第21話

テレビで見たとかで、いつか姉貴が言ってたことがある。人だかりの中で、確実に目的の人物を呼びとめる方法があるらしい。おーい、みたいな呼びかけだけだと聞こえた全員が足を止めてしまい、かえって無関係の人も巻き込んで迷惑をかける可能性があり、しかももし目的の人物に聞こえなかったら本末転倒。名前を加えればいいのかもしれないが、万一同姓同名の人物がいるかもしれないので、これも除外。こういうときは、目的の人物の色を含んだ外見的特徴をなるべく具体的に述べるといいらしい。たとえば「帽子をかぶったお兄さん」ではなくて、「黄色いキャップをかぶったお兄さん」といった具合に。こうすることで「あ、オレだ」と該当するワードに反応する人間だけが止まってくれる可能性がある。だからできるだけ目的の人物のみに該当することを叫ぶとなおいいらしい。ついでにこちらの呼びかけに反応した通行人の視線が自然とその人物を探すため、人によっては周囲の視線で、もしこちらの呼びかけに気づかなくても気づく可能性があるとか。しかも運が良ければ、探してますよ、と目的の人物を通行人が指摘してくれることがあるらしい。


ちなみに姉貴の本題は、その応用だ。目的の人物がこちらの存在に気付きたくない、という場合、意図的に無視される可能性がある。そのときは、これを応用して、目的の人物のみが反応するキーワードを大きな声でさけべばいいらしい。できれば目的の人物にとって、あまり触れてほしくはないNGワードが好ましい。高確率でやめさせようと問答無用で目的の人物は止まってくれ、こちらに気付き、憤っているというマイナス面が発生するがこちらに向かってくれるとのこと。これは俺もわかる。「おーい、そこのエロゲ持ってる黒ジャン!」と深夜の大通りで叫ばれたのはいい思い出だ。あのときは、死にたくなった。高校生時代に隠し持ってたDVDのケースに「死ねエロ弟」と殴り書きされてるのを見つけたときくらい、死にたくなった。





じゃあ、さっきから「赤毛」とか「黒服」とか「ブラック」とか大声で叫んでるのに、一向に止まる気配のないひねくれ度がマックス状態のやつが標的の場合、どうしたらいいんだろう。俺なら耐えきれなくなって、全速力で止めに入るってのに、なんという見上げた根性。メンドくせえなあ、とぜえはあいいながら、俺は走る。通行人たちが不思議そうに振り返っていくし、注目度はあるってのに完全無視を決め込んでいる。こうなったら、思いつく限りのNGワードを連発するしかねーのかなあ、と半ば意地になり始めた俺は、暗黒の貴公子とか裏切り者とか窃盗犯とか連呼しまくった。と、止まらねえとかねーよ。こいつに羞恥心はねーのか?気付けばコガネシティを横断してしまったらしく、すっかり自然公園前なのか花壇やウバメのモリから続く木々が目立ち始め、民家やビルがまばらになってきた。いい加減息が切れてきてきつくなってきたと思ったら、ついに見失ってしまった。太陽が長い長い影を作る。ポケギアを見れば、決勝戦がおわってから30分以上たっている。もう夕方だ。だーくっそ、と舌打ちをして、休憩しようと周囲を見渡し、裏路地の方に自販機を見つけて歩み寄る。曲がり角で、膝に手をあてて、同じく息を切らしているブラックがいる。あ、いた、とつぶやくと観念したのか、きやがったのか、と恨めしげにぼやいた。



「やーっと追いついた、止まれよなあ」

「だ、れが、止まる、かよ。あれだけ、連呼されて、できるか!」



引っ込みがつかなくなったらしい。ですよねー、なんとなく予想はできてたけど。笑った俺に舌うちひとつ。何の用だ、とブラックはようやく息が整ったのか、立ち上がるとにらんでくる。若干困惑と戸惑いの混じった声でつぶやいた。そういえば、ロケット団が一切絡んでいない状態で、しかも戦闘なしでまともな会話をしたのはこれが初めてかもしれない、と気づいた。しかも俺から用があるなんて今まで一度もなかっただけに、不審がるのも無理はねえか。決勝の後さっさと行っちまうから追いつくので頭がいっぱいで、そこまで回らなかったなあ。



基本的に俺はストーリーとイベントが無事に遂行された方がむしろ安心するたち(だってちゃんと進んでるって実感できるだろ?この世界、シナリオ総無視のイベントのオンパレードだから、たまに泣きたくなる)だから、今まで一度も本気でブラックを追いかけたことはない。警察に連絡したり、情報をしっかり提供したりはしてるんだけど、基本的に見逃してる。だから例の刑事さんから、なんかあるんじゃないかって疑いかけられちゃったんだけどなー、あはははは。



