腕の火傷は、自然治癒で綺麗に治るものではなかった。これは妖力に頼る必要がある。ここでは、呪符による結界の所為か、妖力がとても使いにくい。使用不可能とまではいかないが、使用にはかなりの疲労を伴うようだった。仕方がなく腕の治癒はあとまわしにする。
「手触り悪……」
変わり果てた右腕に指を這わす。腕は皮膚の組織が溶けてめちゃくちゃになっていた。悪化を防ぐため炎症は抑えたものの、白い腕の焼け跡はひどく目立った。
傷を見ると先程のやりとりが思い出される。あんなひどい扱いを受けたのは、そう短くもない人生の中でも初めてのことだ。
ただ殺すのは簡単だ。霊界に関知されたとしても殺さざるを得なかった理由は十分にある。ただできるだけ苦しんで、絶望の中生涯を終えるような、最も効果的な方法を選びたい。
「失礼するよ」
夜も更けた頃、あの重い扉は再び開いた。視線だけで入り口を見やると、昼間には感じなかった強大な妖力の持ち主が立っていた。この屋敷内の妖怪はせいぜいD級ほどの寄せ集めと思っていたのに。新しくここへ呼ばれた妖怪だろうか。脱出を控えた今、この状況はあまり思わしくない。
あの下卑た主人の使いだろうか。強い妖怪を送り込んで私を泣かせようと必死なのかもしれない。懲りない奴だ。だが何をされようが泣くつもりは毛頭ない。
「あんた、垂金に捕まったの」
どうしてそんな事を訊くのだろう。あの男の護衛かなにかなら、ここがどこで、何のために私がいるのかくらい、知っていそうなものだけど。主人からは何も聞かされてないのだろうか。
「見ての通りよ」
「瀕死の怪我でも負ってたのかい」
できるだけだんまりで通そうと思ってたところに、男はまた質問を返してきた。会話に妙な違和感を感じていたけどこの男、もしかして私の妖力をわかってる?発された言葉は、どうしてそれだけの腕で捕まったんだという純粋な疑問のようなニュアンスを含んでいる。
「あいにく、来て数日だけどピンピンしてるわ」
「へェ」
「で、あなたはどんな用でここに」
「いや、新入りの護衛として、雇い主のオモチャに挨拶でもと思ってな、そのついでだ」
オモチャ、という言葉に思わず眉をひそめる。なんだ、こいつも結局主人と同類ってわけね。
「で、そのオモチャの部屋がどこにあるか、あんた知ってる?」
「は?」
「至高の宝石を生むからと雇い主が大事にしまっているオモチャが、どこにいるか知っているかと訊いた」
それは自分のことを言われていたのではないと気付き、呆気にとられた。至高の宝石を生むというから、本来は私以外を指しているとは思えないのだけど。私が答えかねていると、見かねた男は子供には難しかったかねと続ける。む、子供って。
「俺の目の前にいるあんたは、少なくとも人間のオモチャにされていいような弱い妖怪には見えない」
「はぁ……」
言っていることがおかしい。いや、何を言っているかはわかるのだが、そうじゃなくて、立場が。使っている言葉がおかしい。護衛の立場で言っていい言葉じゃない。
「俺の仕事は主人とそのコレクションの護衛だ。それ以上でも以下でもない」
「なにか言いたげね」
「さあな。俺は忙しい。自分の仕事で手いっぱいでね。さて、あんたも知らないみたいだから、他を当たらせてもらうよ」
「そう」
「あんた、名前は」
「雪菜」
「戸愚呂だ」
鉄の扉が閉じ、その口は再び堅く閉ざされる。部屋に静寂が戻った。
「強さの割には」
聞き覚えのある名を期待したが、それは予想に反した。表舞台を好まない妖怪なのか、人間界で急速に力を付けたのか、あるいは……。
妖怪らしくない。そんな印象を抱いた。
To be continued.(←)
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