第12話

ツクシと相談している俺の後ろでびしびし視線が突き刺さる。ブラックは一切口を開かない。こわい、めっちゃ怖い、俺がロケット団を口にしたときから、どんどん倍に倍に膨れがっている殺気のせいで、日や汗びっしょりだ。あついの?と呑気に聞いてくるツクシがとてつもなく安全地帯に見えてうらやましいことこの上ない。後ろ振り返ってくれ頼むから。そんなこと言えるわけもなく、俺たちは着々と梯子を下って最下階に向かっていた。たぶん、なんで俺が突然ロケット団、なんて単語を口にしたのか知りたくてたまらないんだろうと思う。まずいまずいまずい、調子に乗ってツクシに推理もどきを披露すんじゃなかった。情報源としての価値まで与えちまったら、どうなるんだろう。



「ちょっと話がある。ツラ貸せ、ゴールド」

「いだだだだっ、なにすんだよ!痛いって!ぎゃーツクシ助けてくれ!」



おいおい、短気は損気だぜ、ブラックよう、といいかけた言葉は目があった瞬間にすっとんだ。がっと掴まれた腕が悲鳴をあげる。なんつー剛腕だ、直に掴まれてるってわけじゃないのに食い込んでんのがわかる。目のハイライト消えてるから!目が死んでるから!こわいこわいこわいって、ひいいいい!殺される!と俺は本気でツクシに助けを求めた。まあまあ、と仲裁に入ってくれたので、隠れるように俺は後ろに逃げ込む。ツクシも顔がひきつっていて、おそるおそる俺を見る。じんじんする腕をまくると赤くなってやがる。いてえ、と俺は涙目でさすった。



「ゴールド、君、何したのさ。すっごく怒ってるよ、彼」

「ええっ、オイラのせいかよ!だいたいオイラこいつと会ったの2度目だけどさ、ツクシ。こいつ初対面から、こんな調子だったんだぜ?お使い途中で突然呼び捨てでバトル挑んでくるわ、身に覚えのないことで詰ってくるわ、絶対誰かと人違いしてるって、間違いなく!」

「また白を切るか、あれだけ人を馬鹿にしておいて、いい御身分だな。そもそも「ゴールド」なんて名前、早々にあるもんじゃないだろうが」

「そりゃそうかもしれないけどよ、オイラまだトレーナー歴、2週間に満たない駆け出しの初心者トレーナーなんだっていってるだろ!」

「ふん、どうだか」

「うーん、よくわかんないけど、確かにゴールドって初心者って感じしないよね」

「それをいうならこいつもだろ!」

「なんで僕がトレーナーを始めたばかりだと知っているんだ?」

「そりゃ、他のポケモンもつれないで、ウツっ、ぐはっ」

「ゴ、ゴールド?!だ、大丈夫?」

「いい蹴り、もってんじゃん。いっそのことリアルファイトで世界目指せよ、な?」

「無駄口ほざいて煙に巻くのは、この口か!」



ぎゃーす。ばきっといういい音を立てて、俺が逃げようとした退路を豪快に蹴ったブラックは、青ざめた俺を見て、またあの狂気じみた暴走寸前の眼光で射抜く。ぱらぱら、と石の壁は粉になっておち、くっきりとあとを残している。こいつ、ポケモンなくても全国回れるんじゃねーか?



「ご、ごめんなさい」

「ゴールド、僕先に行って様子見てくるからさ、話だけでもしたらどうだい?らちあかないよ?」

「め、めんどくさくなったな?見捨てるのかよ、ツクシ、ちょ、まじで置いてかないでくれよ、ツクシいいいい!」



無情にもツクシの裏切りによって、俺はブラックと真正面から対峙するはめになった。
俺はため息をついて、手頃な岩に座る。そして、目を閉じる。



素の俺は自分で言うのもなんだが、常識人的な部分がまだどっかに残ってると思う。ゲームなら画面の向こうにむかってなら、いくらでも尊大で傲慢で、自己中心的になれるし、ネタに反応して突っ込んだりからかったりできるけど安全地帯にいることが保証されてるからだ。いつもどうでもいいことにつっこんだり、笑ったり驚いたりしてるけど、そうでもしないと今の自分を客観的に見てしまう、我に帰る時があって、その時は羞恥に打ちのめされて悶えることになる。へたれてしまうし、ビビってしまうし、臆病だから逃げ出したくなるけど状況的に無理だってわかってるし、しっちゃいけないことだってわかってる。深呼吸を一回、切り替えろ、こいつと会うのは2回目だ。落ち着け、俺。目をあける。俺は、笑った。一週間かけて作ったスイッチだ。何ビビってんだよ、たかが10代のガキだろうが。脳裏でこいつの奇行を思い出し、並べたててみる。心臓の音は落ち着いてきていた。



