第29話

控室は騒然となる。
突然の爆発に、発表をまじかに控えた適度な緊張感と静寂が破られてしまった。
ポケモンたちは仰天して悲鳴をあげ、トレーナー達は狼狽しながらも必死に自分のポケモンをなだめ、何が起こったのかスタッフに問いただしている。スタッフも確認作業に追われているのか、落ち着いてここにいるよう先導する組と、無線でやり取りする組に分かれてる。スタッフの声を拾いながら、俺は部屋の隅で待っててくれと言われたマサキを探す。不安そうに見上げてくるバルキーに、俺は腰をかがめて、小さな声で、ロケット団が入口を爆破して警備員たちが気を取られた隙に侵入したらしいことを伝える。にしては手際がよすぎる。もしかしたら、観客の中に、サクラが混じってたのかもしれない。ようやくスタッフをひきつれたマサキがやってきた。



「すまん、ゴールド。せっかく教えてくれた情報、活かせんかったみたいや」

「それより、会場はどうなってんの?みんなは?」

「ロケット団が占拠しとるらしい。ゴールドはここにおらんか」

「オイラもいくよ、マサキ!」

「なっ、阿呆、何いっとんねん!いくらなんでも危なすぎるわ!」

「マサキだってそうだろ?オイラは子供だけど、トレーナーだよ。マサキは大人だけど、研究者じゃないか。イーブイ育てんのは好きだけど、戦うのはようせんって言ってたの誰だよ!」

「うっ……しゃーない。こっち来てや、ゴールド!」



手を引かれて、走り出す。


関係者以外立ち入り禁止の門をくぐって、狭い通路をくぐる。後ろの方で、悲鳴が上がる。ロケット団らしい男たちが、控室まで押し掛けてきたらしい。振り返った俺に、時間ないんや、早う!とマサキに言われ、俺は先を急いだ。





「会場に集まっとるポケモンを根こそぎ奪う気やっ」

「ジムリーダー居るんだし、大丈夫じゃねーかな?」

「油断したらあかんで、ゴールド。やつらは金もうけのためなら、平気でカラカラの目の前で母親を殺すようなやつらや。骨が高価やからってあんまりと思わんか?」

「……シオンタウンの、あれ?」

「そや。ワイは今でもそれがゆるせん」



事態は思った以上に深刻だった。サミット会場全体を支えるすべての柱に、マルマインが配置されている。中央で、ジムリーダー達をけん制しているらしい、下っ端の一人が高々とスイッチを掲げているのが見える。よく声は聞こえないが、どうやらあのスイッチ一つで連鎖爆発を起こして、天井もろともこの場にいる人間もポケモンも生き埋めにする気らしい。馬鹿じゃね?んなことしたら、ロケット団もろとも壊滅じゃねーか。あ、アカネが笑った。どうやら同じことを指摘したらしく、下っ端は突然狼狽し始める。案外いけんじゃね?と思って見守っていると、そのすきをついて、イブキらしき人がミニリュウにスイッチを奪うよう命じる。あれ、しんそくか?……龍の祠のばあちゃんに認められたんだ。感心していると、マサキが何かに気づいたのか、俺の手を引っ張った。



「やっぱ、最悪の事態が起こってもた!ゴールド、バルキー、耳をふさぐんや!」

「へ?」





きいいいいいいいいいいん。





突然襲いかかった耳鳴りに、俺はあわてて耳をふさぐ。だが、予想以上にその音は大きくて、手の隙間から鼓膜を揺さぶる。黒板を鋭くて大きな物で思いっきり引っ掻いたような、音。ぞわぞわぞわっとした不快感が這い上がり、身の毛がよだつ。頭の中で反響して、ぐわんぐわんする。や、やべえ、気持ちワリい。思わず口に手をあててうずくまった俺は、手すりにつかまった。


その直後、今度はとんでもなく高い、音が走ったかと思うと、今度は何も聞こえなくなる。いや、鳴っている感覚はあるんだけど、人間には聞き取れない音域らしく、俺もマサキも顔を上げた。



「びっくりしたア・・・・・って、ちょ、おい、バルキー大丈夫か!」



ぐったりとしているバルキーをあわてて抱き寄せる。息はしてるみたいだ。ホッとしてモンスターボールを見ると、どういうわけか「ねむり」状態になってる。耳を澄ますと、どうやら寝息が聞こえてきた。どうやらさっきの音が強制的にポケモンたちを眠らせてしまう装置らしい。よっしゃ、これならヨルノズクで!俺はバルキーを戻すと、ヨルノズクを繰り出す。翼をはためかせて現れたヨルノズクだったが、くらり、としておぼつかない。かろうじて眠り状態にはならないが、まるで麻痺状態になったみたいだ。これじゃあ、戦えねえ。俺は、ヨルノズクを戻す。まだ耳には何かが鳴ってる感覚はある。これを止めない限り、ポケモンは動かないんだろう。



