第17話
すみません、と呼びかけられた俺達が振り返ると、疲労困憊でぜえはあ言っている兄ちゃんが声をかけてきた。手拭い鉢巻にプリンのTシャツ、ジーパン、しかも髪にメッシュの入った(なんというプリン頭)ずいぶん変わった趣味の格好をした兄ちゃんだ。もしかしてカモネギイベントの墨職人の弟子か?何つー趣味の悪い。どーした?と近づくと、やっぱりカモネギが逃げ出した、と口にする。話によると、やっぱり炭の原料となる木を切るためのカモネギがモンスターボールから逃げ出してしまったらしい。しかも2匹とも。うーむ、ここはリメイクよりかあ。新人だから親方のカモネギが言うことを聞いてくれないのだ、と事情を説明する兄ちゃんに、なんでいうこと聞かないのにつれてきたんだとゲームで密かに疑問だったのをぶつけてみた。ぎくり、と肩を揺らした兄ちゃんは、小声で、実は親方に内緒で連れてきたんですよ、早く選定がしてみたくて、つい、とつぶやいた。おいおいおい、何やってんだよ。俺が指摘するより早く、アカネがあほかと突っ込みを入れていた。さすがは本場のつっこみだ、きれがあんぜ。道理でゲームでも怒られてるわけだよ。
「捕まえたら、もちろんお礼の一つはくれるんやろ?帰りのお駄賃にはちょうどええわ。なあ、ゴールド」
「おう!」
「そ、それはもちろん。木炭か、秘伝マシンのいあいぎりでよければ」
「うーん、うちええわ。ゴールド、いる?」
「どっちもほしいから、がんばるぜ」
「ほ、本当ですか?ありがとう!」
「ダメ元やったんかいな、頼りない兄ちゃんやなあ。男やったら、もっとしっかりせんと」
「は、はあ」
そーいうアカネは男らしすぎるっつーの。ぼそりとつぶやくと、振り向きやがった。何つー地獄耳だ。てくてく、とこっちに寄ってくるから、俺はあははとごまかし笑いを浮かべた。
「秘伝マシンなんて全部ポケモン協会からもらえるし、炎タイプは専門外やしこれからも育てる気ないから、微妙すぎるわ」
俺にぼそりとつぶやくアカネは、ただ働きなあ、とつまらなさそうに考えるそぶりを見せる。なんというリーダー特権、うらやましすぎるぜこの野郎。こっちは秘伝マシン技ないとつんじまうってのにさ。それにしても、なんかすっげー嫌な予感がするぜ、ライチュウちょっとこっちこい、と手招きする。いつもならアリゲイツを連れて歩くところなんだけど、アカネが初対面時に、おー、かっこええポケモンやんか、と満点の笑みで言ったもんだから乙女心が傷ついたらしく出てこなくなっちまったから、結局ライチュウのままだったりする。アカネはあやまり通しだったんだけど、モンスターボールに引きこもられちゃ俺だってお手上げだ。不思議そうな顔をして俺の後ろに回ったライチュウを、ちらっとみたアカネがにいと笑う。アカネが突然走り出すとライチュウをがばっと後ろから抱き住める。あ、こんにゃろ、人のポケモンに何してんだ!俺が口を開くと、びしっと指をさされる。
「そーや、ゴールド!どっちがはようカモネギ捕まえてこれるか、勝負せえへん?うちがかったら、エンジュまではライチュウ、うちのってことで。な、な、えーやろう?」
「えーっ、まだ諦めてなかったのかよ!馬鹿言うなって、なんでオイラがそんな賭けしなきゃなんないんだよ!それにオイラが勝ったらどーするつもりだよ!バッジくらい賭けてくんないと割にあわないぜ?」
「ええよ。じゃじゃーん、これがコガネジム認定トレーナーの証、レギュラーバッジや。これで決まりやね」
「ええっ?!ホントにいいのかよ、こんな勝負で!」
「勝負は勝負や。それにゴールドが思っとるほど、ジムって頭固とうないんやで?ジムリーダーに勝てる挑戦者なんて、そうそうおるもんやないしな。勝てんでもジムリーダーが自分で考えとるだけの実力を挑戦者がもっとるって思ったら、バッジはあげてもええんやんか?だから勝った挑戦者の名前は、その偉業をたたえて名前刻まれるんやし」
「そ、そうなんだ(だからイブキが一度も負けたことがないって言ってた割に、バッジ持ってるって言ってるトレーナーがいたわけだ、なるほど)」
「この勝負かて、ゴールドがポケモンをどれだけ使えるか見るには十分やろ?」
「で、その心は?」
「ジム対策がっちがちにされる前につぶしたるわ!、って何言わすんよ!」
「へっへー、ジムにつく前にジムリーダー戦なんてついてるぜ。その勝負、のった!」
「それでこそ男の子や!あ、そうそう、ライチュウはうちのご褒美やからなしやで」
