第1話

いきなりダッシュした俺にびっくりしたワニノコがあわてて追いかけてくるもんだから、意地悪したくなって木陰に隠れてみた。置いて行かれたと思ったのかワニノコが硬直してしまう。必死に俺を探してる声ににしし、と笑っていたら、うんともすんとも言わなくなってきたから心配になって、わ!と顔を出すと、見つけたーっとばかりに突撃してきた。俺が置いて行ったと勘違いしたのか、ひし、と右足に張り付いて動かなくなってしまった。ごめんごめん、と撫でてやってもちっとも離れない。うわーっと口をあけて、あぐあぐと噛みつき始めた。痛い痛い、ごめんって。もうちょっとアマガミっつーもんをな、と言いながら俺の意地悪が原因だから注意できずにいたら、すっかり噛み癖がついてしまっていて、いくらいってもやめなくなっちまった。参ったなあ。


ワニノコは初めて見る世界のすべてが新鮮なのか、よく立ち止まる。精一杯体を使って感じ取るやんちゃな子供みたいに、全力で遊ぶ。これなにこれなに、と片っぱしから俺のハーフパンツを引っ張って指さすもんだから、いちいち説明してやるせいで、旅立ってから数時間経つはずなのに、未だに見えてこないヨシノシティ。ただいま29番道路。なんというスローライフ。


振り返るとワニノコが俺の飛び越えた段差で踏みとどまって、じいっとしている。さっきは面白がって何度もせがんでたのに。どうしたよ、と呼びかけても返事無し。こいつは間違いなくマイペースだな。どんなみみっちいことでも集中し始めると世界が遮断されて、一切他のことができなくなるタイプ。かさかさとくすぐったい草むらを踏み分けて、ワニノコのそばにしゃがみ込んでみた。



「おう、アリンコの行列だ、踏まないようにしてんのか、えらいぞー」



降りられなくなっちまったのか、と笑って抱き上げると、ようやく俺に気づいて顔を上げた。でも今度はじーっと俺を見て、俺もじーっと見るもんだから、にらめっこ状態だ。きょとりと首をかしげる。まーたこの反応か、まいったなあ、とワニノコをおろして俺は頭を掻いた。


ワニノコはまだ自分の名前に慣れてないみたいで。反応が鈍い。出会ったばっかのころはまるで俺を認識するためにずっとにおいをかいだり、みつめたり、警戒心は露骨じゃないけども、どーもいじめる?いじめる?大丈夫かな、この人、怖くないかな、とじわじわ近づいてきた。撫でてやればにこっと笑った。くうう、かわええ!俺は悶絶した。ゲーム中でさえ何度クッションをバンバン叩いたかわかんないっつーのに、目の前でやられるとか破壊力ありすぎだろう!ってそうじゃなくて、自分の名前を認識できないと、まだまだ対ひとのバトルは危なっかしくてできねえ。ウツギ博士も急ぎの用じゃないからワニノコのこと頼んだよって言ってたし、今日はとりあえずお出かけだな。ヨシノシティは明日でいいだろ。



しばらく歩いていると、ワニノコが転んだ。あ、ハッパついてるぞ、とはなさきに指先を伸ばすと、何を勘違いしたのかぐあーって口をあけてくる。引っ込めた、あぶねえな。ちがうって、ここ、ここ!と同じハッパをちぎって示すと、やっとこさ気づいたらしい。一瞬固まって、今度はなんとか自分でとろうとするが、手が短くて届かねえ!笑いをこらえていると、しっぽをかもうとぐるぐる回る、実家のあほ犬みたいにぬあーっと叫びながら回り始めた。傍観を決め込んでいたら、とってとってーと押しつけてくるので、とってやる。くっそ、なんでこんなに可愛いんだよ、畜生!キュン死にすっぞ、こら!また悶えるはめになった。あーもーウツギ博士ぐっジョブ。










お母さんに叩き起こされたら、ハートゴールドの主人公になってたんだ。どっきり待ちだけど、誰もプラカードもって出てきてくれないし、それまではみんなに乗っかってやろうと思ってる。えーっと、初代を除くポケモン歴10年の大きなお友達な。よろしく。突然の呼び出しとかお母さんとグルのおつかい強制イベントとかどんだけ回避しようと無視しようと問答無用で進むんだな。フラグをどんだけ壊そうと、気付いたらここに立っていて、諦めたぜ。だれか俺の話を聞いてくれ。


で、こうやって連れ歩きを頼まれたんだ、金銀クリスタルじゃなくて、ハートゴールド確定だよな、俺が行った時にはGEOじゃソウルシルバー売り切れだったんだよ、くそう。まあかつては銀をやった身だし、オープニングとかイベントを考えると金の方が違和感ないかなあ(だってルギアと舞妓さんってあんま接点なくね?)ってのもあるけど。


ラジオで聞いたけど、この連れ歩きってのはポケモン協会がキャンペーンを展開してるらしい。どおりでどこに行っても誰も突っ込んでくれないわけだよ。俺は正直ポケモンを連れて歩くってのは公式発表みたとき、えー?!だった。だってさポケモンのアレルギーみたいに身体的、もしくは精神的理由でポケモンを受け付けない人だっているんじゃないかなあ、って思ってさ。でもこうやって大義名分あんなら堂々と連れて歩いても大丈夫なわけで、気付いたらワニノコのかわいさに陥落したわけだ。踊ってやろうじゃんかゲーフリ!










もう夕暮れだ。そもそもワニノコを人や街並みにならす為に、ご近所のポケモン大丈夫なお家を片っぱしから訪問して、自慢しまくってたもんだから出発が午後3時だった。



「ん、どーした?ワニノコ」



ちょいちょい、とつつかれて振り向くと小さい白い花。ああ、木イチゴの花か。あげる!と差し出されて、どーも、と受け取った。さっきから引っ張ってあそんだり、ごろごろ転がってあそんだり、地面つついて何か探してたもんな。これってある程度懐いた状態で、話しかけたらもらえるんじゃなかったっけ?まあ、ゲームとリアルの誤差ってやつか。どこで見つけた?と聞いてみると、後ろに回って押してくる。群生地があんなら、帽子にでも摘んで持って帰ろう。うまいんだよなあ、あの甘い実。



「お母さんにジャム作ってもらおうな」



ワニノコが目を輝かせた。畜生、かわいいな!
30分たっぷりかかって、帽子を木イチゴでいっぱいにしたぜ。



















「あ!こんなところにトレーナーが!」

「―――――っ!」



びくっとしたワニノコが俺の後ろに隠れる。いってえ、舌かんだ!じんわり広がる鉄の味。涙目になりてえのに、ワニノコが頼ってきてくれてるこの状況が俺に泣かせてくれない。なんで短パン少年がここに居やがるんだよ、ここ29番道路だぜ?ワカバタウンとヨシノシティの間だぜ?ライバルとのレベル上げのために存在する序番道路だってのに!
おっかしいなあ、まだお使いイベントはおろか、ライバルイベントも電話もまだだってのに!



つか、聞こえてんぞ?だーれが弱そうだあ?聞こえてんぞ、こらァ。初対面の癖に失礼すぎるだろ!慇懃無礼にもほどがあるっての。



「おれは短パン小僧のゴロウ!お前はどこのトレーナーだ?」



お前か。初めてのポケギア仲間。つかまえたばっかのコラッタLV.4だしてきたゴロウじゃねーか。たしかポッポとコラッタの虫取り少年に挑んで負けてたんだよな?そりゃ負けるわ。まあいっか、ちょっと早いけど、ライバル戦がぶっつけ本番よりはワニノコにもいい練習になるだろうし。ふう、やっと舌の痛みがマシになってきたぜ。にい、と俺は笑った。バトルの時いつも俺は笑うことにしてる。じゃないとワニノコが安心して集中できないだろうしな。ちら、と目くばせするとワニノコは緊張しながらもうなずいた。



「おいら?おいらかい?ヘヘッ、よーく覚えとくんだぜ!人を見た目で判断しちゃいけないってこと、教えてやらあ。おいらの名前はゴールド!こいつがおいらのパートナー、ワニノコだ!いけっ、ワニノコ!」

「みたことないポケモンだな、おもしれえ。いっけーコラッタ!



