第24話



「ほな、この荷物頼むで、ゴールド!」

「………(フラグかなと思ったらこれだよ!)さてはオイラをこき使うために誘ったな?」

「にゃははははは」



はい、どうぞ、と育て屋さんの奥さんから手渡されたポケモンの卵と、アカネから押し付けられたずしりとくる大きな紙袋に、がくんとなった俺は、おわ、と声をあげる。サミットで使う配布資料や発表で使うUSBなんて大事なもん、さっさとエンジュシティに届けとけよ、って話だが、訝しげな視線に気づいたのか、アカネがあはは、と笑う。そんなわけないやんかあ、と手を右から左下に振られた。もちろん準備は万端、とっくに発送済みらしい。じゃあこれはなんだよ、と紙袋を上げると、土産よ土産、昔から贔屓にしとる商店街のおばちゃんから、これも宣伝しといてって頼まれてなあ、ときた。そりゃせっかくのサミットだし観光大使的な意味もあるのかもしれないけど、それこそ明日のサミットに間に合うようにしとけよ、普通にポケモンマークの引っ越しやさんに頼めば届くだろ!思わず愚痴も出てくる。でも、ごめんどころか、経費節減よ経費節減と意地の悪い顔がそこにある。ただ働きかよ、ふざけんじゃねえ。頭の後ろで腕を組むアカネが、ライチュウはよだして、とのたまう。ちょっと待てよ、ポケモンの卵ボールに入れなきゃいけねえんだから。



とりあえずオ―ダイルに紙袋を持ってもらい、俺はポケモンの卵を見た。下の部分が真っ黒で五分の一のあたりでぎざぎざでの模様がはいり、そこを境に真っ黄色で覆われている。両手で改めて確認した。ごくり、と俺はつばをのむ。トゲピーの卵と同じく、掌越しにどくんどくんとこどうが聞こえる。やっぱり、と俺はとても不思議な感覚に陥った。何となく予想はしていたけれど、こうして実際に目の前で直面すると、事実なのだと心の中にがつんと響くものがある。オ―ダイルも気づいたのか、顔をあげると、沈黙してじいっと見入っている顔とかちあい、俺はうなずいた。


俺はてっきり未来から来たあのライチュウは、「ボルテッカー」を覚えていた上に、親が俺だったから、レッドさん撃破後に未来の俺自身が育てたものだとばかり思っていた。でんきだまを持たせたピカチュウ、もしくはライチュウ同士でなければ「ボルテッカー」を覚えたピチューは生まれてこない。トキワの森でピカチュウ乱獲もありだけど、持っていることが分かっているレッドさんのピカチュウから、すり替えなり泥棒で入手した方が早いのだ。少なくてもジョウト地方で「ボルテッカー」を覚えたピチューを入手する方法は存在していない。そう考えたから、思い込んでたわけだけど、とんだ間違いだったらしい。ライチュウが現れた時点で、モンスターボールに記録された入手した日付や時刻なんて未来だからわかりっこないし、実際にその日になってみないと分からない。だから今ようやく確信できた。間違いない。この卵は、俺が孵化することになる、「ボルテッカー」を覚えたピチューの卵だ。なあライチュウ、お前の親は誰のポケモンなんだ?


考え込んでいる俺に、育て屋さんのおっさんが、カウンター越しに口を開く。



「郊外にあるトレーニングファームで見つけたんだ」

「まだ、ポケモンの卵の可能性が高いって段階なんだけどね。ウツギ博士もサミットに出席するから、研究のために渡してほしいの。お願いできるかしら?」

「へ?段階?これ、ピチューの卵じゃないの?」

「おー、ゴールドさえとるやん。確かに、色的に電気タイプって感じするなあ」

「そ、そうかしら?」

「そうかなあ?僕たちは初めて見る色、柄、模様だからね」

「ふーん。でもなあ、おっちゃんたち。早く自分らで独立したいからって、経験豊富なカントーのじーちゃん夫妻に連絡せんのは頂けんで?あの人らやったらわかるんちゃうん?」

「郊外のトレーニングファームって、ジョウトの?」

「うーん、と、あはは。ごめんね、詳しくは内緒なんだ」

「まいったわねえ、二人とも勘がいいわ。でも、ごめんね、秘密なの」



大人の事情ですね、わかります。うーむ、これはもしかして、トゲピーイベントに変わる重大なイベントフラグなのか?と少しだけ期待してる俺がいる。育て屋の若夫婦の言葉通りに行うなら、ウツギ博士に卵を預けて、なんの卵か判明次第本来の卵の持ち主に返すべきなんだ。にもかかわらずこうして俺が孵化して、最終メンバーの一角をなしてる時点で何かあったと考える方がいいと思う。さすがに持ち逃げはねえと思いたいけどなあ、ブラックの二の舞はごめんだぜ。なに隠しとんよ、ふたりともー、とアカネが食い下がってる横で、俺はモンスターボールに卵をしまう。ひびでも入ったらシャレになんねえかんな。