「はあっ?!ずりーぞ、アカネ!ライチュウ、なんか言ってやれ……って何うっとりしてんだー!なんだよその私のために争わないで的な目は!お前オスだろうが!だーもー、兄ちゃん、ライチュウ預かっててくれ。どっちが早くカモネギ捕まえてこれるか、審判よろしくな」
「好きなだけポケモンつこうてええんやで?」
「おーおー余裕だねえ、そんなこと言っちゃっていいのかあ?オイラ結構自信あんだぜ?」
「それはこっちのセリフや。先に言っとくで、ライチュウありがとう!そーや、兄ちゃん、よーいどんってしてくれん?ここは公平に!」
「は、はあ。わかりました。じゃ、じゃあ、よーい、スタート!」
アカネがいきなりミルタンクを繰り出して上にのっかると移動し始めた。えーっそんなのありかよ、ずりー!早ええに決まってんじゃんか!こちとらいうこと聞いてくれないベイリーフしか、乗っけてくれそうなくらいでっかいポケモンいないってのに。はあ、とため息をついて振り返ると、ライチュウが手を振る。ったく呑気なやつだぜ、賞品がわりになってるってのに余裕だなおい。親の顔がみたいぜ、と思いかけて、そういや俺だった、と乗り突っ込みに悶える。本場の空気にのまれすぎてねえか、俺。やばいやばいしっかりしろ、とばしっとほほをたたいて気合を入れる。俺はヨルノズクを繰り出した。こっそりこっそり後ろから捕まえなきゃいけないのはわかってるけど、さすがにウバメの森は広すぎてわかりゃしねえから、ある程度場所は把握しないと話になんねえからな。あーくそ客観的に上空から神の視点で臨める能力がほしいぜ。
「頼むぜ、ヨルノズク。カモネ、えーっと、こう、先っぽが緑で下が白い棒みたいなのをもった、茶色い鳥のポケモンがいたら、知らせてくれ」
そういやヨルノズク、カモネギみたことねーんだっけ?と四苦八苦しながら説明すると、ようやく上空に舞い上がってくれた。すると紫の物体が突然飛びかかってくる。なんだなんだ、と空を見上げると、メタモンだった。変身や!という声が遠くから聞こえる。ず、ずっりー!メタモン持ってんのかよ、聞いてねえぞアカネ!しかも飛行タイプがいないからってそんなのありかよ、くっそう。かすんだ色をした二匹目のヨルノズクは、悠々と飛び去っていく。驚いた様子のヨルノズクだったが、すぐに再開してくれる。俺も探すか、とすっかり履きならしたランニングシューズの解けかかったひもを結び直した。
「よーし、ヨルノズク、合図!」
こちとら総力戦だ。カモネギはすばしっこくていったん追い詰めたのに逃げちまって、ようやく角っこの茂みに見つけた。反対側で待ってるアリゲイツに、上空で待機してるヨルノズクが知らせる。アリゲイツの大きな声が響き、カモネギの悲鳴。
「ヨルノズク、催眠術!」
逃がしてたまるか、戦闘なしでバッジゲットとか楽すぎるだろ、チャンス逃してたまるかよ。すかさず命じる。警戒する方向とはま逆からいきなり技を喰らい、カモネギはがくり、と倒れてしまう。よっしゃつっかまーえた!兄ちゃんから預かってたボールに収める。おお、レベル20超えてんのか、道理でいうこと聞かないわけだぜ。さーて急ぐか、と俺は二匹を戻して元来た道を引き返す。俺の方が近いとはいえ、あっちは距離がある分ミルタンクに乗って移動だしなあ、どうだろう。ポケギアを見ると、もう40分を回っている。俺は駆け出した。
結果は引き分け。俺が勝ちそうだったんだけど、アカネたちがものすごい勢いで追いついてきたせいで渡しそびれちまったんだ、ちぇー。
「むー、引き分けかいな、つまらんなあ」
アカネは不満そうだ。俺は無事秘伝マシン01と木炭を貰って、リュックに詰めている。ラッキーだぜ、わざわざ墨職人の家まで戻らなくても済むんだし。チャックを閉めて背負い直した俺は、またライチュウの電気袋をぷにぷにして遊んでいるアカネに声を掛けた。
「そんなに言うんなら、勝負するか?ただし、賭けは続行で」
「おお!えーやん、やっぱバトルが一番やね!ふふ、えーん?格闘タイプおらんのに」
「へっへー、こっちはずーっと先を見越してパーティ考えてんだよ。格闘タイプは保険だい。言っただろ?オイラ結構自信あるって」
「それでこそ挑戦者ってやつやね。口だけなんてつまらん結果にならんよう頑張ってな、ゴールド。じゃ、はじめよか」
「おう!」
「勝負は3対3やね。負けたらポケモンセンターまで送ったるから、心配せんといて?思いっきりやろか」
「そうこなくっちゃな!」
俺はゴローンを繰り出す。集中的に育てた甲斐があるってもんだ。アカネはピッピじゃなくて、ピイを繰り出してあわててる。あれ?なんで進化してねーんだ?育成途中か?
