第14話

『…ド、…………!いい…………おき…い!いつま………るの!』



なんだよこんな朝っぱらから、うっせえなあもう。久々の休みなんだからゆっくり寝かせてくれよ。現実と夢の境界にどっぷりとつかりながら、気持ちよくてぐずぐずとまだ布団にこもっていたい俺は寝返りを打った。やーべえ、四天王戦したまんまね落ちしちまったかな、DS大丈夫か?と思いながら目を開けるのもめんどくさくて、手探りで探すけど見当たらない。手に何か当たって、ごと、って落ちる音がした。アーやっちまった、またベットから落としたか?イツキからやり直しかよメンドくせえ。まあいっか、まだ眠いんだ、寝かせてくれ、と聞こえないふりをした。やっぱりソファにタオルケットなんてお粗末なもんじゃなくて、ぬくぬく布団の方がいいよなあ、幸せだとかみしめている俺をよそに、性別も年齢も眠すぎて判断できない誰かさんは、ずっとわめいている。あーもー勘弁してくれ、と毛布をかぶった途端、誰かさんは強硬手段に出た。ばさり、と容赦なくまだあったかいそれをひきはがしたのだ。一気に冷気が入り込んできて、俺はうーとかあーとか寝ぼけ眼でしぶしぶ目を覚ます。誰だよ、勝手に人の部屋に入ってくるのは。ここまで考えて、はっとなる。ここまでくれば声の主が若い女性であることはわかった。俺の知り合いに一人暮らしの男の部屋に押し掛けてきて、朝っぱらから布団を引きはがすような傍若無人なおせっかいなやつは一人しかいない。そもそも合鍵持ってんのは実家の親父と姉貴だけだ。もしかして、姉貴か?!やべえ早く起きねえとどやされる!ぞわっと悪寒がして、一気に目が覚める。ばっと起き上った俺は、叫んだ。



『うおああ!な、なんでいるんだよ、姉貴!………って、あれ?』

『姉貴?何言ってるの、ゴールド。まあお母さんもまだまだ若いつもりだけどね、あなたに兄弟はいないでしょ?まあ、寝ぼけてるのね?ぽかんとしてないでさっさと起きる!ほらほら、早く』

『う、え、あ……って、えええええ?!』

『朝っぱらからうるさいわねえ。さっさと身支度整えて、ご飯食べちゃいなさい。ウツギ博士が呼んでるわよ!』




自分のことをお母さん、と口にした女性は、ぱんぱん、と手を叩いて俺をベッドから追い出すと、タンスから服を取り出してこっちに放ってくる。何が何だかかわからないので事情を聞こうとしても、早く早くと急きたてられて取り合ってくれない。お、わ、と投げつけられるパーカーとハーフパンツを受け取った俺は、そのまま部屋を追い出されてしまった。ドア越しに、洗面所のかごにパジャマを入れるよう指示が飛ぶ。立ち尽くしていた俺は、わけのわからないまま階段を駆け下りた。1LDKの部屋だったのにいつの間にか2階建ての知らない人ん家で寝ていた俺は、にもかかわらずずんずんと足は進んであっさりと脱衣所にたどり着く。疑問符ばかり抱えてがちゃり、とノブをひねって入った俺は、洗面台にある鏡を見て、言葉を失った。



ゴールド、ウツギ博士、呼んでる、さっきの女性の言葉に、血の気が引いた。ちら、と抱えたままの着替えの服を改めて広げてみて、一気に疑惑が確信に変わる。



「な、な、なんだよこれえええええ!」



俺はゲームの主人公になっていた。見間違えようがねーよ、寝落ち寸前までハートゴールド完徹でやってたんだから!叫びっぱなしの俺に、上からうるさいわよ!とお母さんらしい声が響いてくる。ご、ごめん、と叫び返し、落ち着け俺、と息をのんで、もう一回鏡を見る。頭がパンクしそうだ。驚いたまま固まっている××年見慣れた顔じゃなくて、10代くらいのガキの顔。しかもちっこい。道理で目線が低いはずだよ、畜生!俺は落ち込んだ。ガキんとき姉貴にチビチビなじられた悪夢がまさかの再来だ。ほっぺたをつねろうとした俺は、後ろから、チンたらしないでさっさと着替えなさいって怒られて、着替えることにした。