「まあ、なんの卵か調べるだけなんだし、いいじゃんアカネ」

「でも、ゴールドは気にならんの?」

「ピチューの卵かなんて一発でわかるだろー、ウツギ博士ならさ」

「そーかあ?ってかゴールド、すっかりピチューの卵扱いやなあ。まだ決まったわけちゃうやろに」

「だってこのギザギザ、絶対尻尾の模様だって」

「んー、ウチには電気タイプにしか見えんけどなあ。エレキッドとか他にもおるやん」



オ―ダイルと俺はにい、と笑って顔を見合わせる。アカネは顎に手をあてて、モンスターボールの中の卵を見つめる。もしかしたら違うのかもしれないけど、今日のまさに今の時間帯に俺が入手できるピチューの卵が、そうそういくつもあるとは思えないんだよなあ。



「へっへー。じゃあさ、アカネ。オイラ、この卵ピチューの卵って賭けるから、アカネはそれ以外で賭ける?」

「えー、いややわあ。なんかゴールドもオ―ダイルも不気味なほど確信に満ちとんやもん。自信ありすぎ。もしかしてなんか心当たりでもあるん?」

「さあ?」

「つれんやっちゃなあ、教えてーな」



仕方ないな、と俺は育て屋さんを後にすると、ライチュウのモンスターボールをアカネに見せた。あー、とアカネは驚きの声をあげ、ずるいずるいそんなんカンニングやんかあ、と肩を叩いてくる。痛い痛い。いつまでもオ―ダイルに荷物持ちさせるわけにはいかないから、紙袋を受け取って、俺はボールに戻す。



「でも、なんでウツギ博士なら一発でわかるん?」

「ピカチュウはすでに進化したポケモンである。知ってるだろ?ウツギ博士が発表した論文(まさかポケモンの9割は進化するなんざ、10年前は思いもしねえもんなあ)(時代の流れは速いぜ全く)」

「あー、知っとる、知っとる!あれはウチも驚いたもん、よー覚えとるわ」

「オイラもよく知らないけど、論文に書くぐらいだから、きっとピチューの卵もみたことあるはずだぜ?」

「なるほど!



ゲームの冒頭で、唯一世界観やポケモンについて説明する博士としては未登場という不遇さ、シンオウでは業績を説明する住人にウツギ博士?と?マークをつけられてる知名度の低さに定評がある。でも実際は今のポケモンの礎を築きあげたといっても過言じゃない、ぶっちゃけ業績だけならオーキド博士以上な気がするなあ、と俺は思う。



ウツギ博士といえば、ポケモンが卵から孵化することを、世界で初めて発見した博士といえる。ポケモンが卵(俺達がそう呼んでるだけで、本当は保育器みたいな役割らしい)を産む(まだポケモンが卵を産むかどうかは濁されてる。確定したら、近親相姦とかメタモンとか事実上黙認されてる部分に言及しなきゃならなくなるから無理だろうな)条件として、詳細なグループ分けと分類、本来覚えるはずのない技を継承できる法則を発見したともいえるんじゃねーか?金銀自体が、リアルタイムの時間経過とか悪・鋼の導入、今に続くタイプのパワーバランスの基礎、個体値の判明、と画期的すぎるシステム導入のオンパレードだったこともある。けど、初代のポケモンのあり方とか、育成方法、戦い方まで全部ひっくり返した画期的すぎる大発見、もとい今のポケモン対戦の礎となってるのは、やっぱり卵の存在が一番でかい。


ここまで大偉業ともいえる理論を完成させてしまうと、次に着手する題材に頭を悩ませるのもわかる。連れ歩きでどんな論文ができんのか、個人的には読みたい論文だ。



何はともあれ、ウツギ博士ならピチューの卵ってわかると思う。だいたい、この卵のがら、アニメや映画で出てきたピチューの卵とまるっきりデザイン一緒なんだよ。ゲームじゃ全部同じヨッシーの卵の色を薄くしたような色、がら、なわけだから、なんの卵か分からないのはともかくとして。



「わかったから、はようライチュウだしてーな、ゴールド」

「はいはい」



俺はライチュウを繰り出した。久しぶりー、と電気袋をはぐされて、ライチュウはくしゃくしゃになる。助けを求めて俺の足元にじゃれついてきたライチュウは、卵の入ったモンスターボールをみつけるやいなや、声をあげて張り付いてきた。こらこらモンスターボールから出すなよ!やっぱり過去の自分と分かってるのか、いないのか、やたらと構いたがるライチュウをアカネにいけにえとして差し出した。もし卵が割れてピチューが死んだらどーする気だよ、お前消えるんだぞ、おい。はあ、とため息。しばらくして、俺達は出発した。はずだった。





「リーダー、大変よ!例の大木がとうとうコガネ側の道路までふさいじゃったの!ポケモンサミットが、中止になりそうなのよ!」

「は?」



コガネジムの門下生が駆け込んでくるまでは。











門下生の話を要約すると、こういうことだ。ことの発端は数ヶ月前にさかのぼる。ここから半日言ったところに、コガネシティ、エンジュシティ、キキョウシティの3つを結ぶ三叉路があって、その三叉路の真ん中に、ある日突然、木が生えたんだと。もともと小さい木だったし、通行の邪魔になるわけでもないと最初は誰も気にしなかったらしい。干からびた地域で、日照りが続けば雑草は枯れてしまうような地帯。誰もが放っておいたって、なんつーいい加減な、とあきれると、アカネが苦笑いした。



