第27話
ウツギ博士は知らないにもかかわらず、なぜか育て屋さんからウツギ博士あてに託された卵は、今のところ、元の親に返してもらうべく育て屋さんに逆戻り、というルートが濃厚だ。何か思わせぶりなところけど、さっぱりわからない。帰路につく道中で、卵のことを聞いてきたアカネにかいつまんで説明したら、そっかあ、残念やなあ、とぼやいた。何が?
「んー、実はな、もし都合がついたら、ピチューの卵、サミットに出してみんか?って誘うつもりやったんよ」
「へ?」
「ほら、ここの項目みてみ」
俺の手元には、午前中にマサキから渡されたパンフレットが広げてある。チケットを挟んだままだ。目を通すとスケジュール表の最後のあたりだ。ジョウト地方では入手不可能なポケモン、卵の展示やふれあいを目的とした、たぶん一般向けのイベント。珍種・新種扱いは大袈裟だけど、まあ時間軸的に考えたら、ホウエン地方やシンオウ地方の出来事は未来の話になるんだろうから、仕方ないか。ウチもブビィ出すつもりなんや、もうジョウトじゃ珍しいさけなあ、と横からアカネが口を出す。そりゃ唯一の生息場所の焼けた塔がもうねえんだもんなあ、と遠い目になる俺に、悪い話やないと思うけど、なんであかんのや?とすっかり話の蚊帳のそとだったマサキが聞いてくるから、俺はあわててかぶりを振った。
「この卵は育て屋さんから預かっただけで、オイラのじゃないんだ。さすがに勝手に出しちゃまずいでしょ?オイラ育て屋さんの電話番号知らないし」
「なんやあ、そんくらいかまへんかまへん。なんならワイが連絡ととったるわ。つーか、たぶんいちいち許可とらんでも大丈夫やと思うで?」
「へ、なんで?」
「意外と律儀なんやなあ、ゴールド。どうせゴールドが孵化すことになるんやから、ゴールドが親みたいなもんやろ?」
「そ、そりゃそうだけどさ。まだ、もともとの持ち主にもらったわけじゃないし」
いくら未来で俺のポケモンになることがわかってても、さすがに俺のポケモンになったわけじゃないから、まずいだろう。もし孵化でもさせて、おや、と認識させてしまったら、それこそややこしいことになる。そう告げた俺に、あー、とマサキがしばらくの沈黙ののちに、今気づいた、とばかりに口を開けた。
「あー、そっか、そっか、そうやな。すっかり忘れとったけど、ゴールドからしたら、そうなるんやな、うっかりしとったわ」
なんか勝手に自己完結されて、わけが分からず俺達は顔を見合わせた。
「なんで初歩的なこと気いつかんかったんやろう。あほやなあ、あはは。大丈夫、大丈夫、ちょっと待っときや、聞いてみるさけ」
「へ?」
「ちょ、ちょい待って!マサキさん、ピチューの卵の持ち主と知り合いなん?」
「ん?あはは、まあな」
なぜか笑いをこらえているマサキは、ちょっと失礼、とポケギアでどこかに電話していた。取次とルームナンバーを聞いてるあたり、ホテルに泊ってるらしい。なんでマサキが知ってんだ?意外なつながりにいまいち背後が見えなくて首を傾げる俺達をよそに、親しげに電話の向こうに話しかけるマサキは、どうやら好感触を得たらしい。しばらくしてマサキが返ってくる。
「大丈夫、心配いらん。むしろ出してくれって言われたわ」
「そっか、じゃあオイラも参加するよ」
