嵐と一緒にバカが来ました


 新学期も目前にして、あと数日で始まるであろう自分にはすこし規則正しすぎる学校生活に思いを馳せて鬱々としていたところに、なんとも時期外れな嵐が来た。おかげさまで部活は休み。平和な仁王家はお昼寝タイムに入っているらしく、階下からも物音ひとつしてこない。ベッドに腰掛けて窓にへばりつき、ごうごうと唸る風をご機嫌に眺めているうちに、なんだか静かな家にいるのが勿体ない気がしてきた。こういう時は思い立ったら即行動。スウェットに携帯と財布だけを突っ込んで外にでた。


 当然ながら室内にいた時よりずっと風がうるさくて、びゅーびゅーと髪が存分に攫われる。スーツをはためかせながら駆け足で去って行くサラリーマンを尻目に、前傾姿勢になりながらもだらだらと道を行く。転んだり飛ばされたりと阿鼻叫喚な町を立ち読みするふりしてコンビニから悠々と見学し、満喫できたあたりで適当な商品を2個掴んでお支払い。
 コンビニのビニール袋を引っさげ、いざ強風へ。帰るにはまだ早いがさあどうしようかと思っていたら、ゴーストタウンと化した町に人影ふたつ。目の前にあるスーパーの駐輪場で、チャリの籠にアホみたいに菓子の袋を詰め込みながらこっちを指差して叫びやがった。

「あーッ!におー!」
「におーせんぱーい!」

 嵐と一緒に、馬鹿が2人来た。車が走ってないのをいいことにチャリを転がしながら全力で車道を横断して来る。あんまりにも風がひどいんで見事に髪が逆立ってる。スーパーサイヤ人か。

「お前さんら、何しとるんじゃ」
「何って、買い出し」
「これから丸井先輩ん家でゲームするんスよ!」
「ブンちゃん家までこの風のなかチャリ漕ぐんか。やばいぜよ、死ぬぜよ」
「おいやべえぞ赤也、死ぬってよ!」
「まじすかやべー!」

 やべえとか言いながらまったく危機感のないアホ面ふたつ。この非日常な悪天候にテンションがあがりきってしまっているらしい。俺もその点に関しては人のこと言えない。丸井のパーカーの紐が風で舞い上がって鼻の下を殴打していた。意外に痛かったらしく指先で擦りながら眉をひそめている。

「こんな日にわざわざゲーム…」
「だってよー、一日部活休みとかめったにねぇだろい。じゃあいつやるのか!」
「今でしょ!」

 うっとうしいくらいのテンションで、CMでやってるあれのマネをしてくる。最近この二人の間でブームらしく、なにかとしょっちゅう持ち出してはこのフレーズを繰り返している。うざい。

「仁王こそ何やってんだよ」
「お散歩なり」
「やべーこいつまじ頭イッちゃってる」
「買い出しじゃないんすか?」
「あー、中身はあげるぜよ」
「は?意味わかんねー」
「これがあれば、」

 さっき適当に買った菓子らしきものを丸井に押しつけ、そのまま片方の持ち手を掴んで風にさらす。ビババババ、とありえない音をたてながらビニールがけたたましく風に靡いた。

「ほれ。強風が満喫できるなり」
「うわぁぁすげぇぇバカだ!バカがいる!」
「超どーでもいいっスね!」

 どうでもいいと言いながら丸井も赤也も大爆笑である。残念なことに途中まで方向が同じなのでふたりと並んで歩き出す。幸か不幸かまったく人が歩いていないもんだから、チャリんこ2台と人間3人が悠々と並べてしまうのだ。さすがにチャリに乗るのは諦めたらしい。赤也は正面を向きながらも風が痛いらしくて半目になってる。超ブサイク。丸井は戦利品の菓子が飛ばないよう、籠の上で必死に自分の手の平を広げている。時折風でパーカーが大胆にめくれたりしているけど気にする様子もない。それより菓子が重要なんだろう。その鼻先になにかが降ってきたかと思えば、俺の頬にも水滴があたる。暗くなってきたと思ってはいたが、とうとう来たらしい。

「降ってきたのう」
「まじすか!俺傘もってないんスけど!」
「傘とか持っててもさせねーだろぃ」
「しゃれにならん、ほんに豪雨じゃ」
「死ぬぜよ(笑)」
「丸井先輩まじ全然似てねーっスから!」
「ブンちゃんうざい」

 さすが嵐というか、降り出した直後にも関らずもう土砂降りになった。すさまじすぎる強風にプラスして彗星のような大量の雨粒。身体がどんどん前傾姿勢になっていく。正直もう歩くのも辛い。それに比例して丸井と赤也のボルテージも上がって行く。

「赤也、おまえちょっと台風中継やって!」
「えっ、え、えーとこちら現場のえっと、切原赤也です」
「おめーなんで自分の名前でドモってんだよ」
「マイク持ってないと臨場感がないなり」
「じゃあこれで。現在ひじょーに強い雨と風が…」

 片手でチャリを支えながらもう片手に仮のマイクを持っている赤也は生まれたての子鹿のようにフラフラだ。ちなみに仮マイクはあいつの携帯。本人全然気にしてないけど大丈夫か。

「赤也、そのマイクは防水なんか?」
「や、違いま…ちょ、そうだやっべ携帯…!壊れたらどーしよ、データ…」
「バカ、今開いたらもっと濡れんだろぃ!」
「あああそうかうわああああ」

 赤也がアホみたいに絶叫する。もー超うるさい。でも嵐がなかったらもっとうるさかっただろうと思う。心の中で赤也の携帯に合掌しながら、俺はそっとふたりのもとを離れた。嵐楽しいけどスウェットも髪も水を吸いすぎてめっちゃ身体重いし寒いしもう帰りたい。

「じゃあ俺はこっち…」
「は、お前帰んのかよ」
「仁王先輩も丸井先輩ん家行きましょうよー!」
「そうしようぜぃ、服貸してやるよ」
「嫌じゃ。お前さんのスウェットじゃ横は余るし丈は足らんし…」
「あー!?声小さくて聞こえねーよ!」
「ブンちゃん短足!スウェットダサい!」
「はぁウザッ!じゃあもう裸でいーよお前は」
「えー俺つんつるてんでダサいスウェット着た仁王先輩見たいっすよぉ!」
「つんつるてんとかダサいとか言ってんじゃねーぞ水で戻されてぇのかこのワカメ!」
「もう十分戻ってるなンフィ」

 もう十分戻ってるなり、と言おうとしたら目の前ではためいていたビニール袋が顔にへばりついて変な声が出た。ガシャシャシャとビニールが擦れる音と共に俺の視界はホワイトアウト。慌てて顔から除けると袋はあっという間にどこかへ飛んで行った。風と雨のとんでもない轟音をはねのけるくらいの大音量で笑い声がした。隣で丸井がこっちを全力で指差しながら爆笑している。目ん玉引んむきすぎて顔めっちゃ怖い。喉ちんこ丸見え。赤也は赤也で笑いを堪えまくってるせいで目と口周りのシワが大変なことになってる。なにこの赤いのと後輩マジちょーうざい。しかもちょっとハズい。変に笑いを我慢したせいでぷぴっと鼻水を出した赤也の頭を一発殴ろうかと思ったけど俺も笑いそうになったからやめて俯いておいた。


(2012/4/3)