第8話

キキョウジムの門の前には、ざわざわ、と人だかりができ始めている。幾人かが指さしたり眺め見ている先には、彼らの不安を煽がんばかりに大きく肥大していく積乱雲。奇妙なことに今日の天気予報によれば、キキョウだけでなく東ジョウト一帯は雲ひとつない晴れであり、降水確率は10パーセント未満。にもかかわらず、突如現れた積乱雲は、キキョウシティの真上にできており、ふぶいていく風はまるで巻き上げるかのように上空に吸い込まれ、ぐるぐると渦を巻いているかのよう。すっぽりとキキョウジムを覆い尽くす積乱雲。時折積乱雲とキキョウジムの隙間から、真下に向けてばりばりばりと雷が鳴り、時折激しく轟音を鳴らしているのがわかる。内部だけ異常気象が起こっているようだ。今なお、ごおう、ごおう、と風がきつくなってきている、何かが、起ころうとしていた。



「むうう、これは未知の現象じゃ」



オーキドは、うなる。ゴールドとジムリーダーは大丈夫なのだろうか。今日ジムに挑むのだと、昨日ポケモン図鑑の報告がてらに話してくれた期待の新人くんを思い出す。ウツギ博士を訪ねてワカバタウンを後にし、ようやく戻ってきた矢先の出来事である。博士、とここまで連れてきてくれたジョーイが説明を求めるように呼ぶので、肩をすくめる。



「わしはポケモンの研究家じゃからな、怪奇現象は専門外じゃよ。うーむ・・・・・・異常気象に関わりそうなポケモンの伝承はここらには聞いたことがないし、報告も受け取らん。・・・・・おや?」



ちらり、と電波式の腕時計をみたオーキドは声を上げた。本来電池切れなどの故障が原因で狂うはずのない時計の秒針が奇妙な進み方をしている。2倍速で進んでいる。



「ジョーイさん、きみの時計は電波式かの?」

「ええ、義務付けられてますから。それがどうし、あら?」

「どうやら、おかしなことになってるらしい。近づいてみよう」

「はい」



二人は人だかりをよけて門に近づく。じ、と時計を見つめながら近づくにつれ、だんだん秒針が速く進み始める。一歩進むごとに二周も三周もしてしまう電波時計。オーキドはジョーイに告げた。



「どうやら、あの渦巻きを中心に、このあたりの時間の流れがおかしくなっておるようじゃな」

「もしかして、前に起きたハッキング事件の影響で?」

「言いきれはせんが、まだタイムマシンの件が解決していない、とマサキくんが言っておったからのう。もしかしたら、ということもある。ジョーイさん、もしものことがあると大変じゃ、一緒に来てくれんか」

「はい!」



二人は走り出した。




















ただいま、ハヤトが説明してくれている。


ジョウトは歴史深き地方故に、ポケモンに関わる伝説も多い(そりゃ、元ネタが関西、近畿、ときたら歴史の教科書でおなじみの古都ばっかだしなあ)。キキョウジムもしかり。元来、フリーザーの飛来地に作られた建物だったのだ(建てるなよ!ってか渡り鳥なのかよ、フリーザー!双子島はどうした!といったら、キキョウジムのジムリーダーが飛行使いなのも敬意を表してだし、代々保護してきた家系なのだと補完されちまった)。


ハヤトが顔を上げる。歓喜をたたえた顔だ。あー全力で殴りてえ。



「ゴールド、君は本当に運がいい。本来、4年に1度しかフリーザーは回遊してこないが、今はグレン島の噴火の影響で、一時的にこちらに避難している状態だ。総がかりで挑むがいい」

