第26話

ウツギ博士が、うーん、と唸りながら卵を眺める。くるくる、と回しながら、形や柄、模様を観察している。何をそんなに悩んでんだか、無駄にハラハラすんじゃねーか、おい。うん、とうなずいたウツギ博士は、にっこりと笑った。



「間違いなく、これはピチューの卵だよ。たしか、育て屋さんから預かったんだよね?おかしいなあ。そもそも僕の研究はね、育て屋さんが見つけたピチューの卵から始まったんだ。若夫婦は携わってないとはいえ、知っているはずなんだけどなあ」

「オイラに言われても困るよ。じゃあ、どーすんの?やっぱり卵返した方がいい?」

「そうだねえ。育て屋さんからの依頼とはいえ、もともとは誰かのポケモンが持ってきたものだから、勝手に貰っちゃうわけにはいかないでしょ?孵化しないうちに、返しちゃった方がいいよ」

「わかった」

「まあ、親であるトレーナーくんが、譲ってくれるならまた話は別かもしれないね。だから、そんな残念そうな顔されても困るよ、ゴールドくん」

「へ?オイラ、そんな顔してる?」

「うん。この世の終わりみたいな顔してたよ」



ぽんぽん、と優しく肩をたたかれて、俺はひきつるしかなかった。あはは。どーいうこった、てっきりウツギ博士がなにか情報を握ってて、またタライ回しされる形でお使い頼まれるか、強制入手イベントが待ってるかと思ったのに。うーん、でもこの卵を近いうちに俺が孵化させることは決まってるわけで、うーん?いちいちコガネまで引き返してたら、間に合わねえぞ?わからなくて、俺は頭を掻いた。オ―ダイルが不安そうにのぞき込んでくる。俺だって不安だっての。返却された卵をモンスターボールに戻して、俺は肩をすくめた。



「まあまあ。朝からそんな辛気臭い顔してちゃ駄目だよ。僕が奢るから、何か頼んだらどうだい?」

「えっ、ホントに?あっちゃー、やっちった。オイラ、さっき朝食食べちまったからなあ。あんまおなかすいてない」

「あれ、そうなのかい?まだ8時なのに」

「ポケモンセンターんとこ、7時すぎからなんだよ、朝食。しかも準備にみんな配前とかやらされっから、今日なんか喰う時間、20分しかなかったんだ。こいつらの収集つけんの大変だから、いっつも早めに食堂駆け込むことにしてんだけど、疲れるよ」

「ははっ、なるほどね。まあ、規則正しい生活が一番ってところかな?じゃあ、僕はちょっと購買でも行ってくるよ」



いってらっしゃ、とあげかけた手をオ―ダイルにつかまれる。振り返ると、ついていこう、とばかりにぐいぐいひかれる。こらこらこら、正気かお前。ほんの10分前まで朝食セット3人前平らげてた上に、バラ売りの果物皿ごと持ってきて必死こいて止めたってのに、まだ喰うかお前。あやうくお札が全部吹き飛びそうになったってのに、おごりにかまけてウツギ博士の財布すっからかんにする気か、あほ。怒る俺に、まあまあ、とウツギ博士が仲裁に入る。だめだってウツギ博士、そりゃ破産フラグだ。あるもん全部喰っちまうんだもん、オ―ダイルのやつ。満腹中枢いかれてんじゃねーか?まあワニはめっちゃ肉食うけどさ。結局、百歩譲って、割り勘。レモンなんとかっていう酸っぱいケーキをワンホール平らげていた。



「さて、じゃあそろそろ僕はいくよ。マサキくんによろしくね」

「へへっ、了解!じゃあ、明日、楽しみにしてるぜ、博士!」

「うん。じゃあ、また」



ばいばーい、と手を振って玄関で見送った。その両手いっぱいな模造紙の束とトランクを抱えた後姿を見てると不安になってくる。どっかつまずいて、ひっくり変えりゃしねえだろうな?立ち絵的に考えて。まあいっか。さーて、そろそろアカネがくるころかな、と俺はポケギアを見た。すると、突然ちょいちょい、とつつかれ、あれ、どーしたオ―ダイル、と振り返る。



