第31話

マサキの叫びに、動くな、とだけグレイは言った。まだ何かあるのか、とジムリーダーやスタッフ、関係者のトレーナー達、観客でも腕に覚えのある人たちは臨戦に入りながら、視線を飛ばし、動きを止める。



「ふん、甘い。まさか、私がこの程度でやられるとでも思っているのか?馬鹿め」



ロケット団幹部のグレイは、なぜか不敵な笑みを崩さない。
手持ちのポケモンはブラックが壊滅させたはずだってのに、なんでそんな余裕でいられんだ?何がおかしい!とブラックが吠える。グレイは愉快そうに、やれやれ、と肩をすくめて、これだから、とつぶやいて首をふった。エーフィが持ってきてくれた、下っ端が持っていた起爆スイッチは今俺の手元にある。催眠電波の機械はどちらも破壊した。下っ端たちはグレイの号令に従って、まだポケモンを持っている奴らは陣を張って近寄らせない。下っ端クラスなら、余裕で撃破できるから、大した脅しにはならねえと思うけど。



「奥の手段というものは、最後に取っておくものだ。動くな。下手なまねをしたら、
起爆スイッチを起動させるぞ!」



観客から悲鳴が上がる。私が下っ端ごときに、大事な任務の一端をかませるとでも思っていたのか、とグレイは笑い、懐から、スイッチを掲げた。えーっ、ありかよ、きたねえ!ってことは偽もんかよ、これ!とマサキに振り返ると、いや、そんなはずあらへん、と解体作業を急ピッチで進めていたマサキが叫ぶ。偽物かどうかはともかくとして、下手に刺激したら、あぶないじゃねーか!俺だけだったらいいけど、いっぱい人がいるのに、うかつな行動はとれない。ちっきしょう、せっかくここまで追い詰めたってのに!ラジオ塔事件の実行犯が一人でも減れば楽だなって思ってたのに、やっぱこうなるのか!下っ端たちは聞いていなかったらしく、動揺が広がる。敵を欺くには味方からってか?ふざけんなよ、くそ。舌打ちをした俺は、レッドさんを見る。レッドさんは小さく首を振った。さすがに打つ手なし、かよ、この野郎。



「総員、撤退!収穫はあった。長居は無用だ!」



はっと敬礼して、下っ端たちが列をなして、撤退していく。ポケモンは帰ってきたけど、サミットで使われた新製品や試作開発段階のものや、理論をデータ化したCD.DVD.USBをはじめとした、周辺機器なんかが奪われたままだ。やべえ、あいつら、絶対出て行ったら、スイッチ押す気満々じゃねーか!依然として、サミット会場の柱はすべてマルマインで包囲されている。マサキ達が解除できる暗号を解読中だけど、まだ時間がかかるらしく、まったく動けない。舌打ちをした俺は、ロケット団達が見えなくなるのを、見届けるしかなかった。どこかで子供のぐずる鳴き声がする。マサキ、まだかよ!キーボードを走らせているマサキは、必死でぼそぼそ呟きながら、解除ロックを外そうと懸命にやっている。何もできないのかよ、くそ!頼むから爆発は待ってくれよ、生き埋めはやだぞ、と祈りながら、俺は拳を作るしかなかった。










ジリリリリリリリリリリリリリ!耳をつんざくような警報が会場に鳴り響いた。










ロケット団が見えなくなってから、スタッフたちが、パニック状態になった観客たちを一斉にさばき始める。やばいやばいやばい、さすがに逃げないと!マサキの様子を見にかけ出した俺は、くそっと乱暴に床を叩いたマサキを見て、嫌な予感がした。



「マ、マサキ、それじゃ駄目なのか?」

「あかん、声紋パスワードになっとる!どうしても、ここのロックが外れんのや!」



声紋パスワードとか、どこの地下基地のサカキの部屋だよ、ふざけんな!くっそ、こんなことなら、さっきの下っ端捕まえりゃよかった!マサキが別のルートからの解析を始めた横で、レッドさんが借りるよ、とスイッチに声をあてる。「サカキ様かっこいい」と「サカキ様 万歳」か、確かに3年前のパスワードはそれだけど、さすがにダメだろ!絶対変わってるって!見ているしかない俺は、そうだ、とあたりを見渡して、ブラックを探す。あいつならなんか知ってるかも!ってあの野郎、いい加減にしやがれ!