「まーおふざけはこんくらいにしといてさ、なんだよ。どーした、ブラック」

「………なんでロケット団が絡んでるかもしれない、と思ったか教えろ」

「なんだよー、それ。ラジオ聞けって(俺も持ってないけど)」

「茶化すな」

「だったら新聞読めってば」



なんだ、よかった。これならまだ誤魔化せる範囲だな、あっぶねー、と心の中でセーフラインを引きながら俺はブラックを見る。もうここまでくれば、直視できる。跳び箱を跳びそこなったような体制をして、ぶらぶら足を揺らす。ブラックは説明を求めるように目くばせするので、俺は必死こいてつじつま合わせをした言葉を組み立てると、いたずらの成功したガキの笑みを濃くする。ワンポイントレッスンをすべく人差し指を立てて、教師のまねごとをしてみた。



「あのまちこの人って、知ってるか?コガネのまちかどチャンネルでやってるぜ。それでさ、町の有名人や名所を住人が投票して3位まで決めるってコーナーがあんだ。チョウジってところ、聞いたことあるだろ?」

「ああ。怒りの湖があるところか」

「そうそう。でもさ、最近コイキングがつれないって釣り人が困ってんだってよ。なんでも不自然にレベルの低いギャラドスが大量発生してて、漁に深刻なダメージなんだってさ。おかしいからポケモン協会に依頼したら、どういうわけか、捕獲して調べたギャラドスは全部、尾びれに不自然なナンバリングがあったって話。しかも強制的に進化させられた形跡あり。挙句の果てには、大した品ぞろえでもない、いつもサングラスをした店員がいる土産屋が一位なんだけどさ、チョウジのランキング。黒服の男たちがいつも買い物に来てるって言ってたぜ。………カントーじゃハッキング事件がまだ犯人わかってないみたいだし、おいらの知る限りそんなことできるでっけー組織なんて、ロケット団しかしらない」

「………成程」

「ところで、なんでそんなにロケット団に固執してんの?」



感嘆していたブラックが珍しくて、茶化してみる。一応初対面でどういうわけか因縁つけられてるかわいそうな初心者トレーナー(笑)な部分はだしとかないとなーと思っただけなんだけど、やっぱり不意打ちでナイーブな部分をえぐられたブラックは再び表情を硬くした。あはー、とツクシを真似して笑ってみた。うん、きもいな、やめとこう。



「よほど俺をコケにするのが好きなようだな、お前は。ふん、まあいい、教えてやろう。俺は弱い奴が嫌いなんだよ。ロケット団だってそうだ、結局は弱いくせに集まって強いふりをして威張り散らしている。一度、解散したくせに、何を今さらっ……!」



あーなるほど。サカキが復活させたと思ってんのか、こいつ。本当はただのファンクラブもといサカキ様カルト教団と化した残党が、勝手に名乗って暴れてるだけでカントーみたいな街ごとジャックなんて大それたことはしてないんだけどな。むしろラジオは聞いてるだけでなんかしんみりしてくるんだよな、未来の俺がまさかの事前阻止してるしなー。そもそも3年前よか弱くなってんのはさみしかったぜ、サカキ。そっか、と適当に流した俺は、ブラックが拳を爪が食い込むまで握っているのを気づかないふりをして、もういい?と聞いてみる。まだだ、とくぎを刺された。まじかよ。あーもー早くしてくれ。



「警察に、僕の名前を伏せていたのはなぜだ」



ずっこけそうになった。またそれか!



「だーかーらー!あんとき名前名乗れっていったよな?オイラ、聞いたよな?なのに知り合いと勘違いして言わねえからだよ、ばかやろ。知りもしないこと、でっちあげるなんてできねえって。あーくそ、ここが洞窟じゃなかったら、すぐにでもポケギア使ってやるってのに!(ツクシは持ってないっていうし。俺のはつかえるんだけどさ、充電すんの忘れてて、もう赤点滅なんだ。たぶんコール途中で切れちまう)」

「余計な御世話だ!そんな同情なんざなくても、俺は世界で一番強いトレーナーになってやるさ。中途半端な気持ちでこの世界に入ってくるなと抜かした奴が、何を言うのかと思えば……笑わせる!」