「おおー、よかったやん、ゴールド」
なんか緊張するなあ、と考えていると、おもむろにマサキに申し訳なさそうな、笑いを堪えるような、微妙な顔をされて肩をたたかれる。いきなりそんな顔でごめんとか言われても、どんな顔すりゃいいのか分んねえよ。反応に困って俺はどうした、と聞いてみた。
「なーんか、余計にややこしいことになっとったみたいでごめんな、ゴールド。そうやな、普通に考えて、いきなり見ず知らずの人間から卵どうぞって渡されても困るよな。受け取らんよなあ。あちゃー、育て屋さんには悪いことしたわ。いやな、もともとゴールドに譲りたかってん、その卵」
「はあ?なんか話が飛んでるよ、マサキ」
「あー、なんつーか、非常にややこしい話なんやんか。とりあえず、サミットが終わったら、ライチュウとポケモンセンター来てくれんか?まとめて全部話すさけ」
「……ちょっと待って。ってことは、未来のオイラにライチュウ返してくれる人と、この卵の持ち主って、一緒ってこと?」
「ん、まあ、そうなるな」
「はあああ?」
一体どうなってんだ、意味わかんねえ。
おととい、修練場でロケット団の下っ端と戦闘したことは、もちろんマサキに伝えてある。結局開催することになったサミットは、警備員や警察の人たちが警戒態勢を取っていると聞いたけど、私服なのかさっぱりわからない。もちろんもともとサミットでとられている警備体制の人たちはわかりやすい服装で目立っていて、入場する時もチケットやリュックの中なんかも検問された。通過してきょろきょろと周りを見渡すコロシアムみたいなサミット会場は、広々しているけど、入場客が半端なくてどこが席か分からない。あ、あったあった、ここか。ウツギ博士やアカネ、マサキは発表の打ち合わせや進行で忙しいらしく、いない。だから久々の一人だ。うーん、と伸びをして、座る。もちろん席は一人分。え、え、とバルキーはどこに座ればいいのかと首を傾げるので、膝をたたいた。さすがにこんな人ごみの中でオ―ダイル達は出せないから、一番ちっちゃいってことでの抜擢だ。ええっと驚いた様子のバルキーは、まじまじ、と見つめてくるので、ほらこいよ、と手招きする。ワニノコは割と乗り気で乗っかってきたんだけどな。そこで照れるか、うぶだなあ、お前。見えないだろ、といえば、こくり、とうなずいて腕の中に収まった。
ポケギアが鳴る。
知らない番号、非通知だ。
「もしもし、ゴールド?」
「はいそうで、ん?その声まさか、ツクシ?」
「うん、そうだよ!みえる?今、ステージの上にいるんだけど!」
「へ?え、ステージ?」
あわてて見渡すが、準備をするスタッフが多くてよく分からない。目を凝らしていると、おもむろに立ち上がったバルキーが、指さす。よく見れば、おなじみの黄緑色な作業着を着たツクシらしき人物が大きく手を振っていた。俺も振り返すと、バルキーも真似する。あ、こっちきた。いくか、と呼びかければ、バルキーはうれしそうに飛び出していく。ちなみに、バルキーには、ツクシからの情報がきっかけでレンタルコンテストに参加することになったと教えてある。つか、あれ?ツクシのバタフリー、色違いじゃねーか!しかもピンク色って、金銀時代の色違い?!なんというレア!