「そこの暗黒の貴公子、どさくさにまぎれてブラッキー盗むなよ!」



あくタイプ使いなのは知ってるけど、ちゃっかりしてんじゃねーよ、馬鹿野郎!あわてて捕まえた俺は、いい加減にしろ、と一発殴った。もちろんモンスターボールは回収する。イケメンだからって何でも許されると思うなよ、この野郎。舌打ちをしたブラックは、げし、と突き飛ばすと、覚えてろよ、とばかりに睨みつけ、レッドさんからスイッチをひったくると、ぼそぼそと言葉を羅列し始めた。……尊敬してた世界で一番強い父親像をぶっ壊した、ある意味敵ともいうべき人間が横にいるわけだけど、さすがに気づいてないらしい。赤いキャップ帽子に、なにか思い出すものでもあったのか、嫌そうにレッドさんが視界に入らないようにはしてるけど。



「ちっ。俺が知ってるのはこれだけだ」



お手上げかよ。



「あかん、もう限界や。そろそろ逃げんと、生き埋めになってまう!逃げるで!」



とうとうマサキはさじを投げてしまった。ロケット団の野郎、今度会ったらただじゃおかねえかんな!もう影も形も見えない黒ずくめを思い描いて、俺は舌打ちをして、振り返る。
ここが爆破されちまったら、生き埋めのエンテイもスイクンもライコウもどうなっちまうんだろう?さすがに地下の空間が無事って保証はない。下手したら、今度こそホントに死んじまうんじゃ……。



「ゴールド君、早く!」



スタッフたちも避難して、がらんどうになったサミット会場。振り返って見つめていた俺を、レッドさんが痺れを切らしてつかんで、走る。上を見ると、びびびびびっとマルマイン同士に電磁波が走っているのか、激しくショートし始めている。ちかちかするほどの光が飛んでいた。









「・・・・・・・・・・え?」









背後で、気高い猛獣の雄たけびを聞いた。



思わず後ろを振り返る。まばゆい光に、反射的に手をかざした俺は、レッドさんの手を放してしまう。ゴールド君、と後ろの方で叫ぶ声が聞こえるけど、俺はそのまま立ち尽くしてしまった。すっげえ、きれい。見とれるほどきれいな光で、サミット会場があふれていた。人間が知覚できる三大原色が、ゆらゆらと揺らめいて、やがて形を成していく。



スイクン

エンテイ

ライコウ



伝説の三犬が、そこにいた。やっぱ生き埋めだったんだ。









「もうすぐ爆発しちまうんだ!早く逃げてくれ!」



ありったけの音量で、叫ぶ。マルマインの攻撃力じゃ、大爆発だって威力はたかが知れてるけど、さすがに柱を爆破されて、天井ごと生き埋めにされちまうと、ポケモンである以上、死ぬだろ普通!ホウオウが舞い降りるイベントははるか先、しかも俺はイベントフラグが折れちまって、もはや絶望的。聖なる灰だって、復活できるのは瀕死状態のポケモンであって、死んだポケモンは生き返らない。せっかく復活できたってのに、いきなり死ぬなんて悲しすぎる。しかもロケット団のせいなんて、絶対に。いやだろ、そんなの!





俺の声に気づいたのか、三匹は、こちらを見た。プレッシャーを感じて、俺は口をつむぐ。なんつー存在感だ、これが伝説のポケモンってやつなのか、すげえ。ごくり、とつばを飲んだ俺をしり目に、三匹は、辺りを見渡し、悠然とした姿で一歩進みでると、吼えた。









気高い咆哮が、エンジュシティに響き渡る。俺は思わず聞き入ってしまった。










サミット会場の遠くの方で、爆発音が聞こえた。マルマインが、避難する人々のはるか上空まで吹き飛ばされ、大爆発を発動したらしい。その手があったか!ほえる、はトレーナー戦だとポケモンを強引にモンスターボールに戻し、ランダムでポケモンを引きずりだす。野生だと、強制的に戦闘を終わらせる。すげえ。たった一声で、全部終わらせやがった、こいつら。俺は、鳥肌が立つのを感じた。



「すげえ!すげえや、お前ら!ありがとう!」



感極まって叫ぶ俺を一瞥し、三匹は悠然とこっちに向かってくる。スイクンが、すっごく近くまで近づいてくる。きれいなんだな、伝説のポケモンって。すい、と額の結晶に俺の顔が映り込むくらい近づいて、俺の顔をまじまじ、とみたスイクンは、くるり、とオレの周りを回ると、他の二匹と示し合わせたかのごとく、飛び去ってしまった。






な、なんか、ここまで来ると腰ぬけちまうな、主人公補正。ぺたん、と俺は尻もちをついて、その場に崩れ落ちてしまった。



「ゴールドーっ!!心配さすなや!なにしとんや、アホウ!」



半泣きなマサキに、無事でよかった、と抱きしめられるまで、俺はその場に放心状態だったのは、別の話だ。




















「やっぱ、伝説はホンマやったみたいやなあ。焼けた塔の下にすんどったんや。なーんか、悪いことしてもたなあ、そうとは知らずに起してもうて。助けてくれたんが、奇跡みたいやで」

「へへっ、でもこれで、捕獲できるよな!」

「助けてもらっといて、調子のええやっちゃなあ。無理言わんとき。一生に一度、あえりゃ運がええほうや」



ふふふ、それを凌駕するのが主人公補正なんだよ!水晶もといHGSSイベントみたく、スイクンに気に入られちゃったみたいだしなー、とにやけが止まらない俺は、見られないよう、前を向いて歩く。サミット会場は無事だったけど、地下から伝説のポケモンの生息跡が見つかって、【どでかい穴があいてた】それどころじゃなくなってる。アカネたちは後片付けに追われてて、話しかけるどころじゃなかった。無事、ピチューの卵を返してもらった俺は、ほっとする。俺はずっとレッドさんのとなりを陣取って歩いている。そりゃそうだろ、シロガネやま以外でバトル以外で会えるなんて誰が思うよ!テンションあがるっての!



「ほんじゃあ、約束通り、ワイらは一足先にポケモンセンターで待っとるで、ゴールド」

「そこで、全部説明するよ。待ってるね」

「はい!」

「なーんで、ワイらにはため口で、普通にこいつにはめっちゃええ笑顔で敬語やねん!ゴールドの気持ちもわかるけど、なんかなあ。あからさま過ぎて、ムカつくわあ」



そんなのいうのも無粋だ、この野郎。レッドさんといえば、銀から始めた俺からすれば、初対面はシロガネやまの山頂なんだぞ?死亡説も流れてて、微妙に切なくなってんだぞ?すべてのポケモンシリーズの元祖だぞ?まあ、レッドさんの手持ちはピカチュウバージョンだけどさ。明らかにレッドさん≫越えられない壁≫マサキだから。安心しろい。





ばいばーい、と俺達はいったん別れた。





なんで別れたのか、というと、あれだ。サミットがこんなことになっちまうと、重役についてたマツバとのジム戦が非常に心配になるわけよ。へたすりゃ、しばらくジム戦はお預け―とかならねえか、ひっじょうに心配で、いてもたってもいられず、俺はまだ関係者たちがぞろぞろしてるあたりを探した。