「………ちょっと待て、まじでそのセリフをオイラが言ったって?」

「だから貴様は鳥頭なんだ」



俺は一瞬素になる。未来の俺が言った台詞が判明してしまった。聞きたくなかったのに!何だよその自意識過剰なかっこいい演出付きでしか成立しえない、痛すぎる台詞は!ちょっとわかる自分が悲しい!よっぽどうれしかったんだな、何も知らないとはいえ、こいつに仕返しできるのがうれしかったんだな、未来の俺よ。でもな、もうちょっと考えてほしかったぜ。あーもーやめだ、付き合ってられっか!とさじを投げたところで、ツクシが足音を殺して近付いてくる。ブラックもブラックでよく分からない理由ですっかり機嫌を損ねてしまい、さっきよりどす黒い何かがこっちに飛んでくる。斜め上すぎるだろ、なんだよそれ。でもわかるわ、ブラック。お前ン中で俺がいったいどういった位置づけとして君臨してんのか分かった気がするぜ。消してくれ、今すぐ消してくれ頼むから!俺は思った。未来の俺とライチュウを通信交換することになったら、恨みつらみをかいたメールを送りつけてやると。



















卵が、人質にとられていた。


ツクシに案内される形で岩陰に隠れた俺は、顔をのぞかせた。ひでえ、といいかけた言葉を飲み込む。ラプラスは、暴れていた。知能が高くて温厚で、人間を乗せるのが好きというかわいらしいポケモンが、あそこまで豹変するのも無理はない惨状だ。手当たり次第に岩岩を攻撃しては雄たけびを上げるラプラスは、凶暴化しているのではない。痛がっていた。ツクシが言うには、ラプラスの潜水に一番重要な後ろ脚に大きな碇が喰いこんでいるらしい。なんとかとろうと暴れてる。傷だらけだ。普通ならじっとしておくのが普通だってのになんで、といいかけた俺を制して、ツクシが指さす。碇は岸辺につながっており、何と機械につながっていた。しかも、物々しい機械が奥に広がっている。人影が見える。ロケット団、とブラックがいきり立つ。すでに捕獲されてる可能性が出てきたな、と口にすると、それはないよ、金曜日にしかやらないんだから、とツクシが告げた。確かに。



「君、ラプラスを捕獲したいんなら、注意した方がいいよ。あの声は、歌うなんてもんじゃない。ほろびの歌だ。攻撃力だって上がってる。ほしいんなら、あの機械を切断した方がいい」

「うるさい!あの凶暴さこそ俺の求める強さだ!すごいじゃないか」

「どっちにすんだ?」

「何ッ?!」

「体は一つだろ。ラプラス捕獲すんなら、おいら達はロケット団に奇襲をかけるぜ」

「………ちっ。今回は、譲ってやる!」

「よっし、ツクシ、いくぞ!」

「うん!」





俺達は、ロケット団の下っ端めがけて走り出す。きっと本部隊はヤドンの井戸で資金稼ぎでもしてんだろう。ツクシの帰郷の妨害かと思ってたけど、どうやらラプラスに無理やり鳴かせて声を採集してるらしい。なんつー悪趣味な事件だ!さすがに俺でもドン引きだぜ。ボールを探る。ここまくるのにアリゲイツとイシツブテががんばったから、PPがねえ。毒が中心だし、ヨルノズクで行くか。狙いを定めて、ボールを投げた。



「いけ、ヨルッ……ってやべ、間違えた!」

「何してるんだよ、ゴールド!」

「え、あ、いや、ある意味大丈夫かな、あはは」



出てきたのは、ライチュウだった。久しぶりの先発、と知ったのか喜び方が尋常じゃない。こりゃ戻すと後が厄介だなあ、としり込みするくらいやる気満々だ。とびだすや否や、バチバチバチっと放電し始めた。いかんせんレベルが高すぎて、他のやつのレベル上げ中には出せない。余計に経験地吸い上げちまうし。だから、思いのほか苦戦したときの助っ人要員状態になっているから、出番が少ない。肝心の電機技がボルテッカーPP8だから、よっぽどじゃないと出す気になれないんだよなあ、ごめん。うーむ、もうちょっとばかりヨルノズクを頑張りたかったんだけど、いっか。ライチュウ無双でいこう。


何ものだ、とやってきた下っ端たちが俺たちに気づいて、声を上げる。ジムリーダーが、とかツクシが、とか動揺してる。まあ俺のこと知らないから仕方ないか。きっちり覚えてもらうか、顔だけでも。男の下っ端がズバットを繰り出してきた。



「ライチュウ、電光石火!」



むろん一撃。いそいでラプラスを解放しないとやばい。さすがに破壊の遺伝子(攻撃力2倍、特殊攻撃2倍の代わりに混乱状態)並みじゃないだろうけど、下手に倒されでもしたらもったいねえ。ラプラスがここにいる限り、これは行われるだろうから。俺は下っ端たちをなぎ倒しながら、岩を駆け上がって見渡す。幹部らしきやつはないな。ライチュウが乗ってくる。俺は、命じた。ツクシがはやく!とせかす。振り向くと、下っ端が追っかけてくる。