ゴールドゴールド、うーん、ゴールドかあ、と顔を洗いながら心の中で繰り返す。俺がハートゴールドの主人公につけた名前だ。10年前こそ主人公は自分の名前で、ライバルは姉貴にしてたんだけど、なんであたしが負けるのよ、と強制的にデータを消されてからのトラウマで、ずっとデフォルト名にしてたなごり。ヒビキじゃないのは、思い出補正。



はらへったなあ。そういや昨日は夕方にカップめんで済ませたんだっけ、と思いだし、ぐるぐる考え事をする暇も猶予もなくお母さんに呼ばれてテーブルに向かう。



リュックに一式放りこんで渡された。いってらっしゃい!と追い出されてしまったものの、肝心のウツギ研究所がどこかなんてしらねーよ、と途方に暮れるも、ウツギ博士がわざわざゴールドに用があるんだからめんどくさがっちゃ駄目よ、と見当違いの理由で却下されてしまった。ばたん、とドアが閉まってしまう。ため息をついた俺は、初めて見る街並みを見渡す。でっけえ風速計がまわってる。あのあたりが、ってあれ?覚えのない情報がぼんやりと浮かんできて、違和感がだんだん消えていく。瞬き数回。俺はなんとなく、自覚した。頭が痛くなって、ため息をついた。俺、やっぱゴールドになってんのかよ、なんだよこの超展開!





それ以来、もともと朝起きるのは苦手なんだけど、ますます拍車がかかっちまったように思う。目を覚ますたび、あーやっぱこっちなんだ、と強く自覚しちまうようで。






「だからさ、ツクシー。明日でいいだろ?眠いんだって、寝かしてくれよ」



今はちょうど10時を回ったところだ。眠い、すっげー眠い。ちょうどウトウトし始めたところで無理やり叩き起こされた俺は、ツクシによってジムに連行されていた。ふあーっと大あくびしながら、それとなく逃げようとする俺の首筋をひっつかんでツクシが止める。なにがだからだよ、ゴールド?と若干怒気をはらんで、結構本気で引っ張られたせいで、バランスが崩れそうになってしぶしぶとまる。ツクシはひきつった笑顔でがくがく揺さぶってくる。やめてくれ、頭に響くって。もう、とため息が聞こえた。



「昨日の明日は今日だよ、ゴールド。何度目の明日だよ、まったく。これで何回目だい?五回目だよ、五回目!もう5日もたってるじゃないか!明日はジムお休みなんだって知ってるだろ?虫取り大会があるから行きたいんだ、もう延期はだめ!」

「えー」



ふあーっと不可抗力であくびを繰り返す俺に、ツクシは心外そうに眉を寄せた。



「オイラだって早く挑戦したいって。でも、無理なんだよー。文句はなかなか出てこないヘラクロスにいってくれよ、ツクシい」

「こんなことなら言わなきゃよかったかなあ。はああ」



ツクシは疲れた顔をしてため息をついた。それをしりめに俺は目をこする。やべエ本気で眠い。ジムへの挑戦をほったらかしで5日間俺が何をしていたのか、というと、簡単にいえばヘラクロスを捕獲するためひたすらガンテツさん家の庭先で、サンドに頭突きをしてもらっていた。情報源はツクシ。そして例のイベントのお礼にってヘビーボールをくれて、かつ快く泊めてくれた挙句に無料で持ってたぼんぐりからボールを作ってくれたガンテツさん。夜中から早朝にしか出ないってカブトムシやクワガタかよもう。おかげで一度寝てしまうとなかなか起きられない俺は、完徹するはめになり、日中はずっと寝っぱなしという逆転現象が起きていた。おかげでジムの営業時間内に挑戦できないわけで。最初こそ仕方ないなあって笑ってたツクシだけど、5日ともなるといいかげん痺れを切らしたらしく、今に至るというわけだ。


「こんなに粘ってもいないんなら、きっと場所を移しちゃったんだよ。えさ場は一つじゃないからね。ようは格闘タイプがほしいんだよね?なら、育て屋さんのイベントに行ってきなよ」

「いべんと?」

「うん。カントーに、ほら、育て屋さんってあるでしょ?」

「あー、なんかウバメの先にできたんだっけ?」

「うん。娘さん夫婦が新しくね。で、定期的にレンタルポケモンのバトル大会をしてるんだけど、なんと優勝するとそのときつかった3匹の中から1匹もらえるんだ。準優勝も好きなタイプを指名すれば、大会ごとに設定されたポケモンがもらえるってわけ」

