「わ」

 着地と同時に視界が反転する。遅れてやって来ると思われた痛みは、分厚い雪のお陰で大したものにはならなかった。
 人間界に妖怪の召喚術があるように、魔界にも時空間の橋渡しを得意とする妖怪がいる。霊界の通路を避けたい私は、その妖怪を探し出し(偏屈な妖怪で、人間界と魔界を繋ぐ穴をあけるまでに、どれだけ振り回されたことか)、こうしてなんとか人間界に無事降り立つことができた。

「やっぱり……直通とはいえ時間はかかるのね」

 着物に付いた雪を払いながら、空を鋏で切り取ったような空虚な隙間を見上げる。さっき私が通ってきた通り道そのものだ。
 自分の着地地点から距離をおいて、次なる人物の来襲に備える。出口で放り出されるところまではわかったので、下敷きにならないように気を付けたい。
 待っていた人物は割合早く現れた。私の予測を大幅に裏切るかたちで。

「……どうしてそんな全速力で落ちてくるの!」
「わたしのせいじゃないわ!あのひどい妖怪が疲れた早く空間閉じたいとか言って通路に無理やり蹴り落とされたんだから!」

 後続の彼女は、件の空間妖怪に蹴落とされたらしい。道理であんなスピードで落ちてきたわけだ。しかもあろうことか、私が目論見ていた地点から大幅にずれた、しかも私の上をわざわざ選んで着地してみせたのだ。

「……一生忘れられないような目にでも遭いたいようね」

 霊界の管理している通路は、もともとA級クラス以上の妖怪が通れないように網目状の結界が張り巡らされている。霊界の人員も巡回しているであろうそこは真っ先に候補から除外した。結局別の通路を用立てたものの、人間界との境目において空間結界は場所を問わず足止めの効力を発揮している。もちろん私が通ってきた通路も例外ではなく、妖力を分割し、狭いところを抜けてこなければ通れなかった。
 おそらく霊界は、それほどまでにA級妖怪やS級妖怪が人間界へ進出する事態を恐れている……結界なんてなくとも昔そうであったように高等な魔族が節操なく人間界の領域を犯すような状況にはならないと思うが、霊界の立ち回り上そんな文脈を作りたいのだろう。
 体の一部を切り落とすことで妖力を二分していた私は、B級ほどまでに妖力を落として今ここにいる。私の分身をそのままにしておいても口論が絶えそうにないので、早急に仕舞わせてもらうことにした。

 とりあえず、ここは目的の人間界に違いはなさそうだ。ひどく障気が薄い。兄が何故人間界に姿をくらましたのか理由は知れないが、どこへ行こうと探し当てようという意志は変わらなかった。
 兄の噂は、氷河の国を出て直ぐに耳にした。忌み子飛影。当時は13層北東部で有名な盗賊だったらしい。噂に聞いた年齢や、氷泪石を首から提げていたという証言からも、その妖怪が兄であるという確信を得た。
 だが、ある一時期を境に忽然と姿を消したそうだ。魔界ではその盗賊を見たという証言すらなくなった。落ちぶれた妖怪が野垂れ死んだに違いないという噂も流れていたが、そんな出任せは信じなかった。そのあとに人間界に流れ着いたらしいという噂を聞いて、よく確かめもせずに食い付いた。確かかと言われればそれは否で、信憑性には欠ける。だが探しても探しても魔界に兄は居なかったのだ。居た証拠はある。名の知れ渡った妖怪ならば、魔界の中でならエリアを移ったと新たな噂が聞こえてくるはずだ。生きていまも魔界に居続けているとは考え難い。
 我ながら無鉄砲な判断だったかもしれないと呆れもするが、兄の居ない世界に長居は無用だった。母の墓標と育ての親を残して飛び出したくらいだ。唯一の血縁、片割れという魅力は簡単に諦めがつくような憧れではなかった。
 此処は折角辿り着いた目的の場所だ。命に代えても探し出すと誓った。




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