「ゴールドォ―――――ッ!!久し振り!」
握手を交わす。なんかホントに久々な気がするぜ。虫取り大会中止ってなんで教えてくれなかったんだよ、と愚痴ると、言ったら絶対ついてきてたでしょ?ジム戦ほっぽいて、と笑った。サーセン。つかなんで俺の電話番号知ってんだ?、と聞いてみると、俺が来ているとアカネに聞き、探していたらマサキが見かねて教えてくれたらしい。普通に個人情報流出しまくってるわけだが、いいのかこれ。まあいいか、殿堂入り前に起こったと思えば。
「久しぶりだなあ、ツクシ!元気そうで何よりだな!そうそう、こいつはバルキー。レンタルコンテストでもらったんだ。ツクシのおかげだぜ」
「えっ、ホントに入賞しちゃったの?すごいじゃないか!あはは、礼儀正しいポケモンだなあ。僕はツクシ。ヒワダタウンのジムリーダーなんだ、よろしくね。この子はバタフリーだよ。いかりのみずうみで見つかったんだ」
「えっ、いかりのみずうみまで行ったのかあ?!」
「ううん、違うよ。ほら、最近ギャラドスが大量発生したり、豪雨で木々が水没しちゃったり大変だろ?この子も確認されてる色違いと明らかに色が違うから、なにか影響を受けたんじゃないかって、依頼があって、預かってるんだ」
「へええ」
バタフリーとバルキーが会話している。さっぱり理解できないけど、なんか楽しそうだ。
「これから発表しなくちゃいけないんだ。ああ、緊張するよ。ゴールド、代わってー!」
「やだよ。なんでオイラがジムリーダーの発表代理しなくちゃいけないんだ!」
「うう。ミカンさんは灯台のポケモンの看病だから仕方ないけど、シジマさんなんて最初っから奥さんがやってるんだよ。ずるいや」
「へええ、じゃあやっぱジョウトのジムリーダーは参加するんだ?」
「うん。本当だったら、リニアでカントーからも来てくれるはずだったんだけどね」
「残念だなあ。なあ、じゃあマツバとかヤナギとかイブキも来てんの?」
「うん。マツバさんは今回のサミットの総指揮をとってるから、どこにいるかはわからないけどね。ヤナギさんとイブキさんなら、さっき何か話してたよ?」
「おー、すごいなあ。これなら、ロケット団も大丈夫か?」
「あ、ゴールドも聞いたの?全く、迷惑しちゃうよね。みんなが楽しみにしてるのに、なんで邪魔するんだろう。僕、信じられないや」
「オイラだってわかんないよ。悪の美学なんてさ」
「だよねえ。それにしたって、なんでリニア間に合わなかったんだろう!おかげで持ち時間が3分も長くなっちゃったよ、どうしよう……!」
一人で話すのかと聞いてみると、門下生が年下ばかりだから自分がほとんどをこなさなくてはいけないらしい。確かに子供ばっかりだったな、ツクシのジムは。しっかしこんだけの観衆を前にして3分のスピーチ延長は拷問だな。俺だってしたことねえよ、そんなこと。がんばれ、と肩をたたいてやる。カンニングペーパーありならまだましだろ?励ますくらいなら手伝ってよ、と泣きごとを言われるが却下だ、却下。そんなことしたら、絶対にアカネに、ずるいわ、なんでうちのお願い断ったんよ、あほう、って怒られるに決まってるしな、勘弁してくれ。ううう、とツクシはうなだれている。
「こらこら、しっかりと自分の街の紹介やジムの活動報告をするのも、立派なジムリーダーとしての務めだぞ、ツクシ。これくらいで根を上げるな」
振り返れば、相変わらず時代錯誤な袴儀和装なハヤトが、苦笑いを浮かべてやってきていた。しっかしお前ら、正装を着てくるという発想がねえのか、見事なまでにフリーダムだな、おい。おもいっきり普段着じゃねえか。それとも俺が考えてるより、お祭り的な感じなのか?よ、と手を振られ、ひさしぶりー、と俺も笑って返す。ツクシは先輩のジムリーダーにたしなめられて、微妙にへこんでいた。
「よう、元気そうだな、ゴールド。私は変わらずに鍛錬の日々を続けているが、そっちはどうだ?」
「言われなくたって、オイラもがんばってらい。バッジも3つ集めたぜ。これが終わったら、マツバに挑戦するつもりなんだ」
「ほう、エンジュジムのか。あそこもなかなかに手ごわいぞ、心してかかれ」
「フリーザーに比べたらましだっての!」
「はは、確かにな。そうだ、フリーザーなら、グレン島の火山が落ち着きつつあるからか、先日帰って行ったんだ。残念だが、もう再戦は4年後だな」
「へー、そっか。って、もうやりたくないっての!勘弁してくれ!」
冗談だ、とハヤトは笑う。お前が言うと冗談に聞こえないんだよ、このドS!