「んー、どこだろ、マツバ」

「こらこら、初対面の年上の人間を、呼び捨てで呼ぶなよ」

「うわっ」

「おっと、悪い、驚かせたか?」



呼び捨てにすんなって言われてもなあ、俺よりはるかに年下の人間をさんづけすんのは、よっぽど理由がないと。だが断る、と笑顔で言うと、いい度胸だ、とむにーっとほほを引っ張られた。いだだだだっ!やめれやめれ、と必死で抵抗するが、マツバさん、ほら言ってみろ?と言われる。意地でも呼び捨てにしたくなる俺は間違ってないと信じたい。イケメンは俺の敵だ。屈してたまるか。うっせえよ、パジャマジムリーダーめ。金銀水晶時代の服装なマツバは、ぶっちゃけあんまりファッションセンスがよろしくない。笑いがこみあげてきて、いらっときたのか、マツバが爪を立ててきた。ぎゃーす!失礼なこと考えた奴にはお仕置きだ、と言われた。千里眼は千里を見通す能力であって、心をのぞく能力じゃねーだろ、修験者!はー、痛かった!すっかり赤くなってるだろう、ほほをさする。



「よう、生意気トレーナー。サミットの活躍、お疲れ。一見無謀ながら、しっかり練られた戦略、見せてもらったぜ。ゴールドだっけ?知ってるだろうけど、俺はエンジュジムジムリーダーのマツバだ。よろしくな」

「オイラは、ゴールド。よろしくな!」

「ああ。どうせ、ジムリーダー戦にくるつもりなんだろ?せっかくだ、伝説のポケモンのこと、聞かせてくれないか?ちょっと話があるんだ」

「話?」

「ああ。連れて行きたい場所があるんだ。もし、俺に勝ったら、伝説のポケモンに会う方法も教えてやるよ」



いや、あの、俺これからレッドさんと会う約束が、といいかけて、あわてて口をつむぐ。レッドさんはお忍びだから、アウトだっけ?つか、今からって、大丈夫なのかよ。



「心配するな、一人くらい大丈夫さ」

「あー、そのー」

「そうだな、時間も惜しいし、ここでやるか?」

「待て!」



だれか俺の話を聞いてくれ!なんで誰も俺の言うこと聞いてくれないんだよ!俺、用事があるから、別にジムに挑戦したいわけじゃないっての!いらっとして後ろを振りかえると、ブラックがいた。



「その勝負、僕がもらった。もう一度、あの伝説のポケモンに会わねばならん!あの桁違いのパワーといい、風格といい、正しく伝説のポケモン!あれこそ、僕のもとめる最強のポケモンだ!」



あーそう?ならブラックでいいよ。



「やれやれ、まいったな。今日は時間的に一人しか相手をしてやれない。じゃあ、お前ら二人が勝負して、かった方に伝説のポケモンにあう方法をかけたジム戦ってのはどうだ?」

「ちなみに、負けたら?」

「ん?ああ、明日、フェスティバルの別のイベントの審査員に呼ばれてるから、夜になるな」

「ふん、馬鹿め。そんなもの、勝負しなくとも、僕の勝ちに決まっているだろう!」

「ああうん、ブラックの勝ちでいいよ」

「なっ?!逃げる気か、ゴールド!」

「逃げるも何も、二人とも勝手に話を進めてるとこ悪いけどさ、オイラこれから、マサキと会わなきゃいけないんだ。だからさ、マツバ、明日また来るよ」

「ちいっ」

「なんだ、そのための確認だったのか?わるいな、早とちりしちまって。そうだな・・・・・・せっかくだし、ゴールドもイベントに首を出してみるってのも面白いかもしれないな。10時にジム前に来てくれ」

「イベントって?」

「ん、ああ、いわゆるリトルリーグさ」

「おー!」

「エキシビジョンで、俺と戦うことになってる。もちろん勝ったら、バッジをやるよ」

「了解!んじゃーな!」










「やつあたりはよしてくれよ」

「誰が!」



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