第22話

つづきはこちら
「あぐっ!」



ぐわっとパーカーを後ろからものすごい勢いで引っ張られ、反動で襟がしまって呼吸がとまる。その拍子に後ろに引き戻され、体が置いてきぼりになってますます首が閉まる。必死で首に食い込む襟元に指を突っ込んで隙間を作り、気道を確保。後ろを振り返れば、オ―ダイルが俺のパーカーをかんでいた。どさりとひっくり返ったら受け止めてくれる。び、びっくりしたあ、死ぬかと思ったぜ。ようやくオ―ダイルが解放してくれたのを確認して、俺はずれかけたキャップをかぶり直した。



「オ―ダイル、オマエなあ」



あー、あー、と声帯の無事を確認しつつ、涙をぬぐって振り返る。オ―ダイルの身長は230cm。俺は150cm。なんと80cmも差がある。ゲームじゃまったく考慮しなかったけど、やっぱり実際に連れて歩いてるとでかさを実感せざるを得ない。問答無用で見上げるはめになるのにちょっとした苦痛を感じつつ、眉を寄せた。ワニノコのころから比べれば、ずっとずっと頼りになる。でも毎度毎度これじゃあ俺そのうち死ぬんじゃないかと危機感を覚えたのは今回だけじゃない。しょぼん、とうなだれるパートナーに、うぐ、と罪悪感がこみあげてしまうが押し殺して鬼になる。



「何度も言ってるだろ?オイラに用があんなら、肩叩くなり引っ張るなりすればいいんだって。これじゃあ、オイラ声がでなくなっちまうよ。キイつけろよ?」



謝罪めいた鳴き声と下がる頭。これで何度目だよ、と気が遠くなる。わかりゃいいんだよ、わかりゃ、と頭を撫でてやれば、がばり、と飛び込んでくる腕。うれしそうに抱きついてきて押しつぶされそうになって、ぎゃーす、と俺は悲鳴を上げた。ちなみにオ―ダイルの体重は88kg。俺の約2倍ある。だーかーら、ちっとは手加減しろよ!と叫んだ。


やっとのことで下ろされて、はあ、とため息一つ。これでもまだいい方だ。ワニノコのときなんか、本当に噛み癖がひどくて、不機嫌だろうと上機嫌だろうと意思表示は噛みつきかよ、とげんなりするほど、噛み跡だらけになったもんだ。腕だろうが足だろうがリュックだろうがお構いなしにだから、根気強く教え込んだかい合って、なんとか進化前には我慢してくれるようになって本当に良かったぜ。アリゲイツん時は、口さびしいのかやたらゴミを口に放り込む癖がついちまって、いわゆる拾い食いで腹でも壊すんじゃないかと気が気じゃなかった。案外進化までの期間が短かったもんだから、すぐに収まったけど。オ―ダイルになってからはよほど本能(図鑑によれば、獲物を殺すときに首元をかみついて振り回す時にはすっげえ力を発揮して、ぶんまわすらしい。)を刺激でもされなきゃ噛むことはなくなった、はず、なんだけど、なあ。御覧の通りだ。いつか喰い殺されやしないかとひやひやしたもんだけど、ウツギ博士いわく親猫が子猫を運ぶときみたいなもんだそうだ。え、俺が親じゃねーのかよ、おい。でも積極的になったスキンシップに耐性ができれば案外やってける。うん、たぶん。



どうしたんだ?と振り向けば、オ―ダイルの指す方向にでかでかと看板があった。



「生命判断師?ああ、昨日テレビでやってたなあ」



きらきら、とした眼で腕を引っ張られる。どこぞの占い師じゃないけれど、結構な頻度でテレビに出てくるあたり、流行ってんのかなあ。まあ捕獲した時点で登録しなければ、ポケモンはポケモン学上の分類区分けで使われる名前のまま登録される。それ以外でモンスターボールに登録されている名をニックネームという形で名前を命名できる権限は、各地方ごとに決めらた人しか認められてないみたいだから、あやしくはないんだろうけど胡散臭いことこの上ない。え、オ―ダイル、まさかお前、ニックネームほしいの?こく、とうなずかれた。



「却下」



がーん、となったオ―ダイルが、なんでとばかりに涙目になる。つぼに入った俺はにやける顔を抑えるために口元を手の甲で抑えて、目をそらした。これだから!これだからポケモンはけしからん。図体ばっかり大きくなった割に挙動がこうだから可愛いんだよな、お前は!かわいいな畜生、と悶えながら、必死で震える声を押し殺す。いくらオ―ダイルの希望でもこれは駄目だ、勘弁してくれ。