「ねえ、ゴールド、緊張しなくなるおまじないとか知らない?」
「人っていう字を三回かいて飲み込むとか」
「もうやったよ」
「じゃあ、観客をかぼちゃと思うとか」
「怖いって、それ!」
「じゃあ、割りばしを割って、輪ゴムで真ん中くくって、十字にしてさ、水入れたコップにあてて」
「それはしゃっくりを止める方法だろう、ゴールド」
「え、そうだっけ?」
「ううう」
「ツクシ、そんなに不安なら練習してきたらどうだ?案外気がまぎれるかもしれんぞ?」
「うーん。それもそうですね、うん、そうしよう。ありがとうございます、ハヤトさん。じゃあね、ゴールド!」
「おう、がんばれよ!」
控室に続く通路に走って行ったツクシを見届けて、俺は手を下した。
「さて、では私もそろそろ準備に行くとするか」
「あー、そっか。ハヤトからなんだっけ?」
「ああ。ツクシにああ言ってしまった以上、失態は避けたいからな。最後のミーティングでも行うとしよう」
「先輩ジムリーダーのプライドかあ。ハヤトもがんばれよー、期待してっからな」
「はは、やめてくれ。ますます気合を入れなくてはならないだろう。ではな」
「おう!」
ハヤトを見送って、すっかり空気と化していたバルキーを見ると、ハヤトの連れていたピジョットに怯えていたらしく俺の後ろにいたらしい。ああごめんごめん、話に夢中で忘れてた。おそるおそる前を見て、飛行タイプがいなくなったことを確認して、バルキーはほっとした様子で進み出てきた。ごめんな、と頭をなでる。よほど怖かったのか、抱きついてきた。かわええなあ。ポケギアを見ると、開始の20分前だ。
「そろそろ席に戻ろうぜ、バルキー。けっこう混むみたいだし」
こくり、とうなずいたが、放そうとしない。どうした?と聞いてみると、手を差し出される。あーもー、なんでかわいいんだ、この野郎!もう一緒に連れ歩きしないとさみしくなっちまう俺がいて、当たり前だろとうなずいた。あーもう駄目だ、そのうちきゅん死しちまう。
こうしてサミットは始まった。
最初は、ズイ遺跡の調査研究所の発表だった。あのときのおっちゃんじゃねーか!思わず目を乗り出した俺に、不思議そうにバルキーが首を傾げるので、俺は簡単に経緯を説明した。あのとき俺が発見した通路から発見された地下遺跡について、いろいろと詳しい解説や実際に出てきた宝物、ついでに出てきた古代の人の言葉も言及されている。ローマ字だもんなあ、思いっきり。ホウエンの海中遺跡とはまた違う言語派らしい。そりゃあ、点字だもんなあ。懐かしいなあ、空を飛ぶが手に入ったら、行ってみるか。あとラジオで流れる謎の電波が流されて、会場が騒がしくなったのは秘密だ。トラウマえぐんなよ、ビビったじゃねーか!
次は、ジムリーダーたちの活動報告に、町おこしを兼ねたPR。やっぱりロケット団の地下活動が背後にちらちら見えるなあ。ゲームじゃさすがに描写しきれないけど、しっかり活動してるらしい。遠巻きにでもまだ会っていないジムリーダーの声が聞けたのは収穫だなあ。そうそう、トップバッターのハヤトは素晴らしいくらいの熱弁だった。一切原稿見ないし、聞きやすいし、すげえ。つかあれのせいじゃね?ツクシが緊張しちまったの。ハードル上げてやるなよ、かわいそうに。ちなみにところどころ、噛んだりあわてたりすることはあったけど、結構内容面白くてよかった。
あ、次ラジオでやってるポケモン調査隊の活動報告じゃねーか!みてえ、すっげえみてえ!何気に面白いんだよな、あのラジオ。いつも暇なとき聞いてるんだよ、面白いし。でも時間的に考えて、そろそろ最後の発表の準備に行った方がいい時間帯だ。ああくそ、なんで見れないかなあ、みたいなあ、とかじりついていたらポケギアがなってしまい、泣く泣く俺は観客席を後にした。そして控室のマサキと合流したところで、俺の感じていた嫌な予感は、当たってしまうことになる。
どおおおおおおん!サミット会場を大きく揺らすほどの大きな揺れが、俺達を襲った
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