「瓦割でたたき壊しちまえ!」



一応ボルテッカーで感電されたらやばいからな。ライチュウが、一気に降下して、思いっきり殴りつける。あーあ、アンコールか猫だましがほしかったぜ、未来の俺よ。そしたら気合いパンチもからめられて、面白いことになってたのに。たべのこしはまだまだ先だけどさ。ばちっと音がする。そしてライチュウが後退。静電気に火花が散って、やがて光が消える。あああああ!と下っ端の悲鳴。



「ストライク、連続切りではずして!」



よこから飛び出してきたストライクが、碇と機械をつなぐコードをまとめて切断する。最後の下っ端を相手にしようと振り返る直前、ブラックのベイリーフのハッパカッターが碇をふっ飛ばすのを見た。ボールが飛ぶ。



「お前ら、何ものだ!我々がロケット団と知っての狼藉か!」

「やっぱりそうみたいだね」

「おう」

「僕にやらせて?ゴールド。今まで十分にポケモン観察に繰り出せなかったのは、こいつらのせいだしさ。僕今なら、すっごく、残酷になれそうな気がするんだ」

「やっちまえーツクシ!」



できればこいつらの前で名乗らないでほしかったな!まあいっか、どーせ捕まるんだろうし。俺はとりあえず出番が奪われてむくれるライチュウをなだめることにした。振り返ると、スーパーボールが、かちり、と音を立てて水に沈む。あーなんかうらやましい。手を振ると、つられて手をあげかけたツンデレが、はっとしたようにそっぽ向いた。




ブラックは卵を孵化してから、どっちを使うか考えるらしい。モンスターボールに収めた。あーほしいなあ。声かけたけど、やっぱだめだった。ちぇー。




計6人を拘束した。ツクシがめっちゃいい笑顔だった。合流したブラックが、すさまじい剣幕でロケット団についての情報を尋問している横で、ツクシがはーつかれた、と座り込む。おつかれさん、と笑うと、ゴールド達のおかげだよ、と笑った。あーあ、本当にツクシが女の子だったらいうことないんだけどなーと周囲を見渡して、みごとにむさくるしいメンツにげんなりしてくる。これが終わったら、カオリちゃんに電話して、持ちポケの自慢大会しよう、と心に決める。本当ならブラックも捕まえとくべきなんだろうけどなー、フラグとかあるしなー。なによりも率先しそうなツクシは、本当にくたくたらしく、そこまで考えが及ばないらしい。



「今何時だろうね。ゴールドのポケギア、切れちゃったんだろ?でも、たぶん遅いよね」

「これから警察呼ばなきゃなんないし、ヒワダにはいけないよなあ。大騒ぎになるぜ?」

「あー、なんとか朝までに済ませて、井戸までいこう。あ、その前に何か起こってないか調べないと。ゴールド、来てくれる?」

「もっちろん」

「君は……」

「俺は協力する気はない」

「だよねー」

「ゴールド、今度会ったときは勝負の決着をつけてやる」

「あ、そういや途中だったっけ。おう、今度こそ、オイラがかってやらあ!」

「勝つのは俺だ。せいぜい吠えているがいいさ」



去っていこうとするブラックに、ツクシが声をかけた。ブラックは足を止める。



「ヒワダジムは君がたとえ犯罪者でも、誠意を持って挑戦するというのなら、受けて立つよ。いまなら代理の人がいるはずだから、尋ねてみるといい。もちろんバッジも技マシンも、賞金もあげる。ただし、勝てたらね。もちろんジムから一歩出たら、話は別だよ」

「ふん、せいぜい虚勢を張るがいいさ。俺はこんなところでは、負けはしない」



ゲームよりだいぶバランスが良くなった新鋭をつれて、ブラックが去っていく。だれがリストラされちまうんだろう。それとも俺と一緒で秘伝要員か?だろーなあ、格闘に弱くなっちまう。はやく頭突きがほしいぜ、ヘラクロス!ヘラクロス!そう考えていた俺に、ツクシが冷水をぶっかける発言をした。



「ちょっと待って。あの人どうやって帰るの?」


梯子までは結構な距離があったはずなのに、ブラックは影も形もない。俺は、鞄をひっくり返す。必死こいて探す。ない、ない、ない!うそだろ、まじかよ!やりやがったあいつ!


「ちょ、おま、ブラックっ!穴ぬけのひも返せえええ! 」

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