「おお!サンキュー、ツクシ!で、いつ?」

「明日だよ!ほら、時間ないでしょ?わかったらさっさと自分で歩いて!バトルするって約束したんだからちゃんと守ってよね、もう。僕だって早くフィールドワーク行きたいんだから!」




それにさ、とツクシは背を向けた。



「バトル楽しみにしてるんだから、いつまでも待たせるなんてひどいよ」



俺はほほを掻いた。あっちゃー、なんか思いのほか楽しみにしててくれたらしい。てっきり俺がヘラクロス捕まえてからな、と言った瞬間、ヘラクロスだって?いいね、捕まえたら見せて!とものすごいテンションで言われたもんだから、てっきりそっちを期待してるんだとばかり思って後に引けなくなってたんだけどいらぬ心配だったらしい。ごめん、と謝ると肩をすくめて笑われた。いいよ、バトルしよう、と到着したジムの扉を開いて先に行ってしまう。すっかり忘れてたぜ。そういえば、ツクシが俺の手持ちの技や作戦のパターンだって解析済みだから、1パーセントだって俺が勝つ可能性なんてないんだって堂々と敗北フラグ立てたもんだから、いやそれお前も同じじゃね?って突っ込んだら挑発になっちゃったんだっけ?



こうしてヒワダにきて、6日の朝(6日前はヤドンの井戸事件でそれどころじゃなかった)、ようやく俺はジムの扉をたたいたのだった。



















おー、と俺は空を見上げる。今日は天気だからか、野球ドームみたいな天井はない。まるで植物園のごとく天井がガラス張りで、ジムの中に虫ポケモンたちが生活しやすいよう環境が整っているジムの中を進んでいくと、中央に大きな木がある。そして、横にする形でフィールドが広がっていた。ツクシが待っている。俺がきたからかポケモンたちが隠れてしまう。まあ飛び出されるよりは集中できるからいいけど。門下生たちは?と聞くと、ツクシはため息をついた。ゴールド、今日は祝日の振り替えでジムは休みだよ、と言われた。そうだっけ?ポケギアには曜日時計機能はあるけどカレンダーはないからなあ、忘れてたぜ。



「使用ポケモンは一匹ずつだ。じゃあ、始めようか。おいで、僕のベストパートナー、ストライク!」

「よーし、そいじゃオイラはっと。頼むぜ、ヨルノズク!」



コガネじゃ留守番だけど、エンジュだと主力だから少しでも経験値がほしい。飛び出してきたヨルノズクは、ばさり、と翼を広げて高い高い天井まで舞い上がる。なるほどね、とツクシはつぶやいた。




「きあいだめで集中するんだ、ストライク!」

「ヨルノズク、リフレクター!」

「フフッ、催眠術じゃなくていいの?」

「そっちこそ、攻撃しなくてよかったのかー?」



あはは、しっかり読まれてら。まーしゃーねーよな、ツクシにとっては毎度おなじみの壁張りだし。それにストライクのやつ、やっぱりこの世界は俺がレベルを上げるとジムリーダーの手持ちは応じて強くなるらしく、会ったころから、すでにきりさく覚えてやがった。最低30レベル。しかもつながりの洞窟に行ったせいで若干レベルあがってら。さすがは虫で2番目に早いアタッカー。でも、こっちはわがパーティの司令塔だ、がんばってもらわねーと。きあいをいれ、身構えるストライク。太陽の光できらきらと光る壁に守られたヨルノズクが、見守る。テクニシャンだったかむしのしらせだったか忘れちまったけど、きりさく入ってんなら、きっとむしのしらせだろうし、大丈夫だろ。虫技は半減だ。きりさくは威力70。ぎりぎりテクニシャンの恩恵外のはずだしな。ま、被ダメみりゃわかるか。



