「今朝の分の食事だ」
「……」
「なあ、食べないのか」
「……」
「食べないで死なないのか?」
「……」
「腹は減らないのか?」
「……」
「俺が気に入らないか」
「……強いていえばそうですね」
「どうしてそういう所だけ律儀に反応してくれるかな」

 今日も清々しい朝です、外の世界では。屋敷内?もちろん今日も無機質で暗い朝です。そりゃもう私の部屋限定で。
 最近の私の日常といえば、朝呪符食事、昼呪符食事呪符、夜呪符食事呪符呪符といった感じです。腕の焼け跡は、五回目以降は傷自身が酷くなるのを諦めました。これ以上酷くなりようがないと言った方が正しいです。
 ……というのは一昨日までの話。
 それというのも、このさっきからめげすに延々私に話し掛けてくるこの男のおかげというか、勝手なお節介というか。

「腕の傷は完全には治らないかもな……」

 いいえ、お気遣いなく。あとで腕は綺麗に治します。だから早く出て行ってください。

「やっぱり、痛むだろう。本当にすまない」

 何であなたが謝るんですか。呪符タイム、所謂拷問を誤魔化してくれてるのあなたでしょう。
 ここにきて数日続いた呪符による拷問は、継続されているかどうかの判断が、傷の様子からはわからなくなっているため、行わなくとも誤魔化しが利くようになった。だがそれでも普通、垂金の部下が、そんなことをするだろうか。答えはイエス。この男は雇い主の指示命令に背き、それをやってしまうのだ。

「いつかきっと俺があんたを……」
「いいから出ていってください」
「え、いや、俺は」
「早く」

 自由を奪われて狭く暗い部屋に幽閉されている私を可哀相に思っているのか何なのか、この男は私に、しきりにいつか逃がしてやると言う。
 お節介男には私と同年代の(見た目の話だ)妹が居るらしい。元々この仕事がしたくて此処に居るわけではないのだろうが、なにせ垂金には金がある。割のいい仕事に妹の将来を思ってか、黒スーツに、似合いもしないサングラスを掛けて、毎日垂金に与えられた仕事をこなしている。
 哀れな男だ。決して彼の境遇に対して言っているのではない。自分がそんな状況にありながら、私のような妖怪に情けをかけていることが哀れなのだ。
 他人が酷い目に遭うのを放っておけない性分なのだろう。そんな人間には、三食の食事の用意は苦にならずとも、拷問を含む私の身辺管理の仕事は酷過ぎる。
 ここでの仕事に抗えないのなら、せめて穏便に過ごせばいい。何故あの男は、一歩間違えばただで済まされないことをわかっていて一生懸命になるのだろう。
 あの男に、その言葉に足る力があるのなら、話はまた変わってくる。だがあの男はただの人間で、しかもこの屋敷の中でも下っ端の下っ端だ。
 大それた事を言う前に、まず自分の心配をしろ、と声を大にして言ってやりたい。実際そうだ。あの男には本来守るべきものがある。あの男も馬鹿ではない。自分がいなくなれば妹がどうなるかを知っているから、安直な行動はできないはずだ。
 ……まったく、同情してるのはどっちなの。
 運んできた時と何ら変わらない食事をトレイに乗せたお節介男は、また昼に来るよと残し、扉の向こうへ消えた。もちろん、ポケットにまるめた呪符を仕舞うのを忘れずに。



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