「わざわざ何の用だ。ふん、負け犬の遠吠えか?くだらない」

「……はあ?」

「違うのか?」

「違うも何も、何の話だよ」

「お前、さっきの試合の文句をいいに来たんじゃないのか?」

「文句?なんで。確かにお客さんやクルミちゃんたちはなんか騒いでたけどさ、なんでオイラがブラックに文句言わなきゃいけないんだよ?」



おかしいぞ?なんか、いつも以上にどうにも話がかみ合わない。俺は首をかしげた。


そりゃあ、言おうと思えばいくらでもできるだろーな。なんでよりによって、最後の「いわなだれ」がはずれたんだ。なんで麻痺状態のニューラが動けたんだ。なんでニューラじゃなくて、マグマラシにだけ「いわなだれ」が当たったんだ。いくらでも不満や愚痴、文句はできるけど、それはわざわざブラックを追いかけてまでいうことじゃない。戦闘をするうえで、よくあることだし。こういうのは、バトルフロンティアに挑戦中に言うのがふさわしいと思うんだ。3回連続でハサミギロチンが命中する、みたいな平気で確率の低いミラクルが相手ばっかりに起こって、確率の低い不運がこっちに襲いかかる場所、それがバトルフロンティアってとこであって、人はそれをフロンティア・クオリティという。これにぶち当たった時は、泣いていい。むしろフロンティアブレーンに文句をいうべきだと思う。あまりにも理不尽だし。



「オイラ気付かなかったんだけど、なんかあった?」



ブラックが視線を反らして吹き出していた。そしてやがてこらえきれなくなったのか、突然大笑いし始める。な、なんだよ、こいつ!俺はぎょっとして後ずさる。いつもの高笑いや皮肉帯びたシニカルな笑いじゃなくて、純粋におかしいから来る笑いだ。こ、こえええええ。なんだなんだ、キャラ壊れてんぞ、お前。なんだろう、ただ地が出て笑ってるだけだってのに、ぞわってくるのは。あっはっはっは、と涙まで浮かべて笑い始めたブラックは、重傷だ。本当に目の前にいるこいつ、ブラックなのかと目を疑いたくなる異様な光景が広がっている。



「おまっ、目の、ま、でっ、バトルし、のにっ!きづ、きづか!」

「と、とりあえず、おちつこうぜ、な?」



ブラックがいつものキャラに戻るには、3分を要した。










「こりゃ傑作だな。やはりトレーナーがバカだと、ポケモンもバカがうつるらしい」

「だから、なんだよ」

「俺は対戦してきたポケモンを、一体残らず病院送りにしてきた。なぜかわかるか?」

「?」

「ふん、特別に教えてやろう。相手はおろか、審判、司会者、観客までまだ戦える気力があるのに、勝負はついたとか生ぬるいことを抜かしやがる。罪のないポケモンを見殺しにしてもいいのかと挑発すれば、すぐにギブアップだ。全員戦闘不能になるまでまともにバトルをしたのは、お前だけだった」

「あー、そういやそうだっけ」



たしかにバトルのルールとしては、少々変わった制約があったのを思い出す。バトルフロンティアにあった、一定の制限内で勝負がつかなければ強制的にバトルが終了し、あとは判定によって決定するっていうルールだ。ダブルバトルであること、トレーナーの降参が認められていることを除けば、ほぼそのまま。まあ普通ダブルバトルなら、よほどのこう着状態でもない限り、シングルよりは早く終わることが多いから、忘れてたぜ。勝手が違うけど、結構楽しかった。対戦相手の考え方がでるバトルが楽しめたし。そこまで考えて、俺は手をたたいた。あー、なるほど、どうやらブラックにはそれがお気に召さなかったようだ。だから「遊び」と「実戦」は違う、ね、なるほど。まあだからって相手に八つ当たりするあたりやっぱ子供だなー、と笑えてくる。


何を笑ってる、と指摘されて俺は引っ込める。



「最後のターン、お前、見てなかっただろう」

「見えなかったんだよ。オイラもヌオーも、がれきのせいでよく見えなかったんだ」

「ふん、道理で反応が遅いわけだ。そんな勝ち方をして嬉しいか、などとくだらないことを喚いた馬鹿どもが騒いでいたな。ニューラがマグマラシを盾にして攻撃をしのいだだけだ。何がおかしい」

「え?それだけ?」

「……ああ」

「なんだよ?」

「意外だな。てっきり馬鹿どもと同じように何かほざくと思っていたが」

「オイラが?まっさかあ。たしかにちっとマグマラシがかわいそうだけど、それくらいでオイラは怒ったりしないよ。審判のおっちゃんも、クルミちゃんも、スタッフの人たちだって、誰もタイム申請しなかったじゃん。普通だったら出場停止になってるやつを決勝に出場させてる時点で、ルール的には問題ないんだろ?ある程度アンタのこと目えつけてそうだってのに、それでも審議なしで試合終わっちまったんだ。なのにオイラが何言ったって、判定は覆らないにきまってる。てっきり回復アイテムでも使ったのかと思ったぜ」



