第16話

だめだ、とベイリーフは思った。このままではだめだ。みんなやられてしまう。主人は黒ずくめの男たちとの連戦で、仲間が技PPを消費していることに気付くことができるほど余裕がない。ベイリーフの知らない何かに突き動かされている。主人はここにいるのに、言葉が聞こえるのに、全く考えが読み取れない。どんどん先に進んでしまう。遠い。遠すぎる。黒ずくめの男との戦闘に入ってからは周りが見えていない。何度も訴えるのに、いつもならよわっちいやつめ、といいながら止まってくれる足が止まらない。振り返ってもくれない。それがただ悲しかった。お前なんかいらない、といわれ慣れた言葉だけが返ってくる。焦りがベイリーフを追い詰めていく。主人の命令を守るという本能と、主人を守らないければならないという気持ちとの間で揺れ動く。そしてそしてそして。



『何をしやがる、ベイリーフ!』



ベイリーフは初めて逆らい、最後の力を振り絞って主人を突き飛ばす。背後から奇襲してきたヤミカラスに追撃され、限界だった体が悲鳴を上げた。動揺のあまり裏返る声に、無事なのだと安堵した。どけ、という命令に首を振る。ボールに入るのも拒否する。容赦なく襲い掛かる攻撃を耐えながら、必死でベイリーフは主人の盾と化す。かろうじてつながる意識の中で、うっすらと開けた目には、主人の強烈な赤だけがうつる。それだけ。次第にぼやけてぼやけて見えなくなっていく。馬鹿野郎、と罵声が響いた。



『くそ!よけいなことしやがって!誰も助けてくれなんて、言ってないだろ!』



なんで、なんで、おま、は、ば、や、と次第に遠ざかっていく言葉。背中の衝撃がうせ、どうやらヤミカラスがいなくなったことだけ確認したあと、ベイリーフは力尽きてモンスターボールにのみ込まれるのを感じた。そして、とうとうすべてが白になる。




















目覚めたベイリーフは、幾度も主人の敵として戦ってきたトレーナーが心配そうに、覗き込んだベッドの上で目を覚ます。そして、ポケモンセンターにかつぎ込まれたことを知る。ああ捨てられたのだとベイリーフは悟り、すさまじい虚脱感に襲われた。何が正しかったのか、間違っていたのかはわからない。ただ、あのとき、最後に聞こえた主人の声が泣いていたことだけが、悲しかった。





ベイリーフはポケモンセンターで入院することになった。





トレーナーはいつも午後4時ごろに、いつも決まって袋いっぱいの林檎を持ってきた。そして同じ研究所で育ったアリゲイツとともに様子を見に来た。林檎を切っては渡そうとして、ベイリーフが首を振ったり、無反応だったりすると決まってアリゲイツの腹に収まった。いびつな形に切られたリンゴはあまりおいしそうではなかったけれど、だんだん上手になっていくトレーナーは、最後には見事なウサギをつくっていた。いつも決まってトレーナーは話を始めた。初めはトレーナーのこと、ポケモンのこと、今何をしているのかということ、今日はご飯がおいしかったとか天気がいいとかどうでもいいことばかりだった。ベイリーフが気力を取り戻していくにつれて、ベイリーフが保護されるまでの経緯、黒ずくめの男たちについて、主人との関連、主人のこれからの動向、と続き、4日になると、一緒に来ないかという誘いがきた。この頃になるとベイリーフは感謝したし、こうしてきてくれることがうれしかったし、楽しみになっていた。主人とは違った意味でトレーナーのことを慕う自分に気づいていたものの、ベイリーフは首を振った。アリゲイツはショックだったのかガーン、と固まってしまったが、トレーナーは、だよな、とただ苦笑いして肩をすくめるだけだった。久しぶりに会ったウツギ博士は、進化した姿に驚いたものの無事な姿に喜んでくれた。ベイリーフは心中複雑だった。なにかもやもやするのだ。




5日の2時すぎ、その日はいつもと様子が違っていた。




「ゴールドお兄ちゃん、この子がべいりーふ?」

「そうそう、この元気ねえポケモンがベイリーフな。いっちょ元気付けてやろうと思ってさ。さーて、行こうぜ、ベイリーフ」



しっぽのないヤドンを抱えた小さな女の子にせかされる形で、久々にベイリーフはポケモンセンターで決められている外での活動時間以外に外に出ることになった。





ヒワダタウンに程近い丘だ。モンスターボールから出されたベイリーフはきょとん、としていたが、周りを見るとトレーナーのポケモンたちと女の子が遊んでいる。段ボールを下敷きにしてそりで遊んでいる。トレーナーは、すぐ隣でヤドンを抱えたままあくびをかみ殺していた。ベイリーフがさみしそうに眺めていると、アリゲイツが一緒に滑ろう、とせがんでくる。大きな大きな段ボールだったが、ベイリーフは首を振り、アリゲイツはがっくりと肩を落とした。トレーナーはなにかを考えているのか心あらずといった様子だったが、アリゲイツにせがまれて2,3度遊んでやると、疲れたのかすぐにベイリーフの横になって帽子を日よけにする。ベイリーフの体がいい感じで日よけの影を作るのだ。ベイリーフは目を細めて、眩しそうに女の子とポケモンたちを眺めた。



「なあ、ベイリーフ」



呼びかけられて、振り向く。ひょい、とつばだけトレーナーは浮かせる。表情はうかがえないが声色は真剣だ。



「ブラックんとこ、帰りたいよな?」



初めて聞かれた、ベイリーフの気持ちである。じわり、とこみあげてくるものがあり、ベイリーフはこらえるように目を閉じる。そして、小さく小さくうなづいた。だよなあ、とつぶやいたトレーナーは呻く。



「オイラはほしいんだけど、やっぱ無理だよなあ」



まーたふられちまったい、とトレーナーはぼやく。すきあらばベイリーフを仲間にしよう、とばかりにトレーナーは散々くどいていたが、ことごとく振られていた。ベイリーフは謝罪の意味でトレーナーにすり寄る。こんなんで懐かれてもうれしくねえやい、とトレーナーは苦笑いした。



「32ってねーよ。ツクシんとこで30までしかいうこと聞いてくれねえってのにさ。そもそも正式な交換してねえから、公式バトルに参加出来ねえって何だよそれ。ブラックと交換しなきゃいけねえってことだもんなあ、わけわかんねえ」



ため息一つ。よっこいせ、とトレーナーは起き上がると帽子をかぶり直した。



「オイラを親に登録し直すにはすっげー大変なんだってさ。オイラそんな時間も金もないっての」



トレーナーはベイリーフをなでる。主人に一度も撫でられたことのないベイリーフは、初めこそ戸惑ったものの、今ではすっかり受け入れ、ゆっくり目を閉じた。親であるポケモントレーナーに無条件でポケモンは従う。それ以外のポケモントレーナーのもとで戦う、ということとはまた異なる。そしてその他のポケモントレーナーに対するなつきと親と同様に無条件で従うということもまた別のベクトルなのである。どうやらベイリーフのわからないところでも、トレーナーがベイリーフを仲間に引き入れられない事情があるらしい。オイラだけかかえんの辛いからさ、お前も巻き添えね、絶対誰にも言うなよ?とポケモンが人間と通常は意思疎通ができないことを知りながら、トレーナーはいたずらっ子な笑みを浮かべる。



「しかも大人の事情でお前をさ、ブラックに無理にでも押し付けなきゃなんないんだよ、ったくどうしろッつーんだか。はいどうぞって渡したところで、素直に受け取るようなやつが盗みなんかしないって話だろ?」



ベイリーフは、驚いてトレーナーを見る。トレーナーは相変わらずブラック大好きだな、お前、とにやにやする。そしてあんま期待しないでくれよ、と付け足した。そしてベイリーフに近づくと、ひそひそ話でもするかのごとくつぶやく。



「ブラック、ロケット団の尻尾をつかむのにしばらく泳がせるんだってさ。でも、お前がブラックんとこにいないと、窃盗って容疑で捜査ができなくなっちまうんだ。ウツギ博士はお前が無事なら安心だからって、届け出自体取り下げるつもりだから警察といろいろあるんだと。でもこれ以上情報を公開してあいつが警戒して出てこないと困るってんで、やっぱり表向きの建前は失うわけにはいかないとかでさ。あーもーやだ。お前を返す方法なんて、全然思いつかねーよ、どうせよと」



うーあーと疲れた意味不明なうめきをもらしながら、ぎゅう、とトレーナーはベイリーフに抱きつく。



「刑事さんこえーよ、なんとなくでオイラの隠匿罪嗅ぎあてんだもん。だからってあいつとの約束破るわけにゃいかねーしなあ。オイラからはどうしようもねーんだよ、これ以上、どうしろってんだ、くっそ。なあ、あいつんとこ戻ったら、代わりに謝っといてくんねえかな?さすがに国家権力と戦えるほど、オイラ強くないからさ。ブラックになんとかしろって言っといて?」



もしやっぱり駄目だったら、今度こそオイラのパーティに入ってくれよ?ひとつ開けとくからさ、と笑う。ベイリーフは少しだけ笑ったものの、やはり首を振った。ガードかてえなあ、とトレーナーはちぇえ、と舌打ちする。



「今の手持ちがゴースとズバットとラプラスだろ。アカネで詰んでてくれっとありがたいんだけどなあ。ミルタンク、きもったまだからゴ―スは無理、全部岩弱点だし。うーん、あわよくばお前の強さをもう一回気づいてくれりゃ、儲けもんなんだけどなあ。メスでしかも草なんて、完璧じゃねーか。ころがる封じにメロメロ無効で、耐久力あるし、レベルも十分。もったいねええ」



一人と一匹は笑っていたが、ベイリーフは何かに気づいたのかトレーナーにうしろ、うしろ、とせっついた。ん?と振り返る。



「ゴールドお兄ちゃんばっかりべいりーふと遊んでてずるーい!私も混ぜてー!」

「おわっと」



後ろからの奇襲にトレーナーがバランスを崩す。愛しの主人がすっかりベイリーフといい空気なのを察したのかアリゲイツとライチュウが追随して襲い掛かり、うぎゃっとそれこそトレーナーはつぶれてしまう。きゃっきゃと遊んでいた女の子はベイリーフに乗りたいとせがみはじめ、驚いているベイリーフをよそにトレーナーからおりると登り始める。ヨルノズクが気づいてあわてて止めようと羽ばたくものの、やだーっと女の子はしがみついて離れようとせず、ゴローンがライチュウ達をべりべり、と引き離す。しばらくして、いい加減にしろというとトレーナーの怒声が響いた。





「………………やあん?」



その拍子で目を覚ましたしっぽを切られたヤドンが、のっそりと女の子のところにいこうと立ち上がった。




















「アカネ、ブラックってやつ、ジムに挑戦しなかった?」

「ブラック?」

「そうそう、赤毛の目つきのわりい黒い服着た奴」

「あー、昨日きたで?イケメンやったけどなあ、ウチ、ウチより弱い男はタイプちゃうねん、残念やわあ。何?知り合い?」

「あっはっはっは、やっぱ詰んでんのか。ざまーみろい」

「なんやの、友達?」

「まさか!敵だよ、敵!」

「なんかその流れやとイケメンは敵って感じになっとるで?ゴールド」

「当たり前だろ、なんだよあんの女顔。まあ、それはおいといて」

「え?目、まじやけどおいとくの?」

「いーのいーの。じゃあ今頃再戦してんのかなあ」

「んー、でもな、ウチに勝ったるから待っとれっていっとったからさ、代理の人相手はせんと思うよ?アンだけ啖呵きっとったし。たぶんうちが来るまで待つんちゃうかなあ」

「そっか、よかったな、ベイリーフ。思ったより早く会えそうだぜ」

「ありゃ、その子も預かりもんなん?」

「まあね」


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