しかし、通行人たちは次第に違和感を覚え始めた。木が大きくなってるっつーんだ、それも目で確認できるくらいのスピードで。たちまち、1月前にはキキョウ側の道路をふさいでしまった。さすがにまずい、と思った近隣のジム関係者やトレーナー達は大木を倒そうと集ったはいいものの、その日は雨、どういうわけかその木はなくなっていた、という怪現象。誰かが撤去してくれたのだと考えた彼らは安堵した。でも、また日照りが続いた頃、再び木が現れ、急激に成長し始めた。アカネが言うには、昨日のうちに大木を切り倒しておくはずだったのだが、アカネはさっきの門下生を含めた数人を派遣したが、小雨だったその場所には、また木がなくなっていたらしい。で、さっき駆け込んできた門下生が言うには、三度現れたその大木はすさまじいスピードで成長し、今や三叉路をすべてふさいでしまうほどの大きさまでになってしまっているとのこと。コガネとキキョウ経由でくる出席者と陸路からくるカントーの出席者が立ち往生しており、サミットが出席者の定員が満たせず、中止になる可能性が出てきているらしい。



ヒワダタウンの墨職人のカモネギたちに緊急要請をしようにも、ここからウバメノ森をぬけて三叉路に行くには3日かかるため、明後日(あれ、明日じゃねーの?と聞くと、セレモニー自体は明日開幕で、サミットは明後日らしい。ややこしいな、おい)のサミットに間に合わない。



「こら、大変なことになってもうたわ……とほほ。ゴールド、ごめんな。ともかく、こうなったら、一番近くにおるうちらで、あの木をぶったおしたろ?協力してくれん?」

「もちろん。なんかよくわかんねえけど、燃えてくんぜ。どこにあっか、案内してくれよ」

「ありがとう。じゃあ、ついて来てや!」



雨の日になると突然消える大木なんて、明らかにウソッキーです、本当にありがとうございました。





























持っててよかった自転車と「いあいぎり」のショートカット。案外早く三叉路前まで到着できた。



「でっ、でっけえええええ!」



ゴロウの話は嘘じゃなかったのか。俺は思わず声をあげて、右手をかざして空を見上げる。首が痛くなりそうだ。まだ夜には早いってのに、太陽の光を遮られてばかでかい影が落ちて、あたりはうす暗い。20メートルはありそうな巨大なウソッキーが三叉路のド真ん中で、どどん、と居座っていた。まるで大木のごとく動かない。ど、どうやって捕獲すりゃいーんだ?ゼニガメジョウロじゃ絶対ダメージ与えきれないだろ、なんだこれ。ぽかん、としている横で、アカネもまさかここまで成長しているとは思わないのか、絶句していた。



サミットやセレモニー目的で訪れていた人々が、キャンプを始めている。エンジュシティで広げるはずだった露店をする人々が集まっていて、お祭りのように活気づいていた。門下生曰く、どうやら彼らはこれが祭りの余興だと勘違いしているらしく、どうやってジムリーダーたちが倒すのかを心待ちにしているらしい。なんだそりゃ。



「あ、こら、ピイ!どこ行くんや!」



腕に抱えていたピイが飛び出していくと、露店に向かって行ってしまう。あわてて追いかけるアカネをおうと、使い古しのゼニガメジョウロを抱えたピイが足の間をすり抜けてしまう。ごめんなさい、と謝るアカネに、店主はいいんだよどうせ売れないだろうし、とあっさり譲った。しまった、ここで入手すりゃよかったのか!買っちまったもんは仕方ねえけど。はあ、とため息をついている横で、アカネが絶叫する。



「こらーっ!だめや、だめやって、ピイ!水なんてやったら、もっと大きうなってまうやんか!危ないから戻ってき!」



近くの水道から満タンにしたジョウロ片手にウソッキーに突撃しようとしたのを、アカネが阻止して止める。はあ。と安堵のため息をついて、アカネはジョウロを取り上げる。ピイは不服そうにほほを膨らませて、アカネの腕の中でもがいた。気づいてるわけじゃなさそうだ。



「さあ、やるで、ゴールド。大木やから、ミルタンクののしかかるで突撃すんのがベストやな。ゴールドはどないすん?」

「なあ、アカネ。あれってポケモンじゃない?」

「はあ?なにいっとんよ。あんなでっかいポケモン、みたことないわ」

「でも、雨が降るたび消えちまうなんて、いくらなんでもおかしいぜ?生きてるとしか思えないって」

「そんなポケモンおる?大木が生えとるポケモンなんて、ジョウトにはおらんよ」

「珍しいポケモンかもしれないぜ?ノーマル技もいいけど、とりあえず片っぱしからタイプ技あててった方が効率いいんって、絶対!」

「うーん。ま、とりあえず、動きゃいいんや動きゃな。ポケモンでも大木でもさっさとどいてもらおか!」

「おう!」



俺達はモンスターボールを投げた。


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