「恥ずかしいから却下!」



俺は拳を作った。そりゃゲームだったら話は別だ。せっかく捕まえたポケモンだし、図鑑用に捕獲してすぐに逃がすやつから、秘伝要員、パーティメンバーまでその場の思いつきでまったく統一感がないとはいえ、それなりの愛着を持ってつけてたさ。思いっきりネタ寄りだけどな。でも、だめだ、だめなんだよ、実際につけるのはいい。でもモンスターボールにデータとして登録されちまうってことは、他の第三者に見られちまう可能性が高くなる。データに登録した以上、公式の場での名前として呼ばれるわけだ。俺がこっそり読んでもいいけど、それだとポケモンは混乱してしまうからお勧めできないとウツギ博士からご忠告頂いたもんだからそれも駄目。勘弁してくれ、戦闘中に堂々と叫べるよう配慮するなんて、何時間何日かけりゃいいかわかんねえだろうが。意外と世間体は大事だぜ?そもそもかっこいい名前とかかわいい名前とかなんざ考えたことねーよ。ダイヤモンドでパートナーにしたゴウカザルに「りょうつ」と、サファイヤのラグラージに平気で「キモクナイ」とつけてた俺に、ネーミングセンスを求める方が間違ってるっつーの。実際にニックネームで呼ぶ俺を想像してみた。あまりの羞恥心に悶絶したくなった。何を今さら、といわれりゃそれまでなんだけど、だめなもんはだめなんだよ、勘弁してくれ!



「アニさんでいいならつけるけどさ」



銀時代にもハートゴールド時代にも頼りになる御三家最初のパートナーって意味でつけてたわけだが、案の定オ―ダイルに真っ青な顔で却下された。



























「もしもし?」

「もしもし、お、その声はゴールドやないか。久しぶりやなあ」

「へっへー、久しぶり。今、コガネシティにいるんだ。バッジも3つになったし、あさってにはエンジュシティにいくつもりなんだけど」

「おおお、っちゅーことは、アカネに勝ったんか?すごいやんかゴールド。頑張っとるみたいやなあ」



へっへー、と頭をかく俺に、その調子でがんばり、とマサキがほめてくれた。オ―ダイルがうれしそうに鳴く。おお、オ―ダイルになったんか?と鳴き声だけで特定するというポケモンオタクの片鱗をみせてくれた。で、これからどうすりゃいいのか聞いてみる。



「ポケモンサミットはな、ポスター見てくれたやろけど、けっこうでっかいイベントやろ?」

「うん。特設ステージでイベントやったり、映画放映したり、お祭りとはまた違った意味で面白そうだよな。けっこういろんな店が出店してるみたいだし、楽しみだよな、オ―ダイル。でも、チケットがどうとか言ってたけど、これ、入場料無料だよ?」

「そうやで。でもな、実は、ジョウトとカントーの研究家やジムリーダーの研究会議もかねとんや。これがチケットいるねん。一般公開で、これがサミットのメインイベントってやつで、いろいろ面白い研究成果とか聞けるし、実際に体験できるんや」

「おおお!ってことは、オイラ見に行けるんだ?」

「もちろん。これは手間かけてすまんなあ、ってわびの意味もあるんや。思いっきり楽しんでくれるとありがたいわ。けっこう今そっちの段取りで今てんてこ舞いやから、エンジュに着いたらまた連絡頼むで?サミット終わったら、通信相手と合わせたるさかい、ライチュウと一緒にまっとってな」

「わかった」



ライチュウの単語にオ―ダイルが反応する。昨日ベイリーフがいないことに真っ先に気づいたので、説き伏せるのに時間がかかったもんだ。一番の古参だけあって、一番メンバーとの付き合いがながいオ―ダイルは、きっと、また一匹仲間が減るのがさみしいんだろう。うなだれるオ―ダイルの手をつかんでよいしょ、と肩にしょいこんだ俺は、考えないようにしてきた事実が目前に迫っているのを改めて自覚する。じわ、とくるのをこらえて、目を硬くつむった。どないしたん?と聞いてくるポケギアに、寂しがりの世話やいてんの、と笑った。俺だって名残惜しいけど、ライチュウの親は未来の俺であって、俺じゃない。それにライチュウのモンスターボールが示すデータが正しければ、そうそううなだれる必要がないこともわかる。出会うのが早すぎただけだ。