随分準備いいじゃねえか、ロケット団の野郎。つかマサキ、なんで音が来るってわかったんだと振り返ると、最悪や、とマサキは打ちひしがれていた。まるで発明品を不本意なことに転用されたことを厭うように、くそっと乱暴に床を叩く。



「パンフにあったやろ?新開発の試作品発表。あいつら、ワイの実験用機材、乗っ取りおった!」

「実験用?」

「とくせい「ふみん」のメカニズムを研究するために、いくつか疑似体験できる機械作ってみたんや。みんなに体感してもらおう思って、意図的に催眠状態を作れる電波台を2台持ってきとったんやけど……あれよ」



絶望のまなざしで、マサキが指さす先には、ヘルガーを従えたスーツ姿の男が立っていた。傍らには、きょだいなパラボナアンテナのついた機械。下っ端たちが敬礼しているあたり、幹部なのかもしれない。よく見れば、ヘルガーの首元には首輪みたいなものがかかっている。マサキ曰く、スタッフのを強奪したらしい。音を立てずに非常回路を抜け、幹部の近くにまで接近する。



「あんのアホンダラ!ポケモンに悪影響及ぼさんように、リミッターつけとったのに、ぶっ壊しとるやんけ!最大音量にしたら自分のポケモンまであかんくなるの分からんのか!」



持ってこんときゃよかった、と今にも泣きそうな顔をしているマサキの肩を叩く。なんとかしなきゃ。俺はもう一台あるらしい催眠機械を探した。



「なあ、なんとかとめれないの?」

「ある。ひとつだけ、あることはあるんやけど……」

「えっ、何か問題でもあんの?」

「ワイの手元に、二匹、実験用に用意したポケモンがおるんや。あのヘルガーと同じシールド発生器をつけたポケモンがな」

「じゃ、じゃあオイラやってみるよ!」

「あかん。制御装置が壊されとる以上、直接こわすしかあらへん。しかも2台や、1台だけ破壊しても、マルマインの大爆発されてもたら、みんなおだぶつや。しかも、ほら、みてみ?どうやらやっこさん、装置をま逆に置いてくれたらしい。いくらゴールドでもダブルバトルの要領でやったら、遠すぎてポケモンが聞こえんようなってまう。同時に破壊とあいつらとのバトルを、両極端な位置のポケモンに的確に指示すんのは、荷が重すぎるで」

「くっそ、見てるしかないのかよっ」



スピーカーがありゃなんとかなるけど、機材が置いてあるスタジアムはもうロケット団の占領下にある。くっそ、と舌打ちしたオレは、辺りを見渡した。あ。俺は思わず立ち上がる。



「ちょ、ご、ゴールド!どこいくんや!」



マサキの腕を振り払う。ごめん、と謝って、俺はいてもたってもいられず、走り出した。






























「よ、暗黒の貴公子!なにやってんだ?」



手すりに足をかけて、今にも飛び出して行きそうだった目立ちたがり屋のあほを捕まえる。あっぶねえなあ。ポケモンも使えなくなってんのに、何一人で飛び出していこうとしてんだ、こいつ。意外と目立ちたがり屋なのかね?たしかポケモンの捕獲ショーでも高得点出してんだよな。


がっと強引に肩を掴んで、どん、と壁方向に飛ばす。不意をつかれたらしく、ぎょっとしたブラックは、一瞬力が抜けた。案の定体重のバランスが崩れてこけそうになり、不自然な体制で着地。よろよろと後退して壁に背中を打って悶絶した。てめえ、といきり立つブラックに、しーっと俺は自分の口元に人差し指を置いた。ぐ、と言葉を飲み込むブラックを無視して、俺は気付かれてないことを確認した。舌打ちしたブラックは、目を細める。



「あいつらロケット団のことだ。サミットでポケモンを狙ってくるのは、わかってたんだよ」



俺を通り過ぎて、マルマインの爆破スイッチを握ってる下っ端を見下ろす。



「あいつ、警察にまだ捕まってなかったのか!」

「えっ、しりあい?」

「ふん、そんなわけあるか。あいつはヤドンの井戸の実行主犯格の下っ端だ」

「爆破したのあいつかよ」

「なに?まだそんな余力があったのか。徹底的に潰したはずなのに」

「オイラが来た時には、ガンテツさんがヤドン保護してる以外は、誰もいなかったよ。アンタもな」

「くっ。相変わらず逃げ脚だけは早い奴らだ」



ベイリーフに助けられて窮地を脱したのを思い出したのか、ブラックは悔しそうに拳を作る。なるほど、ベイリーフを再起不能なまで叩きのめした奴が、目の前にいるわけだ。そりゃ、報復もしたくなるってもんか。でも無謀だろ、おい。なーんか、ポケモンに対してでれてきたなこいつ。俺はにやにや口元を釣り上げる。



「へへっ、アンタも自分のポケモンに愛着湧いてきたんだろ?」

「くだらないことをいうな、馬鹿らしい。こいつらは強い。これだけのやつらを見つけるのは大変だからな。こんなざまで、引き下がってられるか」

「へーえ」

「なんだ、その目は」

「なんでもないよ」



やべえおもしれえ。肩を震わせる俺に、バツ悪そうにブラックは舌打ちした。



「なにより、あいつがいるからな」

「あいつ?」

「あそこでふんぞり返ってるムカつく野郎だ。ロケット団幹部のグレイ。なにが、世の中いくらトレーナーで強くなっても意味はないだ!本当に強いのは、戦わなくても勝てるロケット団だ!ふざけるな!」



え、ランスじゃねーの?確かに全然記憶にあるビジュアルと違って、ただの人相悪いおっさんだけど。しかも、それって、いわゆる参謀役じゃね?アポロじゃね?ラスボスじゃねーか。ブラックが目の敵にするあたり、結構な重役だったみたいだけど、何があったのかまでは話さず、ブラックはなすすべない自分にいらだちを隠せずにいる。


ま、想像つくけどな。ロケット団もでかくなりすぎたせいで、サカキのカリスマだけじゃ統制しきれなかったってことだろう。派閥ができてもおかしくないし、一枚岩じゃないってことだ。3年も前にサカキがいなくなって、組織が瓦解。どうなったかなんて、想像つく。しかもその言葉から察するに、サカキの理念とはちっとずれちまってる。なんでロケット団やってんだ、そのグレイってやつ。ポケモンいらねーじゃん。うーん、ランスがリストラされちまったのか、それともそもそもこの世界の四幹部が違う奴らなのか。ま、いいけどな、どうでも。


吐き出して、少し冷静さが戻ってきたのか、ブラックが俺を見る。



「何の用だ、ゴールド。お前のことだ、何かあってきたんだろ。もったいつけてないで、さっさと話せ」

「りょーかい。あのさ、オイラ、あの機械をぶっ壊すのに、もう一人トレーナー探してんだ。下っ端かグレイかどっちかしか相手できないけど、どうよ?」

「……見込みはあるのか?」

「詳しくはマサキに聞かねえとなあ」

「………案内しろ。可能性が高いなら、乗るだけだ」

「そーこなくちゃ!いそごうぜ、こっち!」





俺達は走り出した。









マサキはモンスターボールを差し出した。エーフィとブラッキーだ。ちょっと待て、ヘルガーとドンカラス相手だろ?明らかにエーフィふりじゃねーか。どっちか、といわれりゃ、当然ブラッキーを取りたくなるわけで。失敗なんて想像すんのもおそろしい。ブラックと目があって、俺達はじゃんけんして、俺は負けた。ちょきを元に戻して、ため息。ボールを受け取った。

誰でも使っていいように、親の名前は記録されない、特殊なモンスターボールに入れてある。技を見ると、結構いいのがそろってる。つか、レベルが尋常じゃないくらい高いのは気のせい?



「気合い入れてこな、ゴールド。そのエーフィ、もともとライチュウと交換しとった時のイーブイなんや。ワイの知り合いが育ててくれたんはええんやけど、ブラッキーともども本気で育成しすぎやろ?だから技の威力は補償すんで。大丈夫、壊せる」



こんな時に何しトンやろうなあ、あいつ。ギャラリーでポケモン取り上げられて、身動きとれんのやろか、とマサキがつぶやいている横で、俺はブラックに声をかける。



「ワリいけどさ、ブラック。さすがにエーフィだけじゃ、どっちもタイマン挑むのきついんだ。保険には保険ってことで、技、決めとこうぜ」

「聞いてから考える。教えろ」

「マサキ、ちょっと」

「ん?なんや、ええ方法でもあるんか?」

「うん。ホント、マサキの知り合いさんに感謝だな」





さあ、反撃と行こうじゃねーか。俺は、笑った。


[ 39/97 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -