、俺をみる。おいで、とピカチュウに手招きすると、ぴく、と黄色い耳をゆらして振り返ったピカチュウが、レッドさんの肩までよじ登る。むくれたライチュウは、俺の膝元に帰還した。首筋を撫でてやりながら、レッドさんが口を開いた。


「見て分かると思うけど、僕のピカチュウは、モンスターボールが嫌いではいらないんだ」


そりゃ存じ上げてますとも、とうなずいた。レッドさんのパーティーのモトネタは、アニメの設定をゲームに再現できる今はなきピカチュウバージョンの名残だ。御三家を選んだどのこもがっかりしないようにっていう配慮だろう。最初に選べるのはモンスターボールが嫌いでつれあるきができるかわりに進化ふかなピカチュウのみ、ちなみにライバルはイーブイで序盤の勝敗で進化先が決まる。今のリメイク版のつれあるきの原点なんだ。しかもアニメの声がつかわれてて、専用のグラがなつきどによりかわる特典つき。すごすぎる。ちなみに最初から電気玉を持ってるのは金銀につれてくれば分かる。ムサシコジロウコンビもでてきたりする。ホント、なんで金銀、リメイクじゃモンスターボールで出てくるんだろう?


「ところで、ゴールド。僕のピカチュウがモンスターボールに入らないことで、なにが問題か分かるかい?」

「え?えっと、モンスターボールに入れなきゃ立ち入り禁止の区域に入れないとか?」

「うん。もちろん、それもある。ほかには?」

「あ、モンスターボールに入らないから、ピカチュウに認めてもらわないと戦えない?」

「そう、親と認知はしてないと思う。多分、対等で平等なのは、あとにも先にもこいつだけだよ。それは、とても大変で難しい複雑な関係なんだ。楽しいけど」

そりゃ、ねえ。俺はうなずいた。
ゲームのシステムやルール、概念を漫画やアニメなんかに展開すると、どうしても機械的になっちまうから、友情といったポケモンとトレーナーの関係におもきがおかれがちだ。メインに据えられやすい。だが、そうするとどうしても、トレーナーがポケモンを捕獲、使役してるあきらかな上下関係がいびつさを増してしまう。だからサトシとピカチュウは親友になるために、モンスターボールをかいさないことで地位を確立したわけだし。でも異質すぎる関係は、お互いがみえてないとなかなか成立しない。デジモンならともかく、ポケモンはしゃべれない。レッドさんも大変だったらしく、少々言葉が止まった。



「チャンピオンとしての日々は充実してたけど、未熟な自分を痛感させられることが多くてね。頑張ったつもりなんだけど、しだいにチャンピオンのことに手一杯になって、いつのまにか考え方がトレーナーに傾いていったんだ。ピカチュウとの関係が窮屈に感じちゃって、こいつもいうこと聞いてくれなくて、いらいらしちゃった。そのうち僕は余裕すらなくしてたみたい。僕はピカチュウをパーティーから外したんだ」


一呼吸。


「そしたら、育てやさんから、連絡があったんだ。ピカチュウがたまごを持ってるって。大騒ぎになったよ。しかも生まれてきたポケモンは、本来覚えられないはずの新しい技を覚えてた。その子が、こいつ」


差し出されたボールには、リメイク版のボルテッカーもちのピカチュウがいた。

「でも。その時点で僕とピカチュウの関係は、決定的に悪くなったんだ。わがこが取り上げられて、僕が何も教えないんだ。怒って当たり前。いいわけにもならないけど、僕は気付いてあげられないほど、追い詰められててね。すれちがったまま、僕はチャンピオンを続けたよ」

うつむいた顔がこっちをむく。和解したらしいピカチュウは、気にするなとレッドさんの顔に擦り寄る。

「そのころだよ、未来のゴールドから連絡があったのは」

「へ?」

「ときどきあったんだ。現役時代の僕と戦いたいっていう、未来からの挑戦状。でもさ、ゴールドの挑戦状はやたら無茶ぶりだったんだ。なんせ、チャンピオンになったときのパーティーで戦ってほしいなんてさ、ピカチュウと僕、喧嘩中なのにね」

「まじですか」

「うん。でも、おかげで久々にピカチュウと会うきっかけをくれたんだ。感謝してるよ」

「はあ」

「で、初めてのバトルは、やっぱり親子はすごいね、一発だったよ、おかげでライチュウがピカチュウにべったりでそれどころじゃなくなっちゃったんだ」



そこからレッドさんと未来の俺の交流が始まり、やがてレッドさんが裏ボスになることで自分と向き合う時間ができて、久々にピカチュウとの時間ができたらしい。


「未来のゴールドが、ライチュウをかしてくれるっていうから、このこがイーブイのころにかしたんだ。で、あの事故の日は、返す日だったんだ」

「なるほど、そういうことだったんですか」

「うん。僕もピカチュウも狼狽しきってるのに、未来のゴールドったら、けろりとした顔で、あっさりライチュウの誤送先言い当てちゃうんだもん。笑ったなあ。ハヤトさんに説明したら、任せとけっていわれてさ」

「はああっ?!……ピジョット出したの、わざとかよ、ハヤト!しかも演出しすぎだっての!」

どおりでむちゃくちゃなバトル仕掛けてくるはずだよ!もとをたどれば、未来の俺のせいかよおい!俺は明後日の方向に叫んだ。


「ライチュウ、返してもらうには、通信交換がいるでしょ?なにがいいかなって相談したら、ピチューのたまごって即答されてね。ああ、これがきっかけで未来のゴールドは僕と出会ったんだろうって気付いたわけだ。してやられたよ」


この時ばかりは未来の俺に感謝するしかなかった。


「君がポケモンを大切に育ててることはわかってる。だから、安心して託せるよ。受け取ってくれるよね?」


断る理由なんて、なかった。


「ライチュウ、元気でな。未来の俺によろしく」


なでてやると、ライチュウは元気よくなく。ついでにこれ渡してくれとメールを渡して、俺はボールに戻し、機械にかける。ケーブルに飲み込まれたボールのかわりに、ピチューの卵がやってくる。これで正式にピチューの俺の手持ちが確定した。淋しいけど、すぐあえる。


「確かに受け取ったよ。ライチュウ、未来のゴールドに返すから、安心して。これからもがんばってね、ゴールド。いつか、戦える日を楽しみにしてるよ」

「はい!」


俺はレッドさんと握手を交わした。































「じゃあ、僕はこれで」

「ああ、シロガネヤマに戻るんですか?」

「あはは、案外暇なんだよ?オーキド博士のお眼鏡にかなう人がいないのか、許可が出るひとが少ないのかわからないけど。今はバトルフロンティアにいるんだ。あそこなら、僕はただのトレーナーにすぎないから」

「あー、なるほど」



あの廃人養成所か!バトルフロンティアっていうのは、次の湊町、カントーのクチバシティとの渡航便がでてるアサギシティのはずれにあるやりこみ施設のことだ。腕の立つトレーナーしか招かれないところで、たしかジョウトとカントーを制覇しないと俺は入れないはず。五つ大きな施設があって、それぞれコンセプトによっていろんなルールのバトルができる。バトルポイントっていう、フロンティア内でつかえるポイントがあって、そこで教え技やアイテムが交換できる。各施設にはフロンティアブレーンっていうやたら強い人がいて、勝てるとシンボルがもらえる。手抜きが銀、本気が金。ただ勝ち抜けるには、ポケモンをいちから育てなきゃいけないから、相当な時間とお金がないときつい。レッドさんも、フロンティアからすれば一地方のチャンピオンにすぎないからなあ、おっそろしいぜ。はまるとマゾになれること受け合いだ。


「ネジキが僕を呼んでるんだ」

「ファクトリーですか」

「うん」


ワーオの人じゃないか!ファクトリーは、いわゆるレンタルバトルの施設なんだけど、ネジキはそこのブレーン。勝ち抜けるたび、交換をたくさんすると、強いとされるポケモンが出やすくなってくるから、それが勝利の鍵だったりする。あー、なつかしいなあ、ネジキもレンタルポケモン使ってくるからいつもパーティーが違って対策のたてようがないんだよな。普通に伝説の三鳥とか使ってくるから恐すぎる。


フロンティアクオリティとよばれる恐ろしい現象も頻繁におこるから、なかなか勝てない。

一撃必殺や命中率の低い技が普通に当たる
守る、みきり、こらえるが連続で成功する
まひ、こんらん、かげぶんしん、こおりでずっと動きを封じる
きゅうしょにあてやすくなる


すべて相手にかかる補正だ。ギャンブラーのラプラスにじわれ、絶対零度で全滅させられるのは、だれもが通る道。そっか、どおりでエーフィとブラッキーの技が充実してるわけだ。


「ネジキがいう、なんとかパーセントってなんだろう?」

「あ、あれ、ネジキの勝率らしいですよ?」

「え?僕の勝率でしょ?25パーセントで負けたんだけど」

「よくあることです。気にしちゃ負けです」


んなこといったら、俺なんて十パーセントで負けてるっての!かげぶんしんから、どくを食らって、そのままなぶりごろしにされたしなあ。


「よく知ってるね?未来のゴールドは、よく通ってるみたいだから分かるけど」
「あはは、今年でポケモン歴十年なんで!」

「あはは、未来のゴールドと同じこというんだね。面白いなあ」


レッドさんと意気投合した俺は、そのままマサキと夕食を一緒にとることになったのだった。













さて、明日は一度マツバにあいにいくか!


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