「あのさー、リタイアって」

「馬鹿もん!これは公式試合だ、どちらかの陣営が全滅するまでバトルは終わらんに決まっているだろう!もとより勝負を投げだして、相手に背を向けるやつがあるか!」

「うぐぐ、つーかそのフリーザー、野生じゃんか!いいのかよ!」

「己の意思で戦うのもまた一興だろう?何と美しいことか。なによりフリーザー自ら飛来したということは、だ、ゴールド。君は認められたということだ。誇りを持って戦え」

「……(もうなんにもいえねえよ)」



嬉しくねえよ、どんだけ無理げーなんだよ、この状況!戦わなくちゃいけないのか、と今にも泣きそうな顔ですがってくるイシツブテに、俺もつられて泣きそうだ。モンスターボールを確認してみる。アリゲイツは瀕死状態。イシツブテはHPの残量がもう5分の1くらいしかなく、さっきからぴこぴこ警告音がなっている。ホーホーは無傷だけど、タイプの相性的に絶望的。そもそもフリーザーはレベル50だろ?レベル差は軽く20ちょい。冷凍ビーム覚えてんだろ?半減とかいうレベルじゃない。どうやって勝てと?戦えと?いくらなんでもむちゃくちゃだろうが!目頭が熱くなってきて、ごし、と乱暴に拭う。くそう、また全滅させちまうのかよ、くそう。イシツブテに、ごめん、と鼻声でいう。あはは、かすんで前が見えねーや。



さあ準備を、とハヤトがいうから、俺はイシツブテに指示を出そうとした。




「ちょっとまってくれんか!」



俺達は振り返る。ぜいぜい言いながら駆け込んできたのは、オーキド博士とジョーイさん。きょとん、とした俺とイシツブテ。興がそがれたと不機嫌そうなハヤトが、何用ですか、と問いかける。フリーザーはずっとこちらを見ていたが、突然弾かれたかのように上空を見上げる。オーキド博士が叫んだ。



「二人ともポケモンをもどして、離れるんじゃ!タイムカプセルが出現しておる!タイムトンネルが開かれるかもしれんぞ!」



空を見上げると、ただの雨雲がラピュタを囲う雲の壁のように渦を巻いていて、雷が綾を組んでいる。イシツブテをモンスターボールに戻した俺は、言われるがままに走った。ハヤトもフリーザーと共に隅の方に寄る。





その直後に、バトルフィールドのド真ん中めがけて、特大の光の球が直撃する。衝撃波が広がって、俺は壁まで吹っ飛ばされた。どん、と激しく全身を打ちつけて、痛みにうめく。轟音が響いて、耳をふさいだ俺は目をつむったもののまぶたの裏に残像が残ってちかちかする。あーもーなんだよ今度は。別の意味で泣きたくなりながら、なんとか立ち上がる。さいわい全身打撲ですんだらしい。全然幸いじゃないけども。





ジムの中はがれきに山と化していた。オーキド博士たちは無事みたいだ。ハヤトの大丈夫か、という声に、俺はひらひら、と手をふった。大丈夫じゃねーよ。下手したら死んでたぞ、この野郎。つちほこりを飲み込んだせいか、かすれ声だ。こほこほ言いながら、まだばちばちと電磁波を発しているフィールをに目をやる。ゆらりゆらりと影があらわになる。それはとんがった耳をぴくり、と動かして、たたたたたっ、とこちらに走ってきた。視界いっぱいのオレンジ色。



「って、おわああああ!」



そして腹に直撃する衝撃と想像を絶する重さの反動。突然突進してきたそいつを受け止めきれずに、後ろめりになる。とっさに手を伸ばしたおかげで、なんとか頭を直撃せずにはすんだけど、また強く腰を売ってしまい、一瞬呼吸がとまる。声にならない悶絶をする俺なんかかまわず、すりすり、とそいつは俺にだきついてきて、しかも頭を押し付けてきて、かわいい声で鳴いた。たっぷり3分かかって、ようやく俺は、胸の中に飛び込んできたオレンジの塊を確認できた。



「ラ、ライチュウ?なんでライチュウ?」



遠くでタイムトンネルの正体に驚くオーキド博士たちの声が聞こえた。初対面にも関わらず、ぎゅうぎゅうと体を押し付けてくるライチュウは、抱っこをせがんでいるようだったので、手を伸ばした。人懐っこい。タイムマシンで来たんなら通信交換を経由しているはずだから、懐き度はリセットされているはずだし、もちろん俺はこいつを知らない。他の人のライチュウにしては、ずいぶんと懐いている。アリゲイツくらいだ。わけが分からず、俺は首を傾げるしかない。ライチュウは、涙をたたえて俺にすがりついてきた。どんだけ人はだ恋しいんだ、こいつは。よしよしいいながら、気合いで抱き上げると、俺はライチュウの降り立ったクレーターをのぞきこんだ。モンスターボールが転がっていた。ハヤトが近づいてきたので、ひろいあげて二人で見る。俺は絶句して、ハヤトはほう、と興味深そうに感嘆する。俺はあわててトレーナーカードを探した。二人で見比べる。