「おっす、ゴールド!久し振り!」

「うおあっ!」



いきなり後ろから、がんっと思いっきり肩を掴まれて、上から重心をかけられて変な声をあげてしまう。あわてて振り返った俺のほほに、ぐさりとつきささる指。あははははっ、と声をあげて笑い飛ばしやがるのは、ゴロウだった。なんでここにいるのかという驚きよりも先に、引っかかると地味にいらっとくるのが先行して、俺は眉を寄せた。なにすんだよ、ゴロウ、と手を払いのける。あーもう、変に勢いついて、地味にいてえじゃねえか、ちゃんとつめきれよ。指でなぞると後がついてしまっていた。あーあ。



「わりい、わりい。つい」

「つい、で人の顔に爪痕残すなよーっ!」

「悪かったってば、ごめんごめん。昨日、変な木がやっとなくなったって聞いてさ、お祭あるなら来なきゃなーって思って」

「ああ、ウソッキーのこと?へっへーん、聞いて驚け、オイラ捕まえたんだぜ?すごいだろ」

「はあっ?うそだろ?あれポケモンだったのか?」

「嘘じゃねーやい。な、アカネ」

「へ?」

「正しくは、おっちゃんのマリルリのおかげやけどな。それにウチがおらんかったら、つんどった癖に平然と自分の手柄にすんなや、この阿呆!」

「じょ、じょーだんだって、冗談!だからそれやめ、いででででっ!」



思いっきり耳をつねられる。あれ、これなんてタケシ?さすがに耳たぶ引っ張られて引きずられるようなアニメ補正はかかってないので、必死こいて謝って止めさせる。ハー、痛かった。真っ赤になってるであろう耳に触れると熱を帯びていた。痛がる涙目な俺をしり目に、アカネはぽかん、としているゴロウに詳しく解説をしていた。おーい、帰ってこーい、ゴロウ。だめだ、上の空だ。だよな、こうやって平然とジムリーダーが出てくる時点でびっくりだわな。今さらだけど、何この補正。



「ゴールド、お前、お前っ……この裏切り者おっ!」



うわああん、と走り去って行ったゴロウを追いかけようとしたら、アカネに止められた。正木さん待たせとんやから、はよいくで、とずるずる引きずられる。オ―ダイルがリュック持ってきてくれた。サンキュ。



「ちょ、おま、ゴロウになに吹き込んだんだよ、アカネ!」

「何って、きまっとるやん。うちの活躍」

「そ、それがなんで裏切り者につながるんだよ、おかしいってえ!絶対、はしょったろ、アカネ!だーもう、放してくれよ!アカネはライチュウ目当てで同行してきただけじゃねーか!オイラ、追っかけないと!」

「そんなもん、いちいち言わんでもわかるやろ?ウチ、イケメンしか興味ないねん。ウチより強いのは絶対条件やけど、ゴールドはなあ、うん、パス」

「さりげなく、ひどいこと言うなよ、アカネ!グサってくるわ!あーもー、あとでどうやって弁解すりゃいいんだよ、もう」



はあ、とためいきをついた俺があきらめるのを確認して、アカネが手を放す。だーくそ、余計な誤解招く発言しやがってからに。ってことはあれか、イケメン認定したブラックがバッジ獲得したら候補に上がるのか?と聞いてみると、あれは性格的に論がい、と却下される。いいよ、別に。俺が一番好きなジムリーダー、エリカとミカンだし。ぐさぐさと突き刺さった心をえぐる発言に密に涙しつつ、俺はアカネにせかされる形でサミット会場に急いだ。



















ポケモンサミット イン エンジュシティのでっかい看板をくぐりぬけると、まるで祇園祭でも行われてるかの如くな、すさまじい数の観光客に圧倒される。上空に宣伝のポケモン型のバルーンや昼の花火が打ちあがり、区分けされた町並みはすっかりお祭りモード一色になっている。アカネ曰く、年に一度の夏祭り規模らしい。祇園祭ですね、わかります。まああっちは1カ月くらいかけた盛大なもんだけどな。両脇は出店、出店、出店。大道芸人や風船アートなんかの職人たちが腕を競ってるステージがあったり、遠くに目を凝らせば、あちこちででっかい会場やステージができてるようだった。うっわ、いきてえ。うらやましそうに見つめているオ―ダイル。こーら、あかんで、とたしなめられ、うなだれてる。だよなあ、まずはマサキに会わねえと。


つか、すっげー、はりきってねえか?アカネ。

マサキさんと会うん、久しぶりなんやもん。

なんという失恋フラグ

え、ちゃうで?マサキさんはうちのにーちゃんみたいなもんやもの。妹ちゃんと仲ええねん、ウチ。

さよでか。

いくらカッコようても、牛乳嫌いな人はいやわあ。

ハードルたっか!



「それにしても、やっぱ歴史の深そうな街だなあ」

「(こほん、と気取った咳払いがはいる)深いなんてもんやないで、ゴールド。何しろこの街はなあ、伝説のポケモンの街なんや」

「おおー、どんな伝説?」

「え、え、えーっと、その、昔おったっちゅう話やけど、あれー、どんなんやっけ?」

「アーカーネ―」

「う、うっさいなあ、ええやんか、べっつにい。どわすれやどわすれ!」



むくれるアカネの後ろから、声がした。



そのむかし、エンジュのまちに、にほんのとうありき
こんじきにかがやくポケモン、とうにおりたち
ひとびとに、あがめられん

されどじんしんみだれ、とうやかれしとき
ひととのきずなたたれ、こんじきのポケモン
てんくうへかえらん



これやろ?とスーツ姿の兄ちゃんが笑う。やあ、と会釈され、俺達は声を上げた。



「実際に会うんは初めてやなあ、ゴールド。改めて、はじめまして。わいが発明家のソネザキマサキや。よろしゅうな」

「おう、よろしくな、マサキ!」

「マサキさん、やん、なあ?えらい見違えたでえ、大人らしゅうなって!ほとんど仕事で家におらんから、妹さんづてにしか聞いてなかったけど、かっこええやんか!」

「なに聞いとったんかはきかんとくわ。でも、ホンマ、アカネちゃんもすっかり女らしゅうなって見違えたで?」

「きゃはっ!わっかるう?」



なんという馬子にも衣装の応酬。おどけた様子でアカネがセクシーポーズをとり、マサキがウインクする。え、俺もなんかするべき?なにこの無駄な疎外感。ついていけずにおろおろしていると、マサキとアカネがおもむろに俺を見て、顔を見合わせる。な、なんだよ。あかんな、ああ、あかんわ、と駄目だしされる。だから、何がだよ。乗り悪いなあ、ゴールド、と意味の分からない突っ込みをされた。え、まさかの突っ込みまち?俺ボケ殺し?何で俺のせいになってんだよ、おい!



じとりとアカネを見る。なんよ、と返され、目をそらした。なーにが、女らしくだよ、そのわりにゲームよりぺった、げふんげふん。アカネから飛んでくる無言の抗議をかわしてオ―ダイルの後ろに隠れる。マサキが、仲ええなあ、と笑った。ここじゃなんだから、と俺達は歩きはじめる。



「なあ、マサキ。オイラ、さっきの昔話くわしく聞きたいな」

「ん?ああ、さっきのはな、エンジュシティに伝わるホウオウの伝説を語った草子の一節や。なんか気になることでもあったんか?」

「じんし、えーっと」

「じんしんみだれ、とうやかれしとき?」

「そうそれ!なんか、人が焼いちまったみたいに聞こえるんだけど、雷が落ちたからじゃなかったの?」

「うーん。専門外やから、詳しいことはしらんけどなあ。ようわからへん。とりあえず、一般的には、人間が悪意をもってポケモンを使うようになって、街を去って行ったらしいって解釈やなあ」

「ロケット団みたいなやつらってことやんな」



むう、とアカネが腕を組む。


人がポケモンを悪意をもって使うようになった、ねえ。俺はオ―ダイルを見た。オ―ダイルは話の流れ的に俺の視線を感じ取ったのか、そんなことはない、とばかりに首を振って抱きついてくる。さーんきゅ。


人間がポケモンを使役する今の関係が形成されたから、離れた、と解釈する方が自然じゃねーかねえ。普通に考えて人間とポケモンって対等じゃねーし。ま、思いっきり今の環境を甘受してる俺としては、まったくもってそれに異議を唱えるつもりはみじんもないんだけどな。それともシンオウのズイの図書館にあった、例のおとぎ話みたく、かつて人間がドラクエやFFよろしく武器を持ってた時代があって、ポケモンが絶滅しかけて、なんかあって武器を捨てたって言う話に通じるもんでもあんのかな?やっぱ面白いなあ、こういう分野。


おーい、と目の前で手のひらをかざされ、あ、ごめん、と俺は笑った。



「ま、とにかく強力なポケモンらしいで。焼けた塔、じつはカネのとうっちゅーんやけどな、かつてこの街を中心にジョウトのまわりをかけめぐっとった伝説のポケモンが三体もそこで焼け死んでもうたんや。エンテイ、スイクン、ライコウな。なんと蘇らせたらしいで。すごいやろ?」

「おおお!」

「おー」



灰ですね、わかります。



「今もまだ、この街のどこかで、わいら人間とポケモンを見とるっつー伝説もあるしな。そや、ゴールドはフリーザーに会うたんやろ?縁のあるやつはとことん縁があるもんや。ゴールドならまた、会えるかもわからんで?そいつらに気に入られたら、いつか」

「会いえええ!なあ、焼けた塔にはいなかった?」

「あっはっは、いやいや、それならとっくにマツバが見つけとるわ」



ゲームじゃまさにマツバとミナキが見つけてたんだよ!俺は気が遠くなった。なんてこった、まじで、そのイベント起こす前に生き埋めになってんですけど、伝説の三犬!うわああああ。はあ、とため息をついた俺に、そんなに残念?とアカネがにやにやと笑う。



「伝説にでてくる焼けた塔の跡地に建てたんはな、過去を改め、ポケモンとの親睦を深めるにふさわしい場所ってことでえらばれたんよ。一応ポケスロン会場もエントリーはしたんやけどなあ、今回は譲ったったんよ」



ほら、みてみ、と指をさされ、前を見る。おおおおお!と俺は声を上げた。



上から見たら、巨大なモンスターボール。それぞれのタイプを象徴するデザインの円形なオブジェが、柱の数だけ球体の天井に置かれている。まるで巨大なコロシアムのような感じだ。でっけええええ!まだひとはまばら。



「なあ、マサキ。ライチュウの交換相手は?」

「ん?ああ、アイツなあ」

「?」

「好奇心旺盛な上に、うわさ好き。そんな奴が初めての街来て、じっとしとれるわけないやろ?いまごろどっかでオドシシせんべいたべとんちゃうかなあ。ま、サミット終わったら、合わせたるさけ、気長にな」

「りょーかい」

「さ、いくで、ゴールド」

「へ?サミットは明日だろ?マサキやアカネは打ち合わせとかあるだろうけど、オイラ、なんかある?」

「当たり前やんか。ただでさえ、ウソッキーのせいで予定が狂うとんや。手助け手助け」

「はああ?!」

「いやあ、助かるわあ。ポケモンたちにも手伝どうてもろたら、なんとかうまくいきそうやし」

「ちょ、ま、二人とも―っ!なんだよ、はめたなこの野郎!」



え、なにが?と二人は声を合わせて首をかしげた。うぜええええ!



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