「頼むぜ、ゴローン!」
「げえっ、戻るんや、ピイ!頼むで、ミルタンク!」
「ゴローン、マグニチュード!」
意外と速いんだよな、ミルタンク。ロックカットって使えるかなあって取っとくんだけど、ストーリーモードだと結局一度も使わずフルアタになっちまう。ま、いいけどよ。どーん、と地面を揺らしたゴローンの衝撃派に俺も微妙に揺れる。モンスターボールに記されたのはマグニチュード、3。まった微妙なのきたな、おい。ダメージを受けつつ、ミルタンクは立ち上がる。うーむ、やっぱり硬いなあ。
「きっついの来たなあ、お返しや!ミルタンク、メロメロ!」
げっ、まーたメンドくせえ技きやがった!ウインクウインクウインク!目があったゴローンは、メロメロになってしまう。呼びかけるけど、反応できない。くっそ、ヨルノズクもオスだ、下手に変えたらやばいか。どうせ相手に決定打はないわけだし。
「のしかかり!って、あれ、交換せんのか、ちぇー」
やっぱ来たよ、麻痺狙い。どーん、とのしかかられてもゴローンはびくともしないが、メロメロ状態のせいで行動出来ない。どんだけぞっこんだよ、ゴローン、お前。のしかかりは地面タイプだろうと麻痺状態になっちまう厄介な付属効果がついてるけど、幸いよかったセーフだセーフ。
「よっしゃ、まるくなるや、ミルタンク!」
え、そっち?俺は青ざめる。トラウマ型かよ、やばいやばいやばい、いくらゴローンだって転がるが何発もきたら受け止めきれなくなっちまう!相変わらずメロメロ状態のゴローンは動かない。おきろーっと叫ぶ俺をしり目に、アカネは嬉々として命じる。
「転がるや、ミルタンク!踏みつぶしたれ!」
幸い1発目は軽度だ。やっぱりこっちのレベルがある分、相手のレベルも呼応してるなあ、いくら半減だからってちょっと喰らいすぎだろ、大丈夫かよ。つか外れるか、メロメロ溶けろよ、ばか!これで5ターンも行動不能だぞ、ゴローン、しっかりしろよ馬鹿!
「なんやの、ゴールド。ワンサイドやんか」
質量をもった2発目。一発一発が重い。くっそ、ゴローン!と叫ぶ。ハートマークが飛んでいたモンスターボールが、変化した。お。八とした様子でゴローンが目を開け、こちらを見る。やっとかよ、おせーぞ、おい。ぶっちゃけこいつさえどうにかなりゃいいんだ。俺は命じた。
「吹っ飛ばしてくれ、自爆!」
「うそおっ?!」
にやりと笑ったゴローンがミルタンクに突っ込みながら、爆発する。ミルタンクも巻き込んで、衝撃波があたりを襲い、木々が揺れる。死なばもろともってか、心中かよ、こえーなおい。命じといてなんだけどさ。轟音。むろんどちらも戦闘不能。ボールに戻る。呆けていたアカネだったけど、俺がアリゲイツを繰り出すと我に返ったようにピイを繰り出す。
「アリゲイツ、こわい顔だ!」
「ピイ、歌うや!」
「え、えええええ?!なんで当たるんだよ!」
「おおお、ラッキー!ピイ、指を振るや!」
ぐう、と眠り込んでしまったアリゲイツ。つか指を振るう?!地味に卵技じゃねーか!驚いた俺に、ロマンやロマン、とアカネが力説する。まさか絶対零度とかでないよな?一抹の不安を覚える俺は、汗を握る。指を振る姿が愛らしいピイは、こほん、と咳払いをすると、思いっきり声を上げた。さいわい能力が低いのか、技の威力が低いのか、ずっとピイは声を上げ続ける。うるせえ!なんだなんだ、ノーマル技か?すると、ぱちりとアリゲイツが起きた。俺は噴き出した。
「ありがとな、ピイ!騒ぐで起こしてくれてよ!」
「うわあああっ、最悪や、なんでこんな時に!」
「あははははっ、さっきのメロメロで運がつきたんじゃねーかな!つか、マジでおもしろすぎるぜ、アカネ!」