「お電話中、ちょっとごめんなさいね。はい、おまたせ。大事に大事に育ててね」

「ありがとう」

「いえいえ、あなたみたいな男の子にもお花を育ててもらえると思うとうれしいわ」



ただいまフラワーショップコガネ。お花じゃなくて、木の実なんだけどな。うけとった俺はオ―ダイルに預ける。不思議そうに、まるで初めて傘を渡されたトトロみたいな手つきで慎重にきのみ育成セットを観察する。ほほえましくてしゃーない。すくすくこやしも、と追加注文を出すと、はいはい、と美人な女主人はにっこり笑って奥の製品棚に引き返す。子供用のこのセットを探すのに手間取っていたので、俺はマサキに電話していたってわけだ。これで木の実が大量生産できるわけですね、わかります!あー長かった、はやいとこ木の実が使いたくてしゃーないてのに、入手までが長かった。木の実育成セットとこやししめて19800円なり。なんで無料じゃないかなあ、とひそかにため息ついたのは秘密。ゼニガメジョウロで金とられた時点で予想はついてたけどさ。とほほ。


すると、いままで絶賛放置されていたポケギアから、ご、ご、ご、というどもりが聞こえてきて、俺はにやけるのがわかった。電話でよかったぜ、テレビ電話だったら一発でバレちまうもんな。



「……ゴールド、いま、どこから電話しとん?」

「フラワーショップコガネだけど?」

「えええっ?!」

「なんで驚いてんの?オイラ、木の実が育てたくてさ、育成セット買ってたんだ。あ、こら、オ―ダイル、土がこぼれるだろ?ほら、かせよ。ほら、こうやって、そうそうそう」

「……」

「マサキ?」

「う、え、あ、ああ、そうなんか、あはは」



女主人は若い。木の実をくれる女の子が俺より小さかったから、てっきり夫持ちなのかと思ったら、その子から姪なのだと修正を受けた。女主人目当てによく男性が買いに来るらしい。もちろん女主人は朗らかなふんわりした人だから、男性客の言葉を真に受けて記念に花束を贈る熱心な人たちとしか受取っていないらしいけど。オ―ダイルからセットを受け取ってリュックに収める。にやにやしながらポケギアを見る。オ―ダイルがむっとしたもんだから、違うって、マサキが、と口ぱくで知らせた。



「マサキ、どうしたんだよ、さっきからおかしいぜ?」

「そ、そうか?わいはいつもどおりやで、あはははは」



女主人が見えたので、俺は顔を上げた。



「はい、どうぞ。これでいつもより育ちやすくなるけど、土が乾きやすくなってしまうの。気をつけてね」

「はーい」



お金を支払う。まいど、と小さな看板娘が店先から合いの手が入った。



「マサキ、おねえさんと知り合いなら、変わろうか?」

「え、い、いやいやいや、ええって!別に話すことないさけ、ええってば、ゴールド!」

「そう?じゃあさ、アカネと一緒にいく約束してるから、そんときはよろしくな」

「お、アカネちゃんと一緒に行くんか?ゴールドも隅におけんなあ、おい」

「だったらいいんだけどなあ、ライチュウ目当てだってよ。あさって育て屋さんに来てくれって言われてんだけど、なんだろう?」

「育て屋さん?ああ、なるほど」

「?」

「ゴールド、ライチュウと別れても、それは出会いが早すぎたっちゅーだけや。ゴールドが卵をかえしたってことはデータが証明しとる以上、そう気いおとさんとけよ?いつかまた、会えるんやから。永遠の別れちゃうんや、しっかり笑顔で送ったげんとな」

「・・・・・・・・・・おう、わかってら」

「あはは、じゃ、またな」



またねー、とポケギアを切る。しばしの沈黙が、俺達の間に落ちた。










デパートの地下に潜ったら、運搬作業の邪魔だと追い出されてしまった。参ったな、どうやらここのアイテム回収はロケット団の占拠事件まではおあずけらしい。ラジオ塔地下までこっそりいけないかともくろんでたんだけど、地下通路側も封鎖されていてできない。もともと避難経路として設置されたものだろうから仕方ないけど。


さて、明日は虫取り大会だな。


[ 32/97 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -