見たところ、ここはどこか深い森の奥のようで、先程から人間の気配というものは感じられない。通路の出口としては適した場所ということだろう。
 見れば見る程何の変哲もない森だ。だけど多少気になったのは、人気のない自然林に対して、明らかに人が残したタイヤの轍。段差になって積もる雪が、そう遠くないうちに人間が通ったことを示している。
 こういった人気のない場所に好都合な建物といえば、研究所とか、マフィアのアジトとか、非人道的なことが横行してでもいそうな怪しげな施設だろうか。
 人間界に来る妖怪は、大抵金が目的だ。自らやって来て人の魂を喰らい、私腹を肥やす小妖怪もいるが、人間に雇われ、陰の世界で暗躍する妖怪が昔に比べて増えたそうだ。
 兄が人間界に来た理由はわからない。だが人間界にいる妖怪、あるいは妖怪を雇う裏世界の人間を通じて兄の情報を得られるかもしれない。
 人間界に来たばかりで自分には特に行く当てもなかった。だからひとまず、この不審な跡を辿っていくことにする。
 しかし、歩けど歩けどそれらしき建物は見えてこない。今自分がいるのは森のどのあたりなのだろうか。いくら自分が氷女とはいえ、ふくらはぎ辺りまで積もる雪道を普段通りの速さで進むことはできない。変わらない景色に、降り積もった雪。ひたすら歩くだけの代わり映えしない状況にただただ疲れた。というか若干飽きてきた。幸い、タイヤ痕は通路付近に比べてくっきりと際立っていたし、雪も小降りになってきた。暫く休んだとしても道を見失うことはないだろう。
 道を逸れてすぐに大木があり、そこに寄りかかってずるずると座り込んだ。瞼が重い。通路を抜けるまでの苦労もあったし、ここのところほとんど寝ていない。
 明日は何処かに辿り着くだろうかとぼんやり考えながらまどろんでいると、どこからともなく、雪を踏みしめるような、それでいて氷が急速に溶けるような音が近づいてきていることに気付いた。
 眠気は一気に覚め、すばやく立ち上がる。どこだ。どこから来る。霊気も、妖気も何も感じない。まさか、人間が近くに……?

「お前、氷女か?」

すぐ背後から、そんな声がした。




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