声をあげて笑うと、こっちは泣きそうやわ!とアカネが叫ぶ。アリゲイツにピイなんて明らかに捕食者と囚われのそれだけど、これはバトルだしな、いちいち戸惑ってちゃやってけねー。バトルタワーならたすきでカウンターとかやられるかんな、バトルに容赦なんていらないだろ。
「さっきのお返しだ、かみつく攻撃!」
素早さの関係で上回り、ひるみが発動したらしく、すっかりおびえてしまったピイは動けないままもう一発喰らって倒れる。よっしゃ、あと一匹、メタモンだけだな。ひいい、あと一匹やんか、と焦り始めたアカネは、頼むで!と命じた。なんかもってるな。もしかしてスピードパウダーかよ、メンドくせえな、氷の牙連発しようと思ったのに。えーっとえーっと、スピードパウダーは変身したあとだと効果無くなるんだよな?よし!
「メタモン、変身や!」
「アリゲイツ、こわい顔だ!」
「ふっふー、残念でした!かみつく攻撃や!」
「え、ちょ、えええ?!くっそ、かみつく攻撃!」
スカーフかよっ!HP以外そっくりそのまま受け継いだメタモンに、スピードにまかせたひるみ効果のある技を連発されたら分が悪い。ごり押しするには、ちょっときついな。くそ、と俺はモンスターボールをかざした。
「戻れ、アリゲイツ!頼むぜ、ヨルノズク!」
かみつかれたものの、持ち直したヨルノズク。俺はリフレクターを命じる。げ、とアカネがいやそうな顔をした。俺はもう一度アリゲイツを呼び戻し、タイマンに持ち込んだ。
「よっしゃあ、オイラの勝ちい!よくやったぜ、アリゲイツ!」
「あああ、おっしい、あそこで急所でとったら勝ったのにい!」
泣き虫じゃないアカネに若干違和感(なんせリメイク前までてっきり年下と思いこんでたら、最年少はツクシって姉貴から聞いてびっくりしたもんなあ)を覚えたものの、心底悔しそうにしているのはアカネらしい。アリゲイツとハイタッチ。同時に、きらきら、と光がこぼれる。お、おお、おおおおお!光はやがてアリゲイツを覆い尽くし、モンスターボールの経験値メーターがぱあんと振り切れる音がする。何度見ても感動もんだ。アカネが驚いた様子でこっちを見る。光が消え、オ―ダイルがそこにいて、新しい自分を確かめるかのように一声上げた。かっけえええ、何度見てもかっこいいぜ、オ―ダイル!おっと頼りになるだった、心は乙女だもんな、相棒!
「え、え、ええっ、進化したん?どんだけレベルあげとったんよ、ゴールド!」
「あはははは(トラウマ再来させといてよくいうゼ)」
「まあ、負けたもんはしゃーないな。はい、ゴールド。レギュラーバッジや、うけとって」
「よっしゃーい、ありがとな、オ―ダイル!」
俺はバッジを受け取った。オ―ダイルはうれしそうに鳴く。お、俺より高くなりやがって、このやろう、立派になりすぎだぞ、ううう。ちょっとだけ敗北感にさいなまれつつ、さっそくトレーナーカードに張り付ける。へっへー、これで3つめだ。ブラックより早くバッジゲットできたの初めてじゃね?らっきー。
そうそう、今回のMVPを放置はまずいな。俺は元気のカケラでゴローンを回復させた。勝ったぜ、とバッジを見せて報告。パーティをみんな回復してやる。
「さーいこか、ゴールド!」
「ちょっと待て、アカネ。そのライチュウは、オイラんだぞ」
「ウチのポケモン全滅しとるんやもん、これくらいサービスしてや」
「それとこれとは話が別だっての!」
「なーんよ、けちい!」
「どのみちコガネまでライチュウと一緒じゃねーか!くっそ、はめられちまったぜ」
「ふふふ、今さら気づいたんか、ゴールド」
「ア、カ、ネえええ!」
「きゃー! 」
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