なーんだ、と頭の後ろに手をまわして、組む。ブラックは何かを考えるようなしぐさをした。



「オイラの用はあれだよ、通信交換」

「は?」



やっぱり気付いてなかったのか、こいつ。思わず殴りたい衝動に駆られた。















俺はベイリーフがほしいけど、今のままじゃ所有権はブラックのままだから、交換してくれと頼んだ。正式な交換を経ない限り、公式の試合で使うことはできない、というルールがあるから仕方ない。黙っていればいいんだろうけどそんな性分じゃないし、そもそも今のベイリーフはレベルが高すぎて俺の持ってるバッジの効果範囲じゃない。ベイリーフ自身がブラックしか親と認めないってきっぱり宣言している以上、俺はこうするしかないわけで。と説明した。もちろん本当は違う。刑事さんが交換条件として、俺の不審な行動(3年前のことを口外しないという約束)(俺がブラックを見逃す理由)に目をつむってくれると約束したからだ。俺だって留置場で勝丼なんて御免だし。



「アンコール覚えたユンゲラー連れてこい。そしたら、応じてやらなくもない」

「アンコって、馬鹿、やっぱりさっきのフーディン欲しかったんなら、そうしろよ!なんでニューラ連れてきたんだ!」

「うるさい。俺がどうしようと、お前には関係ないだろう」

「つーか、ジョウトにバリヤ―ドはいない!どうやって遺伝させろってんだ、無理にもほどがあるだろー!普通のケーシイならもう捕まえたんだけど、それじゃ駄目なのか?」

「ふん。そのへんのケーシィとベイリーフが釣り合うとでも思っているのか?」

「そ、そりゃそうだけど、ずっりいなあ。捨てたくせにい」

「それ以外と応じる気はない。言っておくが、テレポートだけ、なんてふざけたまねしたら、どうなるかわかってるだろうな?」

「ちぇー、わかったよ」



それまでは預かっておく、とブラックはあっさりベイリーフを受けとった。



「それだけか?」

「それだけだよ」

「とんだ茶番に付き合わされたな。俺は行く。今度は追いかけてるなよ?」

「だーれがするか」



べー、と舌を出す。俺は踵を返すと、そのまま裏路地を後にした。おそらくラッキーと思っているであろうブラックを確認できないのは惜しいけど、アカネに聞きゃ一発でわかるしいっか。こっちは万々歳だ。いやー、まさかこんな簡単に応じてくれるたー思わなかったなあ。ただし、アンコール覚えたケーシイなんてめんどくさい宿題が出来ちまったけど、ま、いっか。どうせジョウトじゃできないんだし!



ああもうすっかり夕方だ。俺は大会会場に急いだ。
























あ、ライチュウじゃねーか!道理でボールが一個足りないと思ってたら、アカネのやつ!おい、と呼びかけると、あはははは、そんな怖い顔せんといてよー、とライチュウをボールに戻してアカネが差し出してくる。ったく、油断も隙もねーんだから。



「おかえり、ゴールド。お、その様子やと、無事に渡せたん?どうやったんよ、あのブラックに」

「へっへー、秘密」

「ケチくさいこといわんと、さっさと白状せんか!」

「やーだよ」

「もう、つまらんやっちゃなあ。そやそや、おっちゃんが呼んでんで?いってき」

「おう、ありがとな」

「ん。じゃあ3日後に、サミットいこな!約束やで?」

「りょーかい、じゃあな!」

「ばいばーい」



アカネがジムに帰っていく。俺はアカネのいう受付まで急いだ。










「やあ、待っていたよ、ゴールドくん。惜しかったけど、準優勝だね、おめでとう」

「あはは、ありがと!」

「ふふ、ブラック君もなかなかだったけどね。私は、ポケモンを一番使いこなしてたのは、ゴールド君、あなただと思うわ。だから、この子、連れて行ってあげて?」

「育て屋として、君に送らせてほしいんだ。どうか受け取ってほしい」

「おおお、ありがとう!」



モンスターボールを受け取る。早速中を開くと、バルキーが現れた。



「無限の可能性を秘めた、格闘ポケモンだ。大切にしてほしい」

「ありがとう、二人とも!よろしくな、バルキー」



びしっと決めポーズをしたバルキーに、俺も真似してみる。もちろん進化経路はカポエラーで!モンスターボールを見てみると、なんと「ねこだまし」「とびひざげり」を覚えていた。おおお、さすがは健闘賞!ラッキー。俺は改めて若夫婦にお礼をする。バルキーも真似した。かわいいやつだなあって笑うと、顔を赤くした。もう一度モンスターボールで確認してみる。あ、メスだこいつ。


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