「さあ、たたみかけるよ!ツバメ返し!」

「倍にして返そうぜ、ヨルノズク!エアスラ!」

「けっこうきついけど、後攻ならひるみは望めないね、ゴールド。はねやすめ入れとけばよかったのに」

「へっへーっ、そっちは急所だよりじゃん。でんこうせっかの前にしとめてやるよ!」



お互いに挑発する。でも内心心臓がバクバクしてるのがわかる俺は、気付かれないように啖呵を切った。そりゃ急所出やすくもなってるだろうけどさ、きりさくならまだしもツバメ返しかよ!リフレク張ってんのに、急所じゃあ貫通じゃねーか、くそっ。しかも予想以上に大きなダメージ。やばいやばい。



「ってか、まさかのフェイント!テクニシャンかよー」

「だから言ったでしょ?君は勝てないって」

「そっくりそのまま返してやらー!」



正直に驚いたとおどける俺にうれしそうにツクシが笑う。俺は不安になってモンスターボールを見る。もし急所が出たら間違いなく耐えきれない。残しても電光石火でアウト。被ダメがみれないのが、こんなにプレッシャーだとはなあ。でも確信しても言っちゃいけない言葉ってあるよな、ツクシ、と思いながら俺は笑みを濃くする。こんなに負けフラグ立てまくってるやつに負けるなんて結構悔しい。がんばれよ、ヨルノズク!と激励すると、ヨルノズクは元気よく鳴いた。



「ストライク、一気にやっつけちゃえ!もういっかい、つばめがえし!」



ストライクが急上昇して、ヨルノズクに切りかかる。下から上に飛び上がるようにして太刀が下され、何枚かの羽がそがれる。固唾をのんで見守る俺は、拳を握りしめた。いつの間にか汗をかいていた。頼む頼む頼む!と祈っていた俺は、ヨルノズクとストライクの間に、きらきら、と輝く壁をみる。あ、とツクシが声を上げた。よっしゃ、空気じゃなくてよかったぜ!今度こそちゃんと作用してくれた光の壁がダメージを半減してくれる。これなら電光石火も耐えられる!ヨルノズクの翼がストライクをはじく。



「今度はしとめろよー、エアスラッシュ!」



バランスを崩したストライクが体制を整える隙に、追撃する。一気に加速したヨルノズクは、翼をはためかせて衝撃波を生み出した。ばしゅっと音がして、ストライクの鳴き声がする。おっしゃ、さすがに2発はむりだろ。勝った!よっしゃー!と手を振りかざした俺に、ヨルノズクがゆっくりと戻ってくる。俺はかがんだ。おっかえりー!よくやったー!と地面に降り立ったヨルノズクをわしわし、と撫でる。えらいぞー、さすがはわがパーティの司令塔、お前のおかげでどんだけバトルがらくになってっか!嬉しそうに喉を震わせるヨルノズクは、いきなり抱きついてきた。あーもーかわいいな!どーでもいいけどたかさ1.6Mって明らかに翼を広げたたかさなのは、気のせいじゃないよな?確かにけっこうでかいけど。もしかして、こいつまだ子供なのか?



「あーあ、負けちゃった。でも、しかたないか、バトルに手加減はなかったんだし。おめでとう、ゴールド」

「へへ、サンキュー、ツクシ。おいらの方こそ、ありがとな」



こつこつ、と歩いてきたツクシが手を差し伸べてきたので、手にとった。で、立ち上がる。痛い痛いい痛い、何気に思いっきり力入れんなよ!握りつぶす気か!顔をしかめる俺に、
いつぞやみたいないい笑顔でツクシは笑う。やっとこさ解放された。俺はヨルノズクを戻す。あとでポケセン行こうな。



「バトルは計算じゃない、か。教えられたよ。僕もまだまだ頑張らないとなあ」



計算できるほど俺やりこんでないだけなんだけどな、と心の中で補足する。バトルは運なんだぜー、と身も蓋もないことは飲み込んで、かっこがつかないのは困るのでうなずいておいた。物はいい様、考え様。俺は面白いっておもうけどな。じゃなきゃ10年もやってない。


さあ、フレンドリーショップに行こう。ちっとは品揃えマシになってるはずだしな。







「じゃあな、ツクシ!エンジュシティで会おうぜー!」

「うん!その時までもっともっと強くなるからさ、ゴールドもがんばってよ!」

「そっちこそ!」



俺とアリゲイツは、手を振って別れた。ウバメの森か、セレビィの祠にお供えもんでもしてこっかなあ、と思いつつゲートに向かった。日はもうすっかり昇ってる。今日もいい天気だ。


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