テンション上げていかねえとワニノコが俺の羞恥心機敏に感じ取って、心配して戦闘やめちまうから無理やりにでもこっぱずかしい台詞をまくしたてる。もう途中離脱はごめんだぜ。しっかしなあ・・・・・・・・・・あああああ、どんどん痛くなってく!これなんて羞恥プレイだよ、俺今年で××歳なのに!ああ、どっかでカメラが俺を映しつつ、お茶の間が爆笑の渦に巻き込まれてるに違いない。くそう。誰が好きでおいらなんだよ。何度言っても、「おれ」じゃなくて「おいら」になっちまう病にかかってる。これも全部ゴロウが勝負挑んでくるせいだ、畜生!




「一発お見舞いしてやれ、ひっさつまえば!」



まさかのひっさつまえば?!ちょっと待てい、なんでLV.4のコラッタがひっさつまえば覚えてんだよ、おかしいだろ、チートか?チートなのか?ハヤトじゃあるまいし、ワタルじゃあるまいし!ってことは最低13いじょうかよ、強いじゃねーか!


出足をくじかれた俺は指示が遅れてしまう。コラッタがすばやい動きでワニノコの背後に回ると自慢の前歯を突き立てる。痛い痛い痛いいい。感情移入してしまい俺は舌をかんだことを思い出してしまった。うう、どくどく舌が脈打つのがいやでもわかる。ワニノコが悲鳴を上げた。がががっとモンスターボールに表示されたゲージが減っていく。セーフセーフ、急所セーフ!あっぶねー。しかもぎりぎり黄色いった、よっしゃ激流発動!



「ワニノコ、吹っ飛ばしてやれ!みずでっぽう!」



ワニノコが振り返って、超至近距離から水撃をはなつ。顔面に直撃したコラッタが水圧に耐えられず、吹っ飛ばされる。ああっとゴロウの声が聞こえ、ワニノコには大したことない石でもコラッタには直撃してきゅう、と倒れてしまう。


あっぶねー、しっぽをふるから電光石火されてたら間違いなく負けてたぜ、セーフ。ごりおいで助かったぜ、幸い俺のワニノコは個性が防御たかめの表示だからなめてもらっちゃ困る。得意になって後ろに腕をくんで頭を乗っける。ワニノコがうれしそうにジャンプした。



「へっへー、おいらの勝ちだな!」

「ちぇ、ゴールドだっけ。やるなあ、君。トレーナーやっててどれくらいなんだ?」

「よくぞ聞いてくれました!聞いて驚け、10週年!」

「うそつけ!君、まだ俺と同じくらいだろ!」

「うそはついてないぜ?まーとにかく、さあよこせ賞金!」

「くそー、ビギナーズラックかあ。ほら」

「64円か、しけてんなあ」

「仕方ないだろ!最近負け越してるから、レベル上げしてたところなんだよ」



むくれんな、きもい。


わりとひどいな、君・・・・・・。





「今日からだよ」

「今日う?!」

「ポケモンジーさんのところまでお使い中なんだ。ホントは(銀もHGもワニノコだったし今回くらいは)ヒノアラシ選ぼうと思ったら、連れて行けってラブコールかまされちまってさ。もてる男はつらいね」



男の勲章さ、と腕をまくりあげる。

「かまれてんじゃねーか!大丈夫?!」

「大ジョブ大ジョブー」



電話番号を聞かれたけど、拒否した。野郎はお呼びじゃないんだよ


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