「よかったな、ゴールド。フリーザーにふさわしい助っ人が現れたじゃないか」

「……へへっ、諦めない気持ちが天に届いたのかもなっ!」

「調子のいいことを。諦める寸前だった挑戦者が何をいうか」

「ノーカン、ノーカン!」



モンスターボールは、衝撃の羅列だった。親はゴールド、IDナンバーは俺のと一緒、ついでに卵から生まれたこいつは未来で俺が孵化していることになっている。しかもレベルは高い。ハヤトの言葉通り、本当にこいつが俺の言うことを聞いてくれるなら、まさに助っ人なんだけど、懐き度とトレーナーのいうことを聞くかは別枠だ。一抹の不安を覚えつつ、ライチュウをのぞきこむ。



「ライチュウ、俺と戦ってくれるか?」



力強くライチュウはうなずくと、俺の腕から飛び降りて、前に進み出る。





いつの間にか、空は晴れ渡っていた。

















短期決戦で一撃叩き込むしか方法はないだろう。俺は拳を握りしめた。



「ライチュウ、身代わりだ!」



短い返答。だがそれよりも早く、空高く舞い上がったフリーザーが冷気をかき集めて、落下させてくる。頭に直撃した氷の塊に吹っ飛ばされたライチュウは、ふるふる、と氷の粉を払って戦闘態勢に戻る。フリーザーは野生だから性格はあるにしても、努力値補正はないはずだから、このレベル差ならライチュウが早いはず。氷のつぶてか。耐久よりとはいえ、攻撃力もあるから結構痛い。防御が低すぎる。


ライチュウが指示を仰ぐ。俺が声を張り上げるより先に、ふたたびフリーザーの氷のつぶてが容赦なくライチュウに襲いかかる。声もなく、ライチュウは倒れる。ゆらり、と身代わりが解けて、そこにはもう誰もいない。



「いっけー、ボルテッカー!」



隙をついて、がれきとなった壁を駆け上がりながら、ライチュウが跳ぶ。そして落下速度を利用してフリーザーに飛びかかる。電気をまとい、激しい放電を放ちながら、フリーザーに突進した。目が痛くなるほどの光とフリーザーの鳴き声。モンスターボールのHPがすごい勢いでけずれていく。ぴこんぴこん、と警告音を鳴らしはじめ、ライチュウが疲れたのかそのままフリーザーから離れて落下していく。ぶつかるぞ!とハヤトが叫んだ。え、バトルまだ途中じゃねーの?と思いながらせかされるように走った俺は、なんとかライチュウの下敷きになることですんだ。あーもー、俺今日こんなのばっかりだ。



空を見上げると、まだ余力があるのか上空を旋回しているフリーザーがいる。無理、もう無理、これ以上どうせよと。まだきずぐすりしかないっての。しばらくフリーザーはとどまっていたが、ふわりとさらに舞い上がっていく。そして美しい尾をなびかせて、山の方に飛んで行ってしまった。



「あれ?な、なんでフリーザーいっちまうんだ?!」

「フリーザーは君とポケモンたちを認めたのだろう」

「ハヤト……いや、でも、氷のつぶてされてたらおいら、負けて」

「フリーザーはあくまでも伝説、野生であるべきポケモンだ。そこにしがらみはない。自らの意思で戦い、自らの意思で去ったのだ。わたしたちには及ばないさ」

「………ってことは、もしかして、フリーザーと戦ったのって、オイラだけ?」

「いかにも。ピジョットを打ち負かした時点で、君の勝利は決まっていた、というわけだ。すまないな、フリーザーが興味を示すなど珍しくて、ついな」

「はあ?なんだよそれ!もう、勘弁してくれよう!」



今度こそ腰が抜けてしまった俺はライチュウをモンスターボールに戻すのも忘れて、その場に座り込んでしまう。ライチュウがうれしそうに俺の顔を見てきゃっきゃと笑うものだから、人の気持ちも知らねえで、となんだか間抜けな笑いしか出てこない。くつくつ、とハヤトは笑った。



「規則にのっとって、リーグ公認のウイングバッジを進呈しよう。それと、勝利をたたえて技マシンと賞金もあるから、受け取るといい。私はこれからも飛行タイプのエキスパートとして頑張るつもりだ。君もがんばりたまえ」

「いわれなくたって、わかってら」



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